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魔界の姫と用心棒  作者: 松竹梅
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第十九話

 ケントが闘技場に入った時、最初に感じたのは異様な数の視線だった。彼は今までも大多数を一人ないしルガールとのコンビによって蹴散らしてきたが、ここまでの数の人間の視線にさらされたことはなかった。萎縮することはなかったが、それはケントにとって気分が悪くなる光景だった。

 それに拍車をかけているのが目の前でポーズを決めたり演武をして見せたりしている筋肉ダルマのような男なのだろう。自信が漲った表情と余裕、そして演武の動き。そのすべてが男の強さを物語っている。なによりも目を引くのは自分の両拳を打ち付けた時に発する音だ。まるで金属同士がぶつかったかのような音は拳を鍛えただけでできる芸当ではない。とすれば魔法に違いない。そしてケントは男が使っている魔法を思い浮かべる。


 (『硬化』だったっけ?あれだけの硬さだと剣じゃ斬れんだろうなぁ。)


 ケントが使える魔法は『吸収』と『筋力強化』だけではない。接近戦において有用な魔法に関しては祖父に叩き込まれている。魔法は理論を理解できていなければ使えないが、それに関しては理解できるまで教え込まれたのだ。

 その中の一つに『硬化』も存在するが、ケントはそのような強化魔法を使うことはほとんどない。なぜなら使ってもほとんど意味が無いからだ。ケントはその生まれながらに使える『吸収』という魔法の特性上、自分の身体から離れたものに魔力を伝えることができない。正確に言えばできないわけではないが届く距離が体表から数センチ程度と異様に短いのだ。しかも『吸収』の魔法によって体表に施された強化魔法に用いられた魔力をも体内に吸い込んでしまう。その結果、せっかく強化魔法を施してもすぐに効果が切れてしまうのだ。

 とはいえ、『筋力強化』などの体内を強化する魔法は自在に操ることができる上に攻撃系魔法が直撃した場合でもその威力を必ず減衰させ、接触によって敵の魔法を打ち消すことができるのは敵にしてみれば厄介であることは確かだ。


 「これより本日第十八回目の神前試合を執り行う!両者共に死力を尽くし、己が持つすべてを出し切って戦うのだ!両者、中央へ!」


 

 闘技場は神官の一声で静まり返ったものの、ケントに向けられる視線はより強いものとなった。グランという圧倒的な強者を相手に田舎からやってきた若造がどこまでやれるのかを楽しみにしているのだろう。もちろん、ケント自身周りが自分に期待しているとは思っていない。そしてそれはこちらの思惑通りでもあるのだ。


 「それでは…始め!」


 試合開始と共にケントは一瞬で間合いを詰める。強力な『硬化』を使えるからと言って、それだけで二連勝ができるわけがない。グランは格闘家としても一流だということをケントは理解している。だからこそ、余裕の表情でケントの攻撃をまともに受けてくれるグランの自信は付け入る隙となるのだ。



 格闘家・『鉄拳』のグランは北大陸の漁師の子として生を受けた。彼は普通の子供よりも大きな体躯と生まれ持った魔法の才能を兼ね備えていたものの、それを活かすことは無いと思い込んでいた。

 だが、ある日ふらりと村にやってきた旅人がグランの人生を大きく変える。その男は修行の旅をしている東大陸の格闘家だったが、グランの天賦の才を見込んで半ば無理矢理弟子にしたのだ。訳も分からず師匠に言われるがまま来る日も来る日も厳しい鍛錬を積み、いつしかグランは若かりし日の師をも超える戦士となっていた。

 ある日、グランは師匠に尋ねた。何故自分を拾って鍛えたのかと。すると師匠は語った。為す術もなく敗れた名も知らぬ若い戦士を倒すべく諸国を放浪して修行を積んでいたが、結局はその領域までたどり着くことはできなかった。だが、グランという逸材を発見してひらめいた。この子供をあの男を超える戦士に育て上げる。そして最強の戦士を育て、グランにその高みを見せてもらいたかったのだと。

 それは非常に利己的で、グランにとっては理不尽極まりない理由だったが不思議と悪い気はしなかった。そしてその時から師匠の夢はグランの夢にもなった。そしてグランは北大陸を出て様々な戦争に身一つで参加し続けた。その名声は日増しに高まり、いつしか『鉄拳』という二つ名で呼ばれるほどになった。

 そしてグランの求めた称号はゴルドアードラー王国、国立闘技場におけるチャンピオンだった。世界中の猛者が集まる闘技場の最強の称号。それはグランの夢の大きな一歩となるからだ。


 (若いな…。だが、俺の夢の糧と成れ!)


 試合が始まる前、グランはパフォーマンスをしながらもケントを盗み見てその容姿から戦闘スタイルを予想していた。動きやすい軽装鎧に一般的なロングソードと円盾。自分に匹敵するほどの身長と引き締まってはいるものの鎧の下には鍛え上げられた筋肉。そしてケントから感じる圧力はこれまで感じたことのないほどの凄みがある。

 試合開始と共にグランは『硬化』を全身に展開する。『鉄拳』という二つ名を持っているグランだったが、実のところその名前は気に入らなかった。なぜなら彼の皮膚は鉄程度の高度ではないのだから。グランの身体を引き裂くには聖銀などの希少な魔法の触媒で作られた剣に高度な『切断』の魔法を掛けるしかない。そしてそんな武器を用意できる魔法戦士は世界でも数えるほどしかいない。そしてもしその条件をクリアできた相手がいたとしても、グランは己の武術によって相手を粉砕できる自信があった。


 (かつて師匠が敗れた魔法戦士は触れた金属を腐食させる魔法を使ったという。そしてそこから得た答えは頼ることのできる武器は己の五体のみ!武器を使う時点で俺に勝つことはできん!)



 そして先の二試合と同様にグランは相手の攻撃をすべて受け止めるために両手を大きく広げる。絶対の自信に漲ったグランは猛獣のような笑みを浮かべていた。すると異常ともいえる踏み込みによって一瞬でケントはグランに肉薄する。その歩行技術には目を見張るものがあったし、それだけの技術をどうやって習得したのかは疑問だ。さらには剣すら抜かずに突撃してくるのは驚愕に値する。だが、それでもグランは恐れない。己の才能と師匠の教えによって生まれた自分の絶対防御を崩すことなどできないのだから。


 そして次の瞬間、グランの視界が真っ暗になった。


 「ぎゃああああああ!」


 観客は何が起こったのか理解できなかった。ケントが五メートルもの距離を一瞬で詰めたことまでは解る。だが、実際に這いつくばって無様を晒しているのはグランだ。

 顔をおさえて必死に立ち上がったグランだったが、ケントはその頭をむんずと掴むと地面に勢いよく叩きつけた。ケントの手を引きはがそうとするが、ケントの魔力で強化された握力に恐怖と混乱で魔法によって強化できないただの肉体能力が敵うはずがない。

 ケントは無言でグランの頭を地面に数回叩きつける。最初は必死に抵抗をしていたが、頭から流れる血液の量に反比例するように抵抗は徐々に弱まっていく。そして痙攣するだけの肉塊と成り果てたことを確認するとケントはふう、と一息ついて手を数度振って血を払う。まるで一仕事終えたかのような気楽さがそこにはあった。そしてそれは観客からすれば恐怖しか感じない。これほど凄惨な殺し方をしておいて何の痛痒も感じていないことが直感でわかるからだ。


 「しょ、勝負あり!」


 幾度となく殺し合いを見届けてきた神官ですら場の空気に飲み込まれてしまうほど、闘技場全体が静寂に包まれていた。だれもがケントから視線を外せないでいるなかで、一人だけ例外がいた。


 「ヴォルフさん?聞いているんですか?」

 「え?あ、すいません。聞いていませんでした。」

 「恥ずかしながらケントさんがどうやって勝ったのかがわかりません。よろしければ教えていただけますか?」


 サーリャの声で我に返ったのはヴォルフだけではない。ゴードンやサーリャの声が聞こえた者たちだ。ゴードンはともかく、それ以外もサーリャの発言から彼女たちがケントの関係者だと察したのだろう。ヴォルフに二十人ほどの視線が集まっている。


 「早すぎて自信はないけれど、多分初手で眼球を潰したんだと思う。『硬化』の魔法の特徴の一つに同じ強さの魔法を掛けた場合、その強度は強化された物体の元々の強度に比例する、というのがあるんだ。グランは確かに武術と『硬化』に特化した戦士だったけど、体全体に硬化を掛けたせいで部分によって強度の違いが出ていたんだ。それを見越してケントはやわらかい眼球を狙ったんだと思うよ。」

 「なるほど…。魔法に関する知識が勝敗を分けたんですね!ありがとうございます。」

 「はー!なんちゅうか、あの兄ちゃんも十分化け物だな。」


 サーリャはぺこりと頭を下げる。ゴードンは感嘆のため息を漏らす。そして盗み聞きしていた連中もヴォルフの説明で得心したのか彼への視線が外れていく。そしてヴォルフは心の中でため息をつき、そして同時に安堵した。さっき語ったことは半分は本当で残りの半分は嘘だからだ。

 『硬化』の魔法に関する説明は本当だ。硬化魔法は材質の強度を上げるものであって掛けられたすべての部位が同じ強度にならないというのは魔術師の常識だ。一方でケントが『吸収』を使っていたことを隠している。グランの硬化魔法は文字通り桁外れの強度だった。ヴォルフでもあそこまで強化するのは不可能なほどに。

 いくら柔らかな眼球とはいえ、グランの硬化魔法ならば鋼鉄並みの強度だったに違いない。それを容易く突破したのはケントの魔法を無力化する『吸収』の効果に他ならない。サーリャは知識の重要性を再認識していたがまさにその通りだ。


 「心配するだけ無駄だったな…。」


 ヴォルフの安心して思わず口にしてしまったつぶやきは誰に言ったわけでもなかったが、そんなヴォルフを見たサーリャはクスリと小さく笑った。

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