世界樹の花嫁 ~プラント・ワールド~ 24
5 死闘
ショウが放出したゴムボールは『ヘラクレス』の光線によってはじかれた、が、それは囮で、無数の釣り糸状の紐を左足の指から放っていたのだ。糸の先を骨格の隙間からねじ入れ、内部から破壊する作戦。しかしそれはむなしく断念させられた。『ヘラクレス』の放つ光線は一本ではなく、その形状も変化させることが出来たのだ。半円状に広げた光線をカッターの要領で糸をすべて切断した。
『ヘラクレス』はレーザーを乱射した。放射状に広がる光線はしかし、縦横無尽に飛び回るショウに、かすりもしなかった。
ショウは背中から千本の腕を出した。その手にはさまざまな形をした剣が握られている。千手観音を連想させるその形状。攻撃方法もいたって単純だった。千本の腕が一斉に『ヘラクレス』へ襲いかかる。剣先は小さく振動していて、光速のノコギリのように動いている。硬い外骨格を突破するためだった。ところが、ショウの攻撃はピタリと止められた。『ヘラクレス』の角が剣の一本を静止させていた。その剣と握っている腕の角度、位置、それから『ヘラクレス』の身体の向きがすべて連動し、他の腕が攻撃できないような位置づけになっていたのだ。一瞬で腕を全部消したショウは、次の行動に出た。右手の人差し指を『ヘラクレス』へ向ける。指の第一関節がふくらはぎほど膨張する。しばらくしてふくらみが指先へ移動し、爪の間から何発もの血の弾丸が発射された。『ヘラクレス』はショウと同じように右腕を前に出して、指を、ピンとはねた。すると跳ね返された一発の弾丸が他の弾にぶつかっていき、数瞬後、すべての弾丸をはじいていた。
「さあ次は何を出してくれるのかな?」
「全部、視えているのか。面倒な能力だ」
やがて視界がぼやけてきた。頭上を見上げると黒い雲が空全体を覆っている。それが火山灰の塊だとショウはすぐに理解できた。視線を『ヘラクレス』へと戻す。
「お前が最初、やたらと会話を伸ばそうとしていた理由がこれか? やっぱり未来透視能力か、やれやれ」
ここでやっと『ヘラクレス』は警戒心を持った。
「そこまで知ってのその余裕。面白い、すばらしい、最高だよ。ああ、生きていてよかった。こんな辺境の惑星でこれほど強い戦士と出会えるとは考えてもいなかった。さあ、今度は俺から行くぞ。全力の攻撃だ。一切の情けはない。行くぞ。私の最強の攻撃はレーザーなどではない、この角だ。この角をお前の腹に突き立てる。行くぞ。どう防ぐ? 驚かせてくれ」
灰が舞ってきた。雪や雨とは比べ物にならないほどの量だ。
かすむ視界の先に、黒光りする『ヘラクレス』が大きく手を開いた。
「さようなら、と、ならないでくれよ」
『ヘラクレス』は両手で、両足で、空気を叩いた。その強さ、速さが壁を叩いたのと同等の反発を生んだ。
ショウの眼にはカノコの能力の再現のようにしか映らなかった。否、何も映らなかった。
それは、瞬きする時間をも、凌駕していた。
☆
マトシは電波塔の上でひとり、絶叫した。『ヘラクレス』の角が、ショウの身体を貫くところを見てしまったからだ。
自分はなんでこんな能力を得てしまったのだろうか。
確かに、能力を得る前は、他人の生活を覗きたい、行動を覗きたい、すべてを見通したいと願っていた。だが今は、みんなといっしょに戦いたいと懇願していた。見るだけ伝えるだけの能力に辟易していた。
泣き崩れるマトシだったが、そこに声がとどいた。
「心配するな。ボクは生きている。それに君の能力はとても大切だ。自信を持っていい。これからボクの云うとおりにしてくれ」
☆
ショウの腕から離れたミルは地上へものすごいスピードで落ちて行った。ミルは飛ぶことは出来ない、このまま死を待つだけとなっていた。しかしショウが死んだ今、もう生きる理由はない。このまま地面にぶつかってペシャンコになってしまったほうがいい、と諦めていたそのとき、不思議なことが起こった。重力に引っ張られていた身体が空中でピタリと止まったのだ。いったい何が起こったのか。
そこに、ショウの声が脳内に響いてきた。
「心配かけてごめん。ボクは無事だよ」
6 死闘
「ほう。そうやって他人の身体に血をつなげて意思を伝達するのか。面白いぞ」
『ヘラクレス』の視線がミルへと伸びる細い血を捉えていた。
「だが、お前の能力にももう飽きた。そろそろ終わりにしようじゃないか」
その言葉を聞いてショウは『ヘラクレス』の角から身体を引き抜いて距離を取った。
「死んだフリも出来ないか」
「血をゴム状にして体内の臓器を移動させ、難を逃れたのか、正直驚いたよ。『蝶』の他にこのような回避方法が出来る者がいるとは。だが、私にとってはただそれだけのこと。もうわかった。お前では私を喜ばすことは出来ない。いや、少しは楽しませてくれた。だけどもう他の能力者を探すことにするよ」
「それをお前の最後の言葉にしてやる」
『ヘラクレス』が光線を発射した。それをショウはトンボの羽の力によって右に避ける。
「右へ避けると知っていたよ」
と、『ヘラクレス』は心を読んで先回りしていた。左回し蹴り。避ける時間はない。ショウは右腕を犠牲にすることにした。顔を守るために腕を上げる。が、それも『ヘラクレス』に悟られていた。
「さらばだ」
回し蹴りがピタリと止まり、次の瞬間、ショウの視界にまばゆいばかりの光線が迫った。
☆
ショウの血の糸が切れて、ミルの身体は再び落下した、が、すでに高度はなくなっていたので、軽い打撲で済んだ。
足の痛みをこらえ、ゆっくり立ち上がると、そこには瓦礫と炎と灰に覆われた地獄絵図が広がっていた。しかしミルは驚かなかった。むしろ諦めが心を満たしていた。
ここも同じ。捕食者に狙われた惑星は例外なくこのような状況になる。
地球でも無理だった。どんな惑星でも彼らを止められない。
ショウなら奇跡を起こせると思った。
ゆっくりと歩き出すミル。迷いのない足取りは、世界樹の元へと向けられていた。
☆
地面へ激突する瞬間、ショウはスケヨシと同様の能力を用いて衝撃を殺した、が、その勢いはすさまじく、深く地面の中へめり込んでいく。そこへ『ヘラクレス』が降り立った。
そのままいくつもの光線を地面に撃ち込む。数メートル離れた場所からショウが飛び上がった。しかしそれも『ヘラクレス』は読んでいた。
ボ!
大地を蹴ると大地は陥没した。大きなクレーターが出来上がり、一瞬のうちに『ヘラクレス』は遠くへ飛んだ。
するどい角をショウは左肩に食らった。悶絶を打つが、『ヘラクレス』は攻撃の手を緩めなかった。首を上下に振り、ショウの腕を根元からもぎ取ったのだ。そのまま右フックがうなる。そのフックは、ショウの肩口の切断面をぶっ叩いた。
大地をすべるショウ。意識だけは残っていたものの、その身体はもう云う事を聞かなくなっていた。
それでも『ヘラクレス』は追撃の手を緩めなかった。ここで勝負をかけるつもりだ。
大きく跳躍し、その鉄拳を倒れているショウの頭部へと振り下ろす。
『ヘラクレス』の眼前の大地が、まるで間歇泉のように、爆発した。
つづく




