湘南波巡り
僕は、若い頃サーフィンにはまっていた。時代は遡るが、あの輝かしい時代を知る世代の人には、是非郷愁を感じて欲しい。
実は若い頃波乗りにハマっていた。流行りとかではなく、生まれ育ったのが湘南の海沿いだった所為で、自然のなり行きで惹かれていったのだった。
10代の時初めて入った海は「長者ヶ崎」だった。三浦半島の西海岸、横須賀市と葉山町の境にある海で、その日は横須賀側でそこそこの波が立っていた。「ロコ」と呼ばれる地元サーファーが、集まる中、僕は友人と伴に海へと入って行く。友人は、さっさと沖へと出たが、僕は慣れない波に翻弄され四苦八苦。満足に沖へ進めない。そうこうしている間に波に揉まれて倒されて水を飲む。その繰り返しが延々と続く。周りからはすっかり邪魔者扱いされた。それでもヘトヘトになるまで頑張ったが、とうとうこの日は一度もボードの上に立てなかった。「波なんて、大嫌いだ‼」と思ってその日は帰ってきた。だが、不思議な事に、数日も経つと、懐かしい様な愛しい様な気持ちに支配され、その気持ちが恐怖の気持ちを断ち切りその後もせっせと海へ通い続けた。その甲斐あってか、そのうち少しは格好が付く様になり、欲も出て来て色々なポイントへと出掛ける様になったのである。
波乗りポイントは、湘南だけでも沢山ある。東は三浦半島の「和田長浜」から、西は、湯河原の「吉浜」まで。一口に波と言っても千差万別であり、ポイントによって特徴が違うのは勿論の事、同じ場所でも、その日、その時間によって全く変わり、同じ波とは2度と出逢えない。一期一会なものなんだ。だから、海が荒れたり、或は凪の日などは、丁度乗りごろの波を求めてサーファー達は彷徨う。僅かなタイミングがズレただけで表情を変えてしまう厄介で、気紛れな奴なんだ。
「波」とは、旅人でもある。遠く南極や赤道付近からそれは長い路のりを経てやって来る。その間にエネルギーを蓄え、岸に近づくと一気にブレイクさせる。気象条件によっても波の高さ、厚み、形、スピードが別物に変わる。波は生き物でもある。だからこそ面白いし難しい。それらの中から自分好みの波を見付け出せれば、そこがホームグランドになる。
人気があるビーチは、鎌倉の「稲村ヶ崎」「七里ヶ浜」藤沢の「鵠沼海岸」「辻堂海岸」茅ヶ崎の「柳島」といったところだろうか?。「稲村ヶ崎」では、数十年に一度、大波が立った時だけ開催される伝説のサーフィン大会があり、数年前の秋に奇跡的に開かれた。当日は数千人の観客がビーチや道路を埋め尽くした。
「七里ヶ浜」は、R134からよく見渡せるので、目立ちたがり屋にはうってつけのポイントだ。目の前にある巨大な駐車場も休日は常に満杯で、波間も正に芋洗い状態だ。ここでは例え良い波が立っていても、小動寄りに入るのは注意せよ!海底から伸びている藻が季節によっては足に絡んできて海底に連れていかれるかも知れないからね!。
「鵠沼」は、かっては電車サーファー達の聖地だった。夏の週末の夜、終電近くに奴等は都内から小田急に乗って大勢やって来る。大きなカラフルなボードケースを抱えてやって来る。電車を降りると、夜の住宅街を駅から歩いて海岸へと向かう。海沿いの公園迄やって来ると、ボードをケースから取り出して、代わりに自分達が入る。ケースは即席の寝袋になるんだ。そのままベンチで、ゴロンと横になり、仮眠を取るのはよいが、準備を怠るな!。夜明けまでに、顔中虫に刺されてイケてるルックスも台無しだぜ。
それを横目に、地元の波乗り屋達は、夜明けと伴にウエットスーツに裸足で自転車を漕ぎ、ボードを小脇に抱えて悠々とやって来る。荷物など全く無いから自転車に鍵さえ掛ければ、そのまま海へとまっしぐらだ。
僕は専ら車で移動した。愛車は、錆びだらけのサニーカリフォルニア。今でこそ駐車場探しは大変だけど、昔は湘南の海沿いでは、何処でも自由にタダで車は停められたもんだった。暴走族が、湘南を荒らしてからは自由は無くなってしまったんだ。それが、とても残念な事だと思う。
サーフィンは体力を物凄く使う。2時間も海に入ればくたくたになる。なので、細目に休憩を取る。朝日を浴びながら波に乗り、朝食。場所を移してパッパと乗って昼食。午後は日焼けをしながら海が空くのを待って海へと入り夕方まで思いっきりやる。日が、すっかりと落ちたら、海から上がって車へと戻り、夕暮れの中で日中の陽射しで充分に温まったタンクの水を頭から浴びて塩を落とす。
すっきり片付けが終わったら辻堂の「おでんセンター」へと立ち寄ろう。決して店の名前ではなく、R134の浜見山交番を曲がるとおでん屋が立ち並ぶのでいつしかそう呼ばれるようになった。その中でも名の知れた「ひげでん」でも良いが、気さくな店の「渚」に立ち寄りたい。昔は娘だった店主のせっちゃんは、今でも健在だ。二人の息子も手伝って夜通し営業している。気兼ねなく気の合う奴等とおでんをつまみに深夜まで語り合う。締めは伝説の「スライス」。単なる酢メシの事だが、これが疲れた胃袋に凄く良い。爽やかな味わいは全身を癒してくれるだろう。
そして、客は、一人一人と夜の闇に消えて行く。長~い波乗り屋の1日は、こうして終わり、叉、新しい一日を繰返しては過ぎて行くのだ。
きっと読んでくれた人の中にも、同じ様な時代を過ごしてきた方も居ると思います。それぞれの過ぎ去った時間を思い出してくれれば、幸いです。