小物入れ人間の章
3~5話完結の短編話を思いつくままに書いていく予定です。
高校2年の秋のこと、修学旅行のバスの中、空から隕石が降ってきて、俺たちは全員吹き飛びました。
事前説明終わり。あまりに呆気ない最期だった。やり残したことなんていくらでもある。みんな、悲しそうに泣いていた。
泣いていた? そう、泣いているのだ。それが俺たちには分かった。
「もしかして死後の世界?」
周囲は真っ白い空間だ。見渡す限り、何もない空間がただただ続いている。
みんな泣くのを止め、今の状況を把握しようと動き出した。いくら泣いても死んでしまったものは仕方がない。
そういえば、理解する間も無く隕石で吹き飛んで死んだ割には、どうして死んだのかもはっきり理解していた。死ぬというのはこういうことなのか。
ふいに厳かなパイプオルガンの音色とラッパの歌声が響いた。
「なんだ!?」
驚いて当たりを見渡すと、天上から一筋の光がこぼれ、白い服を着て、右手に黄金の篭手をはめ、あこから長いヒゲを蓄えた、たくましく健康的な肉体の老人が空からゆっくりと降下してくる。
「神さま?」
誰かが呟いた。なるほど、たしかにイメージ通りの神さまだ。すると、死後の世界の案内を、わざわざ神さまがしてくれるということなのだろうか。神さまは大忙しだ。
「我が子供たちよ、あなた達を襲った悲劇を私も悲しく思います」
神さまは言った。オルガンも悲しそうな旋律を奏でている。楽器の姿は見えないのだが、一体どうやって音を出しているのだろう。
「本来であれば、あなた達は忘却の川を渡り、大いなる魂の海へ溶け、再び魂へと結晶化することになるのですが……」
神さまは俺達の事を見渡した。
「あなた達の悲劇を思えば、何かチャンスを与えるべきではないかと我々も考えたのです」
おお! たしかにあんな死に方、あまりに突然すぎて納得ができない。みんなも口々に嬉しそうな声を上げている。
「ただし、命の摂理を曲げるのは簡単なことではないのです。みなさんには試練に打ち勝たなければなりません」
なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ。一緒に死んだみんなも不安そうな声を上げたのが半分、やるぞと気合を入れたのが半分といった感じだった。
「みなさんにはリクスガルドという世界で悪行を重ねている魔王アモンを倒して欲しいのです」
魔王? リクスガルド?
「リクスガルドは、一言で言うと中世ヨーロッパファンタジーのような世界です。厳密に言えば大航海時代程度の技術はありますが」
神さまはリクスガルドのプレゼンテーションを始めた。天上からするすると黒板が降りてきて、それにチョークで文字や図を書きながら説明する。
要約するところ、たしかに神さまの言うとおりファンタジーだ。剣と魔法が支配する世界に君臨する、神から死の力を奪った魔王。それを倒し、死の力を取り戻せば、俺たちの命を取り戻してくれるそうだ。
「でも神さま、俺たちはただの高校生です。剣も魔法も使えません」
「案ずることはありません我が子供たちよ。あなた達には私から、神々の力を分け与えます」
そう言うと、神さまは懐から白い紙の束を取り出した。
「名前を呼ばれたら1人づつ私の元へ来て下さい。そしてこの紙の中から1枚選んで引いて下さい。そこにあなたに与えられる力が書いてあります」
みんなざわざわと騒ぎ出した。
「さあ相沢健介君、あなたからです」
どうやら学籍番号順に呼ばれるようだ。となると、俺は……。
「誰よりも剣を早く振れる能力だって!」
相沢は嬉しそうに叫んだ。みんな、すごいすごいと興奮した様子で自分の番を待っている。
「魔法の才能!」
「どんな攻撃でも1日に30分間だけ無効化できる能力!」
「酸をかけられない限り肉片からでも生き返る再生能力!」
意外とみんな適応能力があるな。自分が死んで、これからファンタジー世界で魔王を倒しに行かなくちゃいけないのに、今は与えられた自分の能力に無邪気に喜んでいる。
俺は何をもらえるのだろう。椀党数馬こと俺は、学籍番号の最後である自分の名前が呼ばれるのをワクワクしながら待っていた。
「渡辺直木君」
俺の一つ前の王が名前を呼ばれた。王は神さまの手の中にあった最後の1枚の紙を受け取る。
「稲妻を口から吐ける能力、なんだか怪物みたいだなぁ」
直木がそう言うとみんなが笑った。あれ?
「さて、みなさん、辛く苦しいこともあると思いますが。リグスガルドでの試練を無事に乗り越え、世界を救って下さい」
「ちょっと待て」
俺はつい声を出した。
「なんでしょう、質問ならあとで受け付けますが」
「俺、まだ能力もらっていない」
神さまはじっと俺のこと見つめ……
「あ、やべ」
と言った。音楽もピタリと止んでしまった。
「やべ」って言った! こいつ「やべ」って言った!
神さまは懐から慌てて何か用紙を取り出し、指で数を数えだした。
「あ、ああ……」
神さまはヒゲの中に隠れた口からうめき声を上げると、次はチャック付きの小物入れを取り出し、その中から全員に配った白い紙とボールペンのようなものを手にとった。
小物入れには何故かオドオドしいの血のようなマークが描いてある。
「…………」
そして神さまはボールペンを持ったまま固まった。
「むむむ」
何がむむむだ!
「あっ」
脇に抱えた小物入れがすべって落ちた。それを見た神さまは閃いた! という表情をしてスラスラと紙に何かを書いた。
「さあ、椀党数馬君! 能力を受け取りにきなさい」
俺は抱えきれないほどの不安を背負い、フラフラとおぼつかない足取りで、神さまの元へ向かう。
渡された白い紙は、神さまの手汗で皺になっていた。裏返すと他の人は毛筆を使って、達筆な文字で書いてあるのに、俺のはボールペンでぐにゃぐにゃと歪んだ文字で能力が書いてあった。
「……身体が小物入れになる能力」
「うむ、しっかり仲間の荷物持ちをするんだぞ」
俺はビリビリと紙を破り捨てた。
「ふざけんな! なんだこの能力! 馬鹿にしてんのか!」
「なんてことをするのだ、その紙は高価なものなんだぞ!」
「知るか! 小物入れになる能力とかありえないだろ!」
「ありえないとはなんだ、お前らの能力を熟考した結果だというのに」
「嘘つけ! 明らかに人数があわなくて、今適当にでっち上げただろ!」
腹ただしいことに、このヒゲおやじは、熟考の結果だと言って能力を変えてはくれなかった。どうも予想では俺以外の能力者たちで魔王を倒せるはずで、俺の能力は高価な紙の無駄と思っているらしい。
ふざけたヒゲおやじだ。
悲しいかな、ヒゲおやじが「じゃあ、全部紙を元に戻してクジを引き直すか!?」と叫んだせいで、みんなヒゲおやじ側についてしまった。俺は民主主義的多数決により、小物入れ人間として、ファンタジー世界へ向かうことになった。
嗚呼、なんという悲劇。神も仏もいないのか。