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街道にそって作られた、東の村の見張り櫓には、眼光鋭い、明らかに正規の兵ではない男が立っていた。
「おい、てめえ」
盗賊が上から声をかけた。
「商人じゃねえな、冒険者か」
「ああそうだ」
「何しにきた」
「この子の護衛だ、親戚でね」
俺は幼女の頭を軽くなでた。
「それだけか?」
「他に何が?」
「俺たちを退治に来たんじゃねぇだろうな」
「俺一人でか?」
「もしかしたらとんでもない馬鹿野郎かもしれないだろ?」
「俺がそのとんでもない馬鹿野郎に見えるか?」
少しの間、俺たちは沈黙した。
「いけ、揉め事起こしたらただじゃ置かねえぞ」
「ああ、分かっているよ」
俺の背中に手を回している、幼女の身体がぶるると震えた。
俺は幼女の家にやってきた。馬を表に止めると、中へと入る。
「誰だ!」
中にいた白髪混じりの髪をした中年の男が俺に剣を突きつけた。
「ジョンおじさん!」
その男を見ると、幼女は嬉しそうに言った。
「おお、マリア。無事だったか」
だが男は剣を下ろそうとはしなかった。
「やつらの仲間か?」
「そう見えるか?」
「ああ、見える」
はっきり言われてしまった。ショックだ。俺は仕方なく事情を説明した。
「いやあ、まさかそんな男気があるやつとは。人は見かけによらないものだな」
男は上機嫌で俺の背中を叩く。
「げほっ」
あんまり強く叩くものだから、俺は少しむせた。か弱い現代人の呼吸器をいたわってほしいものだ。
「俺はジョン。マリアの叔父だ。この子たちの母親が俺の姉ちゃんでな。口うるさいがイイヤツだったのに」
「盗賊の被害は酷いのか?」
「酷いなんてもんじゃない、逆らうやつは皆殺しだよ。兵士も全員殺されて、みんなやつらの言いなりさ」
「盗賊の数は?」
「二十四人だと思う。だが数より首領がヤバイ」
「異能者と聞いたが」
「分からん。だが見たこともない技だった」
男は震えた。
「どんな技だった?」
「俺には指で小さな鉄の玉を弾いたようにしか見えなかった。なのに戦った兵士の一人が音もなく吹き飛んだんだ。その後で激しい破裂音がした。兵士は死んでいたよ、鎧ごと、何かが貫通していた」
「指で弾くか……その場所に行くことはできるか?」
「ああ今から行くか?」
「そうだな、頼む」
俺と男は村の中央にある広場へと向かった。幼女は家で留守番だ、ここからは大人の仕事だ。
広場まではそれなりに距離があったのだが、通りで村人を見かけることはなかった。人々は家の中に引きこもり、不安げに外を見ていた。
「ここだ」
閑散とした広場だ。本来なら露天商で賑わうのだろうが、今は誰も居ない。
「ふむ」
土の上には黒い、血の乾いたあとがいくつもある。ここで戦いが行われ、兵士たちは敗北したのだ。
「これか」
俺は兵士が倒れた地点の延長上にある家の壁を調べた。そこには小さな穴が空いていた。奥には鉄の玉が埋まっている。
「鎧を貫通した上に、こんなに離れたレンガに穴を開けるだなんて」
「なるほど、<指で弾いたものを音速で飛ばすチート>か」
能力をそのまま使ったのか。やはり自分の能力を隠そうとはしていないようだ。なるほど、あいつらしい。
「動くな!」
後ろから俺たちは声をかけられた。
振り返ると、包丁や箒を持った村人たちが俺達の事を遠巻きに取り囲んでいた。
「なんだ村長、これは一体どういうつもりだ」
男が日用品をまるで武器のように構えている村人たちを見て叫ぶ。村長と呼ばれた老人は俺たちに向かって静かに首を横へ振った。
「異能者を刺激してはならんのだ。やつらが機嫌を損ねて我々に危害を加えたらどうするつもりじゃ」
「まさか、俺たちをやつらに差し出すつもりか!」
「すまん、だが仕方がないんじゃ、他に方法はない」
ギリリと男の噛み締めた歯が鳴った。男の顔は怒りと屈辱に震えていた。盗賊の手にかかるならまだしも、身内に裏切られるのは辛いのだろう。
「ふざけるな! 恥ずかしくないのか、やつらの言いなりになって、歯向かう牙すら自分でへし折るようになって! それでも生きてるのかよ!」
「牙を剥いて殺されるくらいなら、はじめからそんなもの、わしらには無くてもいい」
俺はガンベルトを外して地面に投げた。
「お、おいアンタ!?」
「あれを見ろ」
俺が指さした先には、縛られた幼女の姿があった。
「すまんのう」
「恥を知れ! この臆病者! 子供すら差し出すのか! お前は一体何を守りたいんだ! くそ! くそ!」
「わしはこの村の長、みなを守る義務がある……」
「畜生! 地獄に落ちろ!」
「それで村が守れるなら喜んでわしは地獄に落ちるよ」
そう言った村長の顔は苦悩に満ちていたが、それでも後悔はしていなかった。
俺たちは縄で縛られ、盗賊たちのいる村の牢獄へと連れて行かれた。
「カズマさん、すまねぇ……ちくしょう、村長の野郎……」
石畳の牢獄に縛られたまま、俺たちは放り込まれた。幼女はうつむいたまま何も言わず。男は悔しそうに呻き声を上げている。
「ごめんなさい、あたしが捕まらなければ」
「マリアちゃんのせいじゃない、全部あの臆病者で卑怯者の村長のやつが……」
「そんなに悪く言ってやるなよ。好き好んで膝を屈するやつはいないさ」
俺がそう言うと、二人は不思議そうな顔をした。
勝てない勝負はしない、死んでしまったらお終いだ。だから俺は八年かけた。戦わないことも、負けを認めることも、泥をすすったって生き延びることも、時には必要なのだとこの世界に来て俺は学んだのだ。
「盗賊の方からこっちに来てくれるんだ、気楽にやろうぜ」
俺がそう言って壁に寄りかかって座っているのを見て、二人は不安そうに顔を見合わせていた。