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魔界の姫と用心棒  作者: 松竹梅
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第九話

 先ほどまでの戦闘が嘘だったかのように野盗たちのキャンプは静まり返っている。鎮火しかかった野営地を、サーリャは呆然と、ヴォルフは感心したように見つめていた。野盗たちとの闘いは、一人と一頭の勝利に終わった。終始野盗たちを圧倒し続けたケントとルガールだったが、特に最後の攻防はサーリャの理解を超えていた。


 「ヴォルフさん…ケントさんは一体何をなさったのですか?何をどうすればあのような…魔法の無力化ができるのでしょうか?」


 ヴォルフはサーリャの眼に浮かぶ畏怖の念を敏感に感じ取った。自分も初めてケントの力を見た時には同じように感じたのだから当然だろう。


 「正確に言えば、ケントがやったのは無力化じゃないよ。ケントの先天魔法は『吸収』。ケントに触れられると、そこに込められた魔力は吸い取られて彼の活力に変わるんだ。

 しかも魔力を吸い込むのは他人の魔力だけではなく、自分から流出する魔力も吸い込むんだ。魔力による身体強化は体内の魔力を活性化させるだけでいいけど、すごく疲れるよね?それは強化している間は体内から流出する魔力の量は数倍に跳ね上がるからなんだ。けど、ケントはその流出する魔力も再吸収することができる。だから、ケントはどんな魔法を使いこなせる戦士よりも出力の高い身体強化ができるんだ。」

 「ということは、ケントさんは無尽蔵の体力と常人をはるかに上回る筋力を持ち、なおかつ魔法による攻撃を一切受け付けないということですか…?」


 サーリャは信じられないと言いたげな表情だった。それではまるでケントが完全無欠の戦士であると言っているに等しいではないか。だが、ヴォルフは困ったような顔をしながら首を横に振った。


 「確かにケントは強いよ。彼は御爺さんに鍛え上げられているし、戦闘の経験も豊富だ。でも、僕と本気で殺しあったとしたら、勝敗は五分五分だね。どちらかと言えば僕の方が少し有利かもしれない。その根拠はケントの魔法の致命的な欠点にあるんだ。

 ケントは直接体に触れないと魔力の吸収ができない。それはまるで魔法に対して無敵のように聞こえるけど、実はそうじゃない。例えば、さっきの戦いでケントは敵の初撃を回避してたよね?あれは彼にはどうしようもない攻撃だったからなんだ。」

 「どういうことでしょうか?」

 「もしあの大きな岩を受け止めたら、ケントは死んでいただろうね。ケントが吸収できるのは魔力であって、魔法に使用された岩石を消滅させることはできないんだ。だから、触れていたとしても落下してくる無数の石に押しつぶされていたはずなんだ。

 敵は使うべき魔法を間違えたんだ。確かにゴーレムは普通の戦士なら歯が立たない敵だけど、魔法によって生成されたということは魔力によって動いているよね?ゴーレムが破壊されても再生するのは魔力によって元々の形に戻るように設定されているからなんだけど、裏を返せば武装である剣も盾も鎧も体の一部でしかないんだ。だからケントならどの部分に触れたとしても即座に破壊できるってことになる。それは最後の壁にだって言えることだよね。

 じゃあ問題を一つ。あの男性はどういう魔法を使えばケントに有効な攻撃を加えられたでしょうか?」


 唐突な質問に戸惑いながらも、サーリャは今までの情報を頭の中で整理する。そしてすぐに一つの答えを導き出した。


 「ケントさんでも支えきれない質量体を広範囲にぶつけること…でしょうか。例えば大規模な土砂流を叩きつけるとか?」

 「正解。ケントの魔法の特性を知っていれば結構簡単に思いつくでしょ?でも初めて見る敵からすれば恐怖でしかない能力だ。特に自分の魔法に自信がある相手ならね。…さてと、じゃあそろそろ僕たちは帰るとしようか。僕たちにできることは無いからね。」

 「何を言う。戦利品の回収を手伝え。高みの見物を決め込んでいたのだから、そのくらいやっても罰は当たらん。」


 サーリャとヴォルフは突然声をかけられてビクリと震える。二人が顔を引きつらせてギクシャクした動きで振り返ると、背後にはいつの間にか漆黒の陽炎を纏った獣、ルガールが行儀よく座っていた。


 「い、いつからそこにいたんですか?」

 「戦いが終わってからすぐですぞ、お嬢。」

 「お嬢って…。まあいいや。じゃあ僕はケントの手伝いをしに行くよ。二人はここで待ってて。」


 やれやれと言いながらヴォルフは飛行魔法を使って野営地跡に飛んで行った。戦闘の際に燃え上がった炎はすでに鎮火しており、星と月の頼りない明かりの下での作業は遅々として進んでいない。その点、魔法で明かりを灯すことができるヴォルフは最適だろう。


 「ところで、何故お嬢はここにいらっしゃったのだ?ケントは付いて来いなどと申しておらなんだが…。」

 「ヴォルフさんに付いてきただけですよ。でも、どうして私のことを『お嬢』と呼ぶのですか?」

 「ふむ?貴女は魔族の王女なのだろう?貴い身分の子女には最適だと思ったのだが…。誤っているのならば訂正しよう。なんとお呼びすればよい?」


 尊大な口調とは裏腹に生真面目なルガールがかわいらしく見えたサーリャは、柔らかく微笑みながら首を横に振った。


 「いいえ。そのままで結構です、ルガールさん。」

 「承知した、お嬢。」


 真摯に頭を垂れるルガールの姿は魔大陸にいた使用人たちの姿を彷彿とさせるものの、サーリャはとても機嫌がよかった。いままで呼ばれたことのない『お嬢』というフレーズが、彼女にとって初めてつけられたあだ名のように感じられたからだ。



 しばらく待っていると、大きな荷物を抱えたケントと同じく大きな荷物を魔法で浮かせて運んでいるヴォルフが戻ってきた。ここにサーリャが来ていることをヴォルフから聞いていたケントは特に驚いてはいなかったがばつの悪そうな表情をしていた。


 「…おっかないもんを見せたくなかったから小屋で待ってるように言ったんだけどな。」

 「いえ、御見事でした!」


 一人で多数の敵を屠る英雄譚や武勇伝は無数に存在するが、それらの多くは吟遊詩人たちによって美化された戦いの記録だ。現実のケントの姿は冷酷に目前の敵を殺しまわる修羅であった。彼の身体から漂う濃厚な鉄の臭いと体中に浴びた返り血は大の男であっても恐怖するだろう。

 だが、サーリャは顔色一つ変えていない。あまつさえそれを見届けたうえで笑顔まで浮かべている。そういうところはやはり魔族の姫、ということなのだろう。


 「ケントさんほどのお方に守っていただけるのなら安心できます!」

 「そ、それは光栄なことだ。…それじゃボチボチ帰るか。目的も果たせたしな。」


 ケントは柄にもなく照れてしまって赤くなったみっともない顔をうまく隠してくれた返り血に初めて感謝した。それをごまかすように荷物をポンポンと叩く。


 「もしかして、敗残兵たちの物資がケントさんが言っていた路銀の当てだったんですか?」

 「ああ、そうだぞ。昨日、ヴォルフからここらに野盗がいるって聞いてたんでな。そいつらの金はそのまま頂いて、食糧、嗜好品や状態のいい武器なんかを伯爵に高値で買ってもらうって寸法だ。王都までの道中で宿屋の一番いい部屋を借り続けても釣りがくるくらいにはなるだろうよ。」

 「なるほど…。私たちは路銀を稼げる、近辺の住人は脅威が去って安心できる、伯爵様は買い取ったものを自由にできるということですね!素晴らしいと思います!」


 今までは驚かされてばかりのサーリャだったが、可憐な笑顔を浮かべながら野盗の殲滅を全面的に賞賛する姿には男たちは度肝を抜かれた。野盗が相手とはいえ、暴力によって略奪するのは嫌悪されると考えたからこそ、ケントは狩りに行くと嘘をついたのだから。


 「ええと、サーリャさんは…なんと言えばいいのか…ケントの行為を怖がったりしないんだね?」


 ヴォルフが男性陣を代表して恐る恐る質問する。サーリャはきょとんとした様子でかわいらしく首を傾げている。どうやらどうしてそんなことを聞くのかがわからないらしい。


 「嫌悪、ですか?敵を排除することに何の問題があるのでしょう?」

 「ええ。ケントのやり方…殺人という行為はこの国において敬遠されるんですよ。生きたまま捕らえて裁判にかける方が望ましいんです。魔大陸ではそんなことは無いのですか?」

 「そうなんですか?それは人間という種族で一般的に言えることなのでしょうか?」


 魔大陸と五大陸における文化的な差異と言うものをまざまざと見せつけられたヴォルフはしばらく凍り付いていたものの、すぐにその眼に好奇の光を湛えはじめた。魔大陸の価値観や文化について知的好奇心をくすぐられたらしい。


 「話はまとまったな?じゃあさっさと帰って遅めの晩飯にしようや。ヴォルフとルガールも食っていくか?」

 「うむ。相伴に与ろう。」

 「ああ。ありがとう。」


 親友の意識を魔大陸から夕飯に向けることでサーリャへの質問攻めを回避したケントは、重い荷物を背負いながらも軽い足取りで帰るのだった。

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