5. 『視えてるっぽい』
評価ありがとうございます!
これからも今のようなペースですが執筆していきますので末長くよろしくお願いします。
フィアランドには人類・亜人類と同じぐらい魔物がいたるところにあふれている。
魔物の存在は昔から確認されていて、その出自は遠い昔に魔族が攻め入った時に紛れ込んだ魔物が繁殖しただとか、各地にある魔力が自然と吹き出る魔素溜まりから生まれるだとか、若しくはダンジョンを流れる不思議な魔力から生み出されるなど様々な説がある。
それぞれ、魔族の大陸はフィアランドよりも強力で上位種と言える魔物が多くいるからとか、実際に魔素溜まりから魔物が生まれる瞬間を見た者がいるとか、ダンジョン内の魔物の数は外よりもはるかに多いためなどのそれなりの根拠も確立されており、未だに解明されていない謎である。
さて、そんな魔物の誕生についての議論であるが、その中の一つで語られるダンジョン。これはフィアランドの各地で発見されている古い時代より造られたような跡の残る地下迷宮のことである。
中は先ほど述べたようにダンジョンごとの特色に合わさった魔物が繁殖しており、その入り口付近ではダンジョンから出てくる魔物も多いことから定期的に王国に仕える騎士団の巡回が行われ、場合によってはギルドに魔物の掃討依頼が出されることも珍しくない。
だがそのダンジョンにおいて不思議なことは、それだけ中で魔物が暴れまわっているというのに、一番古いものでもう発見されてから何千年以上と経つものも崩壊することがないことだ。
ある冒険者が大暴れして崩壊させた……なんて話も上がったことがあるが、それも次の日には元通りへと戻っており、学者たちはダンジョンそのものが巨大な無機質魔物ではないのかという学説が唱えられている。
中にいる魔物もまるで定められたようにそれぞれ決まった種類しか出現せず、中の構造も同じように変わらず、とてつもなく広いものもあれば数十分で中のすべてを探索しきれる程に狭いダンジョンもある。
故にそんな簡易的なダンジョンは冒険者の訓練の場として活用されることもあるのだ。
そして、今現在Eランクの昇級クエストを受注中のフィリウスと、その監査員として同行しているセレナとリンも、そういったダンジョンへと向かっていた。
「へー、じゃあ冒険者になる前はエンデュミオンにいたの?」
「そうそう。そこで偶然知り合った学校の教師にいろいろ教わって冒険者になったんだ」
Eランクの昇級クエストの話を聞いてすぐの翌日、グラバニアから東に少し進んだ先にある森の中にて、フィリウスとリンがそんな雑談を交わしながら歩いていた。
話の内容はフィリウスが冒険者となって今までの経緯から始まって、今は冒険者になったきっかけについて雑談に花を咲かしている。
セレナはその2人の後ろで、怖い顔をしながら2人を……というよりもフィリウスをジッと睨んでいた。だがその視線に気づき、慌てた様子で反応するのはフィリウスではなくリンだった。
「あ! ごめんなさいセレナさま! ちゃんと警戒しておきます」
どうやらセレナの視線を"注意を怠るな"という警告と捉えたらしく、リンは慌てて周囲に魔物はいないか警戒を始める。
しかし前を歩くフィリウスへと注意を向けていたセレナ自身も周囲への警戒が疎かになっていたことに我ながら気付き、リンに合わせて周囲の警戒を始める。
その様子を傍目に見て、最初から警戒をしていたフィリウスは人知れず溜め息を吐いた。
「(いくらここが魔物も滅多に出ない森だとしても、もう少し警戒しようよ……)」
グラバニアにも隣接するこの森は騎士団や冒険者による魔物の掃討が頻繁に行われているため魔物は基本的に生息しない。 いるのはイノシシや野犬などの動物ぐらいだ。
魔物と動物の違いは内包する魔力の量によって定められる。
もちろん魔物の方が魔力を多く含み、動物と違って厄介な特性や魔物特有の魔法を使う魔物もいる。 加えて動物はその肉を食することが出来るが、魔物は保有する魔力量が多くてそのまま食せば病になる可能性もある。
だが逆にその魔力量の多さから魔法の媒体、武器や防具の材料として使用できるのでそれなりに需要は大きい。
「あーそれで、これから向かう"はじまりのダンジョン"ってのはどんなとこなの?」
「えっとね、文字通り冒険者が最初に挑むダンジョンとして適切とされた、世界で一番安全なダンジョンだよ。中で現れる魔物も一種類だけで、それも三叉槍を持ってること以外なんの変哲もないオークだけ。 あ、オークは分かる? 熊ぐらいの大きさのブタの魔物なんだけど……」
「流石に知ってるよ。単体ではゴブリンよりも強いけれど、群れを作る習性がないからゴブリンよりも危険度が低いとされるFランクの魔物でしょ? 何回も戦ったことあるよ」
「あはは、それじゃ今回の昇級クエストは特に問題なさそうだね。Eランクの昇級クエストはそのオークしか出ないダンジョンの奥地へと辿り着くことだから。迷路みたいな形状はしてるけどそんな広くないし、掛かっても今日中に達成できるよ」
先ほどの教訓から、辺りの警戒を怠らないままフィリウスの質問に答えるリン。
ランク毎の昇級クエストはその土地のギルド支部によって異なるが、この付近のギルドではリンの言う"はじまりのダンジョン"をEランクの昇級クエストに利用している。
ダンジョンまでの道中は整備された道で魔物が出来ることもない。目的のダンジョンも迷いやすい構造をしているがそれほど大きくもなく、中で出てくる魔物もオークというFランクの魔物のみ。
ただ中は暗いためいきなり魔物に襲撃されることもあるため、魔物の討伐依頼も受けられるようになるEランクの昇級クエストとしては最適な課題である。
「あー、フィリウス君……でいいのかしら?」
と、ここでようやくグラバニアを出発してからずっと無口だったセレナが口を開く。
「ん?別に好きなように呼んでいいよ? 僕もセレナちゃんって呼ぶつもりだから」
「あー!それは私が許さないです!セレナさまは凄い冒険者で私の師匠なんですからね!」
「えー親しみやすくていいと思うんだけどなぁ。いっそのことリンちゃんもセレナちゃんって呼んでみたら? 年齢も近いみたいだし、ほら、友達感覚で」
「セ、セ、セ、セレナちゃん!?…………呼べるわけないじゃないですか!!」
「否定までだいぶ間があったねー」
「……えーと、いいかしら?」
リンとフィリウスの間でちょっとした言い争いが始まり、リンの顔が真っ赤になることで話が収束したところでセレナは再び声をかける。
それにフィリウスはニコニコとした笑みを浮かべて……あぁいや、たった今ニヤニヤとした笑みに変えて応えた。
「あ、いいよ。それで? 僕のことは何て呼んでくれるの?」
その質問に何やらからかいの色を感じたセレナはフィリウスの質問を無視してさっさと用件を伝える。
「今回あんたの昇級クエストを監査する立場として、あんたの戦い方というか、戦闘スタイルを教えてほしいんだけど」
昇級クエストの監査員の仕事は大きく分けて二つある。
一つは監査員の名の通り、昇級クエスト内において不正がないように見張り、厳正な審査の元で試験者の合否を判決すること。
もう一つは、もし試験者の実力が昇級クエストを受けるには不十分で、試験中に命に係わる重傷を負いかね場合に試験者の命を守ることである。
こういった理由から本来昇級クエストの監査員は実力があるギルド職員が同行するため試験者の情報は事前に得てるが、セレナ達は人材不足の理由から監査員となったために試験者の情報を得ていない。
だからこそ試験者の命を守る立場としても、試験者の戦闘手段、戦闘スタイルを今聞いておく必要があるのだ。
まぁただ、今のセレナの場合は試験者の実力を把握しておくというよりも、目の前のグランスウォールで会った少年と酷似している少年がどういった戦い方をするのか単に知りたいという気持ちが強い。
本人なのか、それとも単に似ている別人なのか……。
だがあの時と同様、少年の魔力が一切見えないことからセレナは目の前の少年がグランスウォールにいた少年だと半ば確信していた。
だからこそ知りたい。 あの時、ドラゴンの咆哮を防いだ力。 そしてドラゴンを倒したあの力は一体どういったものなのか。
しかしフィリウスはそんなセレナの期待に応えるように、若しくは裏切るようにして答える。
「僕は普通に魔法を使って戦う魔法使いタイプだよ。 近接体術もそれなりに嗜んでいるから接近戦も出来る魔法使いってところかな」
「……何系統?属性は?どこまで使えるの?」
「え~見えなーい!」と笑ってからかうリンを他所にセレナの質問はまだ続く。
セレナとしては魔力の視えない少年がどうやって魔法を放つというのか問い詰めたい気持ちではあったが、魔力が視えることはリンにも両親にも告げていない秘密だ。
よって返答によってはあの時ドラゴンを倒した方法も知ることの出来る質問を投げかけた。
「(うーん、属性と系統か……)」
もちろんその質問の意図をフィリウスは理解している。 彼女が自分を疑い、警戒していることも。
セレナが今ほど質問した系統や属性のことはこの世界における魔法の定義であり、フィリウスもそのことはカステルに教わっていた。
魔法というのは系統、属性、ランクによって複数のクラスに分別されている。
まず系統について。 これは魔法の効力について表すもので、平たく言えば攻撃魔法、補助魔法、回復魔法、特殊魔法の四種類に分けられる。
その名称と内容は以下の通り。
・放出系統(攻撃魔法)
最も種類の多い魔法系統であり、魔法使いであるなら誰しも1種類はは扱うことの出来る系統。
具体的には炎を放ったり、雷撃を飛ばしたり、風を操ったりなどする魔法のこと。
・補助系統(補助魔法)
放出系統ほどではないが、扱える魔法使いは多い。
魔法耐性や物理耐性のある障壁を展開したり、自身の身体能力を強化させる魔法もこの系統に入る。
・回復系統(回復魔法)
傷を癒す魔法、病を治す魔法などはまとめてこの系統へと含まれる。
特殊な系統で、後に挙げる属性のうち光属性と水属性の魔法しか存在しない。 故に扱える魔法使いも光か水に適正ある者のみ。
・操作系統(特殊魔法)
触れずに直接モノを操って動かしたり、無機質に直接働きかける魔法がこの系統に入る。
その特異性ゆえに先天的に才能のある者しか扱うことが出来ず、扱える魔法使いの絶対数も必然的に少ない。
次に属性について。 属性は魔力に含まれる性質を表すもので、魔法使いによって扱える属性はそれぞれ決まっている。 その決まり方は遺伝だったり育った環境などに大きく左右されるが後天的に増やすこともできる。
基本的な属性は火、水、風、雷、土、光、闇の7つだが、これに加えて火属性の上位属性である炎属性、水属性と風属性の複合属性である氷属性などの派生属性がある。
それぞれには相性があり火は水に弱い、水は土に弱い、土は雷に、雷は風に、風は炎に、光と闇はお互いに弱い耐性を持っている。 派生属性は扱える者こそ少ないが、その相性を覆すほどの威力を持っているのだ。
またそれとは別に、相性を持たずどの属性にも属さない無属性という属性もある。その性質上操作系統のほとんどがこの無属性に含まれる。
最後にランク。これはそのまま冒険者ランクと同じように魔法のランクのことを言う。
威力、範囲、扱いやすさ、応用性など様々な観点から評価したもの。 魔法はすべて学者から研究される魔法式によるものなのでセレナのようにオリジナル魔法を扱う者はいない。
だから基本的にすべての魔法はランク付けされており、魔法を学ぶ者は自分に合ったランクの魔法の魔法式、すなわち魔法陣を覚えて自分の魔法とする。
以上が魔法を分別する上での定義であり、どの魔法を扱えるかによって、その魔法使いがどれほどの力量で、どういう敵を苦手とするかが直ぐに分かるので魔法使いの実力の判断基準となる。
「あ、一応ギルドカードも見せてもらえる?」
ギルドでは魔法使いとして登録する場合は扱う魔法のランクも一緒に登録される。 そしてその情報は複製・偽造が不可能な自分の血を登録させたギルドカードにもその情報が記載される。
つまりは今更ではあるしギルドの方でも取っているのだが、本人確認の意味も含めて実力を知るためにとギルドカードの提示をセレナは要求しているのだ。
本来セレナはそんなことしなくともその人の魔力を見れば魔法使いとしての実力を判断出来たのだが、今回の相手は魔力を視ることが出来ない。 だからこそギルドカードの提示を求めたのだ。
「(ギルドカードの提示は身分証明の場合を除き拒否が可能。……って聞いたけど、この場合は拒否出来るんだろうか)」
ギルドカードは個人情報ともいえるので国の関門を渡る時、依頼の受注・依頼完了の際にギルド職員に提示する時のように身分証明を必要とする場以外では提示を求められても拒否できる権利がある。
フィリウスが冒険者として登録した際に長々と説明されたうちの一つだ。
犯罪経歴はあるかなど、貴方にとって冒険者とはなどの質問を行った後に別室に通され、登録のために採血した後、ギルドカードが作成し終わるまでの三十分間ずっと説明された内容の一つ。 ……きっと一回で全部覚えている冒険者などフィリウスぐらいだろうが。
しかし今は昇級クエストの試験者であり、冒険者とはいえ監査員として指定されるほどの信頼のおかれているAランク冒険者からの実力確認のための提示だ。 ここで拒否したらそれはそれで後ろめたいことでもあるのかと判断される。
「(ま、ギルドカードくらい見せても何の問題もないか…)」
そう考えたフィリウスは特に戸惑った様子も見せず、セレナに言われた通りにギルドカードを提示しながら答える。
そもそもフィリウスにとって隠すことでも何でもない。 "こんなこと"で本当の実力がバレるなら、もっと早くにバレているはずなのだ。
「はい。見ての通り僕の魔法は放出系統と少しかじった程度の補助系統。 属性は風と水でランクはDランクだよ」
セレナはその言葉と一緒に出されたギルドカードを確認する。するとそこにも今言った内容と同じ、加えていえば申し訳程度に回復系統の適正があると診断された内容の情報が記載されていた。
確かに魔法の実力はDランク相当でFランクの冒険者としては最高クラスの実力ではあるが、全体的に見れば魔法の実力はDランク……まさか血によって登録されているギルドカードの内容を偽造することなんて出来るはずもないし、セレナはもう訳が分からなくなっていた。
「(ごめんね。流石に本当のことを言うわけにもいかないし)」
フィリウスは内心で苦笑をこぼす。
実際セレナの思う通り、このギルドカードは血によって登録された情報であるため、偽造することはフィリウスにとっても難しかった。 ギルドカードに偽の情報を登録するには血液から偽造しなければいけないのだ。
しかしいくら血液で個人を判断して情報を分析する魔法式が組み込まれていようと、それを表示するのもまた魔法である。
それならば、その分析から表示までの過程の中で別の表示になるように細工を施せば偽造もそんなに難しいことではない。
だがそれは魔法式を弄っているということであり違反にはなる……が、バレなければいいとフィリウスは考えていた。
事実冒険者として登録してから約半年、何度もギルドカードを提示しているが偽造していることに気付いた者は誰もいない。 恐らくこのギルドカードを作成している者が解析を行ってみて初めて気付けるだろう。
セレナも魔力が視えるのだから自分のギルドカードとフィリウスのギルドカードの魔法式を比べてみれば気付いたのだろうが、表上は平静を装いつつも混乱している彼女にはそんなこと思いつかない。
そうこうしている内に一行は、目的地である"はじまりのダンジョン"へと到着した。
「お~、年季が入ってるね~」
「まぁ発見されてかなり経つみたいだし、遺跡ってのはそういうもんでしょ」
初めて見るダンジョンの入り口というものにそんな声を漏らすフィリウスに、何やら不機嫌そうに顔を顰めて言葉を返すセレナ。 その視線は忌々しそうにダンジョンへと向けられている。
フィリウスの言う通り、森の中にポツンとそびえる石で造られた入口は、積まれた石の隙間からも植物が伸びてかなりの年月を感じさせ、その奥には地下へと続く階段があり、まさしくダンジョンといった印象を与えた。
「中は全く光が届いていないように見えるけど、明かりとかはどうするの?」
「大丈夫だよ。このダンジョンの壁は暗闇だと薄らと発光する性質を持っているから、真っ暗で何も見えないって状況にはならないよ」
入口から見る限り中は真っ暗なのだが、リンの話では中に入って見てみれば通路全体がほんのり光るから意外と視界は明るいらしい。
「……さっさと行って、さっさと帰るわよ」
Eランクの昇級クエストの内容はこのダンジョンの一番奥の部屋までたどり着くこと。
もちろんそれは1人で行う必要があり、監査員の役目は手伝うことではなく不正がないように見張り、試験者の命を守ることだ。
したがってこのEランクの昇級クエストの監査員は付かず離れずの位置で試験者を後ろから見張ることが基本だが、先ほど聞いた魔法の話とたまたま動物が襲ってきた時のフィリウスの対応から、このダンジョンは楽にクリア可能で手を出す必要がない。
一応不正がないようにと奥地で待っているだけでいいとセレナは判断して、一言だけ言い残して一目散にダンジョンの一番奥へと向かっていった。
その速度は身体強化しているのか目で追うのがやっとであり、リンも「えと、じゃあまたあとでね!」と言い残して慌てた様子でセレナの後を追いかけていった。
◇ ◇ ◇
あっという間にダンジョンの中へと消えていった2人を見送って、フィリウスは1人で入口へと取り残される。
「ふぅ、どうもだいぶ警戒されてるみたいだねぇ」
まぁ無理もないか。僕が彼女と初めて出会った場所は前人未踏の地とされていて、その理由、そしてその"異常さ"も彼女は理解している。だからこそ会うのを最初躊躇っていたんだけど。
でも違和感は感じていたけど。やっぱり彼女は他の人とは少し違う。
「んー存在が異質っていうか何というか……なーんかこの世界とは違うんだよなぁ」
そして感じたもう一つの彼女の異質さ。
「彼女……これ視えてるっぽいんだよね~」
そう言いながらダンジョンの入り口の壁に触れてみる。
うっすらと光るとリンちゃんは言っていたけどそんなもんじゃない。
このダンジョンの石壁は魔力を大量に含んでる。許容量を超えた魔力は物質より漏れ出し、発光という形をもって顕現する。……だから普通の人には光る石だと思える。
「けど、僕みたいに魔力が直接視える人にとっては目を開けるのも辛いほどに眩しい光だね」
それにその魔力もまるで生きているように流れ続けてる。その流れも様々な文様を描きながら流れてるから見ていて気持ち悪くなる。
「やば、ジッと見ないでおこう。目が疲れるや」
たぶん彼女もこの魔力を目視していた。ダンジョンに着いてからずっとしかめっ面だったし、視えると仮定したら僕の魔法について詳しく聞いてきたのも納得できる。
僕は気配を察知されないよう普段から魔力を意図的に隠してるし、この世界じゃそこまで魔力を理解している人もいないから魔力を隠せる人もいないだろうしね。
「それはそれとして、そろそろ行こう。……気が滅入るな~」
そう言って入りたくもない眩しくて目が回りそうなダンジョンの中へと僕は入っていった。
◇ ◇ ◇
『ブフーー!!』
「よっと、どうも一番奥に向かって流れてるっぽい」
はじまりのダンジョンの地下1階。
眩しくて滅入るダンジョンの壁を見ないがために、もはや目を瞑ってダンジョン内を突き進んでいるフィリウス。
目を瞑っていても壁を流れる魔力からダンジョンの構造を把握し、壁を流れる魔力がダンジョンの奥の方へと向かっていることを確認する。
その道中、迷路のようなダンジョンの通路の突き当りで突然現れたオークが突進をしてきたが、まるで跳び箱のように軽々とオークの頭の上を飛び越えることでフィリウスはこれを回避する。
「階層は地下2階までか……狭いな。まぁいいや、構造は理解したし目的地である地下2階へそろそろ向かいますか」
『ブホーー!!』
数分程度の探索を終え、本格的に目的地に向かおうとフィリウスは移動を開始する。
迷いやすい迷路のような形状をしているものの、その構造をすべて把握したフィリウスは迷うことなく最短ルートで地下2階へ向かう階段へ向けて歩みだす。
そうフィリウスが思考を巡らせている間、完全にいないものとして扱われたオークは無視されたという自覚があるかどうか分からないが、いきり立っては手に持つ三叉槍を構えてフィリウスへと再度突進を試みた。
しかしそれでもフィリウスは先ほどと同じように気にも留めないまま傍若無人に突き進み、オークの槍はフィリウスに届く前に視えない何かに弾かれてオークの攻撃がフィリウスに当たることはない。
一体なぜ?なにが行く手を遮っているのか? それを考える脳もないオークはただひたすらに突進しては弾かれてすっ転ぶ、突進しては弾かれてすっ転ぶの繰り返しだった。
もう攻撃を何としてでも当てることしか頭にないのか、すっかり頭に血が上ったオークは無意味に突進し続ける。
それでもフィリウスは気にせず、豚の奇声をBGMにして軽やかなステップでダンジョンの中を進んでいった。
だがあまりにも無視し過ぎたせいか周囲にいるオークの数はとんでもないこととなり、前にいる奴は狭い通路に体を滑り込ませるように避けているが、背後のオークはゆっくりと歩くフィリウスに突進を繰り返すばっかり。
その数はもう十体を超えている。 同じオーク内での同士討ちもあって、元々同じ種族なだけで協調性もないオークは仲間割れをしていた。……軽い地獄絵図である。
しかし、背後でそんな殺戮劇を行われてもフィリウスは目を閉じたまま、まるで耳も閉じているかのように無関心に通路を進んだ。
そんなフィリウスだったが、その足も不意に止められる。その原因は正面に居座る二匹のオークである。
二匹のオークは狭い通路内だというのに仲良く隣に並びフィリウスの行く手を阻む。流石にここまでぎっちりと詰められてはフィリウスも掻い潜る隙間が見つからない為、足を止めざるを得なかった。
そして深い溜め息をフィリウスは吐く。
実はこれまでオークを無視し続けたのは彼のちょっとした慈悲だった。けれどこう進む道を塞がれては無視することも出来なくなる。
故に一言だけ、ようやくフィリウスはオークの存在を認識して呟いた。
「邪魔」
たった一言……人の言葉も理解できないオークに向かって一言だけ言葉を紡いだフィリウス。
しかし明確な殺気を込められて放たれたその言葉は、言葉を理解できないオーク達にも明確な"死"の感覚を与えた。
現にフィリウスの正面で槍を構え今にも突進しようとしていた二匹のオーク、そしてフィリウスの後ろで悲惨な殺し合いを続けていたオークのすべてがピタリと動きを止める。
そして次の瞬間、金縛りが解かれたようにオーク全員が一目散に動き出した。
どこに向かうのでもない。ただ目の前の絶対的な"死"の予感から少しでも離れようと本能的に行動を開始したのだ。
「まったく……。逃げるんなら最初から向かってこないでほしいね」
血眼になって逃げていく情けないオークの後ろ姿を見送ってそんな愚痴をこぼすフィリウス。
それから妨害も入らなくなったフィリウスは、程なくして地下二階へ続く階段へと到着し、階段を降りていった。