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SAYONARA  作者: 沢村茜
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大好きな人

 絶対敵わないと思った。


 あの子と一緒に微笑むあなたを見たときにそう感じた。




 あたしは強い風に捲り上げられる髪の毛を右手で押さえる。

 季節は秋が過ぎ、冬が訪れようとしている。


 何度も頬を叩く風の影響が気になり、通りかかったぬいぐるみがずらっと並んでいる雑貨屋さんのガラスにうつった自分の顔をなんとなく見る。そのぼさぼさ具合に思わず手櫛で髪の毛を整えるが、あまりまとまりのよくないあたしの髪の毛はすぐにはもとに戻らない。


 背後に人の姿が映り、思わず肩越しに振り返ると、そこには髪の毛を短く切った学ランの男が立っていた。彼は目を丸め、不思議そうにあたしを見ていた。


「何かほしいものでもあった?」

「そんなことないよ。というかまだ閉まっているし」

「そうだけど。それに柚月にはこういうの似合わないよな」

 明るい悪気のない笑顔にあたしの胸が痛んだ。そんな気持ちを悟られないように、目を細める。


「だよね。こんなの好みじゃないもん」

 口元と目元が引きつるのを感じながら精一杯の笑顔を浮かべる。

 そのとき、あたしと目の前の武田功の背後をセミロングの髪の毛の少女が通り過ぎる。ガラスに映った姿で彼女を確認したのか、功も思わず声を漏らし、既に通り過ぎた彼女の後姿を目で追っていた。

 彼はためらいがちにあたしを見る。


 知らない振りをして一緒に学校に行こうといえたらどんなにいいだろう。だが、そんな薄情なことはできない。

 あたしは笑みを浮かべると、彼の背中を押した。


「行ってきなよ。彼女なんだから」

「悪いな」

 功はあたしに頭を一度だけ下げると、セーラー服の少女の後を追う。


 それと同時に先ほどまで三十センチほどだった功とあたしの距離が一気に開き、少女の足取りが止まる。彼女は振り返ると淡白な表情で彼氏である功を出迎えた。

 二人は並んで歩き出すが、功が追いついた時に見せた嬉しそうな笑顔と、彼女の表情はあまりに対照的だ。


 二人がいつから付き合いだしたのかあたしは正確には知らない。だが、その前から彼女のことは少しだけ知っていた。一年六組の北村美枝だ。

 あまり他の学年の子のことは詳しくはないが、彼女を知っている理由は二つある。

 一年で彼女のクラスだけ、二年一組であるあたしのクラスの隣にあること。

 もう一つは。



 あたしは首を横に振り、痛む胸に気付かない振りをして歩を進めた。ほんの数分立ち止まっていただけなのに、閑散としていた通学路には人が現れ始めた。

 百メートルほど先にある曲がり角には見たことのない生徒の姿がある。もう功と彼女は曲がり角を曲がり終えたのかあたしの視界にはいなかった。そのことにほっと胸を撫で下ろす。


 もう二人が一緒にいるのを見かけるようになって二ヶ月ほどが経過するのに、あの姿だけは見慣れない。

 だからそんな心の中を悟られないように精一杯の応援を表面的にしていた。



 もう一つの理由。それは功が彼女のことをあれこれ気にかけていたからだ。

 もちろん功があたしに恋の相談なんかをするわけがない。

 彼女があまりクラスに馴染んでいないのではないかということをあたしにポツリと漏らしたのがすべての始まりだった。

 功にとって彼女が特別なのだ、と直感的に感じた。


 功は今まで女に興味を示したことがない、少し変わった男の子だった。

 そんな功が突然女の子を気に掛け、その子が美少女だったとしたら、十人中七人は功が彼女に特別な気持ちを持っていると推測するだろう。


 功が彼女のことを心配するのを放っておくわけにもいかず、あたしはその子と同じクラスの中学校の後輩に彼女のことをそれとなく聞いてみた。

 宮崎由紀子という子で、誰とでも気軽に離せるタイプの女の子だった。

 彼女は髪の毛を短く切り揃えていて、その髪型がまた良く似合う。あたしの彼女を知っているかの問いかけに彼女は眉間にしわを寄せ、首を傾げる。


「あまりクラスメイトとは馴染んでいない感じかな。わたしもあまり話したことないんですよね。でも勉強は出来るみたいですよ。クラスではトップのほうだし。反対に運動は苦手みたい」

「家はこの辺りなの?」

 由紀子は首を横に振る。

「少し遠いですね。N町方向に電車で三十分、その電車の駅からまたバスに乗らないといけないと聞きました」


「向こうのほうってもっと数多くの学校あるのに、なんでわざわざこんなところ選んだのだろうね」

「変わってますよね。これくらいのレベルの学校ならいくらでもあるだろうし。あの成績ならもっといい高校も狙えたと思うんだけど」

 あたしたちが通っている高校は平均より少し上のレベルの普通を絵に描いたような学校だ。新設校だったり、進学率が特別良かったり、制服が可愛かったりといった特別なところもない。


 そんな他愛もない事を、一応功には教えておいた。

 彼はそんなことでも嬉しそうに「ありがとう」と言っていた。

 それから一ヵ月後の夏休み明けにさっきのように二人が一緒に歩いているのを目撃したのだ。



 扉が開きっぱなしの教室の中には、既に功の姿があった。彼は補習の英語のテキストを開き、難しい顔をして眺めている。

 あたしはため息を吐くと、功の隣の窓際の席に行き、鞄を置く。椅子を引くと腰を下ろす。そこがあたしの席だ。


「遅かったな」

 功はあたしを見て、苦笑いを浮かべる。

「ゆっくり歩きたかったから」

 もう言いなれた嘘を重ねる。


 功はふうんというと、自分の机の上に置いていた教科書に目を向ける。彼はペンを手にしているが、真っ白なノートに何かを書き記した様子もない。どこか落ち着かない様子で何度も教科書に目配せする。そんな彼を見て、少しだけ功を責めたくなった。


「もう少し彼女と一緒に居たら良かったのに。まだ先生が来るまで時間があるよ」

 その言葉に功の頬がほんのりと赤くなる。

「変なこと言うなよ」

「そうだね。ごめん」


 そんな彼を見て、並んで歩く二人を見た時より胸が痛んでいた。

 自分の行動を悔い、青く澄んだ空を仰ぐ。

 自分で、自分の気持ちを迷子にさせてどうするんだろう。

 功にはあの子しか見えていないのに。

 だが、そんな気持ちを気づかれるわけにはいかない。


「英語の宿題はしてきたの?」

「一応、やってきたんだけど分からないところがあったんだ」

 あたしは青いノートを功に差し出す。

「見ていいよ。しっかりと復習をするようにね」

「ありがと」

 彼はノートを受け取ると、ページをめくる。そして、まじめな顔でそのノートを眺めていた。


 そんな彼の姿を眺めながら、さっきの戒めのように、軽く唇を噛んでいた。

 しばらく経ち、チャイムが鳴る。そして、あたしのところにノートが返ってくる。


「ありがとう。さすがだよな」

「いつまでもあたしを頼りにしないでよね」

 僅かに本心を込めた言葉に、彼は悪いと笑顔で応える。

 担任の木元が入ってきて、騒がしかった教室が一瞬で静かになる。彼は教卓の前に立ち、名前を順に呼び出す。


 功の番が来て、彼は軽く返事をし、英語のノートを睨むように見つめていた。

 そんな生真面目なところは嫌いじゃない。むしろ、彼の中で嫌いなところを探すほうが難しい。


 あたしの中での功の気持ちはそんなところだった。だが、功の気持ちはあの美少女に向いている。

 彼の中でのあたしの位置づけはノートを見せてくれる、頼りになる幼馴染といったところだろう。

 幼馴染がいつしか互いに意識する。それがいつしか恋愛に発展するなんて実際はありえないんじゃないかと思う。そんな人もゼロではないと思う。でも、それはただの当たりくじを引いただけだと思う。そして、あたしはそんな当たりクジを引き損なってしまった。


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