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世界樹の花嫁 ~プラント・ワールド~ 6

   第六章 ショウの華麗なる戦い――場外『サクリファイスの真髄』

       キアラの命がけの戦い――場内『消滅寸前のヴェガ』


     1 コンクリートに放り投げられた一粒の種


 扉から顔を覗かせたのはタツアだった。大粒の汗を流し、肩を激しく上下させている。

 ルチがタツアの背後に視線を走らせ、あきれたようにため息をついた。

「また、殺さなかったのね」

「やはり、理由が見つからない。何故、殺すことが強さにつながるんだ?」

「自分の意思で殺すことによって答えは見つかるわ」

 妖艶に眼を細めるルチの肩をミルがつかんだ。

「あなたは強制的に――」

 その腕を振りほどきルチは眼を血走らせた。

「何度も云っているじゃないの。あなたたちは悠長にかまえすぎなのよ。そんなことだと、第二の――」

 二人の会話を中断させたのは、怒りをあらわにするショウだった。彼は前に飛び出し、タツアに体当たりを食らわせた。そのまま二人の身体は屋上の開けた場所へと転がり出た。

 屋上の端にある金網、そこに全身から血を流すカノコが倒れていた。その姿を見て、ショウの怒りはさらに上昇した。

「タツア先輩! 何故こんなことを?」

 タツアは立ち上がりながらショウを睨みつける。その口元には驚きと、そして喜びが含まれていた。

「強くなるために必要な犠牲だったんだよ」

「こんなことをして強くなるわけないじゃないですか。血迷ったんですか?」

「血迷った……か。ふふ。そうかもしれないな。しかし、強くなれるのならば、何でもしようじゃないか」

「殺し、以外はね」

 とルチが云いながら出てきた。ミルは彼女の後ろについている。何を話したのかわからないが、彼女は幾分落ち着きを取り戻している。

「ルチさん、口を挟まないでくれ。ボクはタツア先輩と話しているんだ」

 ルチはそれを聞き、ミルの顔を伺った。ミルはうなずいただけで何も云わない。わかったわ、と云った感じで、ルチは両腕を広げて見せた。

 納得したルチの顔を見て、ショウは顔をタツアに向けた。

「それで、タツア先輩はこれからどうするつもりですか?」

「どうするか……か。ルチのいうことが本当なら、これからもこういうことを続ける」

「ならば、ボクはあなたを止めます」

「正義きどりか? 甘い男だ」

「甘くても結構。ボクは世の中の流れを修正することを目標に行きます」

「こうなった以上、流れに逆らうのは愚の骨頂」

「それでも、ボクは――」

 場外にて――ショウ対タツア。決戦の火蓋が切って落とされた。


     ☆


 キアラとスリカは、リングの中央で対峙していた。

 物質を変換できる能力を持ったキアラ。対するは、恐ろしい能力の持ち主だったサヨリを、難無く破ったスリカ。能力は一切が謎。そもそもサヨリを実力で倒したのかも疑わしい。

 彼女はまじまじとキアラの顔を見つめている。

「俺の顔に何かついているのか?」

 そこでスリカは顔を赤らめてそっぽを向いた。

「何だってんだ、いったい」

「近くで見ると、やっぱりカッコイイですね」

 ぼそぼそとスリカが云った。それを、え? とキアラが聞きかえした。しかし、それ以上、スリカは顔を赤らめたまま何も答えない。

「いいかげんにしてくれよ。そろそろ始めようか」

 ここでようやく、スリカは真顔になった。

「やっぱり、闘わなくてはならないのですね」

「それはそうだろ。そのためにここにいる」

「ねえ、先輩……先輩は一年の間でちょっとした有名人なんですよ」

 キアラは不審な眼をした。

「何故?」

「だって先輩ってカッコイイじゃないですか。実はファンクラブまで出来ているんです」

「そういうこと。でも俺、彼女がいるんだよね」

 スリカは眼を上に向けて考えている様子だった。そして、しばらくすると、何かをひらめいたかのように、水平線の日の出のように、顔をパアッとさせた。

「そうだ、ならこうしましょう。私がキアラ先輩に勝ったら、その彼女さんと別れてください。その後、私と付き合うというのはどうでしょう?」

「そんな理不尽なことってないだろ。でも、その前に、君は俺に勝てないよ」

「やってみなくちゃわからないでしょ。なら、この条件を飲んでください」

 キアラは腕を組んでしばらく考えた。それから首を縦に振った。

「わかった。ただし条件がある。俺が勝ったら、そのファンクラブは解散だ。いいな?」

「アア、さすがキアラ先輩。きっと私の願いをきいてくれると思ったわ。これで憧れの先輩と付き合えるのね」

「だから、君が勝ったらだろ」

「うふふ。だって、絶対に私が勝つもの」

 そう云ったスリカの顔は、何の疑いもない純粋そのものの顔だった。


     2 闇へとつづく階段


「お前はこう思っているな? この広い場所で、どうやってカノコを倒したのかと。ヤツの能力は外でこそ本領を発揮する。実際、てこずったよ。だが、能力の弱点、それと特徴、最後に予測を立てれば勝てないことはなかった」

 タツアは空を見上げ、雲ひとつ無い天空に指を指して見せた。

 ショウはその先に視線を移動させた。

「俺の能力もこの広い空間さえあれば制限がなくなる。カノコと条件は同じだ」

 ショウはタツアに視線を戻し、

「制限があるのはみんな同じです。その制約をいかに克服し相手を倒すかにあるのですから。ただこれだけは云っておきます。タツア先輩の能力は、ボクの能力の前では、無力です。やってみればすぐにわかります。それにボクだけじゃありません、キアラの前でも同じ。もう一度訊きますよ。先輩はこれからも無謀なことを続けるつもりですか?」

 タツアはいびつに口はしを吊り上げて見せた。

「お前は面白い感性を持っているな。気に入った。俺は強いヤツを探している。そいつらを倒し、俺はもっともっと強くなる。さあ、俺の(いしずえ)になってくれ、ショウ」

「ここでとめますよ」

「はははは。行くぞ。つぶれろ……ディープ・インパクト!」

 屋上の横、何もない空間にボーリングの球くらいの岩が浮かんだ。ショウがその存在に気づいた瞬間、岩は真横に飛んできた。ショウはうしろに下がって岩の軌道からそれたが、岩はググッと曲がり始めた。

 そこでショウは左手から畳一畳分くらいの板のようなモノを出した。

 岩が板に触れる。岩はそのまま板の上を流れるようにショウの頭上を通過していった。そのまま、大きな音を立てて落下する。

「タツア先輩、どうやら岩を曲げるのは一度だけのようですね」

「それがどうした。まだまだこんなもんじゃないぞ」

「ショウ、気をつけて!」

 ミルが叫ぶのも無理はなかった。

 頭上を見上げると空を覆うほどの無数の小さな岩が浮かんでいた。

「ミル、君はルチさんを連れて屋内に非難してくれ。それと、ボクのことは心配しなくても大丈夫だから」

 ミルは大きく頷き、ルチを引っ張ってドアの向こうへと身を隠した。

 それを確認したショウとタツアは、お互いに顔を向けた。

「ショウよ。お前となら一線を越えられそうだよ」

「なるほど、これじゃあ逃げ道がないですね。こうやってカノコ先輩を倒したのですか?」

「カノコより楽しませてくれよ」

 その瞬間、空に浮かんでいた岩がいっせいに、ショウめがけて落ちてきた。

「犠牲の先に祝福を……サクリファイス」

 ショウの全身から赤黒く細い糸状の血が噴出した。その糸の一本一本がそれぞれ岩にくっつく。糸は岩に触れた瞬間凝固し、岩は、空中でピタリと静止した。だが、タツアは驚かなかった。そのままショウの元へ駆け出す。右手には岩が握られており、それを振り下ろす。ショウの姿が消える。その瞬間、中空で静止していた岩が降ってきた。

 タツアはそれを見た瞬間、岩を消す。

「召還した岩は消すことも出来るんですね」

 ショウの声はタツアの背後からした。

 振り向くことはせず、タツアは前転して距離を取る。

「お前の能力は予測が出来ん。いったいどうやって姿を消した?」

「ボクにそんなことは出来ませんよ。種明かしをしますと、血を出した瞬間、もうそこから移動していたんですよ、擬態を残して」

「血? お前の能力の正体は血液か。なるほど。ひとつ訊きたい、身体から離れた血は、元に戻せるのか?」

「タツア先輩。どうやらあなたは頭がいいようですね」

「学校は休んでいたが、こと戦闘については頭がまわるんだよ」

「これ以上強くなって何をしようと云うんですか? もしかして、ルチから何か災厄について訊いているんですか」

「災厄?」


 災厄……①わざわい ②とにかく恐ろしいこと


 タツアはドアの隙間から顔を覗かせているルチに視線をめぐらせた。

「どうやらそうではないようですね」

「なんなのだ、その災厄というのは?」

「ボクも知りませんよ」

 タツアは肩をすくめて、

「まあいい。後でゆっくりルチに訊くことにしよう」

「ボクは先輩を殺します。そうしなければならないから」

 タツアはその言葉を訊いて、驚きと喜びを含んだ複雑な顔でショウを睨みつけた。

「面白い。お前は前へ進むための小石にすぎない。踏み潰して、次のステップに進もうじゃないか」


     3 かすかな希望――かすかな……


「古より呪われしこの血を浄化せよ。世界に混沌たる秩序を――カオス」

 前に出されたスリカの手のひらの傷口から、血が一滴流れ落ちた。床に落ちるとそのまま吸い込まれるようにして消えてしまった。

 きつねにつままれたように呆然とするキアラと観客たち。しかしキアラは、ここですぐに真剣な表情になった。

「サヨリとの闘いでも意味がないようでいて、結局は勝利した。いったいどんな能力なんだ?」

 スリカはトテモにこやかに、

「それを教えたら楽に勝てなくなっちゃうじゃないですか。だからヒミツです」

 キアラは肩をすくめた。

「まあいいさ。闘いながら気づくか、それとも、気づく前に勝負がつくか」

「おそらく、後者だと思いますよ。それも私の勝利で」

 余裕の態度に少しだけ気を悪くしたキアラの顔から笑みが消えた。ゆっくり腰をおろし、床に手をつけようとした。とその時、笑みをたやさないスリカの顔に、妖しいキラメキが見えた。眉を寄せるキアラ。胸の中に鳴り響く警報。キアラは能力を発動させず、そのまま腰を上げた。

「どうしたんですか、先輩?」

 スリカの顔から笑みが消えている。それを見て、キアラは確信した。

「やはり、何かしたな?」

「いったい何のことですか?」

「とぼけなくてもいいよ。床か?」

 スリカはここで、少し焦りともとれる顔色で親指を噛み切り、

「古より呪われしこの血を浄化せよ。世界に混沌たる秩序を――カオス」

 滴る血が再び床に落ちる。すると、今度は眼や鼻や口のない人形が床から盛り上がってきた。二メートルはあろうか。泥で出来た人形はスリカを守るように、彼女の前で仁王立ちしている。

先ほどの床に触れるときとは違い、人形に対して胸を締め付けるような不安感はない。キアラは心配ないと判断し、すばやく前進した。

 間違いなくスリカは能力を発動させている。ねずみに今度は人形……想像もつかない。外でのケンカなどなら距離を取り、牽制し、能力を調べることが出来るのだが、今は大会なのだ。そんなことは出来ない。限られた空間とルールの中で勝利を手にしなければならない。

 キアラはショウのことを思い出していた。

 彼ならばどう攻めるだろうか。彼ならどう対策を立てるだろうか。

 考えても答えは見つからない。自分は自分でしかないのだ。そして今、自分の心は平常を保っている。大丈夫、恐れるな。それを信じてキアラは攻撃を繰り出した。相手にではなく自分に。右腕を左手で攻撃し、変換させる。まるで熊のような、巨大な肉食獣の腕に変わる。

 キアラは強力な一撃を泥人形におみまいする。右肩に振り下ろし、大きく陥没する、が、人形にダメージはない。臆することなく人形は反対側の腕を伸ばし、キアラの左腕を捉えた。

 険しい表情を浮かべるキアラ。すぐさま泥人形の身体にめり込んでいる右腕を引き抜き、自分の身体を叩く。すると、キアラの身体が液体になり、泥人形の眼の前に流れ落ちた。

床に撒かれた液体は少し離れた位置で、すぐさまキアラの肉体を取り戻した。

 そこで湧き起こる大歓声。息をもつかせぬ大攻防に観客が歓喜する。

 しかし、二階席の一ヶ所だけは、対称的に静寂に包まれていた。

 その一画に座していたのはラナ。彼女は唇を噛み、拳を固く握り締めていた。

「わたしたちの予想をはるかに超えているわね」

 固唾をのんで試合を見つめていたラナに、ひとりの女性が近づいてきてそう云った。

 ラナが顔を上げると、驚いた表情を浮かべた。

「リリ、今まで何処へ行っていたの? みんな心配していたんだから」

 リリと呼ばれた少女もまた、ラナたちと同一の顔をしていた。彼女の髪はミル以上に永く、すらりと伸びた先は膝まであった。ただ一つだけ違うのはその眼。彼女の眼は、まるで感情が壊れてしまっているかのようにひややかだった。

「ずっと、ノリムネについていたの」

「そう……彼がやっぱり一番――」

 そこまで云って、ラナは口をつぐみ、試合会場に視線を戻した。それというのも、いよいよキアラの試合がクライマックスを迎えようとしていたからだった。

 リリはラナの後姿に向かって静かにに云った。

「わたしたちが手を貸すまでもなく、彼らなら、もしかしたら……」


     ☆


「上を見てみろ」

 タツアの言葉に従うショウ。

 頭上に視線を向けると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 空を覆うほどの巨大な岩が屋上に影を落としていたのだ。その大きさに息をのむ。

「まさか、先輩。これを落とすつもりじゃ?」

「覚悟はいいか?」

「えっと学校、つぶれちゃいますよ」

 タツアはふてきに笑った。

「学校? 学校なんかどうなってもかまわん。力さえ手に入れられるのならば、どんな犠牲もはらってやる」

 ショウはうつむきながら、小さくつぶやいた。

「やっぱり、先輩は止めなくてはならないのですね」

「ルチの側にいる女は殺さないでおいてやる。だから安心して、逝け」

 ディープ・インパクト!

 サクリファイス!

 ショウとタツアの能力が同時に発動した。

 ミルが屋上へ飛び出そうとするのを、ルチが制する。振りほどこうとするミルの動きがピタリと止まった。ルチもまた驚いた表情でショウとタツアの戦いを見つめた。

 そして、動きを止めたのはミルとルチだけではなかった。

 屋上の中央で対峙するショウとタツアもまた、映像を一時停止にでもしたのかのように硬直していたのだった。

 そう、勝負はついていたのだ。

 上空に浮かぶ巨大な岩が消滅する。

 大きく眼を見開きながら、大の字に倒れるタツア。

 ショウの血液が細い糸となり、見えない管となり、地面を這い、タツアの身体に撒きついていたのだ。その無数の糸がグイグイと締め付け、タツアの意識を断ち切ったのであった。

 ショウはタツアを殺さなかった。

 タツアが動かなくなったとき、ショウもまた動けなかった。それは、肉体的ダメージではなく、精神的なモノ。ブルブルと身体が震え出し、ショウは自分で自分の身体を抱いた。

 そんなショウを見て、ミルは悲壮な表情で駆け寄った。

 ミルにはわかった。ショウはタツアを殺せ(・・)なかった(・・・・)のだと。


     4 予感――六感


 人間とは元来、弱い生き物である。はるか太古の大恐竜時代を見てもわかるように、哺乳類は身を隠して生き延びてきた。そう、避難した哺乳類が多くの子孫を残してきたのである。弱い、臆病と云われようとも、逃げてきたからこその今があるのだ。何も恥じることはない。むしろ、誇るべきことなのだ。

 弱い生き物だからこそ、人間は繁栄し得たのである。

 怖気づく、という言葉は現代にも引き継がれている。

 それはDNAに深く刻み込まれているため仕方がない。

 しかし、先ほども述べたように、恥ずべきことではない。

 人間にとってこの感情は、生きていくために必要な要素なのだから。

 キアラは見た目とは裏腹に、とても臆病な性格だった。それを隠すために、髪を伸ばし、染め、普段から明るく振舞い、キザったらしい行動や言動をとる。

 弱い心が、キアラの感を鋭くさせていた。

 高校一年のときに初めてショウと対峙したとき、彼に対して計り知れない不安感を覚えた。蜘蛛が首筋を這うような嫌な感じだった。そして、第一回大会の決勝戦、ショウと戦い、自分の感が正しかったことを、身をもって知った。

 最近だとタツアもそうだった。

 胃を皮ひもでしばられたような圧迫感。しかしそれは校庭で会ったときのことで、不思議なのは第一試合で対峙したときには綺麗に消えてなくなっていたのだが。

 そして今、キアラはスリカに対しても言い知れぬ不安を感じていた。それはショウやタツアとは異質なモノで、キアラ自身、はじめて味わい、感じるモノであった。

 深い霧の中、一歩踏み外せば崖の底へ真ッ逆さま、五里霧中という言葉が当てはまる。

 まるで勝てる気がしない。

 そんな予感が脳を埋め尽くしている。

 惨事を招く前に棄権したほうがいいのかもしれない。

 そんな六感の叫びが脳髄を満たす。

 しかし、キアラは退かなかった。ショウともう一度戦うまでは、負けるわけにはいかない。もう一度戦いたい。自分をためしたい。その一心で。

キアラは自分の感を超えようと、前へ、進み出た。


     ☆


 マサムはすでにキアラとスリカの勝敗を視ていた。

 しかし、助言を与え、勝者を変えようとは思わなかった。負けるべくして負けるのであって、それは明日の勝利へとつながると確信していたからだ。

 ここで敗北を喫したほうがいい。

 試合には負けるが、勝負には勝つ。

 マサムたちが卒業する来年は、『彼女』にすべてを託そう。

 自信を持って会長に推薦できる。

 もちろんそんな未来は視えないのだが、マサムの感がそう云っていた。


     ☆


 人形に対し、キアラの変換能力は無力だった。どう攻撃を加えても人形の存在を変えることができない。変化が起きない。右手の獣の腕を解除して元に戻す。次は床を剣の山に変えるつもりだった。すると、スリカの生み出した人形が消えた。スリカは自分の親指を噛み切り、違う能力を発動させる。一滴の血が床へ落ち、血は吸い込まれるようにして消滅した。しかしそれで終わり。別の人形が出てくるでもなく、奇妙な変化もない。血が消滅し、それで終わりだった。

 考えていても仕様がない。キアラはかまわず床へ右腕を振り下ろそうとした。そのとき、スリカの口元にわずかながら笑みがもれる、右腕が床に触れる、まさにその瞬間だった。

「キアラ、待て!」

 声は客席の角、ラナがいるところから響いた。

 腕を止めて見上げるキアラ。そこには、ミルに肩を貸してもらっているショウが立っていた。遠目だが、具合が悪そうに見える。また貧血か? とキアラはあきれた。

「スリカの能力の正体を見破った。何故、新しい攻撃を繰り出そうとすると、いちいち血を流すのかを考えろ。ヒントは一対多。キアラになら簡単だ。ボクの能力、アサ先輩の能力、そして、お前なら簡単にスリカを倒せる。それがどういう意味か考えろ。勝ちたいなら、一対多、この意味を考えろ」

 はっきり云ってキアラには何がなんだか理解できなかった。

 直接答えを云えばいいのに、と憤慨した。

 しかし、それはショウの優しさだとすぐに気づかされた。

 もしも、スリカの秘密を簡単に暴露していれば、自分はいつまでたってもショウに甘えたままであったかもしれない。ショウを一目置き、それを超えようとしている自分が消滅してしまっていただろう。ショウは自分の感情に薄々気づいていたのかもしれない。だからあえて自分で考えさせようとしているのだ。

 このヒントを自分で解かなければならない。ショウの隣で不安そうな表情でこちらを見つめているラナを笑顔に変えなくてはならない。

 タツアやカノコ、シブなどの能力ではダメなのだ。

「もうひとつヒント。もしかしたら、ヒロヨシもスリカを倒せるかもしれない」

 自分やショウ、それにアサ、ヒロヨシの能力――それと一対多…………。

 ちらりとスリカの顔を見ると、明らかに動揺しているのが見て取れた。

 ショウの言葉は的を射ている。

 自分の能力でも勝てる。

 一対多。

 スリカは悩んでいる間も攻撃してこない。いや、出来ない?

 キアラはスリカを見据えたまま右腕を剣に変えた。

 するとスリカは指から血を出し、その血がブヨブヨの肉塊を生んだ。

 キアラはすぐに能力を解除し、次は先ほどの獣の腕に変える。すると、スリカはまたまた指を切り、先ほどの人形を出現させた。

 それを見てキアラの口はしがつり上がった。

 反対にスリカは泣きそうな顔。

 キアラは右腕を十本の鞭に変えた。一本一本が別々。ひとつは剣、ひとつは針、ひとつは獣の手といった風に。

「わかったよ、君の能力は相手の弱点を具現化するのか。恐ろしい能力だ。だけど、具現化できるのはひとつだけ。たとえば剣に対しての弱点、鞭に対しての弱点、棒に対しての弱点とひとつに対してひとつだけ。一度に無数の弱点を具現化はできない。だから、俺が変化させたこの右腕、無数の武器に対しては能力が発動しないというわけだ。違うかな、ス・リ・カちゃん?」

 キアラがそこまで云い終わると、左腕もいろいろな形状を持った鞭に変えた。

 それを見てスリカは、その場で膝を折った。

「ますますキアラ先輩のことが好きになりました。これからもファンでいさせてくださいね。いつか能力をさらに開花させて、ぜったい勝ちますから。そのときは――」

 そして、スリカは声を高らかに宣言した。

「参りました!」


『勝者、キアラ!』




   第七章 鏡は割れない


     1 未来会合


『え~ここで、格闘大会運営委員会から発表がありました。カノコ選手が場外乱闘の末負傷してしまい、試合の続行が不可能となりました。そのため、リザーバーであるショウ選手が準々決勝第三試合に出場することに決定いたしました!』


 その瞬間、場内から割れんばかりの拍手。大気を揺るがす歓声。唸りが激流となり体育館全体を熱気に包んだ。

 リング中央にショウが姿を現した。すると、まるで世界が振動しているかのような、体育館が雷鳴を響かせているような現象が起こった。

 ショウはこれほどまでに期待されていたのか、と正直驚いていた。ただの大会の優勝者でしかないと思っていたからだ。自分の身が自分のものだけではないような感覚に襲われた。急に、プレッシャーが湧いてきた。だけどそれに呑まれる訳にはいかない。

 ミルが云った。

「ケガだけはしないでほしい。でも、ワタシは愛する人が頂点に立つ姿も、見たい」

 だって自慢できるでしょ、と笑顔で付け加えた。

 大きく深呼吸をして、観客に向けて手を上げた。するとどうだろう。大震動が起こった。

 サヨリを殺した()()外傷(ウマ)は心の奥底に消えているようだ、とショウは冷静に分析した。タツアを殺そうとしたときの拒絶反応は今のところ感じられない。


 心的外傷……①肉体的、精神的に衝撃的なショックを受けことで、心の傷となってしまうこと ②自覚症状のない恐ろしい病


 晴れ晴れとしたショウの顔が二階席を向き、ミル、キアラ、ラナを見渡し小さく頷いた。

 とそのとき、マオラがニコニコしながら姿を現した。

 頭に黄色いリボンをつけ、ミニスカートをはいている。これから試合だというのに、である。余裕からか、それともただ見せるためか、本人以外誰もわからない。

 ただひとついえることは、前回優勝者のショウを前にして、この笑顔を浮かべられるということだけだった。

 マオラの能力は反射。

 シブとの戦いで能力をも反射できることを証明してみせた。

 まともにやり合って勝てる相手ではない。しかし、ショウもまた、余裕の表情。中央で向かい合い、お互いにニヤニヤとしているショウとマオラ。不思議で不可解で、滑稽(こっけい)な光景だった。

『それでは、準々決勝第三試合、ショウ対マオラ、スタート!』


     ☆


 病院の一室にアサが姿を現したのは、ショウの試合がちょうど始まったころだった。

 全身を包帯に覆われたカノコの顔を、悲しそうな表情で見下ろすアサ。果物や花束など、持参していない。情けをかけられるのを、カノコは極端に嫌うからだ。

 カノコは打撲や打ち身、擦り傷を全身くまなく受けているが、命に別状はないようだ。どうやらタツアが手加減したらしい。そのことがいっそうアサをいらだたせた。

 物云わぬカノコを見つめながら、アサは高校一年のときに誓ったマサムの言葉を思い出していた。


『僕たちに授けられた能力は、あってはならないモノだと思う。この先、きっと、破滅を招きます。怒りの連鎖が止まらず、数年のうちに、世界は最悪の結末を迎えるかもしれない。そこで、僕たちの手でその芽を絶やそうと考えたのです。それが、不幸をその人生に背負った、僕たち三人の、使命だと思うのです』

『なら、生徒会に立候補しましょう。規律をつくり、私たちの学校の生徒だけでも幸せに』

『俺はどっちでもいいけど、お前たちについていくよ』

 若かりし三人は、熱い期待、そして、自信にあふれていた。

『それもいいですね。まずは身近な学校から、そしていずれは――』


 アサの眼から熱いものが流れた。液体にはくやしさがつまっている。

「地に落ちちゃったね。でも、あきらめないようにしよう? 私たち三人で同じ大学に行き、今度は……今度こそは…………」

 意識不明のカノコが、アサのつぶやきに気づくはずはないのだが、彼の眼からは――。


     ☆


  キアラは隣で震えているミルを気づかい、優しい言葉を述べた。

「ショウはマオラの能力の対処方法を見つけたはずだ。だから、あの表情なんだよ。心配することはない。ショウは勝つよ」

 ミルはひきつった笑みをつくりながら、

「勝つのは信じている。でも、ケガをしてほしくないの」

 それを云われたらキアラにも云い返すことが出来なかった。

 マオラの能力――反射。正直いってキアラには対抗手段など思いつかない。いったい、ショウは何を見つけたのだろうか。

 思案を妨げるかのように、リングのショウが動いた。

 キアラは試合に集中することにした。


     ☆


 マオラは小学六年生のとき交通事故に合い、生死の境をさまよったことがある。

 何故こんな目に合わなければならないのか。身動きできないまま、遠ざかる軽自動車をじっと見つめていた。あんなに小さな車なら、大人になったら逆にはじき返せるはずなのに。どうしてこんな目に!

 いつの間にかマオラは救急車に乗せられていた。少しだけ意識が覚醒したとき、救急隊員が大声で(はげ)ましていた。

 そのときの言葉を決して忘れない。

「君はとってもかわいい。だから、君の人生は明るい未来しかないんだ。あきらめるな。生きていれば幸せになれる。きっとなれる。だって、世界で一番かわいい女の子なんだから」

 そう、私は世界で一番……いいえ、宇宙で一番かわいい。

 そして、いつかきっと、あのときの救急隊員に会う。

 すべてをはね返す自分の能力を信じて、有名になって見せる。知名度が上がれば、あのときの人が気づいてくれるかもしれない。だからもっともっと上を目指そう。だけどそれは時間の問題。だって、《無敵》、その言葉がよく似合う能力を持っているのだから。


     ☆


 祈りの気持ちを込めて見守るアリアは、ショウの試合の決着がつく前に、席を立った。

 もちろん勝敗は気になる。最後まで応援して、祈りが届けば、と思う。しかし、彼女にはどうしてもやらなくてはならないことがあった。

 それは能力の強化。

 もっともっと強くなって、ショウに認めてもらいたい。

能力のコントロールに慣れ、熟練度の増した能力者たちは脅威だ、だから私も訓練をして、ショウを守れるだけの力が欲しい。今のままでは足手まといにしかならない。頼れる存在になれば、恋人とは云わないまでも、きっと側には置いてくれるはず。それだけでいい。他に好きな人がいても、隣にいられるだけでいい。アリアは涙をこらえながら体育館を後にした。

 アリアが歩を向けた先。

 場所は、すべての発祥の地。

 世界樹の湖――――。


     2 愛――力


 ショウは指の先から小さな赤い球を作り出した。

 ソレをマオラに向け発射した。

 一直線に飛んでいく。そのスピードは弾丸にも劣らない。

 球がマオラに触れた瞬間、悶絶をうったのはショウのほうだった。

 腹をおさえながらうずくまる。荒い息をととのえながら、ショウは云った。

「すごいね。能力の反射は触れた物体をはね返すのではなく、ダメージ事態を相手へと変換させるのか。死に至るダメージも相手に返せるのかい?」

 マオラは満面の笑みを浮かべながら答えた、鏡で何度も確認したのだろう、それがベストだと思える角度に頭を傾けながら。

「この間、とっても怖かったけど自動車に引かれてみたの。すると、どうなったと思います? 自動車のほうが思いっきりひしゃげましたよ」

「そうか、なるほど……」

 ショウはちらりとキアラへと視線を送り、またすぐにマオラへと戻した。

「キアラならもっと簡単に君を倒せるんだけどね。まあ、仕方ないね。それじゃあ、この試合、終わらせようか」

 云うと同時にショウは前進した。


     ☆


 固唾をのんで見守っていたミルがこのとき、ふとつぶやいた。

「マオラさんの能力なら、もしかしたら、災厄を……」

 その言葉に反応したのはキアラだった。隣のミルに詰め寄る。

「ときどき耳にする『災厄』って、何なんだ? そろそろ訊かせてくれ」

 ミルは困った表情でラナに助けを求めた。それを受けてラナがキアラに云った。

「この大会が終わったら、すべてを教えるわ。だから今は大会だけに集中してほしいの」

 顔をしかめながらも、キアラは引き下がった。これ以上追求しても無駄だと思ったからだ。

「わかったよ。その代わり、終わったらかならず教えてくれよ」

 ラナは、力強く頷いた。


     ☆


「君の弱点は自分からは攻撃できない、ということ。まあ、非力な普通の人間なのだから仕方がないんだけどね。そして、大会にはルールがある。

ひとつ、バトルは一辺十メートル正方形リング内で行わなくてはならない。

 ひとつ、能力以外の武器を使ってはならない。

 ひとつ、バトルは一対一でのみ行わなくてはならない。

 ひとつ、二十秒以上リング外にいると敗北とみなす。

 ひとつ、格闘大会条例の違反は無条件で敗北とみなす。

 特に利用しやすいのが、四番目の『時間切れ』だね。この四角いリングの外に出して、戻ってこれなくすればいいのだから。そこで、ボクは思いついたんだ。一見無敵に見える君の能力だけど、このルールに従えば、あまりにも、無力、だとね」

 そう云いながら、なおも前進を続けるショウ。

 少しだけ余裕の色を失ったマオラだったが、完璧な笑みだけは崩さない。

「いいえ、私は意地でも動かないわ。それに先輩。一応私は空手を習っています。無力な普通のか弱い女子高生ではありませんよ」

 と云い、ファイティングポーズを取る。

「行きますよ先輩――ミラーズ!」

 ショウは優しい笑みを浮かべながら、今度はこぶし大の球を作り出して飛ばした。

 球はマオラの眼前で大きく膨れ上がり、彼女を包み込むようにして、閉じた。

 イヨコを封印した丸い球体だった。

 球体は内側からボコボコと叩かれ、ところどころ変形してはまた完全なる球体に戻る。

「無駄だよ」

 ショウが球体を押した。球体はゆっくりと場外へと転がる。

 そして、二十秒後、ショウの勝利が告げられた。



                                          つづく

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