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魔界の姫と用心棒  作者: 松竹梅
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第七話

 ケントはルガールの背に乗って森を駆け抜ける。森を抜けて北西方向には草原が広がり、小高い丘の上にはいくつものテントが張られている。テントの数からして百人程度の集団だとケントは判断する。

 ここはゴルドアードラー王国と隣接するミライエ王国、ヴァンデル王国の国境に位置する土地。この三国の内二国が戦争になれば真っ先に戦場になるのがこの平野だ。そんなところにキャンプを張っているのがまともな人間であるわけがない。彼らは先日のミライエ、ヴァンデル間の戦争の敗残兵や脱走兵、傭兵などが集まって形成された野盗集団だ。

 多少なりとも戦闘の訓練された彼らは、一般人と比べて遙かに強い。戦争で失敗した者たちの集まりである彼らは非常に凶暴だ。村を焼き、無差別に殺し、女を犯し、子供を売る。敗者である彼らは強者に逆らうことはしない程度に卑屈だが、弱者に嬉々として襲い掛かる程度に凶悪なのだ。


 「酒盛りでもやってんのかね、あいつらは。ここからでも声が聞こえるぞ。」

 「ああ。酒と血の臭いが立ち込めている。できればこんなところからはさっさとおさらばしたいものだ。鼻が曲がってしまう。」


 ケントとルガールは森の木の影から野盗たちの様子をうかがう。彼らの今日の獲物はあの野盗たちだ。近隣の村から奪った金品や食料、戦争で使わなかった新品の武器などを大量に持っているはずだ。これこそがケントの言う路銀の当てだ。金が無いのならば持っている悪党どもから奪えばいいのだ。


 「さて、じゃあ行きますか。」

 「おうよ。」


 ケントの合図でルガールはその姿を消す。ケントは足音を立てないように慎重にキャンプに近づく。そして見張りと思われる二人の男が矢の射程圏内に入った瞬間、目にもとまらぬ速さで矢を放つ。その矢は見張りの片割れの眉間に突き刺さった。


 「て、敵しゅ…。」


 二人目が慌てて声を上げるが、連続して放たれたケントの容赦のない矢が心臓に突き刺さった。ドサリと倒れる見張りに向かってケントは走り寄る。見張りの声を聴いた連中が集まる前にキャンプに一気に近づくためだ。

 ケントが見張りの元に駆け寄ると同時に、野盗の一人が天幕から出てきた。酒に酔っているとはいえ、仲間の死体と見覚えのない大柄な男を前にして酔いは吹き飛んだらしい。慌てて腰の剣に手を伸ばす。

 男が剣を引き抜く前にケントの右手が剣を抜こうとする敵の右手首を、左手が男の首をがっしりと掴むや否や、それを同時に握りつぶす。ゴキリという鈍い音と共に手首を頸椎をへし折られた男は糸の切れた人形のように崩れ落ちる。ケントは男の剣を拾い上げて数回素振りをすると満足げな顔になった。



 サーリャはヴォルフに連れられて野党がたむろしている平野に来ていた。ヴォルフは山小屋で待っているように言い聞かせたのだが、彼女は頑なについていくと言い続けた結果だ。二人が野盗どものキャンプを目視できる場所まで着いた時、その場はすでに戦場と化していた。何らかの原因で引火したのか、燃え上がるキャンプ地の中で飛び交う無数の怒号と悲鳴がここからでもはっきり聞こえる。


 「もう始まっているみたいだ。僕たちはここで待機しよう。巻き込まれるのはゴメンだからね。」

 「はい…。あ!」


 その時、サーリャは逃げ出す二人の野盗に気が付いた。月明かりしかなければわからなかったかもしれないが、テントを焼く炎に照らされてその怯えるような表情まではっきりと見える。どうやら、彼らにとってあの場所はまさしく地獄だったのだろう。それだけでもケントとルガールがどれほど暴れまわっているかがわかるというものだ。

 ヴォルフは杖を構えて魔法をいつでも発動できるように準備をしている。彼の魔法の射程範囲に入ったが最後、野盗たちは魔法に撃ち抜かれて死んでいただろう。だが、彼らが魔法に撃ち抜かれることは無かった。


 「…うわぁ。容赦ないなぁ。」


 野盗たちは徴兵されたとはいえ、元々は兵士であり最低限度の装備は整えている。その軽装とはいえ板金が貼られた鎧を背中側から刃物が貫いた。片方は槍でもう片方は直剣だったが、共通していることはそれらの武器は今も戦闘が続いているキャンプ地から飛来したものだった。つまり、ケントが投擲したということになる。それを理解してしまったサーリャは鳥肌が立ち、両腕で自分を抱きしめる。


 「魔力を活性化させるともれなく身体能力が向上することは知っているよね?普通の人は筋力が二倍~三倍くらいになるんだけど、ケントは彼の膨大な魔力のおかげで十倍くらいまで上げることができるんだ。」

 「ケントさんの魔法とは、一体どのようなものなのでしょうか?」

 「今にわかるよ。おっ?そろそろかな。」


 戦場から聞こえる怒号がだんだん小さくなり、音が全くしなくなると同時にキャンプ地が謎の爆発に飲みこまれる。そこから飛び出す大柄な影は間違いなくケントのものだ。彼があの地獄を生き延びた事自体も驚きだが、ケントは爆発の中心部から決して目を逸らさない。まだ戦いは終わっていないのだ。


 「あれだけ人数がいれば、絶対に一人は魔法戦士がいると思ったけど…。相手の魔法は『地』だね。味方にも影響が出てしまう最後の一人になるまで魔法を使えなかったみたいだけど…ケント相手にどれだけ持つのかな?」


 ヴォルフのまるでケントが勝利するのは当然と言わんばかりのつぶやきにサーリャは困惑する。普通ならばケントのような純粋な戦士は魔法を存分に使いこなせる相手を苦手とするはずだからだ。サーリャは助けに行きたい衝動に駆られたが、ここに付いていく条件としてヴォルフの指示に絶対に従うことを約束している。サーリャは無力な自分に歯噛みしつつ祈るような気持ちで最後の戦いを見守っていた。



 ケントは目の前の男の首を一撃で刎ねる。断面から勢いよく血が噴き出し、辺りに濃厚な血の匂いが立ち込めるがそんなことを気にする余裕のある者は誰一人としていない。皆、ケントとルガールと言う規格外の化け物達から眼を逸らすことができないのだ。それはすなわち死に直結することを彼らは身を持って知っている。十分前後ですでに七割の仲間が殺されたからだ。


 「や、やってられるか!」

 「俺は逃げるぞ!」


 半狂乱になった仲間が一撃で屠られた姿を見て、ケントを包囲するように布陣していた者たちの内、二人が背を向けて逃げ出した。


 「逃がさんよ。」


 ケントは持っていた直剣を逃げる男に投げつける。すぐさま足下に落ちている槍を胸の高さまで蹴り上げると、それも投擲する。二本の刃物は吸い込まれるように逃げていった男たちの心臓に突き刺さる。明らかに即死だ。


 「化け物め!」

 「今だ!たたんじまえ!」


 武器を投げつけて丸腰になったと見るや、四人の野盗がケントに襲い掛かって来た。実力の差が骨身にしみて解っているにも関わらず襲い掛かってくるのは、逃げ出したとしても背後から投擲された武器で射抜かれることを知っているからだろう。

 眼を血走らせた四人の男が襲い掛かってくるが、闇雲に突撃する彼らに連携と言えるものは無い。ケントは最も近い右側の敵の懐に潜り込むと、顔面を鷲掴みにする。そして魔力によって強化された筋力を以って兜ごと男の頭蓋骨を右手で握りつぶした。さらに、股に左腕を差し入れて持ち上げることで死体は即席の盾と化して前方と左方から振り下される刃を受け止めた。

 右側の敵は殺し、前方と左方の敵の攻撃は受け止めたものの、ケントはまだ後方の敵に対処できていない。しかし、それは対処する必要が無いからなのだ。


 「ぎゃあああぁぁあぁ!!」


 ケントの後方から断末魔の叫び声が聞こえてくる。後方から襲い掛かった男は、ケントの足もとから突如飛び出してきた巨大な狼のような獣によって喉笛を噛み切られたのだ。これこそがルガールの魔法である『黒』である。

 ルガールの一族である影狼は黒色であるならばどこにでも潜るように侵入することが可能なのだ。それは影だけではなく黒い服や木炭のようなとにかく黒ければどこにでも、何にでも潜むことができるのだ。潜んでいる場所が破壊されたり黒色で無くなると強制的に魔法が解除されるというデメリットはあるものの、隠密性に富んだ魔法と言えるだろう。


 「さてと。残りはあと十人ってところか。」

 「さっさと片付けるぞ。」


 ケントは普段通りの調子で、ルガールは戦意を丸出しにして残った兵士たちを見据える。ケントのことを侮っていた者、腕に自信がある者、怒りに我を忘れて襲い掛かった者はすべて殺されてしまった。最後まで残ったのは逃げ続けた臆病者と力を温存していた者だ。

 怯えきった九人の後ろに控えるローブを深く被って素顔が見えにくい男がいた。彼はこの野盗集団で唯一の戦闘で使えるレベルの魔法が使える男だった。彼は仲間がやられている間に、ケントを葬るための下準備を着々と進めていた。そして今、その準備は整った。


 「ルガール!上だ!」

 「!」


 二人の真上には巨大な岩が浮遊していた。正確には平野に落ちている無数の岩石や土砂を収束したものなのだが、十分な重量を持つそれが直撃すれば即死は間違いないだろう。魔法によって作られた巨岩は同じく魔法によって勢いをつけて二人めがけて一直線に落下する。そして辺りに爆発音が響き渡った。

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