第三十九話
守備隊に連れていかれたケントは独房に入っていた。どうやらあの場での大立ち回りのせいでかなり警戒されているらしい。武器を没収されたのは当然のこととして、手錠と足枷まではめられ、さらには二人も見張りをつけられた。ケントの他にもしょっ引かれたチンピラや酔っ払いなどが複数名いたものの、彼らと隔離されているのはそれだけ警戒されているからだろう。その証拠に向かいの牢にいる者たちは声を潜めて会話しながらこちらをちらちらと伺っている。
息の詰まるような状態で留置所に一時間ほど放置された後、一人の男が血相を変えてケントの独房の前までやってきた。見張りの二人の驚きようから察するに、この男は守備隊でも地位のある人物なのだろう。男は腰につけた鍵束を取り出して震える手で鍵を開ける。
「ケント・シュヴァルツ殿!大変失礼いたしました!」
「いや、別にいいから頭を上げてくれ。」
大柄で歴戦の戦士といった風格を漂わせる男が、自分のような若造に平謝りさせている状況がケントには耐えられなかった。男は頭を上げたが、申し訳なさそうな表情はそのままだった。男に促されて、ケントは牢の外に出る。男は見張りに指示してケントの手錠と足枷を外させた。
「いえ、非がないシュヴァルツ殿を何も調べずに捕まえたのは早計が過ぎるというもの。こちらの不手際には違いありません。」
「あの状況なら俺を捕まえるのは当然だろう。自衛のためとはいえ実際に暴力を振るったのは事実なんだからさ。」
「申し訳ない。ああ!まだ名乗っておりませんでしたな。私は守備隊長のハンセン・アウマンと申します。以後、お見知りおきを。」
地位のある人間どころかこの男は守備隊のリーダーのようだ。それならば何故こうもケントに対して腰が低いのかが不思議になった。
「聞いていいことかはわからないが、どうして俺を優遇してくれるんだ?」
「正直に申しますと、スポンサー直々に開放するように頼まれたのです。こちらとしてもシュヴァルツ殿の無罪は調査によって明らかにしておりましたのですぐに出所の手続きをとった、というわけです。」
「スポンサー?」
ケントには全く身に覚えがなかった。南大陸に知り合い自体一人もいないというのに、守備隊のスポンサーを務められるような大金持ちの知り合いはいないはずだ。
「まあ、それだけではないのですがね。あなたは有名人ですから。」
「なんでだ?俺はここに初めて来たんだぞ?」
「貴方が王国の闘技場でチャンピオンを倒したことを南大陸で知らない者はいませんよ。ここには世界中から物だけでなく情報も集まるのです。ここでは王国と同様、貴方の武勇伝は皆の語り草だ。すでにシュヴァルツ殿を讃える吟遊詩人までいるんですよ?
ああそうだ。こちらがシュヴァルツ殿の押収していた私物です。紛失しているものはございませんか?」
「……。いや、無いな。」
自分が随分と悪目立ちしていることを苦々しく思いながら、武器と財布の中身が変わっていないことを確認する。国によっては衛士などが捕まえた人間の財布の中身をくすねることも少なくないので、やはりここの守備隊はよく教育されているのだろう。ハンセンの誠実な人柄がよくわかる。
ハンセンに付いていくと、二人は守備隊の駐屯地の中庭に出た。そこでは多くの守備隊員が熱心に訓練に励んでいた。訓練の設備は整っており、ここで鍛えればどこの国でも第一線で通用する戦士に成長できるだろう。
「ケントさん!ご無事ですか!?」
中庭に居たのは守備隊員だけではなかった。休憩用と思われるベンチに腰掛けていたサーリャがケントのそばまで駆け寄る。彼女は心配そうにケントの体を見回し、怪我をしている様子はないことを確認するとホッとしたのか胸をなでおろした。
「災難でしたなぁ、ケントはん。」
「チャンさん?まさかあんたがここのスポンサーなのか?」
「そうでっせ。正確にはスポンサーの一人、やけどね。」
チャンは得意げに胸を張る。ケントとしては彼がここまで大物の商人だとは思っていなかったこともあってただただ驚くばかりであった。
「とにかくありがとう。助かったよ。」
「いやいや、別嬪さんに頼まれたら職権濫用もやぶさかやないですわ!わっはっは!」
もちろん冗談のつもりなのだろうが、とんでもないことを大声で言うのはチャンの短所だろう。現にハンセンは愛想笑いを浮かべているものの、その表情は硬い。
場が微妙な空気に包まれていたが、それをケントの意図しない生理現象が払拭してくれた。彼の腹の虫が大声で鳴いたのだ。
「はっはっは!ケントはんも空きっ腹には勝てへんようでんな?」
「そういや、昼飯を食い損ねたんだった。何か食って帰りたいな。チャンさんどこか安くていい店を知ってるか?」
「それならワイの店にいきまひょ。東大陸に伝わる美食をごちそうしまっせ。」
「そりゃうまそうだ。サーリャもいいか?」
「はい。喜んで。実は安心したら私もお腹が空いてきました。」
彼女も昼食を食べ損ねたのだから空腹なのは当然だろう。しかもチャンは知らないが彼女はケントが驚くほど食欲旺盛だ。チャンの自信満々な態度から察するにその店は高級料理店なのだろうが、あのサーリャを『ごちそう』することをきっと後悔することになるだろう。
ケントが内心チャンに同情していると、またもやあの少年の姿が目に入った。しかも今は守備隊員の訓練に混ざって剣を振っている。
「お?あれは…。」
「…シュヴァルツ殿はジズーワンをご存じなのですか?」
「む?ああ、あの少年のことなら何度か見かけた。夜中遅くまで荷運び、昼は屋台で給仕、夕方はここで剣を振ってるのか…。随分と必死…というか、なにかに急き立てられているみたいだ。…悪い。話せないことなら聞くつもりは無い。」
「そうしてくれると助かります。」
「一つだけ教えてくれ。あいつは自分の意志でここに来てるのか?誰かに強要されたりは…。」
「していません!」
ハンセンは突然大声を出して否定する。その瞳からは怒りの色まで滲み出ている。三人は面食らって何も言うことはできない。自分の失態を取り繕うように努めて冷静にハンセンは続けた。
「あの子は、あの子の意志で、ここに毎日通って少しでも強くなろうと努力しています。だからこそ心配なのだが…。」
最後のつぶやきは誰にも聞こえなかったが、ここでそれを聞くことはタブーなのかもしれない。現にジズーワンが参加している訓練は他の場所で行われている訓練よりも雰囲気がピリピリしている。守備隊員にとってあの少年が特別な存在であることは明らかだ。
「余計なことを聞いて悪かった。…サーリャ、チャンさん。行こう。」
「ほいほい。ほな、ハンセンはんも無理せんとがんばりや。」
「失礼いたします。」
去りゆく三人の後ろ姿をハンセンの他にも見ている者が一人だけいた。強くなるためならば何でもする覚悟を決めている彼は今日の昼の立ち回りが目に焼き付いていた。おそらく、いや、確実にあの男はここにいる誰よりも強い。確認したわけではないが、彼に関する情報と少年の直観がそう語っていた。
「ケント・シュヴァルツ、か。」
その少年、ジズーワンはケントの顔をその翡翠色の瞳に焼き付けるべくじっと見ていた。
その夜、ケントは今日も見張りとして船の甲板で座っていた。いや、正確に言えばまたも暇を持て余して瞑想していた。チャンが連れて行ってくれた店は思った通り港でも有名な高級店でその料理はまさに芸術の域に達するほど美味であったが、チャンが遠慮せずに食べてくれ、の一言によって多大な損失を被ってしまったようだ。その元凶が誰なのかは言うまでもないだろう。
そのサーリャも寝静まり、今日の午前中にしか顔を合わせなかったヴォルフは港中を駆けずり回って手に入れた東大陸由来の魔法学を習得するのに忙しいようだ。決して口にしないだろうが、ヨシフとの闘いで自分の戦闘魔法の使い方がまだまだ未熟であったことを痛感したらしい。だからこそ、新しい知識や技術を習得すべく努力を怠らないのだ。
瞑想することで感覚を研ぎ澄ましているケントの耳に、こちらに近づいてくる足音が聞こえてくる。音の大きさや息遣い、足音の間隔などからあいてはかなり小柄だ。不審に思ったケントは瞑想を中断して立ち上がると、未だにちらほら人が行き来している港にまたもや見知った少年の姿があった。
彼はかなり距離があったにも拘わらずケントに気づかれたことに驚いているようだったが、表情を引き締めて船に近づいてきた。ジズーワンが何を思ってケントに近づいてきたのかわからないが、とりあえず何か言いたげな彼の話だけは聞いてやろうとケントは舷側から梯子を降ろす。甲板にたどり着いたジズーワンは何も言わずに唐突に土下座をした。あまりのことにケントは困惑するばかりであった。
「ケント・シュヴァルツ殿。私はジズーワン・ゼーレ。誠に失礼ながらあなたのことは調べさせていただいた。あなたは西大陸の闘技場において最強を謳われていた男を倒したと聞く。その腕前を見込んでお願いしたい儀がございます。」
十歳そこそことは思えないほどに丁寧な言い回しに思わずケントも背筋を伸ばす。彼はこの年にして大人にならざるを得なかったのだろう。そんな男を子ども扱いする気にはなれなかった。
「私をあなたの弟子にしてください!」
「…何?」
予想外過ぎてケントが返せたのはその間抜けな一言だけだった。




