世界樹の花嫁 ~プラント・ワールド~ 25
クライマックスまであとわずか。ここまで付き合ってくれてありがとうございます。エンディングをお楽しみに。
第五章 プラント・ワールド
1 世界樹
ミルは天高くそびえ立つ母親を見上げて、冷たい涙を流した。顔を正面に戻し、どっしりとかまえている母親の身体に触れる。
「ラナもルチもリリも死んでしまった。地球の人たちはとてもすばらしい素質を持っていたわ。それでも、捕食者には勝てなかった。おそらく、この宇宙の何処を探しても、彼らに勝てる生物はいないのかもしれない。だから、というわけではないけれど、ワタシはこの星に残ろうと思うの。それを云いに来た。ワタシは、ショウと運命を共にする。ショウが死んだらワタシも死ぬ。ごめんね。だから、お母さんだけでも逃げて。地球ではダメだった。だから他の惑星を探してちょうだい。さあ早く。ワタシは大丈夫だから、さようなら、お母さん。無事、理想の惑星を探し出してちょうだい。今までありがとう。心から感謝しています」
そのとき、ミルの手に、母親の熱い感情が流れてきたような気がした。
2 世界樹の戦士たち
「ショウさん、あなたの云う通りにみんなを連れて来ました。ショウさん、ショウさん?」
マトシの耳にも脳にもショウの返事は返ってこない。
「おいおい、死んじまったのか?」と、悪態をつくスケヨシ。
「お前でも勝てない相手なのか?」と、驚きを見せるカノコ。
「だけどこの虫を倒せば終わりでしょ」と、高飛車な態度のアサ。
「木にならなければ俺がこいつらを倒していた。それを今度こそ証明してみせる」と、鼻息を荒くするタツア。
「もう、愛する人を危険にはさらさない」と、決意するチヨナ。
「キアラ先輩に振り向いてもらうために、ぜったい結果を残すわ」と、恋に燃えるスリカ。
「こんな地球の空気じゃダメだ。臭すぎる。だからお前だけは許さねえ」と、気合を入れる七太郎。
「面倒くせえ。さっさと終わらせるぞ」と、殺気を放つノリムネ。
「地球の支配者は私なのよ」と、眼をいびつに吊り上げるサヨリ。
「それはこっちのセリフだよ。俺こそが支配者にふさわしい」と、悪態をつくヒロヨシ。
「みんなで時間をかせいでね。その間にとっておきの魔法をかけてあげるんだから」と、メルヘン脳を見せるニコ。
「マオラ以外に負けるはずがないんだ。それを証明してみせる」と、闘志をみなぎらせるシブ。
「触れた物を消すという新しい能力、試させてもらうわ」と、にやりとするムミ。
「今度こそは、マサムの期待を裏切らないわ。それからショウと決着をつける」と、気を引き締めるイヨコ。
世界樹の戦士たちがそれぞれの想いを胸に、『ヘラクレス』を包囲する。
そこで、一歩前に踏み出す者がいた。マサムだった。
「すごい。未来を見通す者同士の戦いは、こうもめまぐるしく未来が変わるものなのですね。今、あなたもこの映像を視ているのですか? さあ、勝敗はどっちに転ぶのやら」
『ヘラクレス』はマサムの言葉に耳を貸さず、あらぬ方向に視線を向けた。そこには、アリアとショウの祖母である美女が映っていた。
ショウの祖母が足を止め、
「まったく、若いモンがこんなにがん首そろえて虫一匹の注意も惹けんのかい? だらしないのう」と悪態をついた。
「いいから早くショウを助けてください」と、哀願するアリア。
「わかったよわかったよ。そう急かさないでくれ」
「ふん。雑魚がどれほど集まったところで、勝てるわけがないのですよ」
『ヘラクレス』の殺気が急に高まった。
すぐに攻撃に出る、と思われたが、『ヘラクレス』はあらぬ方向に顔を向けた。
3 ショウ
ショウの祖母とアリアが見守る中、土の底から這い出してきたショウは、無表情に『ヘラクレス』を見据えた。驚くべきことに、彼は無傷だった。祖母の能力が発動したわけではなかった。その証拠に、祖母は驚いた表情を浮かべている。
「ちッ、バケモンが……」と、スケヨシがもらした言葉が誰に向けられたのかはわからない。
ショウはゆっくりと歩を進めた。視線は一直線に『ヘラクレス』に向けられている。
「ボクはみんなの力を借りて、みんなの手でお前を殺そうと思っていた。だけど、もう必要ない。お前はボクひとりで充分。心を読む能力、それが一番のネックだったのだけど、もう、怖くない」
「ほう、攻略法を見つけたのかね? ひとつ云っておく、私の能力は、いまだかつて敗れたことはない。見せてもらおうか、その対策方法とやらを」
「お前は、人間をなめている。他の星の生物を殺してつぶして食らってきたのだろうが、人間は簡単にはいかない、ということを、もうすぐ身をもって知ることになる」
云ったのはキアラだった。キアラの言葉にショウが反応した。背後を振り返り、キアラと視線を交わし、どちらからともなく頷き合う。そして、ショウは顔を正面に戻して虫に云う。
「一対一だ。他の仲間たちには手を出させない。嘘だと思うか? 心を読んでみろ」
ここで『ヘラクレス』の余裕が消えた。明らかにうろたえている。
「そ、そんなバカな。こんなことが可能なのか? いや、そうだ、ふむ、お前の能力なら造作もないことだな」
「そうですよ、カブトムシさん」
ショウは急ぐでもなく、フェイントを使うでもなく、ただゆっくりと『ヘラクレス』へと近づき、右手から出した鋭い剣を水平に構え、それこそ亀が歩くようなスピードで、『ヘラクレス』の首へと払った。
ゆっくりと、それは、突き刺さった。
☆
「いったいどうやったんだ? 今回ばかりは教えてくれ」
キアラは横たわる『ヘラクレス』をにらみながら、ショウを問い詰めた。
ショウは快く答えた。
「ボクは自分の身体の中に数千個の脳髄を作った。それがどういう結果につながるかわかるかな?」
「いや、まったくわからん」
「簡単なことだよ。数千個の脳が別々の攻撃方法を意識した。すると『ヘラクレス』にはどう映ったのか。ボクの、このひとつの肉体から、同時に数千種類の攻撃が繰り出されるように見えた、ということ。どの攻撃も本気で繰り出すつもりだったから『ヘラクレス』にとってはどれが来るのかさっぱりだっただろうね」
「そういうことか」
「そう、簡単なからくりだよ」
「待ってください! ショウくん、まだ終わっていません!」
マサムの怒号に全員が固唾を飲んだ。
マサムは地面を見下ろす。その視線の先には横たわる『ヘラクレス』の姿。外骨格とその隙間から流れ出る緑色の血の量は致死量を超えているようにしか見えない。それにもかかわらずマサムには見えたのだ、全滅の未来が……。
ドン! という爆裂音とともに土煙が舞う。
「上です! 光線の雨が来ます!」
マサムが叫んだ直後、予告通り緑色の豪雨が襲ってきた。地球を貫通するほどの圧力。地球の戦士たちは避けるだけで精いっぱいだった、が、次から次へと降ってくる光線の雨をいつまでも避けられるものではなかった。
ひとり、またひとりと凶弾に倒れて行く。
『ヘラクレス』は上空で《ちま~ん》という怒りの咆哮を上げた。
虫けらに噛みつかれて怒りを爆発させていた。
脳内は怒り怒り怒り一色。地球がどうなろうと、最高の料理を提供してくれる世界樹がどうなろうと、かまわなかった。
レーザーで開けた穴から溶岩が噴き出す。
いくつもいくつも柱を立てる溶岩の中に、ショウの姿が浮かんだ。上空で対峙するショウと『ヘラクレス』。
『ヘラクレス』がショウの心を読むが相変わらずいろんな思考が渦巻いている。未来を視てもどのパターンが正しいのかわからない。だから考えるのをやめ、空気を蹴って飛びかかった。
いくつもの思考を出現させても身体はひとつしかない。『ヘラクレス』の作戦は正しかった。
気がついた瞬間ショウの左脇腹がえぐられ、痛みを感じる間もなく右足を破壊された。うめき声を上げるが眼はしっかりと見開いていた。『ヘラクレス』の猛攻は止まらない。光線の連射、連射、連射……そのうちのひとつが、ショウの心臓を貫いた。
生き残っていた世界樹の戦士たちが逃げずに『ヘラクレス』へと立ち向かう。
ある者はショウのように角に貫かれ、ある者はショウのように豪腕で破壊され、ある者はショウのように光線に焼かれた。
そして、凶弾がついに、世界樹を捉えた。偶然ではない。その証拠に、世界樹を削って行く光線はひとつではなかったのだから。そのうちの一本が、世界樹の中心を貫通した。刹那、根元に座していたミルが絶叫を上げた。それから、地面に横たわっていたショウが、電気を食らったようにバクン、とはじけた。
生命力の爆発。それに気づいた『ヘラクレス』は冷静さを取り戻した。
初めて感じる力。見たこともない闘気。
『ヘラクレス』は驚愕した。その視線の先に、無傷のショウが浮いている。翼もなく、羽もなく、宙に浮いている。いや、よく見ると、ショウのまわりに無数の細い血液が見える。それらがショウの身体を持ち上げていたのだ。
「お前のその生命力はなんだ?」
ショウはうつろな表情で何も答えない。
「まあいい。これで確実に終止符を打つ」と云った瞬間、空気を蹴ってその太い角をショウの心臓に突き立てた。
そのときだった。
『ヘラクレス』の眼には確かに映った。
憎き虫けらが、笑みを浮かべていたのを…………。
4 アリア
「お前は能力におぼれ過ぎた。だから、こうやって敗北した」
「確実にお前の心臓を貫いている。その感触が伝わってくる。この状況の何所が私の敗北だと云うのかね?」
「ああ、ボクにはわかっていた。自覚もなく、痛みもかゆみも何もない。だから恐ろしいんだ」
「お前が何を云っているのか私にはわからないよ」
「じゃあ、ボクの身体の中にある脳をひとつにしてみよう。心を読んでみろ」
「…………………………」
「地球で最強の能力を持っているのはマオラやキアラや、そして、ボクでもない。最強の能力者は、アリアなんだ。体表に触れるだけで、原子構造を変化させて確実に植物に変える種。いかなる生物も例外なく……ね。殺すわけではない、ただ、木に変えるだけ、ただ、それだけ。だから恐ろしいんだ。彼女の能力は彼女の強い精神力によって進化していた。種もぜんぜん見えなかっただろ? さようなら。地球に攻めてきたことを後悔するんだな。それからボクは心臓をもうひとつ作っていた。だから、死なない。本当に、さようなら……だ」
『ヘラクレス』の身体からいくつもの枝や根が生えてきた。そして、自分に待ち受けている未来を視た。
敗北を悟った『ヘラクレス』は、最後の力を振り絞り、大きな声で鳴いた。
それはまるで、宇宙の彼方へ向けての咆哮のようだった。
つづく




