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魔界の姫と用心棒  作者: 松竹梅
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第二十六話

 その日の夜、ウルリッヒは日課である夜の稽古に励んでいた。周囲は自分を有望な魔法騎士だと言うが、彼は自分をあまり評価していない。確かに、若手の騎士では最強クラスだと自負しているが、全体で見れば上の下程度でしかない。しかも、敬愛する両親と兄は輪をかけて優秀な人材だった。父は王国で最も博識な錬金術師であるし、母は女性初の魔法騎士にして現役の第三魔法騎士団団長、そして兄は大陸最強とも謳われる魔術師だ。

 ウルリッヒは自身の才能が家族と比較して一段劣るということを幼少期に悟っていた。だが、そこで卑屈になるのではなく、彼は努力した。才能の差を努力によって埋めようと試みたのだ。そしてその努力が報われつつあることは魔法騎士としての評価が物語っている。

 夜の稽古ではウルリッヒはいつも実戦用の全身鎧と真剣を用いている。夜の稽古は実戦を想定しており、鎧着用時の動きにくさと真剣の重量を体に慣らしておくためのものだった。


 「九百九十八…九百九十九…千!」


 真剣による千回にも及ぶ素振りを終えたウルリッヒは額に浮かんだ汗を布で拭う。火照った体に夜の風が心地いい。普通ならばもう腕が上がらなくなるほど疲労が溜まっているはずだが、ウルリッヒにとってこの程度は準備運動に過ぎない。鎧と剣に使われているミスリルやオリハルコンなどの触媒を用いた身体強化のおかげだ。


 「次は型稽古…ん?」


 ウルリッヒは不意に魔力の流れを感じ取った。本人は気づいていなかったが、彼の魔力に対する鋭敏な感覚は天性の才能だ。それを鍛錬によってさらに研ぎ澄ませたことにより、彼に気取られることなく魔法を使うことは不可能に近い。

 魔力の流れ自体は強いものではなかったが、それが広範囲に点在するとなると話は別だ。弱い出力の魔法を同時に複数人が行使することなど滅多にあるものではない。しかも魔力の発生源を盗み見ると、人の形に空間が歪んで見える。ヨシフに比べればお粗末にも程があるが、これは透明化の魔法に他ならない。犯罪や暗殺時によく使われる魔法の使用が分かった時点で、ウルリッヒはこれがアーヴィング家に対する敵対行為だと結論付けた。

 結論が出た後の行動は早かった。ウルリッヒは自分を守るように鋼鉄のゴーレムを四体創造する。彼が得意とする『金属』の魔法によって生み出されたゴーレムは全身を覆い隠せるほどの盾と武骨なメイスを装備していた。


 「行け!」


 ゴーレムたちは鈍重そうな見た目に反したすさまじい速度でウルリッヒの号令と共に魔法の発生源に飛び掛かった。ガチャガチャとけたたましい音を立てながら突撃したゴーレムの内、二体のメイスは空を切ったものの、残りの二体は侵入者を正確に捉える。ウルリッヒのゴーレムは普通の人間であれば両手でも持ち上げることすらできないような鉄の塊をまるで小枝であるかのように軽々と振り回す。

 メイスが肉を潰す鈍く湿った音が夜の庭園に響き、地面に転がった死体から赤黒い液体が滲み出る。残った八人の侵入者たちは即座に半数がウルリッヒに飛び掛かり、半数が屋敷に向かって走り出した。ウルリッヒを足止めしつつ、依頼を果たすつもりなのだろう。このあたりの判断の素早さと息の合った動きは敵もそれなりの場数を踏んだプロである証拠だ。

 戦闘を引き受けた四人は小型の爆弾を投げる。ビー玉ほどの大きさしかない爆弾は、サイズに見合わぬ威力の爆発を起こした。錬金術によって作り出した強力な火薬を使っているのだろう。爆弾のような音の出る兵器を即座に使ったのは、ウルリッヒのゴーレムが立てた音によって既に隠密行動は意味をなさないことを悟ったからだろう。

 ウルリッヒは即座にゴーレムたちを呼び戻して盾にしすることで爆弾から身を守る。十数個の爆弾はすべてのゴーレムを行動不能にしたものの、その甲斐あってかウルリッヒは無傷だった。その間に彼は戦闘用の魔法をいくつも起動して戦闘準備を整えた。身体強化は当然のこと、剣や鎧の硬化、対魔法・対物理防壁の展開、さらには浮遊する武器の創造だ。

 侵入者たちはひるむことなく投げナイフや魔法などの遠距離攻撃役と短刀による近接攻撃役に素早く分かれて攻め立てる。なかなかの手練れではあったが個人の戦闘技術で劣る上に、魔法によってしっかり強化されたウルリッヒとその時間が与えられなかった彼らでは四対一という数の上での有利と連携があまり意味をなさない。短刀を捌き、魔法を盾で受け、隙あれば浮遊する剣や槍を射出する。戦闘は終始ウルリッヒのペースで進んでいた。

 それでも足止めに徹すれば数分は持ちこたえることは可能なはずだった。それがウルリッヒ一人であったならば。


 「まったく、今日は精神的に疲れてるのに…。」


 侵入者たちは驚いて全員振り向いた。なぜなら、その声は彼らの仲間が向かったはずの方角から聞こえてきたからだ。さらに声の主は彼らが今最も出会いたくない最強の魔術師だったことも理由の一つだろう。


 「君たちの仲間はすでに捕らえた。じきに詰所から援軍も来るだろう。素直に投降すれば命まではとらない。」


 ヴォルフは杖の先端を男たちに向ける。男たちはまさしく『前門の虎、後門の狼』の窮地に陥った。四人がかりで一人を相手にするのがやっとであったのに、さらなる強敵と戦えるわけがない。

 だが、このタイミングで屋敷の窓が割れる音が響き渡った。半ば反射的に侵入者もヴォルフも後ろを振り返り、ウルリッヒの表情は驚愕に彩られていた。魔法に対する鋭敏な感覚をもってしても捕らえられなかった敵が居たということになるからだ。実際は別口の侵入者であるので彼が気が付かなかったのは仕方がないことなのだが、そのような事情を知らないのだから動揺して然るべきだろう。

 だが、その場にいた者たちの反応の原因はそこではない。むしろその直前に膨れ上がった強大な魔力を感じ取ったからだ。さらにその魔力の質は彼らがこれまで感じたことのないものだった。魔法による戦闘を生業にしているからこそ、未知の魔法に対する警戒心は強い。それは、その魔法に直接対峙していた聖騎士と全く同じ反応であった。

 自分たちへの注意が反れたと解るや否や、侵入者たちは煙幕を張った。錬金術によって精製した特殊な煙幕は単に視界をさえぎるだけにとどまらず、強烈な催涙効果をもたらす。ヴォルフは激しくむせた。ウルリッヒは防壁を張っていたおかげでヴォルフのようなことにはならなかったが、白煙によって敵を見失ってしまう。彼は兄の立っている位置を避けて煙幕の向こう側へと武器を射出する。狙いをつけていないので当然ほぼすべてが空を切ったが、槍の一本が一人の心臓を射抜いて即死させた。


 「兄上!大丈夫ですか!?」

 「あ、ああ。平気だよ。」


 ヴォルフはすでに風魔法で気流を操作して煙幕を散らし、眼と喉の治癒もあらかた終えていた。煙幕に毒までは含んでいなかったことが幸いしたようだ。


 「それよりも早く追いかけよう。嫌な予感がする。」

 「はい、急ぎましょう!」


 二人は男たちを追いかける。飛行魔法を使わないのは魔力を温存するためだ。侵入者を追いかけて屋敷の角を曲がると、そこには見たことのない男をルガールとサーリャが挟撃している現場であった。

 その状況をヴォルフは完全に理解することはできないが、即座に理解できたのは今まで屋敷の中でも姿を隠していたルガールが戦わざるを得ない状況にあること、そして未知の魔力を放っているのはサーリャであることだった。

 しかし、いつまでも呆けているわけにもいかない。謎の男と侵入者たちが即座に動き出したからだ。ヴォルフは弟に謎の男を任せ、自らはまず侵入者を捕縛することにした。斬られたルガールに治癒魔法をかけているサーリャへの攻撃を防ぐと同時に捕縛用の水魔法を行使する。侵入者を難なく捕らえたヴォルフは弟を援護すべく振り返ったが、すでに決着はついたも同然だった。


 キィィン


 金属同士がぶつかる甲高い音と共に白銀に輝く物体が空を舞う。ヴォルフの足元に落ちたそれは彼にとっても見慣れた弟の剣の切っ先だ。

 ウルリッヒは折れた剣を握ったままヴォルフの隣に飛び退いた。所々破損した鎧の隙間からは血が流れ、肩で息をしている。高級な希少金属を用いた武具、それも魔法によって強化されたものを易々と切り裂き得る武器を持ち、一流の剣士でもある弟を容易にあしらうことのできる者。それに該当する立場の人間にヴォルフは心当たりがある。


 「まさか、それは聖銀?聖騎士がなぜこんなことをする!?ここはアーヴィング家の屋敷であり、彼女らは私の友人であり客人だ!」

 「見て見ぬふりをすればよかったものを…。仕方ありませんね。ここにいる皆さんには死んでいただきますよ?あの若者のようにね。」

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