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魔界の姫と用心棒  作者: 松竹梅
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第四十四話

 ケントとンジャの実力は拮抗していたが、互いに決定打に欠けていた。ンジャの石斧は非常に重く、それゆえに攻撃は重いが遅い。遅い攻撃ではケントをとらえることはできず、攻撃は当たらない。しかし、魔法の強力な触媒となる金属を含む石斧には当然、魔法が掛けられている。ンジャは石斧に小規模の竜巻を纏わせていたが、その竜巻には真空の層が仕込まれており、竜巻に触れるだけで皮膚をズタズタに引き裂く切れ味を備えている。ンジャは魔法の扱いにも長けており、竜巻の魔法の強弱や範囲を巧みにコントロールすることで常に間合いを変えながら戦う。間合いがつかめないせいで、ケントは常に余裕をもって躱さざるを得ず、結果として攻撃するときも反撃を警戒して踏み込みが浅くなる。それではミノタウルスの固い体毛を切り裂くことはできない。

 二人の戦いは硬直状態となったが、焦っているのは妨害されているンジャよりもケントの側だった。原因は言わずもがなジズーワンの存在だ。ジズーワンの先天魔法は『電撃』。それを短剣に纏わせることで斬撃と共に高圧電流を敵に流し込み、かすり傷を致命傷と化していた。両手に持った短剣に魔法を付与してを振り回しながら暴れまわっていたが、ケントから見て戦い方が非常に危なっかしかった。確かに、血の滲む努力によって得た彼の太刀筋は粗削りだが速く、鋭い。敵の攻撃も防御ではなく回避を選ぶだけの冷静さも保っているように見える。しかし、魔法の効力に頼った戦術であることは否めない。しかも斬る瞬間にのみ使えばいい魔法を常に使い続けている。戦闘時には魔力を節約するという学んでいないのか怒りで忘れているのかは解らないが、それではすぐに魔力を使い切ってしまうのは明白だ。現に戦闘が始まってまだ五分と経たずにジズーワンの息が上がっているように見える。


 「余所見ヲスル余裕ガアルノカ?」

 「くっ!」


 ケントが一瞬でもジズーワンに気を取られれば、その隙をンジャは決して見逃さない。竜巻の魔法を躱しきれずに、ケントは腕に切り傷を負う。大して深くはなく、動きに支障をきたすことは無い。しかし、ケントは自分に対して激怒していた。決して油断や加減ができる相手ではないことを知っていたはずなのに、目の前の敵に集中できていなかった自分を許せなかったからだ。

 だが、それでもケントは集中しきれずにいる。今までそんなことは無かったはずなのに、どうしてもジズーワンの安否が気になって仕方がなかった。それが口約束とはいえ初めての未熟な弟子を見守る未熟な師匠の感情であることに気が付いたのは少し後のことだ。

 ケントが集中力に欠く今こそ好機と見て、ンジャは一気呵成に攻めたてようと踏み込んだ矢先、後ろでジズーワンに感電死させられたミノタウルスの一体が突然フラフラと立ち上がった。ケントはミノタウルスであるンジャの表情の変化はいまいちよくわからなかったが、苛立ちや怒りを抱いているような気がした。立ち上がった死体は口を動かすことなく部族の言葉で喋りだした。


 《ンジャ。撤退しなさい。》

 《このタイミングでか?ここで退いてはこの戦は大敗ということになるぞ?》

 《兵隊の損耗が激しすぎるのよねぇ。これ以上は無駄よ無駄。あの子たちももう逃げ始めてるしねぇ。》


 ンジャは攻城しているはずの他種族たちに目を向ける。すでに城壁にとりつく者はなく、ほうぼうの体で敗走していた。ンジャは舌打ちしたくなる気持ちを抑えて指示に従うことにした。


 《わかった。逃げた連中はどうする?俺たちが捕まえるのか?》

 《逃げる子を捕まえて遊ぶのも一興だけど…貴方に任せるわ。部隊の再編成が終わったら追撃隊を指揮してちょうだいね?》


 ンジャは露骨に眉をひそめた。今話している女の『遊ぶ』という言葉の意味を知っているからだ。ンジャの嫌悪などどこ吹く風と言わんばかりに死体を操る女は彼に新たな注文を付ける。


 《そうそう。貴方たちが戦ってる人間の男の子二人。その子たちも捕まえてきて頂戴。》

 《こいつは俺と互角か、それ以上の戦士だ。生け捕りなど…》

 《できない、なんて言わないでね?将軍さん?》


 言いたいことを言い終わったとでも言うかのように、それまで流暢に話していた死体が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。安全な場所から戦場を眺めて悦に浸っている自分たちの女王に対して、ンジャは心の中であらん限りの呪詛の言葉を吐きつけた。この女に逆らえばどうなるのかは同じ部族に生まれ育った自分が一番よく知っている。ンジャは後ろで子供と戦っている部下に怒鳴るように命令を下す。


 《聞いての通りだ!こいつらは生け捕りにする!こっちも手伝え!》


 苦戦していたミノタウルス達だったが、流石にジズーワンの攻撃に適応し始めたようでそうそう簡単に殺されなくなっていた。そうでなければンジャの命令とはいえ首を縦には振れなかっただろう。ミノタウルス達は素早く半数に分かれてケントとジズーワンを包囲する。


 (今まで包囲しなかったのに今更何をするつもりだ?さっきの会話の内容も解らんし…!?)


 周囲を警戒するケントの意表を突くように、ンジャは石斧を地面に叩き付けた。風の魔法によって砂埃が舞い、ケントを包みこんで視界を遮る。南大陸のきめ細かな砂が目と口に入ってケントが咽た隙に、砂埃の向こう側から何かが一斉に投げられた。それはボーラと呼ばれる狩猟にもつかわれる投擲武器だった。二、三個の重りとなる石をなめし皮で包み、丈夫な植物の蔓を結び付けた簡素な武器だが、振り回して殴ってよし投げてよしと意外と使い勝手のいい武器だ。

 それを同時に数十も投げられたのだからケントと言えどもどうしようもない。石の重量と遠心力によって広がった状態で飛来するボーラは空中で複雑に絡み合いながらケントの体に纏わりつく。剣で防ぐことが困難な上に体に張り付くときに石が全身に打ち付けられたせいで骨も何本か折れたはずだ。


 「畜生!離せ!」

 「悪イガ、オ前タチヲ連レテコイト命令サレタ。共ニ来テモラオウ。」


 身動きが取れなくなって地面に倒れたケントの眼に真っ先に入ってきたのは同じく捕らえられたジズーワンだった。目立った外傷は無いものの、魔力を湯水のように使う戦い方は無理があったのだろう。気絶してぐったりとしている。

 なおも縄を解こうと暴れるケントは、拘束されたままミノタウルス達に気絶するまで殴る蹴るの暴行を受けた。人間よりもはるかに優れた筋力から繰り出される拳や蹴りの衝撃は再生魔法をもってしてもいつまでも耐えられるはずもなく、ケントの意識はいつしか闇の中に落ちていった。



 城壁から亜人たちが完全に撤退するのを見届けた兵士たちは勝鬨を上げた。勝利したといっても、戦闘に使うことのできるあらゆる資源はほとんどが底をつきかけている。死傷者も多く、全くの無傷だった兵士は皆無。魔術師に至ってはンジャの魔法によって壊滅的な打撃を受けた。すぐに攻められることは無いだろうが、補充は急がねばならない。

 それだけの激戦を乗り切ったにしては勝鬨の声が小さめであったのは、ケントとジズーワンの奮戦を間近で見ていた兵士たちが手放しで喜べなかったからだ。この戦の勝利にケントという戦士が果たした役割は非常に大きく、その英雄が拉致された事実が与える影響は少なくないだろう。それを理解していて、上司に報告しなければならない部隊長たちは深くため息をついた。



 大量出血によって一時は意識不明の重体だった守備隊長のハンセンはサーリャの迅速な止血と治癒魔法によって意識を回復するまでに至っていた。医者は安静にするべきだと何度も制止したものの、自分の責務を果たすために病床にありながら各部隊の隊長に戦争の結末についての報告を受けるために部隊長達を呼び寄せた。


 「守備隊、義勇兵の死傷者は合計で四百二十一名。残りの内すぐにでも戦えるのは半数の千に届かず、虎の子の魔術師は十人残っていない…か。しかも相手の親玉はミノタウルス。今日の勝利を素直に喜ぶことはできん。次に備えねばなるまい。」

 「隊長。あと一点、報告せねばならないことがあります。」

 「なんだ?早く言え。」

 「はっ。それが、その…。」


 いつになく歯切れの悪い部下の態度が、ハンセンにとって聞きたくない類の報告であることを如実に物語っている。しかし、悪い情報を聞かされるとわかった上で焦らされるのは気分がいいはずがない。ハンセンはその部下を睨みつけて続きを催促した。


 「じょ、城壁外にてケント・シュヴァルツ殿とジズーワン・ゼーレが敵ミノタウルス部隊と交戦後…拘束され拉致された模様であります。」

 「な、なんだと!?」


 突然の大声に医師が慌ててやってきた。傷が開いて血が滲みだすことにも気づかないほどにハンセンの頭の中は真っ白になっていた。同時に、他の医師と共に回診をしていたサーリャの耳にもその報告が入ってしまった。


 「ケントさんが…捕まった?」


 ハンセンと同じく思考が停止してしまったサーリャに対して、影に潜むルガールはすぐに相棒の救出方法を模索し始めた。



 サーリャがショックを受けている頃、ヴォルフも他の兵士からケントが敵に捕まったことを知った。彼もルガールと同じく救出のために動こうとしていたが、懐から何かが割れる音が聞こえた。それが何の音なのか、何を意味するのかを理解しているヴォルフは恐る恐る常に持ち歩いている小さな袋から中身を掌に取り出す。それは綺麗に二つに割れた水晶玉だった。


 「殿下…タイミングが早いし悪すぎますよ。」


 力なく笑いながら愚痴をこぼしつつも、ヴォルフは自分のやるべきことを見定めていた。

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