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SAYONARA  作者: 沢村茜
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好きであるならば

 授業を終え、昇降口の外に出たとき、まぶしい日差しと共に声が届く。そこにいたのは青のナイロンのユニフォームを着た功だった。彼の手には白黒のボールが握られている。


「今から帰り?」

「図書館で本を返していたらつい遅くなったの」

 あたしは肩をすくめてそう答えた。

 功はあたしの言葉に柚月らしいと肩をすくめる。


 そのとき背後から功を呼ぶ声が聞こえ、彼はあたしに「じゃあな」と声をかけると戻っていく。

 功はサッカー部で一年の頃からレギュラーだった。そうした意味では彼はかなりの有名人だった。いや、それは正しくない。正確には中学の頃からだ。

 中学生のときには複数の高校からスポーツ推薦の話が来ていたらしい。勉強が得意でない彼はその話を受けるものだと思っていたのだ。


 あたしが立ち去る前にサッカー部が練習をしているグランドに目を運ぶと、校舎の脇にあるベンチに一人の目鼻立ちのはっきりとした少女が座っているのに気づいた。彼女は二組の徳田知佳。顔を合わせば話をするくらいの仲だ。彼女の視線が功が動くたびに動く。いや、正確には功の傍にいる「彼」を追っているのだ。


 二人は中学からの恋人同士で、いつも練習が終わるのを待っている。彼女が言うには帰りが遅くなっても彼と一緒に登下校をしたいらしい。土日も練習があるのでなかなかデートもできないからせめてという気持ちだったんだろう。


 彼女もたまにこうして彼を遠くから見ているが、基本は教室で勉強をしていると言っていた。それが原因で成績が下がり、親に付き合いを反対されたくないかららしい。

 よくやるなと思う反面、それが好きだという気持ちだと思っていた。


 だが、彼女は違っていた。


 校舎を出ると、すっきりしない気持ちで髪の毛をかきあげた。

 曲がり角を曲がったとき、視界に一人の少女の姿が映り、思わず曲がり角に再び体を引っ込めた。


 それは功の彼女の美枝だった。

 彼女は人気のない道で立ち尽くし、空を仰ぐ。

 彼女の行動を不思議に思いながらも、直接問いかけることなどできるわけもなく、ただじっと角から彼女の次の行動を伺う。


「美枝」

 功よりも一段と低い声が響き、彼女のところにがたいのいい男の人が寄ってくる。

「悪い。さっき補習が終わったんだ」

「勉強しないからよ。高校一年から補習ばっかり受けて、先が思いやられる」


 そう口にした彼女は口元を歪ませ、呆れたように目を細めて笑っていた。

 あたしの口から思わず声が漏れる。だが、歩き出した二人の耳には届かない。

 彼女は笑っていたのだ。功には決して見せることのない笑顔で。


 遠ざかっていく二人を見ながら、あたしは唇を噛む。

 功の嬉しそうに美枝の話をしてくれた時の表情が、あたしの良心を奪ってしまう。

 あたしと功のように親しい可能性もある。それを確認したら二人の前から遠ざかろうと決め、距離をこれ以上広げないように後をついていくことにした。


 美枝の家が遠いということで駅まで歩くのを覚悟したが、彼女達の足はその先の大通りにある喫茶店の前で止まる。二人は言葉を交わし、中に入っていく。

 あたしは遠目に入り口のガラス戸から二人の姿を確認する。二人は手前の窓際の席に座っていた。

 入り口部分が全面ガラス張りであることから、幸い死角にならずにすんだ。


 笑顔でメニューを見せ合う二人にまるであたしが功に対して申し訳ないことをしているような罪悪感を覚える。

 二人は店員を呼ぶと商品を注文して、そのあとも親しげに話している。

 なぜ、彼氏に見せない笑顔をその男に見せているのだろう。

 思わず右手の拳を握ったとき背後から肩を叩かれる。あたしは突然のことに思わず声を上げそうになった。


 喉まででかかった言葉をなんとか飲み込む。

「どうかしたんですか?」

 そこに立っていたのは髪の毛をショートにした女の子。あたしの後輩で、彼女のクラスメイトの由紀子だ。


 行儀の悪い行動を目撃された負い目から、思わず後退する。

 由紀子はその場を誤魔化そうとするあたしの気持ちを察したように、店の中を見て小さく声を漏らした。

 由紀子の気を紛らわそうとしたが、既に手遅れだった。由紀子は深刻そうな顔で振り返る。


「北村さんって功先輩と付き合っていましたよね?」

 あたしは溜め息を吐いた。

「だと思うけど」


 あたしは美枝に目を向けた。もう笑ってはいないものの、彼女の表情は柔らかい。

 それは美枝とこの男の関係がいかに近いかを告げているような気がした

 彼女でもこんなふうに笑うのかと思わず溜め息を吐く。


「いっていいのか分からないけど、功先輩といるときより楽しそうですね。功先輩と本当に付き合っているんですか?」


 苦しい気持ちを抱えるのが嫌だったのか同意を求めてきた。

 酷い言われようとは思いつつも、あたしも由紀子の考えを否定できなかった。

 美枝が断ったのを功は理解できずに付き合っていると思い込んでいる可能性もなくはない。

 結構ですという言葉が「OK」と「NO」の二種類の意味を持つように曖昧な日本語を持つ言葉は他にもある。

 そんな言葉を否定できないほど彼は昔からそうだった。

 よくいえば実直で、悪く言えば鈍い。


「功先輩に言ったほうがいいのかな?」

 由紀子は美枝を見つめていた。

 美枝が別の男と楽しげに話をしていた、と?

 そんなこと言えるわけがない。


 彼女の笑顔を見ていると、胸の奥が苦々しくなってきた。。

「そのときに考えるよ。今は黙っておいて」

 別に美枝が誰と話をしようと関係ないといえば関係ない。

 だが、功は違う。美枝のことを本当に好きなんだと分かるからだ。


「もう帰ろうか」

 由紀子はあたしの言葉に頷く。

 あたしが歩こうとしても、由紀子は身動き1つしない。

 彼女の視線があたしを捉える。


「今、彼女に聞いてきましょうか?」

 あたしは首を横に振る。

「いいよ。あまり迷惑掛けちゃ悪いし、功と彼女の問題だもん」


 由紀子はどこかすっきりしないといいたげな表情を浮かべつつ「分かりました」と返事をしていた。

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