表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔界の姫と用心棒  作者: 松竹梅
4/60

第四話

 「父を、殺すことです。」


 サーリャはそう言って微笑んでいた。だが、肉親を殺すなどと言うことを冗談で言うとは思えないし、その笑顔は明らかに無理に作ったということはなんとなくわかる。


 「理由を聞いてもいいか?何で父親を殺さなければならないのか。」

 「そうしなければ、無関係の無辜の命が多く失われてしまうからです。私の父は今、己の魔力に飲みこまれんとしています。どうにか隔離することには成功しましたが、外に出てくるのも時間の問題です。ですから、唯一父に勝てるかもしれないお方を頼ったのです。」


 ケントは彼女の言葉から情報を整理する。サーリャの父親は相当な力を持っていること、その力が暴走していること、そして抑え込んではいるもののあまり時間はないということ、そして祖父ならば彼を葬ることができるかもしれないことだ。

 この中でケントが気になったのは『魔力に飲みこまれる』という点だ。魔法に関する専門家ではないが、そんな現象が起こり得ることなど聞いたことが無い。魔力の暴走とは非常に稀なケースであるか、人間には起こりえない現象と言うことになる。


 「サーリャ、君は一体何者だ?人間じゃないのか?」


 そして何よりもサーリャの緋色の瞳、その瞳孔は人間にはありえないネコ科の動物のような縦長の楕円形であることにケントは気が付いていた。サーリャは一瞬だけ驚いたような顔をしたが、悲しげな微笑を浮かべながら小さく頷いた。


 「よくおわかりになりましたね。私は魔大陸を統べる魔王、サタンの娘です。」

 「…驚いたな。本当に魔大陸なんてのがあるなんてな。」


 ケントは半信半疑だった己の推理が間違っていなかったことではなく、昔祖父から聞いた法螺話が真実だったことに驚きを隠せなかった。魔族の存在自体はルガールの実例もあって驚くことは無い。しかし人間の勢力圏である五大陸の丁度裏側に魔大陸と呼ばれる魔族の住む土地があり、そこで自分は親友と呼べる男と出会ったという祖父の話は全く信じていなかった。

 サーリャが魔王の娘であることが真実であるなら、そんな彼女が祖父のことを知っているということは祖父が友誼を結んだのは魔大陸でもかなりの有力者なのだろう。


 「魔大陸、か。ってことは爺さんの武勇伝は妄想じゃなかったってことか…?まあそれはどうでもいいとして、君はこれからどうするんだ?爺さんはもういない。なら、故郷に帰らにゃならんだろう?ここに来た時みたいに『転移門』とかいうのを使って帰るのか?」

 「いいえ。それは不可能です。…実は私は魔大陸を出る時に『転移門』の一部を破壊したのです。追手が来ないように。錆の騎士…いえ、ケントさんの御爺様に会えさえすればどうにかなると思って…。」


 どうやら、サーリャは後先考えずに行動するところがあるようだ。きっと気絶していたのも門の一部を破壊した弊害なのだろう。目的地に無事に到着したことが奇跡なのかもしれない。かなり無茶をしたものだ。


 「じゃあ、どうやって帰るんだ?言っとくが、この国に魔大陸に向かう航路があるなんて聞いたことが無いぞ?」

 「ええ。そうでしょうね。魔大陸と交流があるのは東大陸のはずれにある小さな島国だけ。ですから、私はその国へと向かいます。」

 「向かいますって言ったって…。当てはあるのか?」


 サーリャは黙ってうつむいてしまった。ケントは聞きながらも当てなどあるわけがないことは解っていた。帰る当てがあるのならば、そのルートで安全に来ることもできたはずなのだから。

 ケントはしばらく考えた後、ガリガリと頭を掻きながら言った。


 「なあ、サーリャ。お前さんは俺の爺さんに、化け物じみて強い奴に助力を請いに来たんだろう?だったら諦めることは無いぞ。俺は最盛期の爺さんよりも強い男を一人だけ知ってるからな。」

 「ほ、本当ですか!?」


 サーリャはバッと顔を上げて期待に目を輝かせている。一縷の望みが絶たれて絶望していた時に、希望の光を見たのだ。期待せずにはいられないだろう。


 「一体、どのようなお方なのですか!?どうすれば会っていただけるのでしょう!?」

 「俺だ。」

 「ふぇ?」


 自信満々に親指で自分の胸を指すケントを見ながらサーリャは素っ頓狂な声を上げる。呆けたサーリャの様子にケントは思わず苦笑する。


 「まあ、当然の反応だろうな。でも事実だぜ?俺は狩人だけどよ、去年までは毎日暇さえあれば爺さんにしごかれる生活を続けてきたんだ。死んでからだって鍛錬は続けてきた。実力は爺さんのお墨付きだよ。」

 「…そうですか。私は恩人であるケントさんの言葉を信じますし、本当であるなら是非力を貸していただきたいです。ですが、私も民のために決死の覚悟でここに来ています。ですので、ケントさんの実力を試させていただいてもよろしいですか?」


 瞬間、サーリャの紅い瞳の輝きが増し始める。彼女の魔力が活性化しているのだ。


 「いいぜ?殺すつもりでかかってこいよ。」


 ケントはサーリャから眼を離さないように後ずさりすると、いつも巻き割りに使っている鉈を拾った。


 「コイツで十分だ。始めようか、お姫様。」


 サーリャは躊躇なく魔法を使用した。彼女が使う先天魔法は『闇』。自分と接触している光が遮られた空間を変幻自在に操る魔法だ。彼女のスカートや袖の内側から数十本の漆黒の触手を一気にケントに叩きつける。彼女は一族の中では決して強くは無い。だからこそ、本気の自分を圧倒的に上回る強さでなければついてきてもらうわけにはいかないのだ。


 「ほっ。やっ。とぅっ。」


 全力だったからこそ、サーリャは絶句した。ケントは武器とは言えない短い刃物で触手を弾き飛ばしながら、余裕を持ってこちらに向かって歩を進めているではないか。ケントは涼しい顔で対応しているが、本来ならばこの触手は鋼鉄でできた鞭のようなもの。見切ることや躱すことは難しく、一発でも食らえば骨は砕けるほどの重さも持っているのだ。それを悠々と捌くケントの技量は認めるしかない。


 「油断するなよ?」

 「な…!」


 ケントが小声で何かを言ったことを認識した直後、ケントは一気に間合いを詰めて目の前に立っていた。その動きはあまりにも早い。本当に認識できなかったほどだ。


 「…ッ!これなら!」

 「ほう?」


 サーリャは闇で半球を形成し、その中にケントを封じ込める。そして残りの闇の触手を一本にまとめた。その姿はまるで巨大な黒い突撃槍だ。『闇』という魔法の最大の長所は応用の幅が異様に広いこと、そして夜や暗闇であればあるほど強力になることにある。闇は触手や壁のように自在に形状を変え、細分化して手数を増やし、必要とあらば集約して一撃必殺の威力を得ることができる。この魔法こそ、魔王の一族が魔族の頂点に至る最大の武器となったのだ。


 「はぁ!」


 集約した闇の槍でケントを封じ込めた檻を背後から貫く。今の攻撃はサーリャが使える中では最強の一撃だ。檻の中はきっと悲惨な状態になっているはずだ。恩人であるケントを殺してしまったかもしれない罪悪感に打ちひしがれながらも、檻を解除する。だが、彼女の予想はいい意味で覆されることになる。


 「嘘…。」

 「危ねぇ…死ぬかと思った。」


 ケントが捉えられていた檻は完全に密閉された空間で、光を決して通さない完全な闇となっていた。にもかかわらず、ケントは槍の一撃を凌いでいた。正面から槍を受け止めたのではない。質の悪い鉈でそんなことをしていれば、サーリャが創りだした鋼をも貫く大槍に仕留められていただろう。ケントは視覚の封じられた状態で、背後から迫ってきた槍にあろうことか飛び乗っていた。それはケントの圧倒的な身体能力と反射神経を如実に表している。

 ケントは槍から飛び降りると、唖然としているサーリャの隙をついて一気に近づき、鉈の刃を首筋に当てる。彼女が闇の触手で攻撃するよりも早くこの刃は首の動脈を切り裂くだろう。


 「どうだい?俺の実力は合格ラインかな?」


 ケントはニヤリと笑うと鉈を首から離す。自分の生殺与奪を握る刃物が離れてホッとしたサーリャは冷静になった頭で先ほどの攻防を振り返る。自分は全力で戦った。魔王の一族の中では彼女の実力はブービーだが、魔族全体で言えば上の下程度の力は持っている。その自分が完全に手玉に取られていた。しかもあれだけの戦いで汗ひとつかいていないことからケントが本気になっていないことは明白である。


 「…はい。少なくとも、私ではケントさんを倒すことなど敵わないでしょうね。」

 「ただ単にサーリャの戦闘経験が浅いだけだとも思うけどな。じゃあ、俺がお前の親父さんを殺してやるよ。」


 そう言ってケントは右手を差し出す。


 「どれほど長い道のりになるのかはわからない。けどよ、これからよろしくな!」

 「こちらこそ!」


 二人は握手しながら破顔した。ケントはサーリャの輝くような最高の笑顔を初めて見た気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ