4. 『はじめまして』
グランスウォールから帰還し、唯一生き残った者として国中が大騒ぎだった。
何があった?どんな土地だった?とセレナは多くの人々からの質問責めにあい、誰もがグランスウォールの大冒険の話を聞こうともみくちゃにされる。
そんな質問の山に対してセレナはぞんざいに、しかしグランスウォールの危険さだけは正確に答える。
最低でもBランク以上、Sランク以上の魔物もうようよいて、自分が帰ってこれたのは奇跡に近い……と。
グランスウォールで会ったあの少年のことは誰にも、それこそギルド長にも話さなかった。
セレナはあの場でその大陸の恐ろしさに即座に気付き、徘徊する魔物を隠れ過ごしながら脱出してきた。……ギルド長へはそう伝えられている。
あの少年の正体は結局分からない。誰かに伝えてもきっと同じだろうと考えたセレナは、いつかあの大陸でも生きていけるような実力をつけてから、もう一度会いに行きたいと思っていた。
ただそれは今の状態を見れば途方もないような話であり、セレナはそれでもいいとゆっくり力をつけようと決意する。
そんな平凡な日々が一年ほど続いた。
◇ ◇ ◇
「セレナさまー!待ってくださいよぅ~」
まるで黒猫を彷彿とさせるような猫耳を生やした一人の少女が、紫色のオオカミのような容姿をした魔物と戦っている。
その魔物の名前はポイズンウォルフ。
動きは他のウォルフ種と比べると鈍いが、その牙は猛毒で一度咬まれれば命まで奪ってしまうこともあるBランク相当の魔物である。
しかしそんな熟練者でも油断すれば死にかねない魔物と戦っているというのに、少女に呼ばれたもう一人の少女は助ける気は微塵もなく、とすればそのまま少女を置いて先に行こうとする始末である。
「そいつはあんたのノルマ分でしょ?私は手を貸さないわ」
「そ、そうですけど。置いていくのは酷いですよ~! セレナさまは昔から他人に冷たいですよね~……弟子にくらい優しくしてくれてもいいんじゃないんですかぁ?」
そんな少女の言葉に「ほっとけ」と返すセレナ。
元々彼女は人と親しむつもりは端から無い。彼女に近づく者は皆大抵、彼女の作ったオリジナル魔法が目当てなのだから。
ならば何故この少女と今一緒に行動しているのか?
それは先ほど少女自身が言ったと思うが、彼女はセレナのただ一人の弟子であるからだ。
Aランクの冒険者となった場合、新たな冒険者育成のために最低一人は弟子を取り、弟子が一人前のCランクになるまで弟子の育成を優先に活動することが義務付けられている。
しかし彼女の場合、Aランクではあるものの弟子を取るには若すぎる年齢としてその義務をしばらくの間帳消しにされていたのだが、ひょんなことから弟子を取らなければいけない状況となり、急遽弟子を募集することとなった。
彼女の弟子になりたいと願い出る者はたくさんいた。
何せ彼女は今や知らない者はいないAランク最年少保持者の天才で、グランスウォールに行って生還したという話もまだ新しい。加えて彼女の容姿、そしてオリジナル魔法の件も合わせれば彼女の弟子というステータスはこれ以上ないほどの価値があった。
「もう少し師匠として弟子を思いやる気持ちってやつをですね~……って後ろ!!」
どこかに潜んでいたのか、弟子の少女へ振り返って話していたセレナの背後から一匹のポイズンウォルフが飛び出してきて、猛毒の牙を剥きだしにセレナへと襲い掛かった。
だが慌てる弟子とは裏腹にセレナは慌てた様子もなく――
バシュッ!!
『ギャウッ!!』
――見えない結界のようなものでポイズンウォルフを弾き飛ばした。
「邪魔。"不可視の風"」
ザシュッ!
結局ポイズンウォルフを一度も見ることなく、首を切り裂いて命を絶った。
「あーあ……セレナさまにはいらない心配でしたかね?」
いつの間にか対峙していたポイズンウォルフを倒した少女が苦笑を浮かべながらセレナに話しかける。
「そんなことはないわ。ありがとう、リン。さ、ノルマは達成したんだしギルドに戻るわよ」
そう素っ気なく返して、セレナは返事を待たずに歩き出す。それに慌ててついていくリンと呼ばれた少女。
「えへへ、セレナさまにお礼言われた~」
その顔はまさに飼い主に褒められ、撫でまわされたような猫のようにゆるみきっていた。
セレナはそんな表情を見て内心溜息を吐きながらも、ほほえましい笑みを浮かべてリンを見ている。
「そういえば、ふと疑問に思ったんですけど。セレナさまはなんで私を弟子にしたんですか? セレナさまは魔法が使えない私から見ても凄い冒険者で魔法使いだし……獣人族で魔法が生まれつき使えない私より魔法に素質のある弟子の方がよかったんじゃ……」
リンの種族はその猫耳から分かる通り獣人族の猫人間と呼ばれる種族である。
そして獣人族はリンの言う通り、体質なのか生まれつき魔法を扱うことが出来ない。その理由は魔力を直接視ることの出来るセレナにもハッキリとは分からないが、どうも魔力の質が人間や他の亜人類とは違うようなのだ。
その代わり獣人族は類稀な身体能力の高さと、特別な第六感ともいうべき感覚が他の種よりも鋭い種族なのが特徴である。
リンの種族である猫人間もその柔軟な体と瞬発的な身体能力が人よりも大きく優れている。
今だってBランクであるポイズンウォルフを短剣一本だけで倒すことが出来たのだ。
ウォルフ種の中では鈍い方とはいえ、ポイズンウォルフはウォルフ種に慣れていない者にとっては十分にすばしっこい。さらに一撃でも攻撃を喰らえば掠っただけでも死に至る可能性があるという緊張を常に背負わなければならない。
だからこそBランクとしてギルドにて認定されているのだが、リンは問題なく無傷で難なくと倒した。
ちなみにリンの冒険者ランクはまだDランク。しかし素早さだけでいえばAランククラスと言えよう。
だからと言って、それがセレナがリンを弟子に取る理由にはならない。
獣人族としてみればリンのスピードはそれほど珍しいものではないし、魔法使いなら同じ魔法使いの弟子を取るのが世間一般的に見ても常識なのだから。
だがセレナは何やら不安そうに聞いてくる愛弟子に、先ほどから浮かべていた笑みを一層深めて、呆れたような声で答える。
「だからよ。私は私の魔法を狙っている者を弟子に取りたくない。 その点魔法を使うことが出来ないあんたは、私の魔法目当てではないと確信を持って言えるわ」
「で、でも……魔法使いなら魔法使いの弟子を取るのが普通なんじゃ――」
「なら何故あなたは私の弟子を志願したのかしら?」
「え?、あ……。 私は、セレナさまの戦う姿勢が格好良くて、たった五年でAランクになるだなんて凄いなぁって思って。私も今年で十五歳でセレナさまがAランクになった年齢だし、頑張ったらセレンさまみたいになれるかなって……」
自分で言ってて恥ずかしくなってきたのか、途中からぼそぼそと蚊が消え入りそうな声で言葉を紡ぐリン。
それをしっかり聞いて、セレナはリンの頭を優しく撫でる。
「だからよ。 あなたは私の魔法じゃなく、私の弟子となって得られるステータスでもなく、私自身を見てくれていた。それがあなたを"弟子にしたい"と思った理由よ」
弟子にしてあげたのではなく、弟子にしたかった。
その言葉にリンはうるうると目を涙で濡らしながら、満面の笑みを作った。
ギルドへと帰る道中、少女のにやついた笑みが収まることはなく、街中でちょっとした誤解を受けられたのはまた別の話だ。
◇ ◇ ◇
ギィィ……
立てつけが悪いのか、微妙に開きにくいギルドの扉を開けて中へと入るセレナとリン。
ギルドの中はいつも通り。
昼間っから酒をガブ飲みする中年に、その隣ではちょうど大仕事を終えたのか4人のパーティが少し豪勢な食事を囲んでいる。依頼が張り出される掲示板前はいつものごとく混んでおり、その近くには人数制限のある依頼を一緒に受けようと誘う者や、依頼内容や魔物についての情報を売買する情報屋が掲示板前の冒険者に声をかけている。
冒険者となってもう六年間……セレナがすっかり慣れ親しんだ光景である。
セレナとリンはそんな様子を一瞬だけ見渡して、依頼達成の報告をするために真っ直ぐ受付のあるカウンターへと向かった。
「あ、セレナちゃんにリンちゃん。お帰りなさい」
ギルドのカウンターには街の人や商人、果ては貴族からの依頼を受理し、それを冒険者へと伝える役割として受付係りが交代制で一日中勤務している。
今この時間帯勤務しており二人を親しげに迎えるのはセレナが冒険者になった頃から受付として働いているルナフィリアという名のエルフだ。
エルフ……つまりは亜人類でありエルフの特徴である長い耳と精霊を宿すイヤリングをつけている。
しかしそんなことを気にするような野暮な人はこのギルド内にはおらず、その綺麗な容姿と落ち着いた雰囲気からギルド内の冒険者からもルナ姉と親しまれており。
実を言うと彼女はセレナがグランスウォールから帰ってきた時に説教をした受付嬢であり、新米の頃からいろいろと面倒を見てくれたこともあってから、Aランクになった今でもセレナはルナフィリアには頭が上がらなかったりする。
「どうやら依頼は無事に達成したみたいね」
「えぇ、これが証明部位」
そう言ってセレナが取り出したのはポイズンウォルフの紫色の耳がたっぷり詰まった袋。
これも依頼達成の報告のために渡さなければならないものだ。
袋を受け取ったルナフィリアは、袋の中を見てしっかりとその数を確認した後に袋をしまい、纏めていた紙の中から一枚を取り出して確認印を押す。
その後に引出しからいくつかの銀貨を取り出してセレナへと渡した。
「確かに確認いたしました。はい、こっちが報酬の9,000フィル。規定よりも大量に討伐してくれたから通常の3倍よ」
"フィル"というのはこの世界の通貨の単位の一つで、ギルドが設立されている町だったらフィアランドのどの国でも通じる通貨だ。
貨幣は四種類あって、100フィルが銅貨一枚、1,000フィルが銀貨一枚、100,000フィルが金貨一枚、1,000,000フィルが白金貨一枚に相当する。注意すべきは銀貨と金貨の価値だけが大きく違うところか。
価値としては100フィル、つまりは銅貨一枚で一食分のパンが買え、銅貨三枚もあればそれなりの食事にありつける。
銀貨一枚あればそこそこ設備の整っている宿屋で2~3泊(朝食付き)で宿泊でき、その銀貨が100枚、つまり金貨一枚あれば小さい家が購入できるほどの大金だ。白金貨などはほとんど出回らなく、白金貨が使われるのは貴族や国間における政治的なやり取りぐらいである。
ちなみに今回セレナとリンが受けた依頼は『ポイズンウォルフの10体の討伐』。
ポイズンウォルフは常に群れで行動しているため、このような複数体の討伐依頼が出される。そのため個人での受注であればBランク、パーティでの受注であればCランクの依頼として扱われる。
パーティランクというのはパーティ全員のギルドランクの平均で計算されるので、AランクのセレナとDランクのリン、平均してCランクまでならパーティとして依頼を受注することが出来るのだ。
「あ、あとセレナちゃんにはギルド長から直接依頼が来てるわよ」
「ギルド長から?」
ルナフィリアより銀貨9枚を受け取って久しぶりに家族全員にリンを誘って美味しいものでも食べに行こうかなどと考えていると、突然告げられた予想外の話に思わず聞き返すセレナ。
対して隣にいたリンは何かに気付いたようにそのまんまるな目をさらに輝かせていた。
「ギルド長からセレナさまに直接の依頼……ってことは、ま、まさか昇級クエスト!!? つ、ついにセレナさまもSランクの仲間入りに……!!!」
「あ~期待に胸を膨らませているところ悪いんだけど、依頼内容はどうも雑用みたいよ?」
「雑用? 何でそんなのがギルド長からの依頼で私に来るの?」
ルナフィリアの話にセレナは怪訝な表情をさらに深める。
基本ギルド長からの直接出される依頼と言ったら緊急時を要する討伐依頼や、ギルドとしても無視できないような重鎮の護衛。それ以外でいえばリンの言う通り昇級クエストぐらいしかない。
単なる雑用を態々ギルド長から出されるなんてことはまずありえない。
そんなセレナの当然の疑問に、ルナフィリアは少し申し訳なさそうな面影で告げた。
「本当はギルドの職員で受け持つべきことなんだけどね。ほら、今ギルド職員のほとんどが先月あった魔族侵攻の後処理で出払ってて……」
「あぁ、あの世紀の大侵攻ね」
先月にこのフィアランドを襲った大事件。魔族が今までにないほどの大規模な軍団で侵略進軍を行ったのだ。
もちろんフィアランドでもそれに対抗するために世界各国から実力がある者が招集され、その中にはセレナも含まれていた。
結局、魔族は戦争をしかねないほどの軍勢で押し寄せながら多少の小競り合いをするだけで、それ以上は何もせぬままにすぐさま撤退。
人間や亜人の力に恐れをなしたとか、ただの気まぐれだとか、撤退した説にはいろいろな説が今でも飛び交っている。
セレナとしては無事に済んだのなら撤退した理由なんてなんでもいいと思っている。逆に魔族たちが何故あのような侵攻をしたのか、撤退した理由ではなく今までとは違う侵攻した理由を考えていた。
ちなみに師匠贔屓なリンはセレナの見たこともない魔法の威力に恐れをなした説を唱えているとか……。
「まぁそんなわけで人手が全く足りないのよ。 今回セレナちゃんにお願いするのはEランクへの昇級クエストの監査員。 そんな難しいものでもないしリンちゃんなら同行してもいいわよ」
基本監査員は1人だけなのだがセレナとリンは2人だけのパーティ。
それに加えてリンの実力のことも知っているルナフィリアは、別に問題はないと判断して同行を許可する。
「はぁ……そんなこと言ったら絶対ついてくるじゃない。 まぁいいわ。それで、そのルーキーさんはどこにいるの?」
「え?どこって……」
「ここにいるよ」
何やら驚いた様子のルナフィリアの声にかぶさって、突如横から女性としては少し低い、男性としてはちょっと高い音程の声が響く。
セレナが声に反応してそちらへと視線を向けてみると、いつからそこにいたのか全く気付かなかったほど近くに……その人物はいた。
「な!!?」
「? どうかしましたセレナさま?」
「えーと、もしかして知り合いだった?」
驚愕を顔に浮かべて固まるセレナ。
リンとルナフィリアがそれに疑問を抱くが、そんなことを気にしている余裕はない。
何故なら――
「いやいや、もし僕が5年でAランクまで至ったセレナさんと知り合いだったらもっと早くに自慢してるよ。 えーはじめまして。僕はフィリウス・アーウェルンクス。 半年前に冒険者になったばかりの新入り冒険者だよ」
白銀に光る髪に蒼穹を思い浮かべる瞳。
人懐っこいような笑みを浮かべる少年はどう見ても、グランスウォールで会った少年と瓜二つだった。
◆ ◆ ◆
「さて、と」
とんでもないサイクルで生き物の生死が繰り返される大陸で一人の少女と出会い、その少女をストーキング……もとい追いかける形で僕は人間の住む大陸へと辿り着いた。
やっぱり僕が最初に居たあの大陸はこの世界でも異常だったみたいだ。
とりあえず人間のいる大陸に辿り着いた僕は、まずはそういった常識的なことから学ばなければいけない。
言葉も覚えなきゃだし、出来れば文字も早いうちに覚えてしまいたいな。あ、あとこの世界での魔法の使い方も知っとかないと変な魔法の使い方したら変に思われるかもしれない。そうなると……
「まずはそういったことを一緒くたに学べれるような学校がある場所を目指した方がいいな」
思い立ったが吉日。僕は少女が帰って行った国ではなく、その近くにあった大きな学校のある都市へと向かった。
それから半年――。
「ありがとね。カステルちゃんのおかげで助かったよ」
「いいのいいの、フィリウス君の役に立てたようで何よりだわぁ~」
グラバニアからそんなに離れていない場所に、まるで城のような学校が建てられている国があった。
国の土地半分以上が学園の敷地であり、宿屋を経営する者、食料を販売する者、武器を販売する者のすべてがこの学園の生徒もしくは先生という世界的に見ても変わった国。
それがここ学園国家エンデュミオンだった。
そのエンデュミオンの中央に位置する国の象徴であるエンデュミオン国立学園にある一室にて、この世界の言葉と文字、そして魔法をある程度マスターしたフィリウスは、それらを教えてくれた先生である"彼女"に感謝の言葉を述べる。
最初はこっそりと生徒達に混じって授業に参加したり、図書館に入り浸っては本を読み漁っていたフィリウスだったが、ふとしたことをきっかけにカステルと呼ばれる彼女に見つかってしまい、それからなんやかんやと紆余屈折あった後にこの世界の常識について彼女に教えてもらうこととなったのだ。
彼女はその喋り方からして性格もすごくゆったりしたもので、ふわふわとした癖ッ毛だらけのピンク色の髪と同じように細かいことを気にしないような人だった。
だからフィリウスが適当に言った記憶喪失という設定も大して気にしていない。
そんな天然が入っている彼女だが、魔法の腕は学園どころか世界で見てもトップクラスらしく、その可愛らしさから先生・生徒からも親しまれている"先生"である。
そう、先生。どうみても子供にしか見えない外見だが、紛れもなくエンデュミオン国立学園の教師……それも教頭と同じ地位にあたる名誉教師なのだ。
人は見かけで判断出来ないものである。
「そういえば冒険者になるんだっけ~?」
「うん。その方が世界を見て回るにはいろいろと便利だからね」
「そっか~、記憶探しの旅をするんだっけ? 確かにギルドカードは一種の身分証明書になるしぃ、持っていて損はないかもね~。 でも世界を旅するには最低でもDランクはないといけないよ~? じゃないと国の検問で引っかかっちゃうしぃ、もし別の大陸へも行くつもりだったらAランクはないと難しいかもね~。 ま、フィリウス君だとそんなの気にせずに自由に不法入国とかしそうだけどぉ。現に今してるしね~」
「流石に悪目立ちしそうなことはしないよ。 ランクも地道にあげるさ。別に急いでいるわけじゃないしね」
ちなみに冒険者登録には特に身分証明は必要としない。
いくつか質問をした後に、銅貨三枚払うことで犯罪歴等がなければ誰でも簡単に登録することが出来る。
犯罪歴があるものでも仮登録を行い、犯罪の度合いによって期間が設けられ、その期間中は依頼の報酬も減額されて行動も制限されるが、その期間中特に問題がなければ本登録を行い他の冒険者と同じように活動できる。
そんな不法入国者であるフィリウスにも優しいシステムである。
もちろん犯罪等を犯せば罪状によってはギルドカードを剥奪。重い罪であれば、仮に再登録しても一生に近い年月ずっと仮登録扱いになる場合もある。
中々によく考えられたシステムだとフィリウスはギルド設立者に称賛の言葉を心の中で贈った。
「……なんにしてもぉ、ここでしばらくお別れだね~」
「そうだね。本当にありがとう、いろいろ教えてくれて」
「それが先生の仕事だしぃ、私もフィリウス君の変わった魔法の話が聞けて興味深かったよ~。 何かあったらいつでもここにきてね~。いつまでかは分からないけどぉ、しばらくはここで先生してるから~」
「ん、何かあったらまた来るよ」
そう言ってフィリウスはカステルと別れ、エンデュミオンに設立されているギルド支部へと向かう。
その間、後ろから何度も名残惜しそうに「絶対だよ~!」という声が聞こえて、フィリウスは人知れず苦笑を浮かべていた。
それからは何事もなくギルドへと到着し、冒険者として登録。
あまり目立つようなことはしたくないフィリウスだが、街の外に出られないんじゃ話にならない為、その日のうちにFランクへと昇格する。
まぁ登録した日にFランクへと上がるのは戦闘経験のある者だったら別段珍しくもないし、一気にDランクへと上がる者もいるため特に注目されることはない。
それからさらに半年ほど。
適当に辺りにある森や丘、道行く魔物を観察して、時折適当な討伐依頼をこなしながら、僕はエンデュミオンの周りにある周辺諸国を巡っていた。
その土地の特産品を見たり、その町ならではの食べ物を堪能したり……これだよ。これが僕が異世界旅行で一番楽しみにしていることだ。
お金はギルドの依頼を受けなくとも、数々の異世界を巡って手に入れた財宝類があるし、それを売れば困ることはない。 まぁでも怪しまれてはいけないから時たま依頼も受けるけど。
そして……周辺にある国も大体回り終えて、ついに僕はフィアランド一の大国と言われるグラバニアへと向かう。
一番の目的は今から一年ほど前にグランスウォールで出会った少女、セレナ・クリューソスに再び会うためだ。
「結構有名な子だったな。セレナ・クリューソス、十歳で冒険者となり僅か5年でAランクへと到達する歴史を遡ってみても最短、最年少のAランク保持者。 しかも彼女は学者もびっくりするほどにオリジナルの魔法をポンポンと創りだし、フィアランド史上稀にみる天才……あの空中浮遊もオリジナル魔法みたいだもんなぁ」
エンデュミオンの図書館で調べてみたけど彼女の空中浮遊の魔法は空想の産物だった。 それなりにコツはいるけど、そんな難しい魔法でもないんだけどな~。
それに彼女の名前のクリューソス。元は帝国王家に仕える侯爵だったみたいだけど、そんな魔法の才を持っていて何故貴族の地位が剥奪されたのか。
「やっぱフィアランド一の大国ってことだけあって、陰謀も大きく渦巻いてるんだろうなー」
そう思うとちょっと行きたくなくなってきた……。
あーあれから一年経つし、彼女ももしかしたらSランクになってるかなー。 あ、それなら冒険者内で噂になってるか。 Sランクになるのは本当に本の一握りらしいし。
「そういえばこの前の魔族の大侵攻の時、姿見かけたなー。こっそりだったから遠くからしか観察出来なかったけど、魔法の腕は上がってるみたいだった。それに精神的にもなんか成長した感じだったし、弟子でもとったかな? まぁでも……」
まだSランクには早いかな?
「そうだ!今はあの侵攻の影響でギルドは人手不足って聞いたし、それなら――」
名案を思い付いたような顔で笑みを浮かべるフィリウス。
その狙い通りなのか、その数日後にフィリウスのEランクの昇級クエストが実施され、その監査員としてセレナが同行することとなった。