第三十七話
集会所を後にした三人だったが、チャンが突然ヴォルフの肩をつかんで頭を下げた。
「ヴォルフはん!後生や!ワイを港に連れて行ってくれ!」
ヴォルフは面食らったが、彼が何が言いたいのかすぐに察した。先ほどゴバの大長にも言ったように彼は一刻も早く港にいる部下に自分たちの状況を伝えねばならない。当然彼の船が動かすことはできないし、戦の準備でゴバの民に送ってもらうこともできない。今、何のしがらみもなく船を動かせるのは彼らだけなのだ。
「火の国行きの件は絶対に何とかする!せやから頼む!」
「いいですよね、ヴォルフさん?」
「…ええ。もちろんです。」
サーリャは同情から、ヴォルフは打算からチャンの頼みを了承した。ここで恩を売っておけば彼は何としても方法を見つけてくれるだろう。
「じゃあ早速、ケントにも事情を説明しよう。」
「そうですね。…あら?港の方が騒がしいですね。」
「なんや、喧嘩かいな?」
チャンがそう判断したのは何かを囲うように集まった人々とその熱狂ぶり、それに加えて木と木がぶつかり合う音がその中から聞こえるからだ。ヴォルフはなんとなくその中心に誰がいるのか予想がついた。そしてその予想は間違っていなかった。
「次!来い!」
「おっしゃあ!やったらぁ!」
大柄な男が囲っている野次馬の壁を崩すほどの勢いで飛んできた。崩れた壁から見える円の中心には、案の定ケントが棒を槍のように構えて立っている。かなり温まっているらしく、先ほど吹き飛んだ男は完全に失神していた。
向かっていった男は、まるで体の一部であるかのように流麗な棒さばきでケントに襲い掛かる。ケントはそれを躱し、捌き、打ち落としてただの一撃も食らうことは無い。男の猛攻はまさしく彼が槍の名手であることを容易に想像させたが、ケントは男の突きを躱しざまに棒を上から叩く。体が崩れたと見るや、ケントは男の足を棒で払って転ばせる。そして宙に浮いて動くことも防ぐこともできない男の鳩尾を思い切り蹴り上げる。そうしてまたもや手練れの戦士が野次馬に突っ込んだ。
ゴバの民が吹き飛ばされたにも関わらず、ケントを称賛する声が多いことから喧嘩ではなく一種の訓練に彼が付き合っているに違いない。妙な形ではあるが、ゴバの民と打ち解けているのは悪いことではないだろう。
「昨日あれだけ暴れた上にほとんど寝てない男の体力とは思えまへんな。」
「…まあ、僕の知る限りで最強の戦士ですからね、ケントは。」
「ケントさ~ん!頑張って~!」
チャンは感心して感嘆の息を漏らし、ヴォルフは呆れてため息をつき、サーリャは無邪気に手を振りながら声援を飛ばす。いち早く野次馬に混ざったサーリャを追うようにヴォルフとチャンも見物の列に並ぼうとした時だった。
「お前ら!何をしている!」
ヴォルフ達の来た方向から聞き覚えのある声が響く。声の主は先ほど大長の補佐を務めていたドルという男だった。野次馬の輪に自然と穴が開き、ドルが通る道となる。輪の中に入ったドルは周りを見渡して大体の事情を把握すると、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。
「どうだ、ご客人。ゴバの民で一番の男とやってみんか?」
野次馬の一人から棒を受け取ったドルへ返答は無かったが、ケントは無言で構えた。それまでの祭りのような空気が一変して静まり返る。その場にいた全員がその静寂を破らないように息を殺す。そうせざるを得ないほどの緊張感であった。
「むん!」
最初にドルの方から仕掛けた。ケントに負けず劣らずの体格に似合わぬ機敏さで棒を薙ぐ。ゴバの戦士の誰よりも速く、誰よりも重い一撃だ。ケントはギリギリで躱すと、棒を喉目掛けて突く。下手をすれば殺してしまいかねない攻撃だったが、それをドルは難なく捌く。今度は捌かれたことで体勢が崩れたケントの頭に棒を振り下ろす。こちらも直撃すれば人間の頭蓋骨を容易く粉砕したであろうが、ケントはそれを棒で受け止める。
ケントが受け止めたことで互いの動きが止まったが、両者共に後ろに退いて間合いを取り直す。短い攻防だったが、その場にいた全員が息を飲んだ。それまですべての攻撃をいなし続けてきたケントに防御させたドルの技量、そしてドルの剛腕から繰り出される必殺の一撃を防ぎ切ったケントの腕力。超一流の戦士同士の真剣勝負に、皆が圧倒されていた。
皆が二人の一挙手一投足を見逃すまいと集中したのも束の間、唐突に二人とも構えを解いてしまった。野次馬は理由がわからずにただ困惑する。
「はっはっは!強いな!」
「恐縮だが、あんたも相当だな。殺されるかと思ったぞ。」
先ほどまで戦っていた二人は互いの健闘を称えてがっちりと握手を交わす。急な展開についていけない周囲を他所に、遅れてやってきたハルーが人の輪をかき分けて二人に近づくとドルの頭をひっぱたいた。スパーんといういい音が響く。
「痛てぇ!」
「お前は性懲りもなく…。次期大長の自覚はないのか?」
「でもよぉ…。」
「『でも』じゃない。」
「す、すまん。」
ドルは紛れもない猛者であるが、どうやら妻には全く頭が上がらないらしく一方的に怒られている。そんな光景はゴバの人々にとっては日常茶飯事なのか、二人のやり取りを笑って眺めている。一方でケントは未だに怒られ続けているドルをしり目にさっさとヴォルフ達と合流して船に戻った。
合流後、チャンの依頼である南大陸への渡航を共にすることをケントも了承した。まだ昼過ぎでかつ急ぎということだったので、午後から出港する運びとなった。急な話ではあるが、そもそもサーリャの父の件も急ぎであるのでケントたちは一向にかまわなかった。
仲間たちに事情を説明するために商船に行ったチャンが戻り次第、出港するべくケントたちは準備を整えていた。錨を上げるべくケントは甲板のキャプスタンを回していると、見覚えのある子供を抱えたドルが船に近づいてくるのが見える。その子供はケントに後ろから近付いてきた少年だった。
「兄ちゃん!まだ名前を名乗っていなかったな!俺はドルだ。そっちは?」
「ケントだ。」
ケントを呼ぶドルは集会所での重々しさは皆無であった。彼の話し方はまるで友人に対するような気さくさがあった。おそらくこちらが本来のドルであり、ケントの事も友人だと思っているのかもしれない。
「ケントか。いい名だ。俺は強い奴が大好きでなぁ。何かあったら遠慮なく俺を頼れよ!」
「それはドルとしてか?それともゴバの次期大長としてか?」
「両方だ。ゴバの民の戦士たちは皆お前の強さに敬意を持っているからな。」
正直、それは余りにも単純過ぎるとケントは思った。だが、ドルが嘘をついていないことも解っている。西大陸や東大陸においてゴバの民は蛮族だと思われているのはこういうところなのかもしれない。ただ、ケントは彼らのシンプルさが心地よかった。
「感謝する。」
「いいってことよ。お?待ち人が来たようだぞ。それじゃあ達者でな!」
チャンが息を切らしながら走ってくるのがケントにも見えた。小柄で初老のチャンが必死に走る姿はなんとなくほほえましいが、ケントは昨日の怪我が開いてしまうのではないかと心配していた。
ドルと入れ替わるように船のそばまでたどり着いたチャンのためにケントは舷側から梯子を下す。チャンは慣れた動きでそれを上ると、服の袖で額に浮かんだ汗をぬぐった。一刻も早く出港したいのだろう。チャンの乗船を確認したヴォルフは舵を握って魔法機関に燃料である魔力を注入する。チャンの見立て通りならば夕方には南大陸の港に着くだろう。ケントたちはまだ見ぬ土地への期待を胸に南大陸への舵を切った。




