#1 シンデレラ
『ごく平凡な学生生活を心がける』
それが白石歩の中学生における何より安心できる生き方であった。
別段目立つ容姿でもない。ましてや、話し上手でもない彼女にとっては難しいことでは決してなかった。何処にでもいる一中学生である。それなのに、こんな生き方をしようと定めるのはおかしいように思われるのだが、一つだけ他の誰にも話せない秘密があった。
それは、『自らが二重人格者』だという自覚症状である。
しかしこれは自己管理を怠った為ではなかった。ましてやトラウマが有っての事象ではない。無意識に自覚はありはするが、発動するのは決まって睡眠に陥る時である。未だもって理由は分からない。しかしそれは自らの意思ではなく突然やってくるのである。どうしても逃れられないそんな病なのである。
「クラスの出し物、文化祭の劇はシンデレラとなりましたが、その主役などの配役及び、スタッフを今から割り当てたいと思います。自薦、他薦遠慮なく自由に発言ください!」
勇姿を募るとクラス委員長が、教壇に立ち積極的にこのクラスを纏めようとしていた。
それもそのはず、この文化祭のアンケート結果で優秀クラスには賞金が出ることになっているからだ。それでなくても二年B組は他のクラスより目立ちたがりが多いクラスといっても良い。特にイベントの際、粋の良いやからが多いクラスでもあった。
そんな中、歩は自分には関係ないと心の中でつぶやき、このお祭り集団から目を背けていた。早くこんなイベントなど終わってしまえば良いのにとさえ思っていた。窓際に席を設けていると、サンサンと差し込んでくる太陽の光は歩を意志とは関係なく眠りに誘おうとする。
『今日は一段と天気が良いなぁ〜』
青空の中自由に飛びまわっている白い鳥を眺めながらボ〜っと外の景色を見渡した。早く家に戻ってのんびりしたいな〜と、上の空にもなっていた。人間こういう自分には関係ないことを周りがやっている時、他の事を考え始めてしまう。それが一番気楽だからであるからだ。
そんな時、
「シンデレラの役は、白石さんがいいと思います!」
一人の少年が挙手し、立ち上がると歩の名前を口走ったのである。周りは当然ざわついた声を上げた。当の本人といえば、何が起こったのかと訳が分からずに、きょとんと椅子に座ったままその少年を振り返った。
「おい!岡部〜そんなの無理じゃないか?全然役に合ってないぜ!灰被りの時ならまだしも!それに、白石さんに演技ができるなんて思えないぜ?」
当然跳ね返ってくる反対意見で、教室はざわめき始めた。
「そんなことないぜ!絶対出来るって!俺が保証するね!」
岡部という少年は、有名なクラスのお祭り男であり、容姿も良い上頭の回転も速く人気も高い。そんな少年の発言力は絶大だ。それを知っているからこそ、何故自分を押したのかは歩には理解できなかった。歩においては、この岡部とハッキリ言って面識というのは皆無といっても良かった。
「え〜静かにしてください!静かに!」
クラス委員長はこのざわめきを押し止めようと冷静に処置した。
「じゃあ、当の本人に訊いてみましょうか?」
突然歩に話が振られて戸惑った。関係ないと思い込んでいたことが起こった時、陥る現象。何をどう説明すればいいのか分からなかったのである。
それからどのくらい時間が経ったであろうか?歩には長い時間が経ったように思われる。
「あ、その……私には大勢の前で演技をすることなど出来ません」
恐る恐る立ち上がると、ボソボソと言葉に出した。
「もっと的確な人にやってもらうべきだとそう思います……」
あまりにも小さな声であったためか、教室の端まで声が届いていなかった。その為、
「おい、何言ってるかわからねえぞ!」
端のほうから罵声を浴びせられた。
「聞こえないんじゃなくて、聞いてないんじゃないか!?」
ガタリという大きな音を立てて岡部は立ち上がった、そして、歩の弁護をする。
何故この男はそんなに自分を押すのか到底計り知れなかった。こんなこと初めての出来事だったから。
「俺が押すといったらそうなんだから良いんだよ!」
是が非でも主役を歩にやって欲しいとそう考えていることだけは分かった。が、何故?
「それでは、挙手をお願いします。シンデレラは白石さんで良いと思う方?」
歩自身の発言を無視し、岡部の勢いに押されたクラス委員長は多数決を採ることにした。そうしないとこの事態を収拾することが出来なさそうであるからであった。岡部が入ったらもう、誰もこれ以上反論できないのだ。
「多数決で、過半数以上の挙手により、シンデレラは白石さんに決定しました」
呆気なくことは進んでしまった。眠気も何も驚きの事件。それを歩はただ見詰めることしか出来なかったのであった。
短いお話ですが、何とか章に区切ってみました。ちょっとしたファンタジーをお楽しみください。何かが心に残れば幸いです。




