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魔界の姫と用心棒  作者: 松竹梅
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第二十九話

 ヨシフは自分の中に未だ怯えなどという感情が残っているとは思わなかった。ほんの数秒とはいえ、敵に包囲されている状況で無防備な姿を晒していた自分の醜態に怒りがこみあげてくる。だが、現実はもっと不愉快極まりない。なんせ奇襲を仕掛けて始末したはずの敵と正面から戦わねばならないのだ。

 ケントの剣の腕前は日中の闘技場ですでに見ていた。ヨシフの分析では単純な剣術では敵わないが、魔法ありきならばほぼ確実に勝てるはずである。その予想は間違ってはいない、いや、間違っていなかったというべきだろう。だが、ヨシフの眼前でケントの焼けただれた皮膚がボロボロと零れ落ち、その下からきれいな肌が姿を見せつつあるケントの異常ともいえる治癒能力というイレギュラーが計算を狂わせる可能性は大いにある。

 チャンピオンと同等の治癒能力をどうして彼が有しているのか、それをどうやって使えるのか、そしてなぜ試合で使わなかったのかなど疑問は増すばかりだが、巨剣を振りかざすケントという眼前の危機を無視するわけにもいかない。


 「ふん!」

 「?」


 ヨシフはケントの振る剣の遅さやその太刀筋の甘さに怪訝な表情を浮かべる。なんというか、剣に振られているという印象なのだ。振るっている剣が元はチャンピオンの得物であることはケントが現れた時点で解っていたが、初めて使うそれを扱いかねているのだろう。

 一般に武器は手に馴染んだものを選ぶべきだが、ケントは武器を選ぶ余裕も猶予もなかったのだから仕方がない。だが、敵の武器を奪いながら戦うことが本来の戦法であるはずのケントがこうも苦戦するのは黒鉄の比重の高さにある。世界中のどの金属よりも重い黒鉄は筋力を底上げしたケントにとっても非常に重く、そのために片手で扱うことが困難だったのだ。

 なんにせよ敵が精彩を欠くのならばそれに乗じてしまえばよい。ヨシフは聖騎士にふさわしい余裕を取り戻していた。大上段からの一撃を躱し、その刀身を上から硬化した剣で叩き付ける。金属のぶつかる耳障りな音が夜闇に響く。ヨシフはケントの剣を斬るつもりで切れ味と強度を最大限に強化したにも関わらず、切断できなかったことに驚いたものの、ケントの巨剣は自重と上からの衝撃で深く地面に突き刺さる。ケントの動きが止まる。


 「死ねぃ!」


 ヨシフはその隙にケントの腹を横一文字に切り裂く。ケントの切り裂かれた腹から鮮血が噴き出す。さらに追い打ちをかけるようにヨシフは傷口に火炎魔法を放つ。ケントは魔法の衝撃で仰け反り、業火に焼かれて火だるまになる。


 「ぐはぁ!?」


 にも関わらず、ケントは仰け反った状態から反動をつけて火だるまのままヨシフの顔面に頭突きを見舞った。ヨシフはもんどりうって鼻血と涙をダラダラと垂れ流しながら地面を転がる。

 ケントは自分の体を焦がす炎の魔力を吸い取り、服についた火を払う。腹の傷はすでに治癒が始まっており、見た目とは裏腹にあまりダメージを負っていない。コリをほぐすように肩を回すと、地面に突き刺さったままの剣を引き抜いてこびり付いた土を払うために素振りをする。


 「スゥー、ハァー…。」


 深呼吸したケントの口からは大量の煤が混ざった黒煙が吐き出され、皮がなく肉がむき出しの顔面も相まって非常に禍々しい。ケントからすれば炎魔法によって内臓が炙られたことで体の内側から出た煙を吐き出しただけなのだが、事情を知らない余人が見れば竦み上がったことは疑いの余地はない。

 思いがけない反撃を食らったヨシフは今更ながら自分の選択が誤っていたかもしれないことを後悔する。欲をかいて殺せるなら殺そうなどと思わずに、サーリャの未知の魔法を見た時に下した撤退という判断こそが正しかったのだ。ケントの左腕はもう手首のあたりまで再生し、左手の回復が始まりつつある。今は大人しく気絶しているアーヴィング兄弟もいつ起きるかわからない。時間をかければかけるほど不利になることは明白だ。


 (想定外の事態が起こりすぎだ!ここは撤退を!)


 ヨシフは今すぐにでも逃げ出したかったが、だからと言ってすぐさま実行できるわけではなかった。というのも、ケントを相手に背を向けて逃げることなど限りなく不可能に近い。そんなことをすれば隙だらけの背後から両断されることは火を見るよりも明らかである。

 結果として、ヨシフはケントの猛攻を凌ぎつつ逃げだす隙を窺わねばならなくなった。ケントの攻撃は未だ躱せる速度であったが、先ほどよりキレの増した太刀筋は安易な反撃を許さない。加えてキレは徐々に増しており、退くタイミングは一向に訪れなかった。


(強い!片腕でここまで強いとは!しかも、徐々に剣が速くなっているのか?もう新しい武器に慣れ始めたのか?なんにせよ、このままジリ貧になる前に…仕掛けましょうかねぇ!)


 ヨシフの瞳から焦りが消え、代わりに決意の光が灯った。攻撃を避けつつケントの顔面に炎魔法を放つ。案の定、彼は反射的に剣の刀身を使って防御するが、炎の玉は剣に触れる直前に爆発する。ケントは大剣の刀身を盾のように使うことで正中線の急所すべてをカバーしたが、顔の前に構えられた剣は彼の視界が埋まる。

 防御のためにケントの動きが止まる一瞬を作り出すことがヨシフの目的だった。ヨシフは同時に行使可能な身体と武器の強化魔法を最大出力で行使する。そしてケントの首目掛けて剣を振るう。大剣によって防がれているとはいえ、魔法によって強化された聖銀の剣の前には無力。虚実のない、何の変哲もない薙ぎであったが、斬れぬものなどないと断言できるヨシフの渾身の攻撃だ。


 (この剣ならば金属の盾も戸板も同じこと!)


 ヨシフは必勝の確信をもっていた。だからこそ、今日何度目になるかわからない、だが人生で一番の衝撃に目を皿のように見開くことになった。


 「は?」


 振りぬけない。その事実をヨシフは認められなかった。さらに驚愕すべきはヨシフの剣にケントの大剣の刃がめり込んでいることだ。これは強化された聖銀の剣が強度で負けたことを意味する。


 「あ…あり、ありえない!」


 ヨシフはあまりのことに取り乱しながら後ずさりする。あまりにも常識を逸脱した出来事に、これまで積み上げてきた知識と経験、そして努力に裏打ちされた実力と自信が崩れ落ちる音が聞こえる気がした。それゆえにケントの動きへの対応が遅れる。ケントは無造作に大剣を振り上げると、袈裟懸けに全力で振り下ろした。ヨシフは回避が間に合わず、剣で正面から攻撃を受け止めた。

 ケントの持つ大剣は黒鉄を用いて鍛造されている。これは非常に重く、加工が難しいという欠点があるものの代わりに固く、強力な魔法の触媒にもなる金属だ。そんな大剣を使ってケントが自分の魔法である吸収魔法を使えばどうなるか。吸収魔法を纏った大剣で、魔法によって強度を上げた物体を攻撃すればどうなるのか。結果は想像に難くない。

 金属音を隠すようにゴジャリという肉と骨が潰される鈍く湿った音が響く。ヨシフの構えた剣は中ほどで切断され、肩口から入った大剣はちょうど心臓のあたりで止まっている。心臓を狙ったのは故意だが、胴体を両断できなかったのはケントが本調子ではないからだ。


 (あ?…魔…力が……抜…け…?)


 急激に薄れていく意識の中で、ヨシフが最後に感じたのは魔力が急激に体内から失われていく奇妙な、それでいて幸福感すらある快感だった。

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