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世界樹の花嫁 ~プラント・ワールド~ 8

   第一部 終章 しあわせな日々


     1 不安――自信


「おそらく、決勝は負けるよ」

 決勝戦は一時間後、午後二時に行われる。そのため、ショウはミルとともに選手控え室にいた。軽めの食事を終え、ショウの第一声がそれだった。

 どうして? というミルの問いにショウが淡々とした調子で続ける。

「キアラの能力がすごい勢いで伸びているからね。正直驚いているよ。それに彼はボクの能力を知り尽くしている。誰よりもやりにくい相手だ」

 ミルは何か思いつめているかのように、眼を伏せたまま動かない。変なこと云っちゃったかな、と焦ったショウは付け加えた。

「心配しないで。友達同士だから無茶はしないから」

 そこでミルが顔を上げた。何かを決心したような眼をしていることにショウはドギマギした。

「強くなりたい?」

 云っている意味がわからない。それでも一応まともに答えることにした。

「強くは、まあ、別にいいかな」

「どうして?」

「能力の強化は暴力しか生まないからね。平和がいいよ、平和が」

 ミルの白い顔がさらに白くなったような気がした。たびたび耳にする『災厄』。それが関係しているのだろうか。どれほどの規模で、何処まで自分たちに影響を及ぼすのか、いっさいが謎なのだ。思い切って訊いてみようか、そう思い立ったとき、ミルのほうから口を開いた。

「あのね、ひとつだけ嘘をついていたの」

「嘘? どんな?」

 そこでミルは口をつぐんだ。ボクは悲しそうな表情のミルを見ていると、なんだか追求する気が失せた。しかし、またまたミルのほうから口を開いた。

「ワタシは……ショウの見方なのだけど、ある意味では、敵かもしれない」

 的を射ない言葉だけど、

「ボクはミルを信じるよ」と、返した。


     ☆


 ボクが決勝に進んだのは、ノリムネが試合を放棄したからだった。

 理由はわからない。

 ショウなんかより面白いヤツを見つけた。試合どころではない。俺が全部もらう。とかなんとか訳のわからないことを云っていたらしい。

 その情報を聞いたとき、ミルとラナがお互いに顔を合わせ、何かを相談しているのがすごく印象に残っている。

 ふたりとも頭をひねりながら、複雑な顔をしていた。


     ☆


 蒼白となり小刻みに震えているタツアを横目に、ルチはある程度予想していたとはいえ、あまりの狼狽ぶりに少し驚いていた。タツアは少し精神面に弱い部分がある。それは先の事件でもわかるとおり、世間の風評に簡単に流されてしまう。自分はこう見られている、恐れられている、だから自分はこうあるべきだ、というように自分を作っていた。

 そして、今、想像をはるかに超えた真実に直面して、彼はどう受け止めるのだろうか。

 自分をどう偽るのだろうか。

 あまりにも恐ろしく、あまりにも絶望的な状況に、彼はどう動くのだろうか。

 あとは彼次第。

 どちらに転ぶかによって、道を変えなくてはならない。私は別にタツアを愛していないのだから、とルチは冷静に彼の様子を見守っていた。

 と、突然、タツアが大笑いした。そして、すっくと立ち上がり、

「怪物か、面白い。怪物なら遠慮なく殺せるというものだ。殺して殺して殺してもっともっと強くなってやる。心配するなルチ。俺がすべてを終わらせてやる」

 そこまで云うと、タツアは再び笑い声を上げた。

 ルチは勝った、と思った。しかし次の瞬間、ルチもすっくと立ち上がる。眼を大きく見開き、驚愕の表情。どうした? と尋ねるタツアに、ルチは震える声で答えた。

「世界樹のところ…………一匹……いるわ」

 そう云って、今度はルチの全身が震えだした。


     2 子どもが二人


 ショウ~~~~~~!

 自分の名を呼ばれたショウは、ビクッと飛び上がった。

 場所は選手控え室。どうやら寝ていたようだ、と認識したショウは、隣を見てさらにビクッとした。

 隣にはミルが小さな寝息を立てていて、ショウの左腕がミルの胸に置かれている。少しだけ動かすとフニョフニョ~っと、などと云っている場合ではない。ワッと小さな悲鳴を上げてショウはベッドから飛びのいた。その騒動に眼を覚ますミル。どうしたの? と問うミルに何でもない何でもないと慌てるショウ。

「あ、試合だ!」

 と云ってはみたものの、開始までまだ二十分もあった。

 ミルも時間を見て、

「あと、二十分か。そろそろ身体を温めておいたほうがいいわね」

 と、知らず知らずフォローしてくれたミル。しかし、ショウは『そろそろ身体を温めておいたほうがいいわね』をとんでもない勘違いをして捕らえて赤面した。


 勘違い……①思い違い ②とてもはずかしい間違い


 これまでショウは恋愛経験がなかった。

 女手ひとつで自分を育てている母親の手伝いや気遣い、それにケンカが多くて、恋愛にかまけている暇がなかったのだ。むろん、自分の気を引く女性と出会わなかった、という理由もあるのだが。現に今は、母親のことよりもケンカよりも大きくなった存在、ミルがいるのだから。

 戦いに関してはイロイロと働く脳髄なのだが、経験のなさから、恋愛に関しては何の役にも立たないことにショウは困り果てた。

 気の利いたセリフ、女心をくすぐる行動、そして恋愛感情、それらをどう表現していいのか、どう伝えればいいのかわからない。

 ボクはダメダメ人間だ、などと悩んでいると、ミルはお茶をいれて、折りたたみ椅子にチョムンと腰を下ろした。

「ケガをしそうになったら迷わず棄権してね」

 ケガをしても血液を凝固させて瞬時に傷を治せるということは云わなかった。

「わかったよ。無理はしない」

「ワタシはね、ルチとリリとは違うんだから」

 なんだかミルが泣きそうな表情になってきた。それに言葉の意味もわからない。

「ねえ、ミルはボクのことどう思っているの? 出会って間もないけど、何でこんなに肩入れするの?」

 ショウは、もしかしたら自分が傷つくかもしれないと思いながらも、オソルオソル訊いてみた。訊かずにはいられなかった。

 しばらく悩んだあげく――おそらく言葉を選んでいたのだろう――ミルは小さくボソボソと答えた。

「よくわからない」

 え~~~~っと思うのはボクだけではないはずだ。なあ、キアラ。ですよね、オバアちゃん。などとパニックに陥っているショウに対してキョトンとするミル。そのまま続ける。

「ワタシの中にあるこの感情が、なんなのかわからないの。胸をしめつけられるような、ショウのことを思うだけで切なくなるような、それにね、何をしていても、誰かと会話していても、ずっとショウのことが頭から離れない。こんな気持ち、初めてなの」

 それって、恋じゃ?

 と、決め付けることも出来ないショウだった。なぜならば、自分の中に芽生えている感情も、生まれて初めてなのだから。

 あやふやな答えだけど、何故かそれがショウには嬉しかった。有頂天になったショウはそれ以上の追求をやめた。

「ねえ、ミル。大会に勝ってほしい?」

「ううん……どっちでもいい。でも、ケガだけはしないでほしい」

「そこは、うん、と云ってほしかったな」

「じゃあ、無傷で勝ってほしい」

「むずかしいことを云うね。でも、わかった。なんとかしてみるよ」

「ショウなら可能よ」

「でも相手はキアラだからな~。かなり強いよ」

「強くなったのは知ってる。でも、ショウなら勝てる」

 そこまで云われるとショウも引くことは出来ない。なんとかしてあげよう。そう決心した。


     ☆


 天蓋高校に向かうバスが一台。その中に人の眼を集める美女が乗っていた。

 二十代前半。黄色のポロシャツにジーンズという普通のいでたちというか地味なのだが、何故か左手に風呂敷。そのギャップもまた人目を集めている。

 まつげが長く、大きな二重の眼がいそいそとせわしなく動き、時折腕時計を見つめる。時刻は午後一時五十九分。それを確認するとさらに美女の眼がせわしなくなった。

「何やってるんだねこのバスは、まったく。早くしてくれないかね」

 もちろん、今のセリフは美女のものだった。


     3 二人の思い――二人の想い


『マサムさんは戻ってこないが、もう待てないよな! よっしゃ、始めるぜ~!

 第二回、天蓋高校特殊能力格闘大会、決勝戦、スタートー!

 自分の血液を自在にあやつり、次々と勝利の山を築き上げた無敗の能力、サクリファイス対、触れたものを何にでも変えられる物質変換能力のヴェガ。前回はサクリファイスに軍配が上がったが、はたして今回はどうなるのか! 能力上昇のいちじるしいキアラが前回の雪辱をはらすのか、それとも今回もショウが退けるのか、もう間もなく勝負の行方が決する。我々は真の強者を目撃する。

 見ている我々も気合を入れろ!

 眼の乾燥を目薬で補え!

 今日の出来事を一生脳裏に焼きつけろ!』


 それでは、天蓋特大決勝戦。開始~!


     ☆


 リング中央で対峙するショウとキアラ。

 キアラはチラチラと二階席の一角に視線を向けている。不思議に思ったショウは、大歓声の中、キアラにきこえるように声を張り上げた。

「ラナがどうした?」

 キアラもショウと同じように大声を上げる。

「なんか様子が変なんだ。何かに追いつめられたような、思い悩んでいるような、心ここにあらずって感じなんだよ」

「そうか。だったら、早く試合を終わらせないとな」

「そうだな。だけど……」

「試合に集中しろ。それとも、能力がパワーアップした今、ボクは相手にとって不足か?」

 その一言でキアラの眼がきらめきを取り戻した。

「いや、ゴメン。そうだよな。お前が相手なんだよな」

「キアラと戦えるとは光栄だよ。とても強くなったからね。お手柔らかに頼むよ」

「それはこっちのセリフだ。何処まで俺の能力が通用するのか、楽しみだ」

 前回、キアラが試合に負けたことにより、強くなるために努力し、研究し、磨きをかけていたことをショウは知っている。そして実際強くなった。強くなった理由は努力と別に何かがあるように感じるのだが、しかし、努力の成果はあるのだろう。努力なくして、今の強さはない、とショウにははっきりと云える。キアラが強くなってショウも嬉しい。だからといって手は抜かない。抜くわけにはいかない。それは侮辱に値する。

 いくら強くなったとはいえ、キアラの能力にはまだまだ穴がある。

 ショウは遠慮なくそこを狙うつもりだった。

 自分だからこそ、そこをつかなければならない。

 もしも普通のケンカで、相手がキアラの能力の弱点に気づいたならば、それは下手をすると死につながる。だから、今、自分がキアラに教えなくてはならない。それが、友としての勤め。

 キアラもまた、自分との戦いで何かを得たいと思っているはずだ。

 ショウは全力で、キアラを倒すつもりだった。

 それでも、ミルに云ったように、負けるかもしれない、とショウは思った。

 そのとき、審判が開始の合図を告げた。


     ☆


 ミルが腰を下ろすと、ラナの異変にすぐに気づいた。具合が悪そうに見えるのだが、ミルには違うとわかる。なぜならば、姉妹なのだから、心の動揺が伝わる、《直接》伝わってくる。

「どうしたの?」

 ミルは静かに尋ねた。何かを探ろうとしているラナを出来るだけ邪魔しないように。

 ラナは顔を伏せたまま答えた。

「流れが変わったような気がするの。それは自然にではなく強制的に。もしかしたら、あくまでも仮定よ。『捕食者』が来たのかも知れない」

『捕食者』という言葉にミルは敏感に反応した。

「まさか! 早すぎるわ」

「そうよね。どう考えても早いわよね。だから変なの」

「もう試合が始まるわ。とりあえず、終わったらみんなでラナの感じている『歪み』の正体を調べに行きましょう?」

「ええ、ありがとう」

 そうは云ったものの、あたりの気配を調べると、ミルにも何か言い知れぬ『歪み』が伝わってくる。ラナほどではないが、ミルにも危険の察知能力は備わっているのだ。

 決勝戦も大事だ。勝敗も大事だ。だけど一番、大切なもの、それは――


 生命(いのち)


     4 死闘


 ショウが右腕を上げ、手のひらから赤黒いニメートルはあろうかという剣を出した。

 迎え撃つキアラ。彼もまた右腕を剣に変える。

 沸き起こる大歓声。

 それに呼応するかのようにショウとキアラが同時に動いた。

 空中を舞う乾いた金属音、火花、金属音、火花。

 ショウは左腕にも剣を作り出した。二刀になるショウ。

 剣の背で左腕に触れ、キアラもまた二刀になった。

 先ほどよりも増す金属音、火花、金属音、火花、金属音、火花。

 ふいに、ショウとキアラは動きを止めた。

 ショウはキアラがここまで成長したことに、キアラはショウに追いつけたことに、にやりとして見せた。

 歓声で大気が揺れる。体育館全体が振動する。

 しかし、そんな轟音も、リングにいる二人には届かない。

「次は普通に行こうか、キアラ」

「望むところだ」

 ショウは剣を元に戻し、人差し指をキアラに向けた。その瞬間、赤黒い丸い球が発射された。それもひとつではない、五連発。

「風船か? 甘いぜ、ショウ」

 ひとつめが大きく膨張し、キアラを捕らえようとする。こちらも元の腕に戻している。キアラはすかさず床に触れた。すると、床が畳のように変化し、大きくめくれた。その勢いで風船を上に払う。が、第二弾、第三弾と迫ってくる。そして、二発目、三発目、四発目と同じようにしのいで、最後の弾だった。膨らまず、そのまま飛んできた。見ると弾は丸くはなく細長い。ダーツの矢のごとく飛んでくる。最初の四発はダミーだったのだ。間に合わない。床を変化させる時間はない。矢はもう間もなく腹部に到達する。キアラは瞬時にひらめいた。腹部を硬化させ、見事矢をはね返したのだ。

 皮肉でも云ってやろうか、とショウへと視線を向けると、彼はすでに次の行動に移っていた。

 ショウは両腕を空高くかかげ、すべての指から紐状の血液を放出させた。それらは上空で湾曲して落ちてくる。その落ちてきた紐は落下寸前に硬直し、まるでヤリのように床に突き刺さる。身体をねじり、必死に避けるキアラ。

 と、そのとき、キアラの背後にある壁から無数の糸が飛び出した。

 しかし、それをもキアラは避ける。

 それを見てショウは笑みをこぼす。

 キアラもにやりとする。

 攻撃を避けながらもキアラは次の手を打っていた。

 突然、ショウの足元がおぼつかなくなった。足元に視線を向けると、ドボン、と床が液体に変わり、足を取られた。宙へ逃れるショウ。その直後、床が元の姿を取り戻す。もしも避難していなければ脚を固められていただろう。ショウの判断は正しかった。

 空中にいるショウをキアラは追撃した。右腕を獣の腕に変える。

 ショウは盾を作り出し防ぐ。が、後方に吹き飛ばされた。

 一連の大激闘。

 観客は感動のあまり涙を流す者もいる。

 しかし、一番楽しんでいたのは、中央にいるショウとキアラの二人だった。


     ☆


「ウワァ~!」

 病室に響き渡る悲鳴。声の主はマサムだった。

 カノコ、アサ、チヨナの三人は大きく驚いた。そして、マサムの表情を見たとき、彼がまた新しい未来を視たということを悟った。

「どうした、何を視た?」と、カノコ。

 額に汗を浮かべ、蒼白にした顔、小刻みに震えるマサムの様子に固唾をのむ一同。

 マサムは震える声を抑えながら、云った。

「死体の山…………僕たちの……」

 悲痛な表情のマサムはゆっくり三人の顔を見回した。

「今から、世界樹の元へ行かなくては」

「何があったんだ?」

 少しイライラした調子でカノコが云うと、マサムはそれを無視してチヨナに詰め寄った。

「君はダメです。ここに残っていてください。僕たちのことは心配しないで、傷を治すことに専念してください」

 そこまで云って今度はアサに近づく。

「君も残っていてもかまいません。自由意志です」

「何のことだかわからないけど、行くに決まっているでしょ」

 それを聞いてマサムは窓へと向かう。

 行き交う車、スーツ姿の人々や若者たち。平和な日常が外には広がっていた。それを見たマサムはうすうす感づいていた。

 平和は、もう、長くは持たない。いや、すでに終わっているのかもしれない、と。

「相手は『化け物』です。人間ではありませんでした。今、二年のアリアさんが戦っているのですが、早く助けに行かなくては、長くは持ちません。タツアさんの姿も視えましたが、僕たちも加勢に行きましょう。それでも、視えた未来は、全員の死体でしたが。それでも、行きますか?」

 アサは大きく頷き、カノコは、

「いいからさっさと行くぞ」

 と、無表情で答えた。

 マサムは嘘をつかない。たまに手段を選ばない傾向があるが、それはすべて自分たちのために考え抜いたことだとカノコたちは知っている。

 カノコのジャンプで静かになった病室にひとり残されたチヨナは、シーツを握り締め、唇を強く噛み締めていた。

 彼らの力になれない悔しさに、震えていた。


     5 死闘2


 ショウは右腕を鞭に変えて攻撃を繰り出した。それはまさにヒロヨシの能力だった。

 音速を超える鞭は、しかし、キアラもまた腕を鞭に変えて防がれた。

 絡み合う鞭。ショウは鞭を切り離した。身体から離れた鞭は床に伸び、床と一体化して硬化した。キアラの左腕は固定されて自由がなくなった。すかさず右腕で左腕を元に戻そうとするが、それも叶わなかった。なぜならば、右腕の自由もまた利かなかったからだ。釣り糸のようなモノに、いつの間にか絡み取られていたのだ。

「君は手のひらで触れないと能力を発動できないからね。だからこうして封印させてもらったよ。そして――」

 ショウは右腕から剣を出した。

「外でのケンカなら、このままグサッとされたかもしれない」

 と云って、剣先をキアラの胸につけた。

「もっと、腕への攻撃を警戒したほうがいい」

 ショウは剣をベラベラのゴムのようなものに作り変えた。それをキアラの口に当てる。

「呼吸を止めて失神させる。それでこの勝負はおしまいだ」

 あまりにも華麗、あまりにも脅威、ショウの強さに観客が大歓声を上げる。しかし、皆が見守る中、ショウは顔色を悪くして片膝をついた。

 その瞬間、キアラの皮膚がずるりと溶け出した。

 顔をしかめるショウ。

 ドロドロの塊の裏から、不適な笑みを浮かべたキアラが姿を現した。

「お前が俺の腕を狙うだろうことは感づいていたよ。だから初めに、俺は俺の身体の外側にもうひとつ、別の身体を作っておいた。精巧に作られた皮の洋服をな。で、俺は服を脱ぐようにして逃れた。お前と同じ、ダミーという訳さ」

 キアラは不適な笑みをもらす。

「そしてお前は血を失い、万事休す、だ」

「試合は始まったばかり、まだまだこれからだよ」

 ショウにとっても今の発言は強がりだとわかっていた。しかし、このまま終わる訳にはいかない。

 ミルと約束したから。

 ショウとキアラ、二人から放たれる気の質が変化した。

 今まではどちらかというとお互いの能力をためすというか、探るというか、楽しみあうといったものであった。だが、今、それが変異した。

 観客にもそれが伝わった。

 言葉を失い、熱い汗が冷たくなる。

 ここからは二人の友情は微塵も感じられないだろう。純粋なつぶしあい。

 勝利への渇望を含んだ戦いが始まる。

 それを、観客たちは静かに見守る。

 一瞬たりとも見逃せない世紀の戦い。

 今まで的確な実況を繰り広げていたアナウンサーも黙る。

 固唾をのんで見守る。仕事の放棄だが誰もとがめない。

 決勝戦にふさわしい戦いを、みんなで見守る。


 ショウが動いた。

 下から剣を振り上げる。

 キアラも腕を剣に変え、それを受ける。が、ショウの剣はグニャリと曲がった。キアラの剣を絡み取り、ショウは腕をさらに振り上げ、キアラの身体を大きく放り投げた。同時に絡め取っていた腕を離し、左指をキアラに向けた。ぎゅるぎゅると大きな球が指先から膨らみだす。ボーリングの球くらいまで大きくしたあと、発射した。

 ドン! という破裂音が響き渡る。

 球は空中にいるキアラの腹部に命中。キアラはそのまま体育館の壁まで吹き飛ばされた。

 追撃の手を緩めないショウ。細い紐でつないであった球を戻すと、次は無数の細長い棒を飛ばした。いつか見たスケヨシを拘束した能力だった。

 キアラの身体を壁に固定し、時間切れを狙う作戦は、しかし、叶わなかった。

 キアラは床を液体に変え、ドプン、という音とともに沈んだ。ショウの飛ばした棒は壁に激突し硬直する。キアラは液体の中を移動した。

 ショウは液体に飲み込まれないように跳躍し、梁に血液を飛ばして宙にぶら下がった。

 浮上したキアラは床を元に戻した。

 ショウは少し離れた場所に着地し、二人は対峙した。

 しばらくの間があったが、まだ客席から歓声は上がらない。呼吸を忘れてでもいるかのように、黙ったままリングを見つめている。

 ショウの顔色が悪い。おそらく立っているのも辛いのだろう。が、眼に浮かぶ闘志は燃えたままだ。

「戦いを楽しんでいるボク自身、とても驚いているよ」

「本当は好きなんだよ、ケンカがな」

「そうかな?」

「ああ、だからケンカを売られたら、心の底では喜んでいたんだよ。だけど、そろそろ終わりにしよう、ショウ」

「そうだね、キアラ」

 二人の微笑が消えた。

 ショウが動く。

「サクリファイス!」

 ショウの全身から鳥が飛び出した。正確には鳥のような形状をした血液なのだが。

 キアラの腕に触れられるわけにはいかない。そのために取った作戦。縦横無尽に駆け巡る鳥。右へ左へ、上下の移動、数千匹の鳥がキアラへと襲い掛かる。

 キアラは鳥に触れて無力化しようと手を伸ばした、が。触れる瞬間に鳥は逃げてしまう。そうこうするうちに背後から、はたまた上方からの攻撃を食らった。

 よろよろとよろめきながらも、キアラは致命傷を避ける。

 そして、

「お前を倒すために考えた最後の手を見せてやる。ヴェガ!」

 キアラは鳥ではなく床に触れた。

 床が大きく盛り上がる。大きく波打つ。大きく陥没する。

 見る間に床は形を変え、キアラとショウだけをつなぐ一本の洞窟へと変貌した。

 空洞の内側は完璧なる円。

 身の丈ほどしかない空洞では鳥は自由を失う。ショウはすぐに引っ込めた。

 それを見越していたかのように、キアラは左腕を変化させた。

「これで、終わりだ」

 空洞を隙間なく埋め尽くす鉄球。その隙間はゼロ。チーっという硬質な音を響かせながらショウへと迫る鉄球。上下左右、後方とも逃げ場なし。前方からは巨大鉄球。万事休す。

 ショウは剣を作り空洞の壁面を切りつけた、が、傷ひとつつかない。

 鉄球はグングン迫ってくる。

 ショウは剣を戻し、次に、手のひらを合わせた。すぐに手のひらを開くと、その間に赤黒い液体がゼリー状に伸びた。

 その瞬間、激しい衝撃音とともに空洞が砕けた。


     6 決着――空へ


 モクモクと上がる煙に、キアラは、やりすぎたか、と眉を寄せた。

 観客、審判、全員が、煙が引くのを待っている。

 岩が粉砕するほどの衝撃だったのだ。さすがのショウと云えどもただで済むはずがない。

 うっすらと瓦礫が見えてきた。

 空気に溶け込むかのように、煙も消えた。

 そして、そこに、ショウの姿はなかった。

 審判が勝敗を確認しようと、一歩前に進み出たときだった。

 突然、瓦礫の一部がふきとび、両手、片膝を地面につけたショウの姿が浮かび上がった。

 割れんばかりの大拍手――大歓声。

 キアラもまた笑みを浮かべる。

「どうやったか知らないが、さすがだよショウ」

 と、そのとき、キアラの足元に二本の血液の塊が見えた。それはグンと伸びていて、先を追うと血液はショウの身体にくっついていた。

「終わりにしよう」

 その言葉を合図に、ショウの身体が高速でキアラへと接近した。

 伸ばした血液はまるでゴムのようであった。それが一気に縮み、逆バンジーのようにショウは飛んだのだ。

 腕に触れて変化させる暇はない。

 キアラはそのまま左腕を前に突き出す――が、ショウは腕に触れる直前で、ピタリと止まった。慣性の法則をぶち破る急停止。

 キアラの視界にショウの背から伸びる血液が見えた。その血液でショウは止まったのだ。

 ショウは血液の棍棒を右から大きく振りかぶった。

 キアラは左腕を伸ばしているため、そこが死角になっているのだ。

 ここまでの一連の動作はコンマ数秒。

 勝負は決した――かに見えた。


「キャアアア」


 かすかな悲鳴。

 その悲鳴をショウはたしかに聞いた。一瞬だが、動きが止まった。

 突然、腹部に激痛が走る。

 見ると、キアラの右腕がショウを捕らえていた。

 石化が腹部を中心に全身へと広がっていく。肺の機能が停止し、すぐに心臓が動きを止めた。数瞬後、ショウの思考も停止した。


「勝者、キアラ! 第二回天蓋高校特殊能力格闘大会、優勝は、キアラ選手に決定です!」


     ☆


 ダダをこねるショウを、ミルは無理やり引っ張って、病院へと連れて行った。

 さいわい点滴を受けるだけで済み、翌日には退院できるそうだ。

 キアラとラナはどうしても行かなくてはならない場所がある、と云って、見舞いには来なかった。

 心配ない、とショウは云うが、どうしても側にいる、ときかないミル。

 仕方ないので、ショウは大人しくすることにした。

「どうして、試合中にラナが小さな悲鳴を上げたの?」

 敗因はその悲鳴だったのだ。どうしても訊かずにはいられない。

「衝撃が身体中を駆け巡ったそうなの。何なのか本人もくわしくは知らないらしいわ。もちろん、ワタシもわからないけど。その原因を探りにキアラを連れて行ったのよ」

「何処へ?」

「わかんないけど、たぶん、世界樹」

「世界樹へ?」

「そこだと思う」

 少し間をおいて、

「ねえ、そろそろ教えてくれないかな? 君たちの云う『災厄』とかいろいろ」

 ショウの問いに、眉を寄せ、悲しそうな表情になるミル。それを見て、ショウは慌てた。

「いや、やっぱりいいや。別に訊きたくない。うん、ぜんぜん訊きたくない。どうでもいい」

 ミルは無理に笑顔をつくった。そして、

「教えるわ、なにもかも……でも、ここじゃ……」

 ショウはムクッとベッドから飛び起きた。それを見て、今度はミルが慌てる。

「ダメよ、寝ていなくちゃ」

「ミル。空を飛びたい?」

 意味不明の言葉にミルは困惑する。

「いきなり何を云ってるの」

「いきなりって訳じゃないんだけど。前々から考えていたんだ」

 そこまで云うと、ショウは左腕をミルの膝の裏に持っていき、右腕を背に移動させて、彼女の身体を抱えるように抱き上げた。

 キャッという小さな悲鳴を上げるミルをよそに、ショウはそのまま窓際まで歩いて行く。

「初めてだから、うまくいくかわからないけど――」

 そう云って、ショウはミルを抱いたまま、開けられた窓に片足をのせた。

「それと、試合に負けて、ごめんね」

 次の瞬間、ショウはミルとともに窓を飛び越えた。

 そのまま地面までまっ逆さま、と思いきや、なんとショウの背から大きなこうもりのような翼が生え、ふたりは夕日の中を飛び立っていった。


     ☆


 天蓋高校の正門に、ひとりの女性が立っていた。

 ポロシャツにジーパンといういでたちで、肩にかかった黒髪がサラサラと風に揺れている。眼鼻立ちのはっきりした美女。しかし、今は口を半開きにしてちょっと間抜けだ。

 天蓋高校の門は固く閉ざされていて、もう誰も残っていない。

「ショウや~ショウや~」

 美女が年寄りのようにぼやいた後、寂しげな風が流れていった。


     ☆


 足元に、小石ほどの家々が流れている。

 ゴウゴウと風がショウとミルの身体をなで、バサッバサッという風をなぐ音も同時に、耳を打つ。

 雄大な地球。

 見渡す限り広がる地平。

 ショウとミルは今、地球という惑星を手に入れたような感覚になっていた。

 人は皆、空へ憧れる。鳥を見てうらやましいと思う。もしも空を飛べたら、どんなにか気持ちいいだろうか。どれほど美しいだろうか。その想像した風景、感覚、それらは正しい、想像していたとおりの感動だ、とショウは思った。

 知らず知らず涙があふれてくる。

 念願だった人間の夢。

 細胞のひとつひとつが望んでいた願望。

 ミルが、抱く腕にちからを入れた。落ちないようにか、感動からか、それはわからない。しかし、ショウもまたミルを抱く腕にちからを入れた。

 ふたりは夕日へ向かって空を行く。

 空を泳ぐ。

「世界樹のてっぺんまで行けるかな?」

「ふふ。それは無理よ。地球から飛び出しちゃうわ」

「そうか。でも、世界で一番高いところに行ってみよう。それから地球を見下ろそう。ミルに地球をプレゼントしてあげる。たったひとつの景色をプレゼントしてあげる」

 ショウは向きを変えた。

 目的地は地球で一番高い場所、世界樹。

 ショウとミルの顔に自然と笑顔が浮かぶ。


 綺麗な地球、夢をのせた緑の惑星。

 それは今日までだった。

 惨劇は徐々に、広がっていた。

 

 小競り合いやケンカ、憎悪や別れなど、あちらこちらで見られはしたものの、決して地獄ではない。努力し、協力し、愛に気づき出会ったとき、明日には平和があった。

 それが地球。

 日常。

 人生。


 しかし、今、しあわせな日々は、終わった。


 残酷劇(グランギニョール)喪失(ロスト)収穫(ハーヴェスト)(ニヒル)

 四つの地獄が、人々の元に忍び寄っていた。



                                     つづく

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