6. 『付き合ってくれる?』
「セレナさま、流石に初めてこの遺跡に入るのに可哀想じゃないですか?」
はじまりのダンジョン地下二階。
グラバニアでギルドに登録したとほぼ全員の冒険者が初めに挑戦するダンジョンでもあるこのダンジョン。その最深部にあたる地下二階にてリンとセレナの二人はフィリウスが来るのを待っていた。
魔物の討伐依頼も受けるようになるEランクへの昇級クエストの為のダンジョンなだけあって出てくる魔物は弱いオーク種1種類のみ。
魔物との戦闘経験があれば、地形に注意して薄暗い通路から飛び出してくることに気を付けていればそれほど難しくないダンジョンだ。
その上、今試験を受けているフィリウスは魔法使い。
オークは魔物と分類されているものの突進などの短絡的な物理攻撃手段しか持ち合わせていないため、距離を保って魔法を放てば苦労せずに倒せる魔物でもある。
とはいうものの、ダンジョンに初めて挑む者はこの密閉された魔物の潜む暗所を進むのに尻込みし、オークと相性のいい魔法使いでも逆に魔法の乱発につながり魔力切れから危険に陥るケースもある。
まだ会ったばかりではあるものの、心配げな表情を浮かべてリンはウロウロと忙しなく部屋の中を歩き回っていた。
そんなリンの様子にセレナは頭痛のする頭を押さえながら呆れた声で言う。
「元々1人でここまで来るのが試験の内容だし、私たちが手を出したら即座に試験失格よ」
「そ、それはそうですけど。 でも試験者が死なないようにするのが監査員の仕事なんだし、こっそり彼が死なないように見張るだけでも……」
「……その必要はないみたいよ?」
「え?」
ふとセレナが視線を前へと向ける。
その視線の先にはセレナ達も使って降りてきた上階へと続く階段があり、それと同時にスタスタと階段を降りてくるような足音も聞こえてきた。
次第に足音が大きくなっていき、姿を現した少年を見てリンは驚きの表情を浮かべる。
「(え、うそ……? まだ私達がここに辿り着いて十数分しか経ってないのに……)」
普通、さほど広くもないこのダンジョンでも、一番奥へと辿り着くには、何度も潜って道を覚えていない限り迷路のような道に迷って最低でも一時間を要する。
リンが初めてこの試験を受ける時も、実力も十分過ぎるほどだったのだが、魔物の妨害もあってここまで来るのは一時間半くらい掛かったものだ。
だというのに目の前の少年は初めて潜ったダンジョンであるにも関わらず、自分たちが着いてたった十数分程度遅れてきただけでここまで来た。
「(なんで? セレナさまとそれについてきた私は、多分このダンジョンを訪れる冒険者の中で一番早く進んできたはずなのに……)」
そうリンが思える理由はセレナが一度来ただけであるこのダンジョンの奥地に続く道を覚えていること。そしてセレナが自身の身体に身体強化の魔法をかけて、Aランククラスのスピードを誇るリン自身でも追いつくのがやっとな速度で進んできたからだ。
オークは全てセレナの風魔法で転ばして、無駄な戦闘も極力省いてきた。……というよりもこのダンジョンの狭い通路では戦っても霧がなく、の中でセレナ達はどうしても邪魔になるオークとの戦闘だけして、他は戦闘を避けながらここまで来たのだ。
その時間、僅か五分。……それから十数分での到着。つまり二十分弱程度でフィリウスはこの場へとやってきたわけだ。
そんなリンを他所に、フィリウスは2人を真剣な表情で見つめる。……いや、正しくは2人の後ろを見つめていた。
「(あれがダンジョンコア……まるで心臓みたいだな)」
フィリウスが見つめているのはダンジョンに最低一つはあると言われているダンジョンコア。
はじまりのダンジョンのダンジョンコアは深紅に輝く手のひらサイズの球であり、むき出しの状態でこの最深部の部屋の中央にある台座の上で浮かんでいる。
ダンジョンコアはダンジョンを構成する要であり、包容する魔力も桁違い。故にダンジョンコアを盗み出すことはもちろん、所持すること自体が固く禁じられ、もしこれを犯した者は殺人を犯すよりも重い罰が科せられる。
したがってダンジョンコアは全てギルドと各国での共同で管理され、ダンジョンコアを見つけた場合は冒険者ならギルドに、騎士団ならば自国の騎士長への報告義務がある。また、これを隠匿することも重く罰せられる。
だがこのはじまりのダンジョンのように危険性が少なく修練の場として活用されているダンジョンもあり、そういった指定ダンジョンのダンジョンコアはギルドの所有物として認定され、そういった報告義務を免除されている。
逆に指定ダンジョン以外のすべてのダンジョンはダンジョンコアがまだ発見されていないということであり、冒険者たちはそういったダンジョンコアを発見するためにこぞってダンジョンへと潜っている者も多い。
見つけても所持することが禁じられているダンジョンコアを何故探しているかというと、ダンジョンコアの情報をギルドへ報告。その後に派遣されるギルド職員と共に実際にダンジョンコアを見つけた者には豪邸一つ買えるような高額の報酬金が出されるのだ。
それは騎士団も同じで、騎士団の場合は誰か一人が見つけ騎士団長がそれを確認した時、騎士団全員に報酬金が分配されてボーナスとして支給される。
まさに冒険者、騎士団にとってダンジョンコアは宝石にも勝る宝玉というわけだ。……まぁその宝玉を見てフィリウスは、魔力が脈打って気味悪い石という印象しか生まれていないが。
「随分早かったわね」
長い沈黙が続いて、ダンジョンコアを凝視して無反応なフィリウスに訝しげなセレナからそんな言葉がかけられる。
そんな一言からリンも混乱から抜け出して慌てて言葉を重ねる。
「ほ、本当だよ! もしかして潜ったことあったの!?……いやそれでも早いよね!?」
「あーまぁ何度か。早く来たのは何故かオークとあんまり出会わなかったからかな」
本当は来たこともないしオークとも出会っていたフィリウスだが、そんなことは言わずに嘘を吐く。
純粋なリンはそれを信じたようで「ほえー」と間抜けな声を漏らしながら呆けた様子で納得する。だがセレナは依然として鋭い視線のままフィリウスを睨んでいた。
しかし深く追及してもやんわりとあしらわれそうなフィリウスの雰囲気に、セレナは追及することを諦めて監査員としての役目を遂行する。
「とにかく、Eランクの昇級クエストはこれで終了。合格おめでとうと言っておくわ」
そう言って早くダンジョンを出たいのか早速出口へと向かうセレナ。
だがその足取りは先ほどと違いゆっくりとしたもので、動かないフィリウスとリンを見て早く来いと言わんばかりに振り返る。
「行こ、フィリウス君」
「あ、うん」
セレナの後をついていくリンに引っ張られるようにフィリウスもその後についていく。
その後はフィリウスの言葉通り"何故か"オーク達と出会うこともなく、ダンジョンを抜けてまだ日も昇っている内に三人はギルドへと戻ってきた。
◇ ◇ ◇
「あら?お帰りなさい。もう終わったの?」
そう言ってセレナ達を出迎えるのは夕方からの担当であるルナフィリア。
受付には彼女一人しかいないというのに込み合うこともなく、目の前にいる冒険者の応対をしながらギルドに入ってくるセレナ達に声をかける余裕も見せていた。
順番待ちもなく、セレナ達はすぐにたった今冒険者を送り出したルナフィリアの元へと移動する。
「それで、昇級クエストはどうだったのかしら?」
「クエスト合格。森で野犬に襲われた時に戦闘も見たけどDランクでも問題ないと思うわ」
「あらあら。でも規則だから一つずつしか上げれないのよね。それじゃフィリウス君、ギルドカード貸してもらっていい?」
「はい、どーぞ」
フィリウスからギルドカードを受け取ったルナフィリアは専用の魔法具を使ってギルドランクについて書かれた情報を上書きする。
ギルドカードに偽造工作を施しているフィリウスは内心ハラハラしながらその様子を見つめるが、血の情報は弄っていないようなので気付かれることはなかった。
しかし更新される様子を見ていたセレナは、自分のギルドカードが更新される時とは違う魔力の流れに違和感を覚えた。
FランクからEランクへと更新されたギルドカードをルナフィリアから受け取るフィリウス。
それを見てセレナは、特に何を言い出すでもなく、自身も昇級クエストの監査員の依頼達成の報酬をルナフィリアから受け取る。
その後は軽く挨拶だけを交わしてセレナはリンを連れてギルドから出ていった。
「ねぇフィリウス君」
残されたフィリウスも、まだ夕方前だし出店でも見て回ろうかと考えていると、後ろから声をかけられる。
その声の正体は先ほどギルドカードを更新したルナフィリア。
ルナフィリアはやけに険しい表情でフィリウスを呼び止めた。そしてそのままフィリウスへと問いかける。
「あなた、セレナに何かした?」
「……どうして?」
「あの子、正直だもの。分かりやすいわ。だけど悪い子じゃないから私気に入ってるの。そんなあの子があなたを警戒している様子だった。 初めて会った時も聞いたけど……あなた達、知り合いなの?」
その表情は嘘は許さないと言ったように厳しいもの。
普通だったら萎縮してしまいそうな雰囲気も、射殺さんばかりの鋭い視線も、逃がすまいとフィリウスを捉える。
夕刻前の微妙な時間帯で冒険者は少ないが、この場の空気を支配する受付嬢の気迫に気付かない者はいない。ただならぬ彼女の様子に皆何事かと集まってくる。
その中の一人、随分とガタイがよく素人目で見ても歴戦の戦士だと感じるような男が、訝しげにフィリウスを見ながらルナフィリアへと問いかける。
「どうしたんです? この小僧が何かしやがったんですかい?」
「いや、僕はなにも」
自分の二倍ほどはありそうな大男が隣で厳つい顔をしているというのにフィリウスは何でもないかのように返事をする。
それが大男には気に食わなかったようで、フィリウスへと鋭い視線を向けた。
「てめぇに聞いちゃいねぇよ。それといいか、俺はバルガス。"旋風の戦斧"ってぇ二つ名で通ってるBランクの冒険者だ。見ねぇ顔からすると新入りだろ? 先輩には礼儀もわきまえとけ」
「ああ、それは確かに。すみません、僕そういった態度が苦手で、大目に見てください」
そう言って困ったようにへらへらと笑うフィリウスに若干苛ついた様子を見せるバルガスだが、先にルナフィリアに制止される。
「バルガスさん、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
その言葉と、いつも通りの受付嬢としての笑みを向けられたバルガスはバツが悪いように頭を掻いてその場から離れた。
だがその視線はフィリウスにも向けられ、まるで自分も叱られているような感覚にフィリウスもなんとなく大男と同じように頭を掻いた。
そんなフィリウスの仕草を見てルナフィリアは「はぁ……」と溜め息を漏らす。
「フィリウス君、いま時間大丈夫?」
「大丈夫だけど?」
「そう、それじゃあちょっと私に付き合ってくれる?」
それはお願いという形であったはずだが、フィリウスからの了承を貰わずルナフィリアは中にいた同僚に受付を任せて外へと出てきた。
◇ ◇ ◇
二人だけで話が出来る場所へ案内すると言ってルナフィリアが先導する。
結局断ることもできずに案内された場所はギルドにある一室。
机と椅子が置かれているだけの簡易的な応接室といった感じだ。ルナフィリアは椅子の一つへとフィリウスを促した後、部屋全体に盗聴防止の防音の魔法を発動させる。
「それじゃ、聞かせてもらえる? セレナと何があったのかを」
フィリウスと対面する一の椅子に座って開口一番、ルナフィリアは先ほどと同じくフィリウスへと問いかける。
「……これって尋問っていうんじゃありません?」
「別に言いたくないのなら無理には聞かないわ。ただ周りに聞かれたくないならと思ってこの場を用意しただけ。話すかどうかはあなた次第」
「なぜそこまで?」
「さぁ、なんでかしらね?」
「疑問を疑問で返さないで下さいよ」
「それ、きっとあなたもよく言われた言葉でしょ?」
「…………」
「…………」
互いに微笑み返す二人の男女。それだけ聞けばただ羨ましいだけの光景のように聞こえるが、その笑みの種類は互いに違う。
男の方が少し困ったような笑みであり、女の方は前面に出した威圧的な笑みだ。
美女の笑顔は癒されると聞くが、今の彼女の浮かべる満面の笑顔はとても癒されそうにない。寧ろ恐怖すら覚えそうだ。
「時間いっぱいまでそうやって見つめるつもり?」
「えぇ、帰るならそこの扉からご自由に♪」
「…………」
「…………」
やはり息が詰まりそうな空気である。
帰るならご自由にと彼女は言うが、彼女の浮かべる笑顔が「そんなことしないわよね?」とでも言うようにフィリウスをジッと見つめていた。
だけど……とフィリウスはルナフィリアを観察する。
「(さっきの雰囲気、それに今も……彼女、やっぱりAランク並みの実力者……それもかなり上位の)」
ルナフィリアの纏う雰囲気には有無を言わさぬ力があり、付け込む隙も無かった。それは彼女自身が相当な実力者である表れだ。
ギルド職員はその役職柄から荒れ事や揉め事に対応できるように実力も審査範囲に入る。
ただそれは昇級クエストの監査員のように冒険者と同行するお目付け役やギルド内の揉め事を諌める用心棒、もしくはダンジョンコアの調査に出されるなどの裏方のギルド職員の話で、受付のように表に出る職員はアルバイト感覚で街の女性でも簡単な面接一つで採用され実力は問われていないはずなのだが……と、フィリウスは以前に聞いたギルド職員の話を思い返す。
だけど目の前にいる受付嬢は纏う雰囲気だけでいえば、Aランクのセレナよりも上の実力者に思えた。
「はぁ……。確かに、彼女とは前にも会ったことありますけど、嫌われるような行動をした覚えないんだけどねぇ」
「……では質問を変えるわ。あなた自身は、あの子をどう思ってるのかしら?」
「どうって……率直に言うと不思議な子って感じ」
「不思議な子?」
ついには観念したようにフィリウスがルナフィリアの質問に答える。だがその表現は彼女にとって予想外だったのかキョトンとした様子で言葉を重ねる。
「そ♪」
「…………」
「…………」
「……ふぅ、もういいわ」
またも静寂が続いた後、ルナフィリアは息を一つ吐いて立ち上がり、部屋の扉へと向かう。
彼女の急な変化にフィリウスは「もういいの?」と呼びかけると、ルナフィリアは扉に手をかけながら肩越しに振り返り言った。
「一番知りたいことは分かったわ。それだけで十分」
そう言って部屋を出ていく。
ルナフィリアが一番知りたかったこと。それはフィリウスがセレナにとって害となりうる人物なのかどうか。
その結果としてフィリウスに何もしなかったということは、ひとまずは直ぐに害になるようなことはないと判断されたということだ。
まぁそんな判断をされたことなどは露知らず、とりあえず重い空気がなくなったことにフィリウスは深い溜め息を吐く。
◇ ◇ ◇
すっかり日も暮れてしまった城下町。
日が出ている間は大層賑わいもあっただろうが、街灯といったものが完備されていないこの世界では、提灯のように光を放つ光源魔道具が点々と照らす道路のみを残していた。
夜に開く居酒屋などは窓から中の光を漏らし、光源魔道具のように道路を照らしている。中からは酒を飲む陽気な声も聞こえてきて、その音と光は寂しく歩く外の通行人を呼び寄せるような不思議な力を有していた。
昼とは違い、こもるように響く愉しげな声と光に照らされる寂しげな街道……それがこの世界の夜の街の光景だった。
そんな光景の中に、居酒屋で飲む様子でもなく家に帰ろうとする様子もない1人の少年の様子を、セレナはこっそりと伺っていた。
「(こんな人気のない夜に何をするつもり?)」
ギルドから出てすぐ、リンと明日また集合することを伝えて解散したセレナは、ギルドから出てきたフィリウスをずっと監視していた。
やけに時間を置いてからギルドを出てきた彼は、何をするでもなく町の中を散歩して、時にまだ開いていた屋台で軽食を買いつつきょろきょろと周りを見渡していた。
もう屋台も完全にしまったであろう今の時間帯でも、静かな街道をぐるぐると歩き回り、時折繁盛しているようで騒がしい店の中を外からチラリと覗いてはまた歩を進め出す。
そろそろ宿を取るか、取っていたとしてもチェックインするような時間になるが、彼はどこの屋内にも入ることなく街を徘徊する。
「一体何をしてるんでしょう?」
本当に、フィリウスは一体何をしているのだろうか。
「って……!?」
「シーッ、大声出すとバレちゃいますよ、セレナさま」
屋根の上からフィリウスの動向を観察していたセレナの隣にいたリンは口元に指を立てて静かにするようにというジェスチャーをする。
確かに彼女の言う通り静寂な夜の街道で大声を出せば見つかってしまう。……が、数時間前に解散したリンがいつの間にか隣にいるのだ。驚いて声を出してしまいそうになるのも仕方がない。
どうにか声が漏れるのを抑えたセレナは、ひそひそと会話を開始する。
「なんであんたがここにいるのよ?」
「いやー、私がお世話になっている宿屋の主人さんが庭で生ったポムの実をくれましてね。セレナさまの家にお裾分けに行こうとしたら屋根の上にいるセレナさまを見つけましてこっそりつけてみました。 あ、ポムの実食べます」
そう言って前世でみた林檎に近い青い果実を渡してくるリン。
味も林檎に似ていてセレナも好きではあるが、今の尾行中の状態で食べるものではない。
さて、目の前のズレている弟子に何と言って返そうかとセレナが考えている時、状況に動きが生じた。
「あ、セレナさま。彼、街の外に出るみたいですよ」
「なんですって?」
リンに言われてセレナが視線の先のフィリウスを見てみると、確かに外に通じる門の近くで関所に勤める兵士と何やら話している姿が視界に映った。
フィリウスの表情はちょうど頭を向けているのでセレナ達には分からないが、フィリウスと会話している兵士は呆れた表情で街の方を指さし戻るように言っているように見えた。
恐らくこんな夜も更けている時間帯に、魔物も出るかもしれない外に出ようとするフィリウスに呆れているのだろう。
しかしフィリウスは兵士の忠告を聞く様子はなく、ギルドカードまで提示して街の外へと出ようとしている。
一介の兵士に外出許可もある冒険者を街に抑え込む権限があるはずもなく、兵士は渋い表情をしながら再度フィリウスに何かを言って閉じていた門を開いた。
「一体何なんでしょうね? セレナさまじゃなくても怪しく見えてきましたよ」
「えぇ、私達も行きましょう」