#4 変化
「最近明るくなったわね?」
家に帰って母にそう言われた時初めて気が付いた。がむしゃらにご飯を掛け込むその姿を母は不思議に感じたのであろう。
「……」
「夜もちゃんと寝ているようだし、健康的で何よりだわ。本当は心配していたのよ。毎夜遊びに行っているあなたを見てたから」
歩はドキリとした。バレているなんても思ってもいなかったからである。遊びに行っている記憶があるわけではない。ただ、パジャマで寝ていたはずなのに起きてみるとどういう訳か?自らの好みと反する服を何処で手に入れたのか身に纏っているのである。
「お母さん……私が夜出歩いているの知っていたの?」
母と子二人暮らしの生活。父は歩が幼稚園生の時交通事故で亡くなって以来ずっと二人で生活していた。それを不幸だとは思わなかったにしろ、夕方遅く仕事で帰ってくる母親が自分のことを気に掛けていてくれたことを嬉しく思った。
「出歩いているのは気づいていたけど、何だか歩らしくないから声掛けづらかったのよ。母親として失格なのかも知れないけど、自由にさせておく方が良いかとそう思っていたから……でも安心したわ。もう出歩いてないようだし。あのね?……ううん。良いわ。また機会があったら話してあげるから…
…劇頑張りなさい」
そう言って言葉を切った。歩は何を言いたいのか分からなかったが、自ら話さない事を追求するのもなんだな。と思いそのまま食べ終わった食器を流しに持っていくと二階に上がっていった。
そして、月日は流れ文化祭当日になった。秋晴れの清清しい幕開けとなる。
さすがに緊張する。練習で何度も台詞をこなしてきているが、もし、ミスったらという感情を捨ててはおけない。それに体育館には、人が大勢入っている。初めての経験で思わず膝がガタガタと震えてくる。それを見ていたのか、岡部が、
「あれは、みんなかぼちゃだと思えばいいんだよ。魔法使いがかぼちゃにしたんだってね」
それを聞いて笑いがこみ上げてきた。わざわざ魔法使いを例に挙げなくても良いのにと。
そんな笑いをこぼした頃には緊張が解かれていた。何だろう?何故、こう岡部は自分をこんなに見てくれているのだろうか?だいたい事の始まりは岡部の勝手な発言からだった。でも、何度でもフォローしてしてくれた。今の自分がここにこうしていられるのは、岡部在ってのことだと気が付くと、感謝したい気持ちが芽生えてくる。
「おっ!予算無いのに良くこれだけの大道具出来上がったな!美術頑張ったじゃん。俺の出番終わりのほうだけだから、支えるの手伝うぜ!いろいろ言えよな〜!」
歩との会話が終わったら直ぐにクラスメイトのみんなの中心に入っていく。こういう心配りが出来るから、いつでも輪の中心人物になれるんだろう。お祭り好きだなどと考えていた自分を恥じた。そして、今までの自分を振り返ってみる。何処にも他人を思いやる姿勢を持ったことが無いんだなと鑑みると、変わらなければいけないんだとそう思った。
クラスとしての出番は中ごろ。まだまだ先の順番だとそう思っていたが、時間は直ぐに流れて行った。舞台の袖に隠れて見守ることになり、周りは息を潜めて出番を待っている。
そんな時ふと目に入った人影。
『お母さん……』
仕事で忙しいはずなのに、言ったとおり初めて見に来てくれた。考えてみれば、幼稚園の運動会以来である。父が亡くなってからは一度だって来てくれることは無かった。仕事仕事で歩は一人きりの行事を送ることが多かった。それを冷静に判断して、いい子を装い親を困らせることが無かった分この事は衝撃だった。本当の気持ちを言うと、泣き出したいほど嬉しいのである。
『来てくれた……』
「そろそろ前のクラスが終わるぞ、用意しとけよ……」
ボソボソと岡部が歩に耳打ちした。
「あ、うん」
「どうした?……」
赤く涙で潤んでいるその瞳を確かめたのか?岡部は軽く歩の肩を二回ほどなだめるようにポンポンと叩くと、準備に入る。歩も、気合を入れなおすと光り輝く舞台へと足を向けた。