2. 『貴方は死んだのです』
グランスフィア……それがこの世界の名前。
人間に加えて、亜人種と呼ばれるエルフや獣人などの多種多様な種族が住む大陸、フィアランド。
魔族と呼ばれる人型に近い形を取った魔物が住み、魔王が統治している魔の大陸、デモニール。
人間も亜人種も魔族の誰しもが立ち入り、そして帰らぬ人となる前人未到の大陸、グランスウォール。
大小の小さな島々はあれど、世界はこの三つの大陸によって形作られている。
"私"は当然人間であるため、人間の住むフィアランド、その中心にある帝国グラバニアで生活している。
名前はセレナ・デューク・ナ・クリューソス。
大層な名前の通りクリューソスという姓は、フェアランド一の広大さを誇る帝国内でも結構の名の効く貴族の名前だ。
でも、今では別の意味で有名な名前でもある。
今の私の名前はセレナ・クリューソス。
侯爵位の証でもあるデュークの名を取られ、ただ無意味に貴族としての姓を受け継いだだけの"平民"だ。
貴族としてのクリューソスの地位は私の年齢が十を過ぎて少し経った頃に崩壊した。
住んでいた家も、所持していた土地も、有り余っていた財産も全て他の貴族たちに根こそぎ食い散らかされ、私と両親は路頭に迷うことになる。
特に一番の問題は経済面だ。
私の両親は生まれつきの貴族で、働いたこともない。
だからその日の生活費すらまともに稼げないのに、貴族としての贅沢な生活が抜けないのか金遣いは荒い。
翌週までの生活費をまとめて使われて「いつも頑張ってるお礼だよ」とか言って豪華な食事を用意されてた時は本気で叱った。
当然だ。私が稼いだお金で、お礼も何もあったもんじゃない。
でもそんな能天気過ぎる両親でも、私を十年間育ててきてくれた大事な両親。見捨てることなんて絶対にしない。
毎日必死に働いて、私含め両親の三人分の生活費をせっせと稼ぐ日々だった。
え? 私も貴族だったのにちゃんと働けるのかって?
それが聞いてくれる? 馬鹿な話だと笑っちゃうかもだけど、私前世の記憶があってさ。前世じゃこことは全く別で、科学ってやつが発展した世界で、大学っていうところで勉学に励む真面目な学生だったわけだよ。
なのに何の因果か転生ってやつしたみたいでさ。この世界の貴族令嬢として生まれ落ちて、あっさりと没落。
あはは。笑っちゃうよねぇ……。
それもこれも、あのインチキ女神の所為よ。あー思い出しても腹が立つ。元の世界で死んだらしい私は真っ白な空間で目を覚まして――
◇ ◇ ◇
あれ? ……ここはどこ? 私、どうしたんだっけ?
『貴方は死んだのですよ。天音 理沙さん』
………はい? 死んだ? 私が? 一体何を言ってるの? っていうかあなた誰?
『質問は一つに絞ってくれませんか? とにかく貴方は死んだのですよ』
ちょっと待ってよ。私が死んだっていうならここはどこなのよ? って、声が出ない?
『それはそうでしょう。今の貴方には声を出す口がないのですから』
え、口がない? でもあんたには私の言葉が聞こえてるようだけど? それにあんたの姿もはっきり見えるし声も聞こえる。ということは目と耳はあるってことでしょ? ……同じ女性として見ていて悔しくなるほどの美人さんだけど。
『お褒めの言葉ありがとうございます。 貴方の疑問にお答えしますと、今の私の声や姿を感じているのは、私が貴方に"イメージ"を送っているからです。正直に言いますと、今の貴方には口も目も耳もありません』
……はい?(2回目)
『あと先ほどの質問の答えですが、まず私が誰か。 私は貴方の住んでいた世界を含め、いくつかの世界を管理している云わば神様です。残念ですが名前を教えるわけにはいきませんので、気軽にGODとでも呼んでください』
すみません。そこまで気軽に呼べません。てか、それは気軽なの?
『それとこの場所についてですが――』
無視ですか…。
『ここは世界と世界の狭間。始まりの場所であり、終わりの場所でもある場所です。そうですね……貴方の世界で分かりやすく言うなら、輪廻転生をする場所と言いましょうか』
へぇ~、人って死んだらこんな場所に来るんだ。
『いえ、来ませんよ?』
え? でも輪廻転生をする場所って……。
『それは貴方に分かりやすく説明するために出した喩え。本来この場所に人間である貴方が来ることはありません』
じゃあ何で私はここに……?
『貴方がここに来た理由は……』
理由は……?
『貴方があまりにも不憫で惨めだったからです』
……はい?(3回目)
『小さい頃に親は離婚。父方に引き取られた貴方は家庭内では暴力を振るわれ、唯一の安らぎの場であったはずの小学校でも些細なことからいじめが始まり、中学校でも小学校からのいじめが毎日続く。そんな日々に疲れた貴方は中学卒業後に逃げるように遠い場所で一人暮らしを始めて高校に通う。 仕送りもなく、生活を切り詰めながらバイトでその日の生活費を稼いでせめて良い大学に行こうと一生懸命勉学に励む日々を過ごしていた』
あー、そうだったわね。
『まぁその"程度"であればどこにでもいる苦学生と言ったところでしょうか』
あ゛ぁ?!
『けれど苦しい日々を過ごしていた貴方も何とか一流とまでは言わないまでもそれなりの大学にて奨学生として入学し、さらにはその大学でかっこいいと思っていた男性からも告白されるという大逆転劇をしていた。有頂天になって告白されたその日なんか嬉しくて嬉しくて夜も眠れなかったことを私は知っています』
う……見られてたとなると凄く恥ずかしいんだけど。でも、そうだ。私告白されたんだった。もちろん直ぐにオッケーの返事して付き合うことが決まって………あれ? その後のことが思い出せない。 私、あの人とどこまでいったんだろう?キスとかしたのかな?そもそも私なんで死んだんだろう?
『……知りたいですか?』
え? うん、知りたい。
『では教えてあげましょう。あの夏の日のこと。男性に告白されて付き合うことが決まったその次の日のこと。 告白されてこれからの学生生活に夢を膨らましていた貴方はウキウキ気分で家を出ていきました。ただ、気が高揚して妄想ばかりに気を取られていた貴方は周りの注意が疎かになり、足元にあった誰かが捨てていったのであろうバナナの皮に足を滑らせ頭を地面に強く打ってしまう。 まぁそれだけであれば頭に打撲と軽い裂傷を負っただけでとても死に至るような怪我じゃなかったんですけどね。ところがその近くの階段で技の練習でもしていたのでしょうか。一輪車に乗っていた小学生がバランスを崩してそのまま転倒。階段のちょうど真下で転んでいた貴方の頭に一輪車に乗っていた小学生が落ちてきて――
即死でした』
……
…………
………………
……………………
いやぁぁぁぁぁ!! そんな死に方いやぁぁぁぁぁ!!!
『いやぁ、世界広しと言えど、一輪車に殺されるなんてのは貴方ぐらいでしょうね……くすっ』
笑った?! 今笑ったでしょ!!
『こほん。まぁそうやって面白いものを見せてくれ――じゃなくて。神様の中でもドSと自負する私でも流石に憐みの感情を抱いてしまい、貴方をここにお呼びしたのです』
えぇ! えぇ!! ほんとにドSですね! このクソ神!!
『さっきも言いましたが、私のことは気軽にGODと呼んでください』
なんか今それを聞くと無性に腹が立つ!!
『とにかく面白いものを見せてくれたお礼、じゃなく。あまりにも不憫に思いましたので貴方にもう一度人生のやり直しをさせてあげます』
やり直し……?
『えぇ。言わば転生です。貴方の世界でもそういったものを題材とした小説とかがあるでしょう? それと同じです。チートです。最強です』
……それは喜ばしいことなのよね? なんだかあんたに言われると不安しか感じないんだけど?
『そんなことはありません。そうそう同じ世界に転生させても何ですので、転生する場所は王道で魔法ありのファンタジー世界が良いでしょう。その方が面白そう……もとい、楽しい人生を歩めるでしょうから』
あのー? なんかさっきから本音がダダ漏れなんですけど? っていうか私に選択権は無しですか?
『大丈夫。魔法の才能にも恵まれて、世界一の実力者になれる可能性を与えてあげますから』
人の話全然聞いてないし……。でも魔法かぁ……ちょっと興味はあるかも。
『そうでしょうそうでしょう。では早速貴方を異世界に飛ばしてあげます。折角ですから、波乱万丈な人生になるように色々手を加えて――』
……え? 今なんてい――
『それでは、行ってらっしゃーい♪』
ちょっ、まてーー!!!
◇ ◇ ◇
で、今に至る……と。
えぇ確かに位の高い貴族として生まれて一気に平民にまで格下げ。自分では働くことも儘ならない両親抱えての波乱万丈な人生を送っているわよ。だからなに!!
必死に苦汁を舐めて生活する私を見てきっとあのクソ女神はお腹抱えて笑ってることでしょうね!
ただまぁ、あのクソ女神に唯一感謝することと言えば、前世では得られなかった両親の愛情を与えてくれたこと。そして言葉通り私にチートな能力を与えてくれたことだろうか。
魔法なんて初めて使ったけれど、私は意外にもすんなりと魔法を扱えるようになった。
と、いうのも。魔法というのはどうも魔力を使って術式を組む(前世でいう数式に近い)、そしてその術式に沿って魔法として世界に現象をもたらすもので、その術式は国お抱えの研究者達が考えを巡らし日夜研究している。
一般的なものは魔導書として世に出回って、強力な威力を持っている術式は開発した研究者内、または国で管理しているのだけれど、私はその新しく術式を組むというのがあっさりと出来てしまった。
普通専門の研究者が何年もかけて生み出すであろう大掛かりな術式も、私はたったの数時間で作り出せる。
その理由が私に生まれつき持つ能力、言わばあのクソ女神に与えられたチート能力のおかげだった。
その能力の内容は、私には他の人には見ることの出来ない魔力を、この目ではっきりと視認することが出来ること。
皆は感覚的に魔力を操って術式を組み上げていくのだけれど、魔力を見ることが出来て操り方も分かっている私は、まるで紙にペンを走らせるような感覚で、多少面倒ではあるものの術式を新たに組むことも、既存の術式に改造を施すことも思いのままである。
さらに極めつけは私の魔力が他の人よりも異常に高いこと。
そのことは魔力を視認して他者の魔力と比べることで分かった。
魔力が高くて好きな魔法を簡単に創造できる。加えていえば身体能力も魔力を身体の一定箇所に集めることで強化されるということも確認できた。
もしや……これは本当に異世界転生物ファンタジーにありがちなチート最強なのではないだろうか?
私はそんな有り余る才能を発揮するため、没落貴族となって稼がなくてはいけなくなってからは冒険者としてギルドに登録した。
十歳の私を雇ってくれる場所なんてそうないし、ギルドであれば実力主義。つまり年齢など関係なしに実力に合った仕事を紹介してくれて仕事に見合った報酬をくれる。
はじめは「冒険者になる」と言い出した私に、両親は猛反対した。
2人にとって冒険者というのは荒れくれ者の集団として認識しているようで、たとえ宿代が払えなくて野宿することになってもそんなところに私を送り出したくないようだ。
まぁ私も最初似たような印象を持っていたんだけど、実際にギルドの中の様子を見てみると、町の便利屋さんと言った感じで、確かに昼間から酒を飲んでる飲んだくれはいるけど、ギルドに依頼を持ってくる人や女性の冒険者も少なくなくて、まだ子供の私がいてもそんなに違和感がないほどに明るい場所だった。
実際、冒険者の中にも私と同年代の子は結構いるくらいだ。
まぁそういう子たちの殆どはお小遣い稼ぎで町の中だけの簡単な依頼を受けてるみたいで、報酬量を見るに私の場合それだけではとても食べていけないけれど……。
そのことを両親にも伝えて何とか了承をもらえた。
結局最後まで渋っていたけれど「このままでは宿代どころか満足に食事も出来なくて飢え死にする」と伝えたらなんとも言えない表情で了承してくれた。
ていうか、働けないダメ夫婦っていう自覚はあったんだ。
でも両親の気持ちも分からなくはない。
冒険者は常に死と隣り合わせ。依頼によるけれど、他の職種と比べると一番死亡率が高い仕事でもある。
私も正直、命の危険があると言われると不安がないと言ったら嘘になる。
けれどそんな心配は杞憂に終わった。
まず、ギルドに登録した私は、より高ランクの高報酬の依頼を受けるために速攻でランクを上げることに徹した。
ちなみにギルドに初めて登録した者は誰しも最低ランクのGランクから始まって、Gランクでは街中のちょっとしたお手伝い程度の依頼しか受けられない。
また、このギルドのランクというのは、ギルド内限定ではあるが強さの基準のようなもので、上から順にS、A、B、C、D、E、F、Gと八段階でランク付けされている。
分かりやすく例にして挙げるなら――
Gランク=冒険者見習い。 このランクだとたとえおじさんであろうと冒険者の間では子ども扱いされる。
Fランク=新米冒険者。 見習いよりは上な程度だけど、ギルド証を見せれば同盟国に限り多国間を自由に行き来する権利を得る。
Eランク=冒険者。 魔物の討伐依頼も受けられるようになり、一般的な冒険者として活躍できる。
Dランク=討伐者。 このランクになるということは魔物の討伐を何度もこなしている証になり、同盟国以外の他国への出入りが可能となり、護衛の依頼も受けられるようになる。
Cランク=熟練冒険者。 ギルド内でも多少融通が利くようになり、大型魔物や重要な討伐依頼も受けられるようになる。
Bランク=熟練討伐者。 このランクになれば国内でも有名になり、ギルドから直接に高額な報酬を約束された依頼が任されることがある。
Aランク=救世主。 力と信頼を得られ、他国へもギルド証一つで自由に行き来することが出来るようになる。
Sランク=超越者。 世界で10人もいない実力者であり、他国・別大陸への無許可の移動も認められる。
といったところ。
Dランクまでであればギルドの審査員同行の昇級クエストを達成することでランクを上げることが出来るが、Cランクから上は実績を認められた上でその町のギルド長より直接通達が来るような仕組みとなっている。
ただDランクの昇給クエストだけは討伐依頼を10回達成する必要があるが、それなりの実力があればDランクまではそれこそ数日頑張れば上がることが出来る。
しかしそれ以降はギルド長に実績と信頼を得てもらう必要があり、長い間誠実に依頼をこなしていかなければならないため、Aランク相当の実力を持っていてもそこまで上がるのに通常10年掛かって早い方だ。
だけど私は冒険者になって5年という異例の早さでAランクになるという大出世を果たした。
それも張り切り過ぎたと言えばそれだけなんだけど、依頼はまとめて受けることが出来るから私は自分の才能をフルに活用して無我夢中に依頼をこなしていった。
やり過ぎて一時期依頼がなくなった時もあったぐらいだ。
その時の必死な様相から『子供の顔した悪魔』なんて不名誉極まりない二つ名らしきものもつけられ、ギルド内どころか町中でも知らない者はいなかった。
あぁいや、両親だけは知らなかったみたいだった。……まぁ、能天気だし。
逆に言えばその鬼気迫る仕事ぶりにギルド長の目にも留まったみたいで、名前から私の出自も知ったギルド長は同情してか特例でAランクに上げてくれた。
もちろんギルド長だって名ばかりでその役職についているわけではないので、仕事内容も評価してもらった上でだ。
特に対面面接まであって、子供の私にそこまで凄む?!ってほどに重々しい空気で生きた心地がしなかった。
結構凶悪な魔物相手でも戦ってきた私だったけど、あのギルド長ほどの気を放つのはいなかった気がする……。
それはとにかく、Aランクに上がった私は、百万年に1人現れる天才だと国中でも知らない冒険者になっていた。
特にまったく新しい形式の魔法を放つ私に、学者たちはしつこく魔法式を教えてくれと聞いてくる。
さらには教えてくれる代わりに貴族にするなんて交換条件まで提示してきて胸糞悪かったからお望み通り新作の魔法で軽く痛めつけてギルドの権力使って干渉しないよう契約つけた。
ギルドは多国間でも信頼のおける組織でその影響力は高い。ギルド長からも貴族からちょっかい出されるようなことがあれば自由に権限を使っていいと許可も得てるし、使えるものは遠慮なく使うことにした。
そして流石にそこまで有名になってしまえば両親に隠し通すことも出来なくなってしまうわけで、今までの無茶がバレて私は久しぶりに両親から説教を受けることとなった。
でもここまでいったらいけるとこまでいくべきなんじゃないか?
5年でAランクになった天才として持て囃された私はそう調子に乗っていた。
実際、この国の近くで敵になるような魔物はいないし、Aランクになってから受け始めた討伐依頼もそれほど難しくはなかった。
冒険者の間で接触禁忌とまで言われるドラゴンだって多少苦労したものの討伐できたし、もう敵になるようなのといったら魔大陸にいる魔王やその直属の魔族ぐらいなんじゃないだろうか。
そう考えた私は、ついに取り返しのつかない選択をしてしまう。
魔物はおろか、魔族でさえも立ち入ることを躊躇う前人未踏の大陸グランスウォール。
その未知の大陸に私は行こうと考えてしまった。
周囲は高い外壁に囲まれ、その外壁を超えて大陸に立ち入ったとして生きて帰った者はおらず、外壁の中がどうなっているかは誰も知らない。
過去に何度も調査隊が結成され、ギルドも何度も調査しようとした場所だ。
しかしそれもAランクの冒険者までも帰らぬ人となってしまってからは、あの大陸に関する調査は断念された。
それでも自らの特異な魔力を視認でき、操る力に気付いてから負けたことがなかった私は大丈夫だと高を括ってしまう。
ギルド長も最後まで私のグランスウォール遠征に渋っていたけど、もし許可を出さなくても私が遠征に行くことに気付いたのかあきらめて許可を出してくれた。
中には私なら……という期待もあったのかもしれない。
とにもかくにも、こうして私は踏み入れてはならない領域に、足を入れてしまったのだった……。