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魔界の姫と用心棒  作者: 松竹梅
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第五十二話

 ドル率いる陽動部隊は徐々に防衛部隊を追い込みつつあった。やはりンジャというミノタウロスでも別格の戦士をドルが抑えていることが大きい。ンジャは防衛に出てきた亜人たち全員よりも強い。そんな絶対的強者が三日前と同様にたった一人を倒すことができない。彼と互角の存在について考えたこともなかった亜人たちにとって、その姿は不安でしかない。一方でゴバの民の側では、ドルという未来の自分たちのリーダーの雄姿に皆が鼓舞されていた。これが大将に縋っている者たちと大将を信頼している者たちの差。その差は士気の差につながる。


 「フン!」

 「うらぁ!」


 ンジャの石斧とドルの槍がぶつかった衝撃波が空気を揺らす。斧が纏う真空の刃を槍の振動が散らしているのだ。必殺の一撃同士の激突によって生じた余波が戦場全体に広がる。この戦の結果は両雄の戦いの結果に依存するだろうと戦場にいた全員が直観していた。

 しかし、丘の上の集落から戦場にいても聞こえるほどの怒号と悲鳴に皆は驚き、思わず戦いを止めてそちらに目を向けてしまう。声の主は傷だらけになって集落から命からがら逃げだしてきたミノタウルスの女子供と、それを追い立てる亜人の元奴隷たちだ。ジズーワンがキドゥを殺害したことで奴隷たちは暴徒と化したのだが、事情を知らない者たちからすれば奴隷が反乱を起こしたように見えただろう。


 「おい、あんた。助けに行けよ。」

 「ナンダト?」

 「俺たちは捕まったダチを助けに来ただけだ。抜け目ない奴だからな、どさくさに紛れて逃げただろ。だったら俺たちが戦う理由はもうない。だからあんたは同族を守りに行きな。」

 「…感謝スル!」


 ンジャは踵を返すと、非戦闘員の盾となるべく風魔法によって飛び上がった。ドルは武器を下し、その背中を見送りながら槍を天に掲げて叫んだ。


 「戦は終わりだ!ずらかるぞ!」

 「応!」


 救出部隊はドルの号令に従って速やかに撤退戦に移行した。陸の戦であるにも関わらず澱みない鮮やかな動きからは彼らの練度の高さが伺える。むしろ同行した義勇兵たちの方がぎこちないくらいだ。

 亜人側はといえば、ミノタウルスたちは奴隷に殺されかけている同胞を救うべく戦線を離れ、他の種族の者たちは同胞が反旗を翻したことに困惑している。今は混乱しているが、これを機に自分たちも反逆しようと考える者がすでに現れつつある。人間たちは混乱する亜人たちを背に戦場を後にした。



 ケントたちは暴走する奴隷たちの暴力に巻き込まれないように洞窟の方まで迂回してからドルたちと約束していた合流地点にたどり着いた。ケントとジズーワンの無事を確認した男たちは大いに喜んだ。救出部隊は怪我人は出たものの、時間稼ぎに徹したおかげで死人は出なかった。


 「よう、ケント!えらい目にあったらしいじゃねぇか。」

 「ドル…さん、か。面倒をおかけした。」

 「おいおい、そんなに他人行儀にすんなよ兄弟。俺とお前の仲じゃねぇか。」

 「そんなに親しいわけじゃないと思うんだが…まあいいか。ありがとよ、兄弟。…これでいいか?」


 ドルは満足げに、豪快に笑いながらケントの背中をバシバシ叩く。友情を確かめ合っている男二人をサーリャとハルーは苦笑しながら眺めていた。ジズーワンは自分と同じ色の肌の同胞に囲まれて、戸惑いながらもどこか嬉しそうだった。

 ドルが帰還の細かい指示を出すために部隊長を収集するといって離れていった後、ケントはサーリャのそばまでやって来た。二人は何を話せば良いのかわからず、また、どんな顔をすればいいのかわからずに目を泳がせる。気まずい雰囲気に耐えられず、ケントは自分から話しかける決心を固める。


 「あー、サーリャ。」

 「ひゃい!」

 「…ははは!」


 サーリャはガチガチに緊張していたらしく、変な声を出してしまう。自分の失態に顔を真っ赤にしてうつむくサーリャによってケントは力が抜けていくのを感じた。


 「ああ、悪い。あんまりにも可愛かったもんでな。」

 「か、かわ…っ!?」

 「それはともかく、ありがとうな。来てくれなかったらやばかった。もちろん、ルガールもな。」

 「礼などいらん。我はお嬢についてきただけだ。」


 サーリャがなんと返せば良いか迷っている内に、むすっとした声のルガールが影の中から返答する。それは照れ隠しというよりは止められなかった後ろめたさから出ていることをケントは耳聡く察した。だが、サーリャにも聞かせるつもりでケントは敢えて指摘した。


 「それだよ。サーリャ、君は自分の安全をもっと優先してくれ。俺は君の用心棒だ。君の盾になるはずの俺を、君が命がけで助けようなんて今後はしないでくれ。もしそれで俺が助かった代わりに君が死んだりしたら、俺は自分を決して許せない。そしてルガール。お前はそれを理解していたはずだ。お前はサーリャを諭さなきゃならんし、それが無理なら力ずくで押しとどめるべきだった。お前なら方法がいくらでもあっただろう?」

 「そ、それは…。」

 「…すまん。」

 「助けてもらっといて説教できる立場じゃないんだが…それでも今後は自分から危険な場所に向かわないって約束してくれ。それが俺を助けるためであってもだ。俺はあの爺さんからどんな状況からでも生還する技術を学んだんだから。サーリャ。俺を信じてくれ。それが無理なら君が聞いている爺さんの強さを信じてくれ。」

 「…わかりました。私はケントさんを信じます。それが、貴方に護衛を依頼した私の義務ですから。」

 「ありがとう。ところで…」


 ケントは辺りを見回して何かを確認してから二人に質問した。


 「ヴォルフは来てないのか?あいつなら来てくれると思ったんだが…。」

 「そのことは私がお話しします。」



 ケントたちが港に無事帰還してから四日が経過した。亜人との戦争の傷跡はまだまだ随所に見て取れるものの、港の機能自体は九割方回復している。ケントたちが脱出した後、案の定、奴隷となっていた亜人たちがキドゥの死を契機にミノタウルスに復讐戦を挑んでいるらしい。そしてその戦は今もなお続いている。

 人間たちが撤退してから、ミノタウルスの集落付近はミノタウルス対他のすべての亜人という構図となった。捕縛のために戦士のほとんどが出払っていたミノタウルスたちにとって、この数の差はンジャをもってしても手に余る。彼らはすぐに敗走し、捕縛部隊と合流した頃には戦闘員と非戦闘員を合わせた数は二十以下となっていた。

 ンジャは捕縛していた亜人たちをすぐに殺害し、残ったミノタウルスたちを率いて南に逃げた。亜人を殺した理由は二つ。一つは追撃してくるであろう元奴隷たちと合流させないため、もう一つはその肉を食料とするためだ。十分な食料を確保したミノタウルスたちは全力で逃げたが、その中には子供も混ざっているのでその速度に合わせねばならなかった。そのせいでミノタウルスたちはすぐに捕捉され、それから三日以上戦争が続いているのだ。


 「あの糞牛への憎悪が同族を殺してるってか。でもまあ、他の連中だって奴隷に働かせて、動けなくなったら殺して食ってたんだ。程度の差こそあれ、家畜扱いしていたんだから自業自得だな。」

 「でも、罪のない子供まで殺すことはないのでは?」

 「罪のない、ねぇ。確かに手を下したのは大人だろう。けど、あいつらは肉食だからな。同胞が死ぬまで働かされて、動けなくなったら殺して食肉にされてきたんだ。その肉は子供たちも食ってるんだぞ?食った肉が何の肉なのか理解していなかったとしても、それは十分復讐の対象になるだろうな。」

 「理屈ではわかっていても感情で許せない、ということでしょうか?」

 「そうだな。」


 ケントは船の甲板の上で横になり、空を見上げながら深くため息をつく。サーリャは彼の隣に座って共に空を見ていた。帰ってきてから二人は暖かい潮風を浴びながら一日を過ごしていた。そのゆったりと流れる時間は二人にとって久しぶりに何も考える必要のない精神的な癒しとなっていた。チャンと共に東大陸へ向かう以上、彼の出港準備が整うまでは身動きがとれない。二人と一匹はその時間を休養に充てたのだ。ちなみにルガールは暑さを嫌って船室に引きこもっている。


 「それにしても、思ったより早かったな。」

 「それは…ヴォルフさんのことですか?」


 ケントは空を見上げたまま頷いた。


 「呼ばれた時には戻るってのは聞いてたんだが…まさかたった一度の航海であいつの旅が終わるとは思わなかったよ。」


 そう言ってケントは小さく笑う。サーリャは一見するとリラックスしているようにしか見えないケントの心中を察することはできなかった。


 「旅のお供が一人と一匹になるとちょっと寂しいかも…いや、チャンさんの船も一緒だから東大陸までは心配いらんか。それよりも、航海の専門知識を持つ唯一の仲間がいなくなったのは痛手だなぁ。チャンさんの航海士からいろいろ教えてもらわにゃならんかな。」

 「私も頑張りますね!」


 苦手な頭脳労働が待っているという現実に憂鬱なケントとは対照的にサーリャは知識欲からかワクワクしているようだ。ならば彼女に任せてしまいたいが、それは彼の矜持に反するし、何よりもルガールが許してくれないだろう。


 「そうか?なら一緒に頑張ろうか。けど、航海術以外のヴォルフの仕事も俺たちでやらにゃならんのは正直キツイな。チャンさんに頼むしかないか…。」

 「その必要はないですよ、師匠。」


 二人しかいなかった甲板にまるでタイミングを計ったかのように飛び上がって来た小柄な影はケントの弟子であるジズーワンだった。彼はケントと酷似した革の軽量鎧を身に纏い、大きなカバンを背負っていた。その恰好は明らかにケントたちについていくつもりだ。


 「ジズーワン?」

 「一人前になるまでは師匠についていきますよ。」

 「ええと、サーリャ。君が決めてくれ。」

 「私が決める…のは当然ですよね。ジズーワンさん、私たちの旅の目的地はご存知なのですか?」

 「はい、サーリャ様。チャンの旦那から火の国へ行かれると聞いております。」


 ジズーワンはサーリャに優雅な動きで平伏しながらそう答えた。その滑らかな動きは守備隊での教育の賜物だろう。それはケントが学んだことのない類の知識であり所作だ。


 「いいでしょう。ケントさんのお弟子さんなら信頼できます。共に来てください。」

 「はっ!」


 ジズーワンは威勢よく頭を下げた。伏せた顔の下で彼が嬉しそうな顔をしているであろうことは想像に難くないが、これからサーリャの素性や旅の真の目的、そしてルガールの存在を知って少年がどんな反応をするかをケントは楽しみにしていた。

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