意外な素顔
静かな音楽が流れる店内に、時折鐘の音が響く。
頬杖をついて、窓の外を何気なく見つめていた。
もう日は沈みかけ、人々が心なしか足早に歩いていた。
「やっぱり言えなかったんですね」
呆れたような声が耳に届く。すべりのよいテーブルに細い影が映る。その影が太くなるところに不機嫌そうなショートカットの少女が立っていた。
学校を出ようとしたときに彼女に呼び出された。
だが、一緒に帰ろうとした矢先、クラスメイトから先生が彼女を探していた事を訊かされ、近くの店で待ち合わせる事になったのだ。
「そんなに分かりやすい?」
「先輩と知り合って何年経ったと思っているんですか?」
彼女の問いかけに苦笑いを浮かべた。
彼女が中学に入学してからの友達なので、彼女との付き合いは三年になる。一緒に遊びに行く事も多く、普通のクラスメイトよりは親しいといってもおかしくない間柄だった。
本当は敬語も必要ないと思うが、その辺りは由紀子のこだわりらしい。
「なんとなくね」
「あたしが聞きましょうか? 北川さんに」
彼女は席に座ると、テーブルの上においてあったメニューに目を通す。
店員がやってきて注文を取る。由紀子が頼んだのはイチゴショートのケーキセット。あたしはチョコレートケーキのケーキセットを注文した。
「でも、二人の問題だから」
由紀子と美枝が親しいならそれでいいかもしれない。
二人はクラスメイトではあるが、親しいわけではないようだった。
そんな美枝に由紀子が聞くのが良い事なのか分からない。
由紀子は人を傷つけるような言葉を言わないが、たまに無用心な言葉を言ったりする。本人に悪気がないのは百も承知。
そんなことを延々と考え、答えが出ずに、昨日から延々と時間を過ごしている。
そのとき静かな店内の音楽に紛れ込むように鐘の音が店内に響く。
その音につられるように顔をあげる。
昨日と変わらない鮮やかな髪の毛の色をした人が店内に入ってきた。そして、カウンターにいる人と目を合わせると言葉を交わす。
その彼の姿を流すように見ながら思わず言葉をもらしていた。
「美枝と一緒にいた人……」
口にして、大きな声を出していたことに気付く。
カウンターを見ていた視線がすぐにこちらに向けられた。彼の瞳から目が離せなくなる。好きとか嫌いといった恋愛感情を持ったわけではなく、彼の瞳が想像したいた以上に輝いているのに気づく。すごく綺麗な目をしている人だった。
「美枝の友達?」
彼が呼び捨てをしていることを知っているはずなのに、彼がそう呼ぶと胸の奥が痛んだ。
「知り合いです」
友達と言っても、彼女はあたしのことを多分知らない。
明らかな知り合いの彼に対して、そういうことを言うのはおこがましい。
もっとも卒ない言葉を探し出し、彼に伝えた。
美枝という名前を出した限り、知らないという選択肢はないと思ったのだ。
彼はあたしの言葉に笑顔を浮べる。
「そっか。あいつにもこんなに可愛い知り合いがいたなんて思わなかった」
「可愛い?」
想像していなかった言葉を聞かされ、想像以上に動揺してしまっていた。
「うん。可愛い」
彼はあっけらかんと言ってのける。
ぱっと見ただけでは分からなかったが、軽い人かもしれない。
だが、言葉の節々に優しさがにじみ出ている。
彼女が彼と親しく話す理由もなんとなくだが気づいてしまった。
「あいつ、学校ではどう?」
あたしは救いを求め、由紀子を見た。
彼女は不機嫌そうにその男を睨んでいた。
だが、あたしと目が合うと目を逸らし、まだ飲み物の届いていない手元を見つめる。
「普通だと思いますよ」
そう歯切れの悪い言葉を紡いだ。
彼女は美枝と彼が一緒だったことを気にしているのだ。唇をきゅっと噛む。
「あの、いいですか?」
「え?」
彼は眉をひそめ、あたしと由紀子を交互に見る。
彼女はあのことを彼に問い詰める気なんだということに気づいた。
「由紀子、その話は」
あたしの声に重なるように、彼女の言葉が静かな店内に響く。
店内は客が聞き耳を立てているのではないかと勘ぐってしまうほど静かだった。
由紀子は彼をきっと見据える。
「美枝とはどういう関係なんですか?」
「幼馴染だけど」
「彼女なんですか?」
彼の体にあたしのものでも由紀子のものでもない影が重なる。
その影の主を目で追うと、そこには髪の毛を後方で結んだ女性の姿があった。
女性の手にはケーキが握られている。
幼馴染だと言い放った彼はその彼女の鋭い視線を受け、体をのけぞらせた。
その空いたスペースから女性が割り込むように入ってきて、ケーキの載った食器を並べる。
「ごゆっくり」
頭を下げると、店の奥に入っていった。
「あの人は俺の姉なんだ」
彼は彼女の後姿を見送ると、真っ先にそう告げた。さっきの親しげな態度はそのためだったのだろう。
「おいしそう」
さっきまで厳しい顔をしていた由紀子の興味は果物によって彩られたケーキに向いたようだった。
彼は顔をほころばせると、目を細める。
「おいしいと思うよ。じゃ、ごゆっくり」
彼は優しく笑うと、店の中に消えていった。
話は中途半端になったが、嬉しそうな由紀子を見ていると再び話しをぶり返す気にはならなかった。
あたしは気づかない振りをして、ケーキにフォークを入れた。
光が差し込んできて、窓辺に置いてあるコップに反射して輝く。
彼はそこから出てくることはなかった。
ここに住んでいるのだろうか。
少なくとも彼の姉がここにいることと、彼が美枝を恋愛対象として意識しているようには見えなかった。それは進歩だと思ったのだ。