異世界チートなんか死んでしまえ!2 殺されたお姫様のものがたり
皇紀345年。
このニッポン列島は、8つの国に分かれていた。
北から「サッポロ王国」「トウホク自治領」「カントウ王国」
「チュウブ神聖領」「キンキ王国」「モウリ帝国」「シコク自治領」
「シマヅ王国」だ。
これらの国は、小競り合いはあるものの、ここ200年は安定して過ごしていた。
わたしは、カントウ王国の国王の孫娘。
何れは政略結婚の道具となってしまう身だ。
だが、カントウ王国は、国力も高く歴史も古い国。他国も疎かにはしない。
他国へと嫁いだ姉たちは、各国で敬愛され、幸せに暮らしている。
わたしは去年、社交界にデビューした。
8カ国会談が行われ、各国の首長や重臣が集まった晩餐会のこと。
ミト公爵の跡継ぎをエスコート役として選んだ。
彼の妹とは、同い年なので仲が良い。だから、彼の事も知っていた。
「泥んこ公爵」の跡継ぎ。貴族にしては精悍なたたずまいの若者。
何人もの貴族の若者が、わたしの容姿を褒めにくる。
だけど、彼だけは何も言わなかった。
口を開けば、自然の美しさをたたえてばかり。
でも、不快ではなかった。楽しかった。
彼は、いずれこの国有数の大貴族を継ぐ。王族が降嫁しても不思議ではない。
わたしたち2人は、お似合いの2人。あの日がくるまで、そう思っていた。
ある日、唐突に異世界から客人が現れた。
『キムラタクヤ』という彼は、魔法を覚えると、持ち前の膨大な魔力を誇示し、
髭だらけの宮廷魔術師よりも強力な魔術師になった。
そして、この国から旅立っていった。
『彼』のわたしを見る目は、不快だった。言葉には出さなかったけれど。
しばらくして、『彼』がサッポロ王国の首都ススキノを半壊させた。
その知らせを受け取った時、お城では徹夜で会議が行われた。
そして、決まったことは、わたしが『彼』のもとへおくられる事だった。
この世界において、女性は政略結婚の道具。子供の頃から、そう教えられていた。
だから、「初恋」は心の引き出しに鍵をかけて、大事にしまった。
サッポロは寒かった。
『彼』は、サッポロ王国から送られた姫君とともに、わたしを迎えた。
ススキノはいったんは半壊したが、彼の魔法で一夜にして復興していた。
だが、人まではそうはいかない。人口は、彼の魔法で半減しているはずだ。
夜になると、街の異常さが際立つ。りっぱな都市なのに、とてもとても静かだ。
灯りの無い家が数多くある。灯りのある家からは恐れているようなものを感じた。
カントウの首都トウキョウは夜でも騒々しく明るい。思いだして、悲しくなった。
『彼』との初夜は、あっという間に終わった。苦しくて痛かっただけ。
『彼』は、行為を終えると、何処かに行ってしまった。
次の日から、わたしに教師がついた。
どうやって、『彼』を喜ばせるか。それを教わった。毎日、毎日。
わたしは、もう、戻れないのかな。
数ヵ月後、『彼』はカントウ王国に引っ越すことになった。
『彼』は、もう夜中に何処かに行かない。朝までわたしと居る。
それが、うれしいのかうれしくないのか、もう自分ではわからない。
『彼』は鄙びた漁村のマイハマを本拠地に定めた。
一夜にして、王城よりも巨大な城がマイハマに現れた。
『彼』は城のなかを案内してくれた。
まるでゴミクズのような彫像、センスのかけらも感じない庭。
わたしは、心とは反対の事を言って、『彼』を喜ばせた。
『彼』を怒らせると、祖国がススキノのようになってしまうから。
『彼』は、カントウでいろいろな事を行った。
開拓をしたり、道を整えたりした。そして、民から喝采を浴びた。
1枚の田んぼを開拓するのに、数か月はかかる。
だから、民は喜んでいる。何の努力も苦労も無しに、田畑が手に入ったことを。
民は恐れている。その力を向けられて、皆殺しにされることを。
『彼』のもとには、各国からわたしのような姫君が続々と到着した。
キンキ王国からは、昔晩餐会で会ったことのある姫が来た。
あの頃は楽しかった。カントウとキンキは仲が悪い。
わたしと彼女、2人は、ドレスのほつれやアクセサリの比べあいで、
お互いをいじりあっていた。ただ、からかいあうだけ。
周りの大人が、少女の代理戦争を楽しそうに見ていた。あの頃。
『彼』は、ある日、寝床にわたしとキンキの姫の両方を呼んだ。
3人で、行為を行いたいと。
「エエ、ステキナコトダトオモイマス」
微笑みながら答える。もう、自分なんて何処にも居ない。
わたしは、ただ、カントウを守るための亡霊。
キンキの姫は、最初は断った。二度目も断った。だが、三度目に折れた。
神様、神様。
わたしたちは、わたしたちの力だけで、戦争を止めることができました。
わたしたちの力だけで、田畑を開墾することも、道を開くこともできます。
たとえ、時間がかかろうとも、頑張っている人がいます。
何故、わたしたちの頑張りを否定するような事をするのでしょうか。
何故、『彼』のような人を遣わすのでしょうか。
世界のみんなから憎まれ、そして憎まれていることを教えてもらえない人を。
ある日、侍女頭が、母親の葬儀のため、休暇を取った。
そして1週間後にもどってきたとき、彼女は一瓶の毒薬を持って帰ってきた。
その毒は、彼女の兄、わたしの初恋の人が用意したもの。
そう思ったら、こころに「わたし」が戻ってきた。
計画は順調に進んだ。『彼』は毒を飲み、死ぬはずだった。
だが、死ななかった。
わたしは自分も毒を飲んでおいた。
侍女頭はわたしを妬み、わたしを殺そうとした。
その毒が、たまたま『彼』を巻き込んだ。
それが、筋書き。
そうすれば、失敗しても、カントウの企みではなく、侍女頭の独行にできる。
そして、わたしは、死ぬことができる。
毒が、意識を薄くしていく。
あぁ、ナットーさま、ごめんなさい、妹さんを巻き込んでしまって。
あなたがくれた最後の勇気で、わたしは、あなたのそばに行きます。
ずっと、ずっとあなたのそばにいます。
いつか、産まれ変わることができたら、もう一度わたしに会ってくれますか?