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世界樹の花嫁 ~プラント・ワールド~ 22

   第四章 残酷劇(グランギニョール)


     1 残酷劇(グランギニョール)


 ショウはミルを抱いたまま翼を巨大にしてスピードをあげた。

 キアラは茫然自失となって死体の山の中央で動けないでいた。

 ラナはキアラのことが心配で袖をつかんだまま動けずにいた。

 カノコはアサを病院へ連れていき診察の結果を廊下で待った。

 スケヨシはショウの勝利を確信して世界樹の下で眠っていた。

 絶世の美女はショウの家へ行き、誰もいないことに絶望した。

 難を逃れたルチは街をさまよい能力者を見つけては接近した。

マトシは『ヘラクレス』の恐ろしさを目の当たりにし叫んだ。


『あははははは。ダメダメぜんぜん話にならない。三十人もいた能力者たちが一瞬で消滅した。一瞬だ一瞬だ。『ヘラクレス』は別格、(ただ)ならない、()しからん、糞味噌(くそみそ)、あははは。尿を垂れ流しよだれを流し糞味噌を垂れ流し涙を流しボカンボカンボカンボカン。見て見てみんなあぁ流れ星だよほらほら。棒状の光がドイツのドルトムント、イギリスのダーリントン、チュニジアのガフサ、アルゼンチンのロサリオ、ニュージーランドのティマル、全世界に降り注ぐ。そして、はい来ました、ドッカーン。夢も希望も愛も友情も仲間も親も全部木端微塵。あははははは。ダメダメぜんぜんダメ。いくらショウでもヤツには勝てない。無理無理。戦ってもヘゲーっとなってバエーンってされて死んじゃう。ペウッ!」


 マトシの最後のペウッは、ショウのゲンコツによって出された言葉だった。

「お前が壊れてどうする。戦ってもいないじゃないか」

 マトシが振り返ると、眼の前にあこがれの英雄が立っていた。マトシの視線がうっとりとした。ショウはそれを気持ち悪く思い再びゲンコツを食らわす。

「そんな眼で見るな。それからボクは英雄でも勇者でも救世主でもない。ただの能力者だ。それを勘違いするな」

「だって僕の中ではまぶしすぎるんですよ。ショウさんともちろんミルさんも」

 はあああ~と大きく息を吐き出し、ショウはマトシに云った。

「これからボクが云うことを全世界の人々に伝えてほしい。いいかい?」

「もちろんですよ。ショウさんの力になれるなんて、これほど光栄なことはないです」

「もういいから。それじゃあ、お願いできるかな? こう伝えてほし――」

 ドシュ!

 マトシとミルの耳に何かを貫くような音が響いた。何所からだ? とマトシが周りを見渡すと、グラリ、とショウが倒れた。電波塔から落ちないようにミルが受け止めるが、彼の身体は筋肉が弛緩しているようにグニャリと曲がる。あわててマトシも手を貸す。数瞬後、遠くで爆発が起こった。これらが何を意味するのか、マトシにはすぐにわかった。そして、声にではなく、テレパシーとして口にした。


『なんてことだ、信じられない、僕の眼の前で、ショウは『ヘラクレス』の光線に倒れた。恐ろしい、僕は恐ろしい。『ヘラクレス』はこの電波塔に光線を放った。それは僕を倒すものではない。この時間、この場所に、ショウが来ることを知っていたのだ! すなわち、『ヘラクレス』も、未来を見ることが出来る。それからショウを狙い撃ちしたということは、戦闘力をも見透かせるということ。だから地球で一番の要注意人物、ショウを狙ったのだ。

 ショウが倒れた。

 僕は医者でも何でもないけど、ミルの狼狽ぶりから、きわめて悪い状況だとわかる。

 地球は終わった。『ヘラクレス』一匹に滅ぼされる。

 確定です。小説を読み始めたら面白くなくても最後まで読まないと気が済まないのと同じくらい確定です。映画ダンサー・イン・ザ・ダークを観たら誰もが凹むくらい確定です。あははははは。終わった終わったバイバイ』

「耳元でピイピイうるさいのう?」

 ハッと驚いて声がしたほうを見ると、老人の言葉とは裏腹に、なんと若い美女が立っていた。

 叩きつけるような強い風を受け、鬱陶(うっとう)しそうに髪をかきあげる美女の眼は、マトシではなく、ショウを見据えていた。


     2 滅亡(フォール)


『ヘラクレス』の猛攻は止まらなかった。

 ルチが放つ、能力を強化させた者たちはことごとく返り討ちに()い、ついにはルチ自身が『ヘラクレス』の毒牙にかかった。

 世界樹がDNAを変化させた原住民は、捕食者たちにとって最高の料理なのだ。それなのに何故、ご馳走を量産させてくれるルチを殺したのか。いっさいが、謎だった。ところがここで、直接訊き出せるチャンスがやってきた。

 それは、地球上で一番強いであろう人物、キアラが対峙したからだった。

 標高三、七七六メートル。氷に覆われたここは、富士の山頂。二十羽ほどのアマツバメが大空を舞っている。それ以外に生物の気配はない。過酷な場所に立つキアラたちは、ツバメたちにとっても異様に見えただろう。

「α……γ……亜……あ~、これでいいかな?」

『ヘラクレス』が日本語を話せることに驚くでもなく、キアラは無表情のまま身構えている。キアラの背後に控えているラナの顔色は白から青へと変化している。これが普通の『ヘラクレス』と相対した者の反応なのだが、キアラの様子は不思議としか云いようがなかった。恐れ、という言葉が微塵も感じられなかった。

「さて、君たち地球人は何所まで知っている?」

 ここでやっとキアラが反応する。

「何所まで?」「まったくこれだから辺境の惑星の住民は疲れるのだよ。一から説明しなければならないのかな? つまり、我々が何を欲していて何を求めているのか、だよ」「ああ、それなら知っている。世界樹の血を受け継いだ生物が、とても美味しいんだろ?」「ふむ。そこまで知っているなら話は早い。それともうひとつ、もしかして、我々が戦闘を好んでいると勘違いしていないかな?」「勘違い? とんでもない、確信しているよ、戦闘狂だってね」「ふむ。それは間違っているな。我々は戦いが好きというわけではない、まあ中にはそういうヤツもいるが、好んで戦いに身を投じるのはごく僅かなのだよ」「ほう、じゃあ何で次から次へと星を渡るんだ?」「簡単なこと。生きるためだよ。食糧がなくなったら他へ探しに行くしかないではないか」「ただのエゴだ」「とんでもない、君たち人間と、同じだよ」「いっしょにするな! 俺たちには理性がある。むやみやたらと殺戮を繰り返したりはしない!」「まあいい。これ以上の会話は平行線になるだろう」

 ここで『ヘラクレス』の殺気が上昇した。その殺気に反応して、キアラが動く。

「おっと、お前の能力はちょっと変わっているな。ほう、触れたものを別の物質に変換する能力か。俺たちの種族にも、わずか数人しかいない」

「マトシが云っていたことは本当だったのか。やっかいだな」

「これじゃ不公平だな。ひとつ教えてやろう。私の能力はレーザー。角の間にエネルギーを凝縮し、臨界点に達したとき発射される。どれ。今からそれを見せてやろう。いかなる方法でもいい、見事防いで見せたまえ」

 云い終わると同時に、角と角の間の空間に緑色の光が集まった。

 どうやって防ぐか。キアラがいろいろ模索していると、『ヘラクレス』が楽しそうに云った。

「もうひとつヒントを与えてやろう。私はお前の心臓を狙う」

「信用できるわけないだろ」

「いいや、信用していい。私は嘘をつかない」

「どうだか」

「信じなければそれでもいい。しかし私はお前の心臓を狙う」

「ごたごた云ってないでかかってこい」

「ふむ。その自信、実に面白い。ところで、後ろの少女は大丈夫かな? 異常なくらい顔色が悪いのだが」

 そこでキアラは背後を振り返った。その瞬間、「そらいくぞ」と、『ヘラクレス』が光線を発射した。警戒心を解いていなかったキアラはしかしすぐに反応した。左手の先を鏡に変え攻撃を反射させた。『ヘラクレス』の放ったレーザーは何所か遠くへ起動を変えて飛んで行った。

「おみごと」

「何がおみごとだ。遊びは終わりだ。今度はこちらから行くぞ」

「ちょっと待ってくれ。どうやらそこの少女は長く持たないようだ。考えてもみたまえ、この場所の何所に植物がある? 植物が生きられないから、不毛の地帯となっているのだよ」

「私は大丈夫よ。戦いに集中して」と云うラナに対し、

「強がりを云ってはいけない。なんなら場所を変えようか?」と『ヘラクレス』が返す。

 キアラの気持ちは固まっていた。ラナを助けるためにここは退く。場所を変えて改めて戦えばいい。

 キアラは両手を胸の前で合わせ、両腕を巨大な翼に変えた。ショウの飛行を見ての発見。

「お言葉に甘えさせてもらうぞ」と、ラナの元へ飛んで行こうとしたそのとき、自分の足が動かないことに気づいた。何が起こったのか、『ヘラクレス』がその答えを教えてくれた。

「どうやら時間切れのようだ」

 時間切れ?

 キアラは驚愕の表情を『ヘラクレス』に向けた。

 その視線に気づき、『ヘラクレス』は小さな笑い声を上げた。

「ふふふふ。能力の使いすぎが、植物化を早めると知らなかったようだな。とんだ間抜けな話だ。それにしても『サソリ』どもはせいぜい二、三種類の能力を持っているだけだが、私もその程度だと思わないでくれたまえ。そうそう、想像している通りだよ。レーザー、千里眼、読心術、パワー、それと未来透視。ん、マサム? ふむ。そいつと同程度の未来しか視れないがね。さて、何故、こうまで私の能力をさらけ出すかと云うとだね。お前はもう戦うことが出来ないからだよ」

 ここでキアラは自分の足を見下ろした。細い管がいくつも両足から飛び出して大地に突き刺さっている。それを見てキアラはすべてを悟った。

「お前の会話はただの時間稼ぎ、俺がこうなると知っていたな。すべてはお前の作戦通りだったわけか」

「作戦なんてものではない。ただの遊戯だよ」

 ほう、と息をもらし、『ヘラクレス』はあらぬ方向を向いた。

「喜べ、ショウとやらは死んではいない。あの傷から見事復活した。これは驚くべきことだ。地球で一番の脅威はショウか。それではショウの元へと向かうとするか。さようならだ、キアラ。だが心配しなくてもいいぞ。ラナもすぐにお前の元へ行く」

逃げろ! と叫ぶキアラ。ところがラナは、逃げずにキアラの元へ駆け寄った。

「冥土の土産に、久しぶりの噴火を見せてやる」

 そう云って、『ヘラクレス』は足元に向かってレーザーを放射した。


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