1. 『相手はよく見てから攻撃しろ』
ちゅんちゅんっ
雀の鳴き声が耳に届く。
晴れやかな朝の訪れを歌い、まるで新しい旅の始まりを祝っているかのようだった。
「まぁ、この世界に雀がいるのかどうかは疑問を覚えるけど」
森の木々に囲まれて、微かに差し込む陽光に照らされた場所にて突然空間が裂け、少年が姿を現す。
もうその脳内に彼女の声はない。
「あの場限りの会話シチュエーションだしね」
そう言って肩を竦める少年はとりあえず周囲の状況を確認する。
何せ新しく来た世界だ。
まずは世界の様子を確認するのは当然と言える。自身の身に危険が迫っていたら危ないし。
まずは正面……果てしなく続く森
右、森
左、熊
後ろ、森
……あれ?
一つおかしな風景が混ざっていたような……?
もう一度確認の為、前後左右の状況を確認する。
まずは正面……相も変わらず果てしなく続く森
右、こちらもまた鬱蒼と茂る森
左、両腕を振りかぶる体長3m以上の鋼鉄の熊
後ろ、もはや陽光が差しているのはここだけだと思えるほど真っ暗に続く森
……うん。いくら現実逃避しても気の所為じゃないね。
『グァァァァァッ!!』
ドガァァアアァァァァアァァンッ!!
少年がそう現実を受け止めると同時に、少年の居た場所は振り下ろされた熊の腕によって爆散する。
しかしそこに少年の変わり果てた姿はない。
あるのは空しく地面へと突き刺されている熊の腕と――――
『グルゥ………』
ドスゥゥゥン
――――これまた空しく、首の落とされた巨大な熊の姿だった………。
「あ~あ……僕は悪くないよ?正当防衛だ。 今度生まれ変わったのなら、見た目で人を判断しないことだね」
一体何をしたのか?
噴き出る熊の血の噴水を掻い潜るかのように歩み出す少年。
血の雨の中を歩いているにも関わらず、その少年が返り血を浴びることはない。
まるで光を放つような眩い銀髪に、澄み渡る青空を現すような蒼穹の瞳。
肌の色は雪のように白く、その声色は聞きようによっては女性とも思えるだろう。
だが決して侮るなかれ。彼の前ではたとえ神であろうと平伏し、魔王であろうとその身を差し出す。
それが彼、最強の魔法使いであり最古の魔法使いである。
名をフィリウス・アーウェルンクスという少年であった。
◇ ◇ ◇
「はぁ・・・」
放たれるドラゴンの息吹をその身に浴びながら、フィリウスは深い溜め息を吐いていた。
ドラゴン………魔物の中の頂点とされ、その高い知性と強靭な肉体を前に、他の存在の追随を一切許さぬ絶対的強者。
そんなドラゴンのブレスを浴びているというのに、フィリウスはまるでそよ風でも受けているように平然としていた。
『グルァアアア!!』
目の前の獲物にブレスは通じない。
そう感じたのかドラゴンはその身に常に纏っている風の障壁を飛ばし、少年の身体を引き裂こうとする。
翡翠色の鱗を持つこのドラゴンは風を操ることを得意とするようだ。
大きさも少年からしてみればとてつもない巨大で、その足を頭上から振り下ろされるだけで普通の人間はその生涯を閉ざすことだろう。
しかし少年は先ほど放たれたブレス、そして今放たれているかまいたちを一瞥しながら冷静な判断を下していた。
「君、このあたりじゃ弱い部類だね。 そんな君にひとつ教えてあげよう。"相手はよく見てから攻撃しろ"」
腕を一振り。
それだけで十分だった。
それだけの動作で少年に迫るかまいたち、ドラゴンを包む風の障壁、強固な鱗、そのすべてを引き裂きドラゴンの命を絶つ。
けれど少年の表情はいまだ優れない。
と、いうのも
「これで襲われたのはいったい何度目か……。 この世界に訪れてから一週間、友好的な生命体は誰もおらず、魔物のみが蔓延る地……この世界に人間はいないのかな?」
少年がこの世界に来て、命を狙われなかった時がないくらいに、この世界は弱肉強食の世界だったのだ。
先ほどの風を操るウインドドラゴン(仮)などかわいいもので、中には身の丈100mあるんじゃないかと思えるほどの巨大なドラゴンや、その咆哮だけで森を消し飛ばす同じく巨大な亀、木を燃やすどころか溶かしつくす炎を放つ毒虫などとても人間が生活できるような環境ではない。
そしてそれだけの巨大生物がうようよしても決して狭く感じないほどにこの大地は広く、測ってみれば直径約5,000kmの限りなく円形に近い大陸。
周りは非常に強固で天辺が見えないほど高い外壁に囲まれている。
外壁の向こう側は海で、島一つなく水平線が広がるだけだった。
「でも驚くべきはそんな生物が闊歩していようとも崩れない環境なんだよなぁ」
まるで管理されているようにこの森林が消え去ることはない。
それはまぁ燃やし尽かされたり、凍えるような寒波を放たれたり、果ては隕石が降り落ちるようなことも珍しくはなく、鬱蒼と茂る森林も数秒後に荒廃した大地へと変わることもある。
けれどまるでこの大地全部が生き物であるかのように直ぐに植物が芽吹き、また数秒後には森林が誕生したりするのだ。
実際に遠くに見える山が実際は巨大な魔物だったということもあるので、この大地自体が魔物でも何も不思議はないかもしれない。
「問題は数秒で砂漠、氷河、溶岩地帯へと変わる環境の中、生きていける生物がいるのかどうかだよねぇ……」
先ほど襲ってきたウインドドラゴン(仮)も、普通の環境だったら長生き出来るだろうが、こんな劣悪過ぎる環境ではもって数時間だろう。
ならば生物達は何故この大地よりいなくならないのか?
これほどまでに生きていくだけでも過酷な環境だ。
いずれは全員死んで誰もいなくなるんじゃないかと思われるが、そうでもなかった。
「死んだ魔物は魔力だけが残り、その魔力がまた別の生物へと形を成して生まれる。……本当に、どんなサイクル送ってるの? ここの生物は」
死んでいく生物がとんでもなく多いと思えば、それに負けない勢いで生まれてくる生物もまた多かった。
生まれるまで数秒だったり数年だったりと時間はバラバラであるが、死んだ生物はまたこの世に生を残していた。
時間をかけて転生すればそれなりに魔力も増え、生前よりも強い魔物となって出てくる。逆に直ぐに転生すれば魔力不十分で生前よりも弱い魔物となって出てくるというサイクルがこの場で行われていた。
今しがたフィリウスが倒したウインドドラゴンもその場に魔力を漂わせ、平均的に早すぎるが既に転生を果たそうとしている。
そうして生れ出てきたのは先ほどのようなドラゴンの姿でなく、どちらかというとグリフォンのそれに近い。
ただまぁそんな生まれたてのグリフォンも――
「あ、死んだ」
突如この地に降り注がれた吹雪によって瞬間的に凍り付き、簡単に砕け散った。
そしてそんな状況を作り出した魔物は上空からその様子を見て「ケェェェェェッ」と高らかに奇声を上げる。
よく見れば二つの大きな翼と体躯、ドラゴンではないがワイバーンと言われる魔物だった。
生まれたばかりというのに目の前で呆気なく散っていたグリフォン(元ウインドドラゴン)に憐みの黙祷を軽く捧げた後、フィリウスは自分へと向かってくるワイバーンに視線を向ける。
フィリウスは相変わらず平然としていた。
特に凍傷などを起こした様子もなく、フィリウスの立っている地面だけは雪が一切積もっていない。
だがワイバーンはそんなことを気にするほどの知性がないのか、無謀にもそんなフィリウスへと向かっていく。
この大地に置いて滅多にいない。一週間もの時間生き延びることのできる強者に向かって……。
◇ ◇ ◇
「はぁ……」
既にその体を魔力と変えたワイバーンの亡骸の近くで、フィリウスは雪が融けて現れた岩に腰かけて再び重い溜息を吐く。
周囲の光景はまた先ほどから一変しており、今ではフィリウスが腰かける岩を除き燃えたぎる炎の大地と化していた。
ワイバーンと戦っているときにまた別の魔物が餌を求めて襲い掛かってきたのだ。
それも既に処理をし終えて、フィリウスはこれからどうするかと焼き払われて見渡せるようになった空を見上げていた。
「話せる相手がいないんなら、この世界にいても意味がないよなぁ」
フィリウスが異世界を旅する上で一番楽しみにしているのは、その世界ならではの文化を堪能し、その地に伝わる伝承や美味しい食事、そして何よりも他者とのふれあいだった。
けれどこの世界に来てもう一週間。
生殺与奪だけが行われるここに文化などありえないし、食事もそこらへんの食べれそうな魔物を狩って焼いて食うぐらいの料理しか出来ず、当然美味しくもない。
そして話が出来る相手も全くいない中で、伝えられる伝承などあるはずもない。
フィリウスがこの世界に留まる理由は何一つなかった。
やはり早々に見切りをつけて別の世界に旅立とうかと、慣れた手つきで空間を裂く。
――前に、フィリウスの耳にその声は届いた。
……誰か助けて!!!
確かに誰かに助けを乞う、フィリウスがこの世界に来て初めて聞いた"言葉"だった。
位置的にはかなり遠い。 しかし、まるで最期の叫びかのように大きな魔力を乗せたその声は、魔力を感じ取ることにおいては絶対の自信を持つフィリウスの元まで響き渡った。
その声が聞こえた瞬間、フィリウスは他の世界へと繋げようとした手を止め、即座に声の聞こえた場所へと通ずるように空間を繋ぎ合わせる。
声の聞こえた場所はここよりx軸12.4375km、y軸45.1592km、z軸0.1223km。外壁に一番近い森だった。
そんな位置情報をただ一度だけ聞こえた声から推測して空間を設定する。
その間は僅か一秒にも満たない。
半ば条件反射的に繋ぎ合わせた空間。それを潜り抜けたフィリウスを迎えたのは赤く燃え上がる炎だった。
「(っと、繋ぎ合わせた空間を少し前にやって、っと)」
しかしフィリウスは慌てることなく、恐らく後ろにいるだろう声の主を守るように自身が潜り抜けた空間を前に再設定し、自分に降りかかる炎を先ほどまで自分がいた空間へと送り込んだ。
結果、炎が止んだ時にはフィリウスの後ろだけが取り残されたように無傷の大地が広がり、それ以外は無残に焼き尽くされた大地が広がった。
「(ま、すぐに元通りの森に戻るだろうけどね)」
そう心中で呟きながらフィリウスは背後にいるであろう人物を確認した。
居たのはこの世界に来てからフィリウスがずっと探していた人間だ。
腰に届くか届かないくらいまで伸ばされた金髪、赤い瞳は呆然と彼女を見る自分を映している。
まるで少年と対照的な髪と瞳の色をした彼女は戸惑いの表情でいきなり現れたフィリウスを見ていた。
「(年齢は見た目通りだと10代半ばくらいかな? 腹部から血を流してる。傷口からして何かに穿たれた跡か……緊急性を要する怪我ではないな)」
そこまで考えたところでフィリウスは思考を中断させる。
先ほど炎を放った魔物、漆黒のドラゴンが再度その大きな口を開けて炎、ではなく今度は咆哮を上げようとしていたからだ。
力の強い魔物であるドラゴンともなれば魔力を込めた咆哮だけでも想像を絶する威力を誇る。
恐らく先ほど炎を難なく防がれたことから炎に耐性があるとでも思ったのだろう。
効かなかった攻撃を何度も繰り返すよりはよほど評価できる。――だが。
「(別に強くはない。寧ろこの地に生まれるドラゴンとしては最弱に近い部類だ)」
ドラゴンが保有する魔力量を確認したフィリウスは別に危険はないと判断する。
攻撃の手段を変えるのはいいが元々の実力が伴わないのであれば格上の相手に勝つことなど出来ない。
フィリウスは放たれんとする咆哮を意識しながら目の前のドラゴンは戦力外判定を下し、他に危険がないかを周囲を確かめる。
少し離れたところで小さな魔物の反応を察知する。
目線を向けて確認してみればドングリを持ったリスのような小動物が近くの枝よりこちらを伺っていた。
「(あれは確か銃弾並みの速度で木の実を撃ち出す魔物だったな……なるほど、彼女のお腹の怪我はあの魔物が原因か)」
そう冷静に考えを巡らすフィリウスに、呆然としていた少女がハッとして叫び声がかけられる。
「ダメ!! 逃げて!!」
その言葉と同時にドラゴンの咆哮が轟きわたる。
しかしフィリウスからしてみればあってないような攻撃だ。
今回は後ろにいる少女を守るために片腕を伸ばして咆哮を弾き飛ばすが、本来そのまま受けても傷を受けることがない。
衝撃波は辺りを吹き飛ばすが、フィリウス、そして少女のいる場所だけは避けられたように再び無傷であった。
「な、なんで……?」
自分が無事であることが信じられない少女はそんな声を漏らす。
対してドラゴンは再び攻撃が弾かれたことが腹立たしいのか地団太を踏む子供のように暴れていた。
そんなドラゴンにフィリウスは一言だけ呟く。
「…煩い」
たったそれだけの一言でドラゴンは金縛りにあったように動きを止めた。
言葉を理解したのか?……否、違う。
このドラゴンにそれほどの知能はない。
ただ本能で理解したのだ。
自分よりもずっと小さい目の前の少年の言葉に逆らえば、明確な死が待っているのだと。
『ッ……!! ッガァァァ!!!』
それでもドラゴンは、自らを縛り付ける少年の言葉を振り切り、再び懲りもせずに咆哮を上げようと口を開ける。
恐らくそれ以外の攻撃手段をドラゴンは有していないのだろう。
元々フィリウスから見てもドラゴンはこの大陸において強い魔物ではない。
だというのに、決して勝てないだろうと本能で感じているにも関わらずドラゴンが退くことはなかった。
退いてくれなかったことに対しフィリウスは、ひどく残念そうに呆れと憐み、そして少しの称賛の意を込めて、せめてドラゴンが苦しむことのないように止めを刺す。
「"ヴァリティス"」
その一言を最後に、ドラゴンは咆哮を上げることなくその身を拉げながら地面に屈し、そのまま埋葬するかのように埋もれていく。
フィリウスが使ったのは魔法ではない。
死ぬと理解しながらも向ってくるドラゴンに敬意を示し、彼は自身が扱う神の力の一つ"引力"の力をもってドラゴンに刹那の死を与えたのだ。
「さてと……」
ドラゴンを葬り、密かに自分たちを狙っていたリスもとっくに逃げたことを確認したフィリウスは、改めて腰を抜かしている少女の方へと向き直る。
「(人がいるということは文化がある。着ている服もどう考えてもここで作ったものじゃないし、帰るつもりだったけどもう少しこの世界を見てからにしようかな?)」
そう考えながらフィリウスは腰が抜けて動けない少女の元へと歩み寄る。
対して少女の方はいまだに何者か分からない少年に向かって一応の臨戦態勢を取るが、先ほどの少年とその傷からしてそれも意味がないことは少女自身も分かってるだろう。
そんな少女に向かってフィリウスは両手をホールドアップさせて害はないことを伝える。
「大丈夫。僕は君を傷つけるつもりはない」
と言っても伝わらないだろうな。とフィリウスは内心思う。
ここは異世界だ。言葉など通じるはずもない。
実のところフィリウスも少女の言葉は理解していない……が、その意味は理解している。
これは魔力を有する者にのみ言えるが、口から出す言葉には無意識に魔力が乗せられている。
よく魔法を放つために詠唱などがあるが、あれは言葉に魔力を纏わせ魔力そのものに意味を持たせるのが目的だ。
だから言葉に乗せられる魔力には言葉の意味が含まれており、それはたとえ言葉が分からなくとも理解することが出来る。
まぁ、そんな裏技を使えるのはフィリウスだけ。つまり少女はフィリウスの言葉を理解出来ないのだ。
「(んー困ったな。意味は分かるけど彼女の言葉は聞きなれない文法も使われてるみたいだし、翻訳の魔法はこっちの言語知らないと効き目ないしなぁ)」
だが言葉は理解しなくとも敵ではないことは理解したのか少女は警戒を解き始める。
元々あってないような抵抗であったし、怪我からしてそんな余裕もなくなってきたらしい。
「あ、っと。早く治療しないと失血死しちゃうか」
フィリウスは忘れていた事実を思い出し、両手を上げたまま少女に触れられる位置まで近づく。
彼女が抵抗しないのを確認してからそっと傷口に手をかざし、少女もその様子をじっと見ていた。
だがその表情は呆然とした様子から驚愕のものへと変わっていく。
お腹を貫通していた傷がみるみる治っていったからだ。
「(うん、問題なし、すぐ完治出来るな。彼女自身も魔法で傷の進行を抑えてみたいだ)」
言葉が理解出来ることといい、この世界には魔法があることをフィリウスは分かった。
ドラゴンやアンデッドなどという魔物が住んでいたことから、もし人間が居たらあるだろうなとは予測していたが、これならあまり不自由しないなとこれからの世界探検にフィリウスはホッと一息つく。
そうしている間に少女の治療は終わり、少女は完治されたお腹をさすって傷口がないことを確認していた。
ちなみにボロボロだった衣服も直しておいた。
ただこれは魔法ではなく"再生"の神の力を使って……だが。
「あ、ありがとう」
呆然としながらもお礼を言う彼女にフィリウスは笑みを返す。
「(さて、問題は彼女がどこから来たかだけど)」
会話が出来ない歯痒さを噛みしめながら少女を見る。
魔法を扱える普通の人間。
だがフィリウスはこの大陸の隅から隅まで回ったが、彼女のような人間はいなかったし、彼女が生きていけるような環境もない。
間違いなく海の向こうにある大陸から来た。そうフィリウスは考えていた。
「(そもそもどうやってこの大陸に来たかだよねぇ。 この大陸はそれはもう高い外壁に包まれているし、僕のように空を飛ぶ魔法か道具でもあるのかな?)」
考えても答えは出ない。
言葉が通じないのだから彼女の問いかけることも出来ない。
流石にこの劣悪な環境の中で彼女の面倒を見ながら生活するのは骨が折れると考えたフィリウスは、彼女を大陸の外へと出すことに決めた。
「と、いうわけで。ごめんね?」
通じないけれど一言だけそう断り、フィリウスは彼女を外壁のすぐ傍まで転移させる。
もちろん自分も転移するが彼女に見つからないようにこっそりとだ。
「(さて、流石にこの大陸の劣悪な環境を目の当たりにしたんだから脱出する準備をするはず)」
この大陸へと来れたのならばあの外壁を超えて来たのだ。帰れないということはないだろう。
それなら彼女が帰れるような環境を作り上げて、彼女の後をこっそり追えば自然に人間の住処へと辿り着く。
そうフィリウスは考えていた。
案の定、彼女は近くの木を魔法で切り裂き、そこらで取れる蔓で組み合わせてイカダらしきものを作成する。
その間に魔物が彼女を狙おうとしていたが、それはこちらで遠くに転移させて処理をする。
そうして完成させたイカダに乗って、少女は一際大きい魔法陣を発動させた。
「(ふむ、やっぱり空中浮遊の魔法か。 でもあの年代の子があれほどの魔力と魔法を使うなんて、この世界は進んでるなぁ)」
それとも僕のように見た目ほど若くないのかな?
そんな失礼なことを考えながらフィリウスは同じく空中浮遊の魔法を使って少女を追う。
外壁を超え海へと降り立ち、少女は風の魔法を使って暴風を生み出し、それなりのスピードでイカダを進め出した。
その後ろを見つからないように水中に身を潜めながらフィリウスも追いかける。
「(ん~、海の中にも魔物がいるね~。まぁあの大陸に比べたら雑魚も同然だけど)」
少女の方もこの海の魔物ならば相手できるようで、不安定なイカダの上でも問題なく倒していっている。
そうしてしばらく。
少女を見つけたのは朝の早い時間だったが、今ではもうすっかり夜が更けてしまった。
「(僕は慣れてるからいいけど、ずっと飲まず食わずで丸一日……彼女は疲労困憊って感じだな)」
そういうフィリウスも一日中海の中を潜っているというのに疲れた様子を見せない。
自動車並みの速度で進むイカダに追いついて、襲ってくる魔物をあしらいながら一度も水上に顔を出さずについてきたのだ。
普通疲れどころか生きてるのが不思議なレベルである。
だがそうした苦労……をしているかは分からないが、フィリウスはついに別の大陸に到達した。
先に行った彼女を追いかけながら、フィリウスはその大陸へ第一歩を踏み出す。
人間の住む大陸に思いを馳せながら……。