小さな入居者
ガラッ――
妖弧の家の扉が開かれると、居間で背中を向けて何やらゴソゴソしていた三つ目入道が慌てて振り返った。
「てめぇ!ここで何してやがる!?」
扉を開け放った鼻妖怪が三つ目入道に怒鳴った。
鼻妖怪の怒鳴り声に妖弧も扉の向こうを覗いた。
(三つ目入道ッ!どうして家の中にッ!?)
妖弧は真っ先に大吾の事が気になったが、皆の手前声を上げる事が出来ない。
それに、三つ目入道が家の中に入っていたという事は三つ目入道は大吾を見つけているかもしれない。
だとすると、三つ目入道が大吾をどうしたのか気がかりだ。
(どういう事?三つ目入道…)
声に出して言えない言葉を、妖弧は鋭い視線で訴えた。
しかし、三つ目入道は妖弧とは視線を合わせず、放った第一声が…
「な、なんでぃお前ぇら大勢で詰め掛けて、ここは妖弧の家だぜ? 妖怪の家になんか用かい?…なんつってな。ハハッハ、」
一同が一斉に固まった。
ようやく意識が帰って来た鼻妖怪が頭をブルブルと振るわせた。
「ふっふざけるなぃ!その妖弧の家にてめぇが一体何をしてんだって聞いてんだ!」
三つ目入道はポリポリと太い指で頬をかいた。
「オレぁ~妖弧の保護者さね。別に居たってなんもおかしくないぜよ」
にやりと笑う三つ目入道の視線が鋭い。
「うぐっ…」
そんな気迫に押され、鼻妖怪は思わず声に詰まってしまった。
「これはこれは三つ目入道よ。ワシもそなたが居るとは思わなんだ。驚いたぞ?ホッホッホ」
まだ何か言いたげな鼻妖怪を杖で制止し、村長の子泣き爺が前へと歩み出て来た。
「これは村長まで、わざわざご足労です。して、こんな村の端に何の用で?」
三つ目入道はその場で姿勢を正し、小さくお辞儀をした。
「ホッホッホ、とぼけるでない三つ目入道。ワシ等が来た理由などとうに承知であろう?」
「さて…何のことか判りかねますな」
「とぼけるねぃッ!オレぁ知ってるんだぞ?妖弧はいつも人間の匂いをプンプンさせてんだ!人間を村ん中で囲ってやがんだろッ!?」
三つ目入道は横からしゃしゃり出て来た鼻妖怪を三つの目を大きくぱちくりさせ、さも驚いたかの表情を作った。
「人間を村の中に?…ガァッハッハッハッハッハ!!」
キョトンとした後に、三つ目入道は自分の膝をバシバシ叩きながら豪快に大笑いした。
「何を馬鹿な事を言うこの鼻提灯は!」
「なっ、なんだとッ!!」
妖弧と同じ罵倒を受けた鼻妖怪は再び真っ赤になって怒った。
「そりゃあ妖弧が一生懸命仕事を頑張ってるって事じゃねぇのかい?むしろ、おりゃあ人間の匂いをまったくさせてないお前さんの方が問題じゃないかと思うんだがな?」
「貴様…何が言いたい?」
「いやね、皆が齷齪と頑張って働いてる中、仕事をしてない自分を棚に上げてるんじゃないのかねぇ?ってね」
「うっ…」
鼻妖怪の顔がみるみると青くなる。
「気に入らないんだよねぇ。同僚の失敗を上に告げ口して、自分は上司に気に入られようって魂胆が見え見えなんだよ!」
まさに一括の勢いで三つ目入道が怒鳴った。
三つ目入道の言葉に、周りの妖怪達もざわめき始めた。
「なっなななにを根拠にそんなデタラメを…妖弧の素行が怪しいのは皆も思ってる事だ!」
「"皆"じゃねぇ!"お前ぇ一人"の意見だ!お前ぇ一人の意見に"皆"を使うんじゃねぇッ馬鹿野郎!!」
「うぐっ…」
鼻妖怪はそんな事あるはず無いと周りの妖怪達の顔を見回した。
しかし、誰一人としてその目を合わせようとはしなかった。
「ぐぬぬぬぬ…」
ワナワナと拳を震わしている所に、再び村長が割って入って来た。
「もうよさんか!鼻提灯ッ!」
「なッ!?村長までッ?!」
途端に、背後に居た妖怪達がブフッと噴出しプルプルと肩を震わせた。
村長はそれらを無視して三つ目入道に向き直った。
「話は分かった三つ目入道よ。ワシらも事の真相が確認出来たら御暇させてもらうよ。して、そちが"後ろで隠してるモノ"をワシらに見せてはくれんかのう?」
妖弧の肩がギクッと震える。
周囲の妖怪達もその存在にまったく気付いていなかったらしく、シンと静まり返り固唾を飲んだ。
普段開く事の無い子泣き爺の細い目が鋭い眼光を放って見つめている。
三つ目入道も表情が固まり、笑みを浮かべてはいるが頬から汗が流れ落ちた。
「こ、こいつの事ですかい?」
そう言うと、三つ目入道の大きな身体の影から恐る恐ると小さな身体が覗き出した。
妖弧の鼓動が跳ね上がった。
(駄目!大吾ッ!出て来ちゃ駄目ッ!!)
妖弧がそう叫ぼうと前に乗り出した瞬間、妖弧の身体が再び固まった。
ゆっくり出て来たのは間違いなく大吾だった。
お風呂上りに妖弧が幼子の頃着ていたお気に入りの桃色の浴衣姿。
その頭とお尻には何故か妖弧と同じ狐の耳と尻尾が生えていた。
(大…吾…?)
大吾の頭にある狐の耳は、怯えてるかの様に下へ垂れ震えている。
「これはこれは!めんこいお狐様じゃ!」
村長の表情がパァっと明るくなり手を叩いた。
しかし、村長はすぐさま険しい声色になる。
「これはどういう事かの?」
(やはり、バレた?村長の目は誤魔化せなかったのか?)
妖弧は震えながら村長を見た。
…が、しかし、村長は妖弧ではなく鼻妖怪の方を見て言っていた。
「これはどういう事かの?鼻妖怪?」
「いや、あの…その…」
しどろもどろになる鼻妖怪は真っ青な顔で汗だくになっている。
「村を騒がせ、混乱させたそなたには罰を与える。追って沙汰を待て!」
「へ、へい…」
鼻妖怪は力無くうな垂れ小さく答えた。
そのやり取りに怯え、大吾はまた三つ目入道の影に隠れてしまった。
「おやおや、怯えさせてしまったかのう?狐様、ワシはこの村の村長じゃ。そなたの名前を教えてくれんかのう?」
村長はとても優しい声で大吾に語りかけた。
再び、ひょっこり顔を覗かせる大吾だが答える事が出来ない。
「うん?どうしたのかのう?ワシの言葉がわからんのかな?」
はて?と、首を傾げる村長にすかさず三つ目入道が答えた。
「い、いや、村長!こいつは病気で声が出せねぇんです。療養の為に妖弧ん所に来たばっかりで…ほらっ妖弧、名前を教えなさい!」
三つ目入道が妖弧に話を振り、村長が妖弧の方へ向いた。
「あ、えっと、大吾って言います」
「ほう~大吾とな?人間みたいな名前じゃのう。ホッホッホ」
(しまった!名前を誤魔化すんだったか?)
咄嗟に振られ、正直に答えてしまった妖弧は息を飲んだ。
「妖弧よ…」
村長は険しい顔で妖弧の顔を見た。
「はっ、はい…」
その剣幕に妖弧は固唾を飲み身体を身構えた。
しかし、村長の剣幕はすぐに納まり優しい声になった。
「村に入居者を入れる時は前もってワシに報告するのじゃよ?ホッホッホ」
「あ、えっと、ごめんなさい」
そこにすかさず三つ目入道もフォローに入ってくれた。
「すみません、村長。なんせ、急な話でさっき到着したんでさ。これからすぐに報告に行こうとしてた所です」
「そうか?それは仕方ないのう。ホッホッホ」
なんとか上手く誤魔化せた様で妖弧は小さく安堵する。
「まぁ、三つ目入道が言うのであれば間違いないじゃろう。村に入居するなら掟に従い働いてもらわねばならぬ。後ほど手続きに来るのじゃぞ?」
「へい!支度が整ったらすぐに」
「うむ。それじゃあ皆の衆、御暇するぞよ!騒がしてすまなかったの、妖弧」
「あ、いえ。大丈夫です」
「妖弧も早く一人前になって、入魂箪に念を入れきれると良いのう。ホッホッホ」
「あっはははは…」
村長の何気ない痛い指摘を妖弧は乾いた笑いで誤魔化した。
そうして、村長一同は妖弧の家から去って行った。
「くそっ…許さねぇ、オレを馬鹿にした奴等全員許さねぇ…」
最後列をトボトボと付いて行く鼻妖怪の言葉は誰の耳にも届かなかった。