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子連れ妖弧☆お護ります!  作者: ゆいまる
一章 物ノ怪村の掟
4/7

幼子と幼少の心傷はめぐり合い





 妖弧は脱衣所で大吾の浴衣を脱がせると自分も浴衣を脱ぎ風呂場へと入った。

 床の上に簀子(すのこ)が敷かれ奥には五右衛門風呂がある。

 すでに狐火達が外でせっせと薪を燃やし釜湯を温めている。

 そのおかげで、風呂場内は湯気が立ち込め気温が暖められていた。

「さ、大吾こっちへおいで」

 大吾を桶椅子に座らせ優しくお湯で流してゆく。

「痛い所はない?」

 どこか怪我をしていたら後で手当てをしないといけない。

 妖弧が大吾に尋ねてみると大吾はフルフルと首を横に振った。

「そう、よかったわ」

 そう言って妖弧はお湯に浸した布で大吾の顔を拭う。

「はい、目をつぶって上を向いて」

 大吾は両目をギュッとつぶって上を向く。

 そこからタライに入れたぬるま湯を大吾の頭からゆっくり流していく。

 それから、妖弧は糸瓜(ヘチマ)の繊維で作ったバスタオルに植物樹脂の石鹸を浸け大吾の身体に付いた泥を落としてゆく。

 大吾のとても小さな背中の汚れはあっという間に樹脂の泡に洗い流されて行く。

 こんな小さな童には武士達の村の焼き討ちは過酷な事だったろう。

 辛うじて命は助かったが、代償に声を失った。

 何故、人間の童を助けようと思ったのか…未だに分からなかった。

 でも、一人取り残された大吾が周囲に見放され孤立した妖弧自身と重なった気がした。

 頭で考える前にはもう身体が動いていた。


 大吾を先に五右衛門風呂へ入れると、妖弧は自分の長い髪を洗った。

 糸瓜のタオルで身体を洗っていると、大吾が風呂釜から出てきた。

「どうしたの?」

 妖弧が聞くと、大吾は妖弧が持っていた糸瓜のタオルを指差す。

「大吾が洗ってくれるの?」

 そう聞くと大吾はコクコクと頷く。

「そう、ありがとう。それじゃお願いするわ」

 妖弧はタオルを大吾に渡すと背中を向けた。

 すぐに大吾の小さな手で持つ糸瓜のタオルがたどたどしく妖弧の背中を擦り始めた。

「大吾は優しいね。いつもお父さんお母さんの背中を洗ってあげてたの?」

 妖弧が何気なく言った言葉に突然大吾の手がピタッと止まった。

「…?大吾?」

 振り向こうとした妖弧の背中に大吾がしがみ付いた。

 妖弧の両肩を掴む小さな手が力強い。

 妖弧が振り返らないように、力強く掴んだ小さな手は微かに震えている。

「大吾……」

 妖弧が振り返るのを諦めると、再び小さな手は妖弧の背中を洗い出した。

 そして、微かに聞こえる嗚咽の音。

 泣いてる。

 妖弧にバレない様に、背中で必死に息を殺して泣いている。

 こんな時どうすればいいのか妖弧は分からなかった。

 だから、気付いてない振りをして大吾が背中を洗い終わるまでずっと待つ事しか出来なかった。


 少しだけ長い時間を使って妖弧の背中を洗い終わった大吾は、目こそ真っ赤に腫れていたが涙は止まっていた。

 妖弧は小さく笑うとうつむく頭を撫で、風呂釜へ入ると大吾を膝の上に乗せた。

 これなら妖弧の目から大吾の顔が見えない。

 泣き腫らした目を見られるのは小さい童とはいえ、男の子の大吾は恥ずかしいだろうと思ったからだ。

 妖弧はふぅ~っとため息を吐くと風呂釜の口に両肘を乗せ背を後ろに(もた)れ掛かせた。

 尻尾の先を水面から浮かせ、大吾の目の前でユラユラさせてると大吾が興味深そうに後を目で追っていた。

 そんな大吾の様子に妖弧は気にも留めず考えに耽った。

――勢いで大吾を拾って来ちゃったけど、これからどうしようか?

 人間界の事に妖怪が関与するのは良いことではない。

 良かれと思ってやった事でも、人間は霊媒師や霊闘師を使って妖怪を殺しに来る。

 もちろん、人間に怨念を持った死霊や物ノ怪は少なからず存在する。

 特に、今の世で下界は死んだ亡者で溢れかえっている。

 怨念が増えれば人間に害を成す怪異も数を増すだろう。

 念を糧としている私達妖怪も怨に()てられ悪さをし出す物ノ怪も出始めていると聞く。

 特に、近頃台頭して来ている陰陽師なる霊力師達の組織化された集団には最大限の注意が必要だわね。


 …ううん、それよりも先にここが問題か。

 妖怪村に人間が入ったなんて知れたらとんでもない騒ぎになるわ。

 幸い、この村に人間に悪意を持つ物ノ怪はいないけども流石に人間を連れ込んだと知られたら村から追い出されるわね。

 下界よりも、幽界(かくりょ)に位置するこの村に居た方が安全なのだけども、いつまでも大吾の存在を隠し通せない。

 バレるのは時間の問題だわね。

 それまでになんとか対策をしておかないと……ッ!?――

「ひゃわんッ!!?」

 突然尻尾の先から電気のような感触が背筋まで走って妖弧は思わず変な声を上げてしまった。

 意識が風呂場内に戻り、視界が風呂釜へ帰ってくる。

 そして、妖弧の目に入って来たのは自慢の尻尾を掴み先を指でこちょこちょと悪戯(いたずら)して遊んでいる大吾の姿だった。

 大吾は妖弧の反応に驚き意瞬だけ停止するも、楽しくなったのか更に尻尾の先をくすぐり始める。

「だっ大吾ッ、やめっ!あひゃうんッ!!?」

 妖弧は更に襲い来る刺激に身を()じらせる。

 大吾の表情は相変わらず無表情だが、尻尾の先をくすぐる指先がとても楽しそうに踊っている。

「大吾ッ!やめっ…アーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」




 カコ――――ン



 脱衣所で顔を真っ赤にさせて身体を拭く妖弧と、その後ろに両手で頭を(さす)りながら無表情で立ち尽くす大吾が居た。

「まったくもう!レディの尻尾に軽々しく触るのは本来ならセクハラなんだからね!」

 聞いた事のない単語が飛び出し、大吾は首を(かし)げているが妖弧は気に留めていない。

 言うだけ言って妖弧が振り向くと、やはり直前まで尻尾に興味を注がれていた大吾がシュバっと姿勢を正して妖弧の顔を見上げた。

「はぁ~…まったくもうったらまったくもうね…」

 妖弧は頭を押さえ首を横に振りながら深いため息を吐いた。

 大きなタオルを自分の身体に巻きつけると、びしょ濡れのまま立ち尽くしている大吾の身体を手早く拭き始めた。

 大吾の頭を拭きながら妖弧のまだ湯に濡れた狐の耳をピッピッと動かし雫を払う。

 その様子にも大吾は興味深そうに目で追う。

「ダ・イ・ゴ!」

 妖弧はジト目で大吾の目を睨むとすぐに大吾の視線は耳から妖弧の目に戻って来る。

 しかし、雫を払う狐の耳が気になるらしく、でも妖弧の目が怖いらしい大吾の目はチラッチラッと妖弧の目と耳を何度も往復している。

「はいっ!おしまい!」

 妖弧は大吾の全身を拭き終えすっくと立ち上がった。

 大吾から見えない位置にまで高く離れてしまった耳が心残りなのか物悲しそうに妖弧の顔を見上げる。

 妖弧はそんな大吾を無視してさっさと脱衣所を出て箪笥(タンス)の所まで歩いて行く。

「んん~~、この辺だったかな?」

 妖弧は開ける事がほとんど無い一番下の段の引き出しを開けた。

 ゴソゴソと奥の方を漁って取り出したのは、妖弧がまだ小さい頃に来ていた桃色の可愛い浴衣だった。

 もう着る事は無いと分かってはいたが、御家を出る時に自分の持ち物を全て持って出て来た事が幸いした。

「女の子用だけど、別にいっか」

 妖弧は脱衣所の方から覗き込む大吾を手招きし、浴衣を着せていった。

「うん。ピッタシ!よかったわ」

 妖弧は手をパンっと合わせて喜んだ。

 (まげ)を結うには短いが、ショートヘアくらいには伸びていた髪の毛のおかげで女の子にも見える。

 というか、そこらの女の子よりも可愛くてとてもけしからんッ!

「男の子にしておくのは勿体無いわね~」

 妖弧は頬を赤らめニヤニヤと笑う。

 妖弧、気持ちはすごく共感出来るけど、大吾が怯えていますよ?

 大吾の態度に気付き、妖弧はすぐさま顔を横に振り煩悩を振り払った。

「尻尾を通す用の穴が少し気になるわね…」

 うーんと考えを張り巡らせていた所に突然戸を叩く音が鳴り響いた。

 大吾が驚き、怯え妖弧にしがみ付いて来た。

「あれっ?開かねえ!おーーい妖弧、大変だぁッ!」

 戸の向こうから聞こえて来た声は先ほど夜勤に出かけて行った筈の三つ目入道の声だった。

 妖弧は怯える大吾の頭を擦り笑顔で大丈夫と訴える。

「三つ目入道?どうしたんだい?」

 妖弧はキャラ作りをしている為、外向け用の言葉遣いになった。

「妖弧?居るのか?大変だ!村に人間が入り込んだらしいッ!!村中大騒ぎになってる!」

 妖弧の心臓の鼓動が跳ね上がった。

――しまった!もうバレたのか!?まだ対策を考えてないわ…とりあえず大吾を隠さなきゃ――

「今着替えの途中だよ。少し待ってな!」

「そっそうだったのか、すまねぇ…!」

 妖弧はすぐに大吾を仕切りで隠された布団の中へと隠した。

「いい?大吾、絶対にここから出ないで隠れているのよ?」

 先ほどまでとは打って変わって、大吾は恐怖に震えている。

 大吾の村が襲われた時もこんな風に村人が慌てて戸を叩いたのだろうか?

 妖弧は怯える大吾を強く抱きしめた。

「大丈夫、大丈夫よ。大吾は私が必ず守るからね?」

 大吾を抱きしめながら小声で囁き、頭を撫でる。

 しばらく震えていた大吾だが、次第に落ち着きを取り戻し(うなず)いた。

 妖弧も大吾を見つめ微笑む。

 布団を大吾にかぶせ、急いで箪笥を開け浴衣を着る。

 それから、草履を履くと妖弧は仕切りで隠れた寝床に振り返った。

 大吾が身を潜ませる寝床を見つめ、コクっと固唾を飲み込んでから妖弧は戸に手を掛けた。






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