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コイツの守護霊  作者: みの
1/1

コイ守護 1

「はい、そのまま真っすぐ歩く!あぁ!もう!カメラぶれて見づらい!頭動かすな!!」

若い女性の声がそう怒鳴った。

「あ!はぃ、ごめんなさい。」

カメラ付きのヘルメットをかぶった男が携帯電話を片手に深々と頭を下げて謝る。

「おい!こら!御堂筋(みどうすじ)!!頭を動かすなって言ってるだろ!!あ〜、もう、もっと大きなモニター買わないと見づらくて仕方ないわ。カメラもブレ補正のしっかりしたのに変えないと。もぅ〜、お金かかるわねぇ!」

「え?あぁ、あの、ごめ、ごめんなさ・・・」

「もういい!何も喋るな!まっすぐ歩け!!」

女性の言葉とは思えない口調に御堂筋と呼ばれた頼りない男は直立不動のまま『ゴクリ』とツバを飲んだ。

「ちょっと、聞こえてる?何回言わせる気なの?『ま・っ・す・ぐ・あ・る・け。』」

「あ、あの・・・」

「さっき『喋るな』とも言ったはずだけど?アタシが近くにいないからってふざけてるの?」

「いえ!あ、あの、一つだけいいですか?」

男の懇願にも似た問いかけに深いため息が応える。

「えっと・・・、あの〜、い、『居る』んですよね?ここに。」

男はヘルメットについたカメラを動かさないように目だけで辺りを見回した。

小便器が三つ、個室が二つの男性用トイレだ。

「・・・『居なきゃ』仕事にならないでしょ。はい、『一つ』聞いたわよ、とっとと前進して。」

「あの!!目、目の前に居るんですか?!」

「あのね、『視えない』アンタにはどうでもいいでしょが。はい前進。」

「あの・・・、」

「あ〜、しつこい!前に進まなきゃ何も答えないわよ。」

そう言われた男は小さく一歩前進する。

「あの〜、ここに案内してくれた依頼主の方が先程から不調を訴えているんですけど・・・。」

そう言った男が振り向くと男性用トイレの入り口付近で派手なシャツを着た強面の中年男性が青い顔をして床にへたれこんでいた。

「あ〜、だから「その頼りない男から離れないように」って言ってたのに。」

『頼りない』と言われた事を当然のように受け止めて男が更に聞いた。

「・・・依頼主の不調の原因が、こ、ここにいるんですよね?」

「そうよ。だから前進しなさいって言ってるの。」

床に座ったまま胸のあたりを押さえて苦しむ依頼主から視線を前方へ戻し男性用トイレの奥へと男はまた小さく一歩前進した。

「あ!奥の個室よ!!今ハッキリ視えたわ。」

「ひぃ!え?!『視えた』?何がですか?!」

「ん〜、五十代くらいの禿げたおっさんの顔。んで、かなり怒ってるみたい。こりゃ確かに普通の人の体力じゃ立ってられなくなるわぁ。依頼主さんって不摂生な生活してそうだもんね。」

携帯電話の先で女性が少し楽しそうにそう言った瞬間奥の個室のドアが「バン!!」と大きな音を立てて勢いよく閉まった。


〈ひぃ!!ひぃぃ!!〉


男と依頼主が同時に悲鳴をあげる。

「怖いんだったら早く行く!!とっとと終わらせなさい!!」

携帯電話からの怒声に尻を蹴られたかのようにフラフラと男は奥へと進んでいった。

そして奥の個室の前へと着きドクンドクンと暴れる心臓を落ち着かせようと細く呼吸をしてワナワナと震える手でドアをノックしようとしたその時、

「はい、終了。お疲れ様。」

と女性があっけらかんと言った。

「へ?え?」

男が状況を理解できずに「あ、あの」と携帯電話に視線を移したその瞬間勢いよく閉まったドアがゆっくり開いた。

「え?!あ?!うわぁ!!!」

ドアが開いた事に気付いた男が腰を抜かして床に尻餅をつく。


「・・・あ、何も、居ない。」


男の目に映ったのはただの洋式トイレだった。

「ん?あ〜!ちょっと!便器の裏側調べてみて。」

そう言われた男が便器の裏側を覗き込むと小さな白い三日月型のプラスチック片のようなものが落ちていた。

「何ですかコレ?」

トイレの床だというのに男は無造作にソレを拾いあげた。

「『爪』ね。」

「へ〜、『爪』かぁ、え?!『つめ』?!」

男はつまんでいたソレを振りほどくように捨てるとソレは便器の中へと落ちていった。

「ここの金貸し、かなり悪どくやってたみたいね。ま、それで首が回らなくなった債務者がここに追加の融資、もしくは返済の融通を頼みに来た時にトイレを借りて故意か偶然かは知らないけど爪を噛んで落としていったのね。

憎しみと恨みのこもった爪を。

そして債務者が何かしらの原因で亡くなった時に強い思念を持ったこの爪に引っ張られてここで祟りを巻き起こしたって訳。

あんたも『悪い感情』を持った時に切り離した体の一部を放ったらかしにしておくと死んだ後ソレに引っ張られるわよ。」

その言葉を聞き男は便器に浮かぶ爪を見て身震いした。

「流しちゃっていいわよ。もうソレはただの爪だし。」

「も、もう本当に大丈夫なんですか?」

「そりゃそうよ、アンタの守護霊にかかればあんな低級霊どころか高位の霊体だって近づいただけで一撃で吹き飛ぶわ。アンタさえしっかりしてりゃ五秒もかからないで終わった仕事よ。依頼主だって具合悪くならないですんだし。ま、ちょっとビビらせた方がありがたみも増すんだけどね。どうせアンタ何も視えてないんだからアタシに言われるまま動けばいいのよ。」

「いや、ですけど視えないのは視えないで怖いですし・・・。」

「そう?視えてたらアンタじゃ絶対無理よ。今回のだって首から下無かったし。」

「へ?!え!な、なんで?!!」

「『飛び込み』か何かでバラバラになったんじゃないの?首吊った人もよく首だけになって出てくるけどね。」

男はなるべくその光景を想像しないようにトイレの水を流した。

「あ!!」

「え?!なんですか?!もう流しちゃいましたよ!」

「『首が回らなくなってた』から首だけだったのかしらね?」

「・・・姫神楽(ひめかぐら)さん、それはたぶん違うと思います。」

男は念の為にもう一度トイレの水を流しながらそう言った。

「何よ!意外とそういう精神的なものが死後具現化する事があるのよ!はい、アンタじゃ何も説明が出来ないでしょ。依頼主に代わって。」

「あ、はい。」

男はトイレの入り口で不安そうに立っている依頼主へ「あの〜、ウチの社長からお話があるそうです。」と言って携帯電話を渡した。

強面の依頼主が食い入るように携帯電話へ耳を傾けた後みるみる安堵の表情へと変わりそしてすぐに神妙な面持ちに変わった。

「ええ、はい、それでは社員一人に一つずつ、あの、一番安いやつを・・・。それと私には一番高価なのを一つ、いや二つで。」


(あぁ、また必要ない除霊グッズを売ってる、元はただの紙や石なのに一番安いのでも結構するんだよなぁ。)


裏事情を知っている男は後ろめたさからか依頼主から視線を避けた。

そんな依頼主が男の肩をポンポンと叩き「君に代われだって、いや〜見た目と違って凄いんだってね、君。」そう言う依頼主の顔は満面の笑みだった。

「あ、ありがとうございます。」

携帯電話を代わると先程の依頼主と同じ表情が見て取れるような声で「は〜い、毎度ありぃ。ねえねえ、お札も御守りも守護石もた〜くさんお買い上げいただいたわよ。やっぱりお金はあるとこにはあるのよねぇ。」

「あ、はい。おめでとうございます。」

「ってかさ、アンタもちょっとは業務説明やセールストークしなさいよ。いちいちいちいちアタシが説明するのめんどい。」

「あ、はい、すいません。」

「ま、根暗でウジウジした性格のアンタにそこまで期待してないけどね。なんでアンタみたいのがそんな凄い守護霊持ってるんだか。

アンタが人の役に立ててお金まで稼げてるのはアタシのおかげだからね。そこんところ忘れないでよ。」

「あ、はい、・・・ありがとうございます。」

「・・・、ホンッッット根暗ね。もう帰っていいわよ。あ!毎回言ってるけどアンタの守護霊、見境なしに浮遊霊だろうが地縛霊だろうが他人の守護霊や土地神まで消し去るから人通りの少ないトコを通るのよ。神社仏閣には絶対近寄らないようにね。

守護霊がいなくなった人や土地神が消えた地域は大なり小なり不幸が訪れるんだから。アンタに守護霊消し飛ばされた後アタシが家に帰るまでどれだけ不幸な目にあわされたことか。ってか次の守護霊が来てくれるまで家から出られなかったんだからね!!」

「あ、はい、ご、ごめんなさい。」

「じゃあとっとと帰りなさい。今回の報酬はいつもと同じように郵送しておくから。って現金書留めんどくさい!早く口座作りなさいよ!ずいぶん前からそう言ってたわよね!今すぐ今日中に行って来なさい!」

「え、あ、今日ですか・・・。銀行かぁ・・・。けど、俺、あまり人に近づかない方が・・・、いいんですよね?」

「うぅ・・・そうね、守護霊のおかげでお金回りが上手くいってる人もいるかもしれないからお金が絡む所にアンタを行かせるのもちょっと考えものね。それにアンタが口座作った銀行、福の神とか店の守護霊とかが消えちゃったら潰れそうよね・・・。けどいちいち現金書留で送るのはめんどうだし、手渡しなんかしてアンタに近づいたらまたアタシの守護霊が消えちゃうわ。そうだ!人があまりいない時間帯狙って行ってATMを使いなさい!!・・・けど、口座作る時は一人じゃ出来ないから仕方ないわよね。

窓口の人とその時銀行にいる人達、ご愁傷様です・・・。

ともかく!口座を作ったらすぐに知らせなさいよ!急いで作って欲しいけど銀行が暇な時を狙って行きなさいよ!!わかった?!」

勢いよく携帯電話から出る言葉にタジタジになりながらかろうじて「わかりました。」と応えると「じゃあね!」という言葉と同時に『ブチッ』と通話を切られた。

切られた携帯電話を耳にしたまま男は「失礼します。」と言って頭を下げ携帯電話をポケットへしまった。


夕焼け空の人気(ひとけ)のない道をトボトボと歩きながら御堂筋(みどうすじ)と呼ばれた男は姫神楽(ひめかぐら)という女性に初めて会った今から二ヶ月前の事を思い出していた。


あの時も同じように夕方に一人でトボトボと歩いている時だった。









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