青春デリンジャー どうか逆夢
某所で載せていた黒歴史。
起承転結は……行方不明。
「―――付き合って下さい」
放課後の屋上―――ベタにベタを重ねた王道のシチュエーションの中、いつもより震えるハスキーな声で必死に言葉を絞り出していた。
突然こんな事を言われた彼女は今どんな顔をしているだろうか?
知りたいけど知りたくない。だから、彼女に懇願する為じゃ無くて、彼女から逃げる為に頭を下げる。
……ったく、なんつーヘタレだ。
正直、勝率はわからない。言葉も交わしていない高根の花にいきなり告白したわけじゃないが、ハナッから下心をもって彼女に近寄ったわけでもない―――良くも悪くも感触は悪くないんじゃないかと楽観視してみる。
だから、断られたらもうダチでいられない気がする。彼女と自分の間に確かにあった『ラブ』ではない『ライク』な感情をぶち壊すような真似をしているのだ。
何度躊躇ったかわからない。
けど、彼女の顔を見る事すら出来なかったヘタレの顔に勝負師の『男』の覚悟の表情が浮かんだ。
「……いいよ」
そしてややあって、ふわり、といつも彼女がこっそりつけている香水の匂いと共に言の葉が舞い降りる。
何を言われたのか信じられなくて、思わず顔を上げるとそこにはいつもより少し朱に染まっている彼女の顔があった。
腰の辺りぐらいまで伸びたサラサラの黒髪。ミルク色の肌。天性の可愛らしさを引き立てる落ち着いた雰囲気の瞳。 男女問わず釘づけにする長くて細い足。全体的にスラッとしたバランスのいい体型。
大人びた雰囲気とあどけなさ―――惚れた欲目もあるのだろうが、綺麗と可愛いの黄金比を体現したかのように思える 彼女は何とも言えない苦笑いをしていた。
「……なあ?馬鹿だと思いつつ一応確認するけど、買い物に付き合え、ってオチじゃねぇよ?」
「……もしそうだったらここから飛んでもらうけど?」
「もう魂は飛びかけたから勘弁」
「チキン」
「鶏肉は揚がるけど飛べねぇなぁ」
告白という非日常の反動を取り戻す為か、軽口をたたき合いようやく心が落ち着きを取り戻し始める。
それは同時に、
「…………………………」
「…………………………」
……先ほどまでの一連の流れを意識せざるを得ないわけでして。
お互い俯き、ピンク色の沈黙を数秒―――。
「……行くか」
「……うん」
どちらからだったかわからないが、自然と繋がれた手はお互い強がって気が付かないフリをしながら並んで歩きはじめた。
と、
「……あ、」
ふと、するりと彼女の手が逃げ、そしてその手は何か気が付いた時にそうするように口へと当てられた。訝しげに覗き込んでみると何かに驚いているのか、目は見開かれ、そして何か都合の悪い事でもあったのかその顔色は若干青ざめている。
「どうした?」
「い、いや、なんでも―――」
そう言いかけて、彼女は今までとは違った何か覚悟を決めたような眼をした。
「ちょ、ちょっと待って。やっぱ今の無し―――考えさせて」
「へ……?」
そして彼女の口から出た言葉で、まるでハンマーで横殴りに叩きつけられたかのような衝撃が頭を揺さぶられた。
流石に、言葉で意識が遠のいていくのは初めての経験だ。
目眩が……する。
「……なして?」
何という夢だったのだろうか。
二度寝防止の為にとりあえず半身だけ起こし、まだ半分も開かない眼もそのままに首を捻ってみた。今日も寝起きの脳みそは夢と現実の境界線をウロウロし過ぎて半生に煮えているみたいだ。ただ、いつもならば夢の内容など憶えていないが、今日に限って鮮明に憶えている。
何故こんな夢を見たのだろうか?夢なんだから深い意味は無いのだろうが、夢の中で告白した挙句振られるだなんて―――……
格好悪過ぎる。
「ぬああああああぁああああああああああっっ‼」
心の奥底から湧きあがる何とも言えない衝動に耐えきれず、欠伸代わりに覚醒の雄叫びを上げながら頭を抱えた。
これほど夢であって欲しいと願った事は無かった。けど、同時にこれほど夢であって欲しくないと願ったのも初めてだ。
覚悟も、
歓喜も、
そして絶望さえも。
夢なんて切ない終わり方であって欲しくなかった。
本音を言えば絶望は嫌だが、それでも現実であれば正面から向き合える。正面から向き合って、涙を拭ってまた立ち上がればいい。少なくとも自分はヘタレであっても『そういうタフな男であれ』と教えられてきた。
けど、夢の中での絶望ほど虚しく、哀しい物は無い。
自分の思いのままにできるはずの世界で、だ。
それにそう考えると夢の中で告白というのも気に食わない。そりゃ、振られて当然―――というか、我ながら気持ち悪過ぎる。彼女を思いのままに動かそうとした事も卑怯だ。
理想の世界で理想の彼女を思い描き、幻想に浸る。
苦難を愛するマゾではないが、ここに確かに存在する『男の子のプライド』がそんな事をしようとした自分を許さない。
最後のどんでん返しはそんな無意識の抵抗だったのだろうか。はたまた罰か。そう考えると少しは気が楽になってくる。普段は悪い方向に行きがちな意地っ張りな性格がいい方向に作用したのは初めてかもしれない。
だが、
「……どんな顔して会えばいいんだよ」
罪悪感にも似た恥ずかしさを処理するにはまだまだ時間がかかりそうだ。
背伸びだと笑われようが、一人相撲の尻拭いをするにはまだまだ人生経験が足りなさ過ぎる。
文字通り最悪の朝だ。
鏡の前でいつにもまして不機嫌な面を水で洗い、申し訳程度に髪の毛をイジり、親の怪訝な視線を 浴びながらパンを頬張り―――それでも悪夢の残滓は消えない。
一体どんな顔して会えばいいんだろうか?
悩みはこの一言に尽きる。どれだけ自分を叱咤しようが、彼女の前で普段通りに振舞える自身が無い。元々が惚れた女の前―――かなりの無理をして格好つけてきた事を認める。それに更に無理を重ねろと言われると……非常に難しい。
けど、結局の所、選択肢はやるか、やらないか、やられるかのどれかになる。それに対しての答えは当然の事ながら『やれ』だ。必死に―――告白以上の勇気を振り絞って、敗戦処理を行うしかない。
逃げるだなんて論外だ。
腹をくくれ。
恋は戦争、学校は戦場。決死の兵隊の如き悲壮感を纏いながら通学路を歩く事数分、
「……おはよう」
背後からいつにもまして不機嫌そうな声が響き、体の隅々が思わず委縮した。腹をくくるのが後数分遅かったら振り 返らずダッシュで逃げている所だ。それを考えたらこの程度の緊張―――なんて事は無い。そんな強がりを心の中で何度も唱え、ようやく身体が動き始める。
「どうかしたの?随分と辛そうな顔しているけど」
「あ、ああ……ちょっと寝不足でな」
「そう、私と同じね」
「ふーん……」
そう言われてみれば自然と隣へと並んでくる彼女もどこか眠そうな顔をしている。
「不機嫌そうなのは寝不足の所為か」
「寝不足……というより、変な夢を見た所為、かな」
「……そりゃ奇遇だ。俺も悪夢で眼が覚めた」
どきり、と跳ね上がった鼓動をおさえつけ、凍りかけた口を動かし、何とか自然に振舞おうとした結果、とてつもなくでかい墓穴を掘った気がした。
「その様子じゃ余程酷い夢を見たのね」
「ああ……まあ、な」
それでもそれほど深く追及されなかった事にホッと胸をなでおろし、小さくため息をつく。
どんな内容だった?などと訊かれていたら終わりだ。流石にお前に振られた夢だ、などと言えるわけが無い。あの夢を見た時点で既にこのチキンハートは罪悪感と自己嫌悪、そして気持ち悪さで一杯一杯なのだ。
けど、口を滑らすという事は思ったよりはいつも通りに喋れているのかもしれない。
「私の方は……考えてみれば悪夢、ではないわね。うろ覚えだけど、内容はむしろ『これぞ夢』って感じの非常にご都合主義な夢だったわ」
「それで何で不機嫌になるんだよ?」
「夢だって途中で気が付いちゃったからよ。まあ、気が付いた後でも夢だとわかりながら続けてもよかったけど、やっぱどこか醒めちゃったっていうか自己嫌悪しちゃったのよ。それで全部台無し」
「あー……成程。わかるな、確かに夢を覚えていると少なからず自己嫌悪するし」
まさにその自己嫌悪の真っただ中にいるわけだが、と心の中で斜に構えたもう一人の自分が何とも言えない皮肉な笑みを浮かべる。それにつられてか、そう装うのではなく自然と皮肉めいた仮面が顔に張り付いた気がした。
そんな不細工な面がおかしかったのか、彼女はこちらの顔を覗きながらクスッと蠱惑的な笑顔を見せつけて気分を直すように一伸び。
「ホント、夢じゃ無かったらよかったのに」
「余程いい夢だったんだな。悪夢にうなされた俺からすれば羨まし過ぎるぜ」
「……ま、ね。そういえばアンタの夢は?」
「しいていうならロスタイムでオウンゴール―――そんな感じだ」
「私と似たような物じゃん」
「俺の場合はオウンゴールの直前に逆転ゴールを叩きこまれてんだよ。夢の中でフラれて―――」
「…………え?」
彼女の呆けた声で我に返り、しまった、と慌てて口をふさいでももう遅い。先ほど深く内容を追及されなかった事で油断したのか、思わず彼女の眼の前でオウンゴールを実演してしまったらしい。
脳内で皮肉な笑顔のもう一人の自分にシャイニングウィザードを叩きこみつつ、追及される事を覚悟しながら空を仰ぐ。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。今日、今まで彼女の前で頑張って作り上げてきた俺という人間のイメージは全て気持ち悪い物に書き換えられた。
「夢の中でフラれた、ね……夢の中の事なのにショックを受けるって事はそれだけ好きって事かしら?」
「……ノーコメント」
「好きなのね」
いや、正直そうなのか自分でもよくわからん、と出かけた言葉を少なからず残っていたらしいデリカシーさんたちが喉の奥へと蹴り戻してくれた。好きは好きだ。そこは認めるが、好きに度合いがあるのかまでは知らない。けど、それを知らないとは言え、想いを寄せている相手に直接ぶつけたら失礼だろうとは思う。
彼女も面白がっている、というよりは気を遣って割と真面目に話しているようなのでそれに応えるのみだ。
「でも、まあ、確かに夢の中で告白とは結構アレかもしれないわね」
「うるせぇ、わかってる」
「そうじゃなくて。そこまで想われているならその相手も夢の中じゃ無くて実際に言われたいと思うでしょ?だから断られるのは当然なんじゃ無い?」
「なにその素敵理論」
「ねぇ?もし、相手が同じ夢を見ていたとしたらどうする?」
挑発するような、その言葉で、カチリ、と胸の辺りに向けられた銃の撃鉄が上がる音が聴こえた気がした。先ほどとはまた違った意味で喉がひりつく。
「……もし、相手と同じ夢を見ていたら、か」
それは昨日、夢の中で告白する前に感じた緊張感に似ている。
「そこまで運命感じたら告白にプロポーズも付けなきゃならねぇんだろうな」
「逆に見ていなかったら?」
「それはそれで改めて告白し直すさ。どちらにしてもやる事は一緒だ」
自分で言っておいて何だが、結局の所は直接ぶつけるしか想いを届けることなどできないのだ。彼女が自分と同じ夢を見たか、見なかったかなど関係無い。大体、そんな事確認のしようが無い。
やる事は一つ。
狙うはハート。弾丸は言の葉。
「なあ―――」
今度は―――視線も外さない。
続きはwebで。