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SAYONARA  作者: 沢村茜
9/9

SAYONARAの先に

 あれから二週間ほどが経過した。功が動いたのが良かったのか、幼馴染が何かを言ったのか定かではないが、少しだけ二人の状況が変わった。

 下校は功の部活が遅くならないときは一緒に帰るようになっていた。功は悪いから待つ必要がないと言っていたが、そうしたいと言ったのは彼女のほうだったらしい。

 彼女も少しずつ功に自分の気持ちを伝えているようだった。

 いままで恋人同士に見えなかった二人がほんの少しだけそう見えてきた。


 彼の言っていた功の誕生日には功が誕生日に美枝からクッキーを貰ったと聞かされた。彼の言っていた意味を悟る。料理の上手な幼馴染を頼りにしていたのだろう。

「先輩」

 人の少なくなった昇降口に聞きなれた声が響く。由紀子が立っていた。

「一緒に帰りましょう」

 あたしは彼女の言葉に頷く。

 あたし達はそれぞれ靴を履くと、外に出た。


 外にはまだ温かい光が降り注いでいる。

 寒くなる前のほんの一息をつける時間だった。

 もう少し経てば本格的な冬が訪れる。

 門を出ると、学校から出たという開放感から、ほっと息をつく。

「先輩。あの怒らないでくださいね」

「何が?」

「あたし、北村さんに聞いたんですよ」

 そう言った由紀子の口の動きが止まる。彼女は驚いたようにあたしの後ろを眺めている。

 彼女の視線に促されるように振り返ると、そこには学ランを着た背丈の高く体つきのがっしりとした男性の姿があった。

 美枝の幼馴染だ。


 彼はあたし達に気付いたのか、こちらに寄ってくる。

「野田さんに用があったんだけど、携帯番号を知らなかったから。急に来て悪い」

「そういえば」

 何度か顔を合わせたが、番号を交換していなかった。

 あたしは彼の家を知っているが、当然彼は知らず、あたしに用があれば学校に来るしかないことは分からなくもない。


「あたしは先に帰っていますね」

「ごめんね。でも、さっきの話は?」

 彼女は言いにくそうに彼を見ていた。

 彼は由紀子の言いたいことに気付いたのか、待っていると告げるとその場から離れる。本当は出直そうかと言っていたが、それは由紀子がすぐに終わるからと言っていたので、彼が待つことになった。

「美枝に彼とどういう関係かって聞いたら、幼馴染だって言っていたんです」

 彼女は申し訳ないというように、顔の前で手を合わせていた。

「好きなのは功先輩だけだからって言っていたから、気にしなくて大丈夫だって言いたく」

「そうなんだね」

 その見知らぬ美枝の姿が功の姿と重なる。

 きっと彼女も功のように顔を真っ赤にして言っていたのだろう。


「ありがとう」

 あたしは由紀子に笑顔で伝える。彼女の気持ちが痛い程伝わってきた。

 あたしの気持ちを悟ったのか彼女も笑顔になる。

「また明日」

 そう言って由紀子が背を向けたとき、今度は別のキーの高い女性の声が響いていた。

「智之?」

 あまり聞きなれないが、誰の声かはすぐに分かった。

 見た目よりは少し低く感じる落ち着いた声。

 だが、戸惑いを隠せなかったのか、いつもよりも美枝の声が乱れていた。


 その声の方向を向くと、美枝と功がいた。二人も今から帰る予定だったのだろう。

 彼女の視線は彼に注がれていた。

 だが、彼は軽く応じるだけで、二人のところに行こうともしない。

 不思議そうな顔をしている功に、美枝が耳元で囁いていた。

 再びこちらを見た功の顔からは驚きの色が消える。前もって幼馴染の話は聞いていたのだろう。

「じゃ、帰りますね」

 由紀子はあたしに声をかけ、その智之と呼ばれた美枝の幼馴染に頭を下げる。少し歩を進め、すれ違いざまに功と美枝に声をかけたようだった。


 あたしは彼のところに行く。

 美枝は意外そうな顔であたしと彼を見比べていた。

「良いの?」

「良いよ」

 彼はお構いなしに歩き出す。

「あなたの名前は智之さん?」

「そうだよ。久井智之」

 先に口を開いたのはあたしだった。

 彼はそこで足を止める。


「俺は美枝から何度も名前を聞いて知っていたけど、知るわけないよね」

 彼は髪の毛をかきあげた。

「どうして美枝がわたしの話をしていたんだろう」

「結構他愛ない話だけどね。先輩が学年でトップだったらしいとか、話しかけたいとかそういう話」

 あたしは耳を疑った。

 久井さんは顔を綻ばせた。

「美枝は野田さんに憧れていたんだよ。運動も勉強もできてすごいってよく言っていた」

 あたしは単純に驚いていた。

 美枝から嫌われているとは思わないが、あたしは彼女の興味の対象外だと思っていたからだ。


「話しかけにくいって言っていたから、気が向いたときにでも話しかけたら多分喜ぶよ。また例によって何を話せばいいのか分からないんだってさ」

 あたしの心の中を読んだようにさっとそう付け加える。

「分かりました。本当に仲が良いんですね。それを言うためだけに高校まで来るなんて」

「いや、そうじゃなくて」

 彼は頬をほんの少しだけ赤く染め、困ったように笑っていた

 彼の瞳があたしを見る。まっすぐな瞳に射抜かれ、あたしは彼から目が離せないでいた。


「何でもいいから会うきっかけが欲しかった」

 そう言うと、彼は目を背ける。

 自惚れを含んだ飛び出しかけた言葉を呑みこむ。

「まずは友達になりたいなと思った。だからまず携帯を教えてくれると嬉しい。無理にとは言わないから断ってくれてもいいよ」

 今すぐに誰かを好きになることはないだろう。

 だが、彼と友達になりたいかと自身に問えば、その答えは一つしかない。

「いいですよ。また、お店にケーキを食べに行きますね」

 あたしは鞄から携帯を取り出し、微笑んでいた。


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