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世界樹の花嫁 ~プラント・ワールド~ 2 (長編)

   モーニング・タイム


 ひと仕事終えたカナオは、ぼんやりと空を見上げながらタバコをふかしていた。あの雲は何に似ている、あの雲は変だ、などと雲の形を何かに連想させて、独りでくつろいでいた。農業の仕事は重労働である。なおかつ収穫時期、天気などを予測し、考えなければならないため、精神的にも疲れる。また、組合とのやりとりもあり、人が思う以上に大変だった。

 家に帰ると口うるさい女房が待っているため、趣味のないカナオにはこうやっているのが唯一の楽しみだった。仕事でも疲れ、家でも休めないので疲労が回復することはない。

 今年四十になるがまだ子供はいなかった。急がなければという焦燥感が夫婦関係を険悪にしている理由のひとつだろう。カナオは仕事柄、異性との出会いがほとんどないが、妻は専業主婦で時間をもてあましている。近頃、妻の様子が変なのである。別に浮気をしている証拠を掴んだわけではないのだが、カナオは嫌な予感がしてならなかった。

 しかし、そんな夫婦間の問題も、こうやって雲を眺めていると忘れてしまう。しがらみから開放される快感に、カナオは仕事後、毎日、こうして身を置いていた。

 隣の畑で働いていた人たちが、ひとり、またひとりと帰って行った。遠くの会話が消え、虫の鳴き声だけが聴こえてくる。カナオはこの瞬間がたまらなく好きだった。

 不思議な物体が現れたのは、カナオが独りになって数分後のことだった。

 空に広がる様々な雲を破壊して、五つの流星が出現した。大きさはさまざまだ。軽自動車くらいのもから四人掛けのダイニング・テーブルくらいのものまで。

 カナオはひどく驚いて、くわえていたタバコを落とした。

 五つの隕石は巨大な炎を上げながら、カナオが心から愛する畑を粉砕した。激怒しながら燃え盛る炎のほうへ駆け寄る。急いでホースを引っ張り出し、放水を開始する。

 やがて鎮火すると、見るも無残な畑に呆然とした。元の姿に戻すのに半年はかかるだろう。土や肥料、種を仕入れるのにお金は出るが、その間、収入はない。どうすればいいのだ、と憤慨した。

 カナオはその怒りを、煙を上げながら地面に埋まっている隕石にぶつけることにした。しかし、ここで冷静に考えてみると、破壊するのは簡単だ、逆に、この奇跡を利用し、一攫千金を狙えるかもしれない。この宇宙からの来客を喜ぶものたちがいるかもしれないのだ。米国のNASAや我が国ではNASDAと云ったか? そこが高額で引き取る可能性がある。

 そう考えたつと、カナオの口元から大きな笑みが浮かんだ。

 ここでカナオにもう少し知識があれば、軽自動車ほどもある隕石が落下した衝撃がこれだけの被害で終わるのはおかしいと気づき、警戒しただろう。そして、五つの隕石が同じ場所に落下するという天文学的な奇跡に不信感を抱いただろう。


     ☆


 …………カナオの顔は大きな笑みを浮かべていた。だが、その頭部は地面に転がっている。胴の部分は見当たらない。その代わり、点々と続く血の跡が、畑の外へと続いていた。


 そして、半径十数メートルのクレーターの底にある五つの隕石は、ひとつ残らず割れていた。




   第二章 味わうエキス


     1 躍動する精神――小さな幻


『第二回天蓋高校特殊能力格闘大会、開始まであとわずか!』


 燦々(さんさん)と照りつける炎天下、昼ごはんそっちのけで、大きな汗を流しながら張り紙に群がる人だかり。

 結果を夢見てさまざまな討論が交わされている。それもそのはず、掲示板には熱い告知がされていたからだ。生徒たちの間で話題にのぼっていた選手たちの名前がずらりと並んでいる。個々の名前を見るたびに、あちらこちらで歓声と驚きがいちいち沸き起こる。


『それでは、出場選手の中で、優勝候補を発表!

 まずは昨年の準優勝者、二年二組、キアラ選手。彼の、物を変化させる能力の可能性はまさに無限大。今回は何が飛び出すのか、何を作り出すのか、やはり今年の優勝は彼で決まりか!

 ちょっと待て、という声が聞こえてきたぜ。

 そう、今年はなんと、あのタツアが参戦するんだ。

 二年前、タツアがまだ一年の時、三年で一番強いと云われていた男を殺害。そのタツアがいよいよシャバに出てきて、しかも大会に参加するんだ。昨日、校門で行われた闘いを見たものも少なくないだろう。この男を忘れてはならない。優勝はタツア選手が持っていくのか!

 まだまだいるぞ。今年の選手層はこんなもんじゃない。

 続いては、昨年三位、三年四組のカノコ選手。

 ご存知、生徒会委員の彼の能力は瞬間移動。彼の能力がどれだけアップしているのかで、優勝はわからなくなるぞ。

 もう一人は、昨年四位の魔女、ニコ選手。俺と同じ三年三組だが、彼女は本当に不気味だ。何を考えているのかわからない女だ。詠唱時間が長いという理由で前回は四位に甘んじたが今年はわからない。彼女の能力向上次第で優勝も狙える。

 今回初参加の憧れのマドンナ、アサ選手も要チェック。

 どんな能力か未知数だ。そして、学園一の美貌も要チェック!

 一年生の間で話題沸騰中の二人が七太郎選手とサヨリ選手。こちらもどんな能力を持っているのかわからないから要チェックだ。

 そして、生徒会長のマサムが推薦した新入生の女の子、スリカも油断がならない。今回初参加で何の情報もないため、いったいどんな能力を持っているのか!

 優勝候補たちを発表したが、何が起こるかわからないのが格闘大会。意外なダークホースが現れるのか。

 好きな選手を応援して、日ごろのウップンを晴らそうぜ。

 最後に、リザーバーとして、なんと、ショウ選手が立候補したぞ!

 どういった風の吹き回しだ。何があった?

 勝者の誰かが試合続行不可能となった場合、彼の雄姿を再び見られるぜ!

 さあ、この日曜日、いよいよゴングが鳴る』


 学校中の生徒のボルテージもいよいよ高潮してきた。

 大会開始まで、あとわずか……。


     ☆


 ショウの家にキアラがやってきたのは、大会を二日後に控える金曜日の夕方だった。

 いつも陽気なキアラだが、このときはとても沈んだ様子だった。ただならぬ雰囲気にショウはなんともいえない不信感を抱いた。夕方の薄暗さもまた、彼の陰を助長させている。

 キアラを部屋に上げ、コーヒーを出しながら、いったいどうしたのかと尋ねた。

「今回は優勝する自信があるんだ」と、セリフの内容とは裏腹な、鬱気味な態度で云った。

「それは喜ばしいことじゃないか。なのに解せない顔だな。どうしたんだ?」

「そう……それがいけないことなのかもしれない」

「云ってる意味がわからないぞ」

 キアラは視線を上げて、真っ直ぐショウの顔を見据えた。

「俺もよくわからないんだ」

「おい、大丈夫か?」

「身体はすこぶる元気だ。だけど、心が病んでいる」

「いや、頭だろ」

 キアラは天井を見上げた。白い壁に、黄色い蛍光灯が煌々と輝いている。

「頭……か……うん、そうかもしれん」

 ショウはあきれて、複雑な顔になった。的を射ない会話に少しイライラしてきた。

「いったい何しに来たんだ?」

「それなんだが――」

 キアラは突然顔を赤らめた。

「どうやら俺は恋をしてしまったらしい」

「えッ! お前が?」

「ああ。俺がひとりの女に恋心を抱くなんて自分でも信じられないよ」

「ま、まあ、いいことなんじゃないか? 大人になったということさ」

 キアラとは高校に入学してからの付き合いだが、こういうことは初めてだった。ショウは正直驚いた。キアラは顔がいいし、会話も楽しい、背もショウより十センチくらいは高く、百八十はあるだろう。彼はかなり女性にもてる。だが、女に対して本気になることがなく、今までに何人もの女性と付き合ってきたが、どれも長つづきしなかった。本気にならないからすぐ次の女に目移りするのである。そんな彼から出る言葉とは思えなかった。

 キアラの顔が赤面から蒼白へと変貌した。その変化は一瞬だった。

「いいことなんだが、それがいけないことのように思うんだ」

「いや、ぜんぜんいけないことじゃないぞ」

「そうじゃない、俺が云いたいことはそうじゃないんだ!」

「何が云いたいのかまったくわからん」

「そうだな、俺もわからん」

「うん、まったくわからん」

「……………………………………………………」

「……………………………………………………」

「何しに来たんだ?」

「わからん……」

「コーヒー、飲みに来たのか?」


 幾分顔色の戻ったキアラを玄関まで送ると、彼は最後に、真剣な表情でショウに云った。

「ところで、何故リザーバーに登録したんだ?」

 それにショウは、少しテレながら答えた。

「どうやら俺も、恋をしたかもしれない」

「そうか、イロイロと変化しているんだな、何もかもが、イロイロと……」

 キアラは意味深な言葉を残して帰っていった。

 部屋に戻ったショウは、キアラが感じている不安を、自分も持っていることに、おぼろげに感じていた。自分が恋をした女性は何処か普通じゃない。しかし変だと思う理由が何なのか、具体的に説明がつかないまま、不可解な謎の解決を推理するのをやめた。ただこれだけは云える。ミルは、何処か不気味なのだ。


 不気味……①気味が悪いようす ②自分で自覚がないようす ③誰しも持っている部分


 そして、日曜日。

 さまざまな思惑の渦巻く中、大会が開催された。


     ☆


『さあ、いよいよ熱い戦いが繰り広げられるぜ! 覚悟はいいか? トイレに行っているヒマなんかないぞ! 今年の大会は違う。何かが起こる! 眼が悪いヤツは今から湖に行ってこい! 心臓の悪いヤツは退場しろ! パンツの替えを用意したか? タオルを用意したか? 用意はいいか!

 それでは、第二回、天蓋高校特殊能力格闘大会、スタ~ト!』


 観客による歓声で総合体育館の全体が揺れ、熱気があたりを充満させる。体育館はかなりの広さがあるが、客の多さと密度、それに興奮した気持ちと体温により圧迫感さえ感じられる。

 昨年は体育館を半分しか埋めなかった客が、今年はくちこみや話題で満員になっているのも関係するだろう。

 ここでアナウンスが女性に変わり、うやうやしい言葉遣いになった。


『予選は三十二人いるために場外にて決着をつけてもらいます。その勝者が本戦に勝ち上がり、ここ、総合体育館へとやってきます。それでは、初戦の模様を特設テレビでご覧下さい』


 体育館の各隅四か所に設置されている巨大スクリーンが、アナウンスのあと点灯された。

 映像が分割されていて、出場者たちがひとりひとり映し出されている。場所は校内のあちらこちらで、対戦相手を狙っているもの、気づかないもの、すでに対峙しているものとさまざまだった。

 そういった映像が流された直後、客席の興奮が最高潮に達した。


     ☆


 大会で殺しはご法度。出場者のみんなが手加減をするので、そうそう簡単にリザーバーが本戦に参加することはない。


 暇……①継続した時間や状態のとぎれた間 ②仕事のない間 ③人生を無駄にしている間


 ショウは日曜日に学校へ来たのはいいが、別段することもなく、ほとんど誰もいない校舎をブラブラしていたが、退屈になってきたので、そろそろ帰ろうかと考えていたところだった。生徒たちはもちろんのこと、教師たちも試合を観戦しに行っている。閑散とした校舎では、何もすることがないのである。しかしショウは、あえて校舎をうろついていた。その目的の大半はミルと出会えるかもといった期待感だった。だが、どこを散策しても見当たらない。

 一、二回戦は自分の出番はないはずである。準々決勝あたりから闘いは熾烈を極めるが、それまでは正直云ってすることがないのである。

 ショウは大会に興味がなかった。しいて云えば、キアラがどうなるかくらいだろうか。しかしそれも、心を動かせるほどの興味ではない。

 本戦は時間無制限。だいたい一試合に三十分は見たほうがいい。

 AブロックとBブロックにわかれ、本戦の一回戦は八人。片方のブロックと合わせて十六人もいる。一回戦はAとBブロックの試合を同時に行う。準々決勝が始まるのが午前十一時くらい。それまでは家に帰って昼寝でもしようかと考えをめぐらせていたときだった。

 ふいに、ショウは背後から呼び止められた。期待を胸に振り返るとそこには、見知った顔の女生徒が立っていたが、目当ての相手ではなく、ショウは落胆の色を隠せなかった。

 赤い髪に清楚な雰囲気の美少女。彼女のことをときどき男子生徒から耳にする。もちろん、すごい能力だとかではなく、かわいいと。

「ショウくん……」

「君は、たしか、アリアちゃん」

「うれしい、覚えててくれたのね」

 一年のときに同じクラスだった女生徒だった。教室で、勉強を何度か教えたことがある。どちらかというとおとなしい方で、鼻が日本人と比べて高いのだが、バランスなどを考えると顔立ちは綺麗なほうだ。そのため、男子生徒に人気がある。ショウの髪の色も赤みがかっているが、それ以上に彼女のそれは赤に近いだろう。去年もそんな色だったかは覚えていない。髪だけではなく、彼女のこと自体、ショウはあまり覚えていない。

「どうしてもショウくんに云いたいことがあって探していたの」

「云いたいこと?」

 そこでアリアは黙ってしまった。いったいどうしたのかと、ショウは心配になって自分から切り出した。

「そんなに固くならなくていいよ。気軽に云ってごらん」

「うん、ありがとう。私ね、今回、大会に参加したの」

「君が、どうして?」

 とても戦いに向いていないような、おとなしいアリア。ショウはそのことに驚きを隠せなかった。

 アリアが口を開きかけたそのときだった。階段からひとりの男子生徒が上がってきた。その男が、アリアを見つけた瞬間、雄叫びを上げる。

「ここにいたか、アリア! 初戦の相手はこの俺、ナサオシだ」


 ナサオシ。第一回天蓋特大ベスト十六。成績、B。ルックス、B。戦闘力、C。


「昨年の雪辱をバネに俺は特訓した。そうして手に入れた誰も追いつけないスピード。ここで負けるわけにはいかない。絶対に優勝してやる」

 ナサオシが云い終わると同時に飛翔した。空中を、移動してくる。

「またあとでね。ショウくん」

 アリアは廊下を駆け出した。ナサオシから逃げる形だ。

「待て。逃がすか!」

 ナサオシが空を移動しながら、ショウとすれ違った。そのとき、ショウの眼に奇妙な物体が映った。それはナサオシの首筋(・・)に、たしかにあった。

 アリアが左へ曲がり、下への階段を駆け下りる。ナサオシはそれを見て、にやりと笑い、大声で叫んだ。

「俺はこの一年間、飛びまくって能力を上げた。もう誰も俺からは逃げられない。今では、音速を超えられるんだ!」

 パンというある種の壁を越える音が響き、廊下中のガラスが手前の方から奥へと順に飛び散っていく。しかしナサオシは、そのまま追いつくのかと思いきや、アリアの消えた階段の前でピタリと止まった。

 それを見たショウはにやりと笑った。

「こんなところではそうそう飛ばせないんじゃないですか? ナサオシ先輩」

 ショウのやじにナサオシは舌打ちした。

「小回りが出来ないことくらい自分でも知っている。黙っていろ」

「音速での小回りは不可能ですからね。せいぜい壁に激突しないように頑張ってください」

「なあ、ショウ。あれはお前の彼女か? 今のうちに誤っておくよ。再起不能にさせてもらう」

 ナサオシの視線は校庭へと注がれていた。

 ショウがその視線を追うと、ちょうどアリアが外へ駆け出しているところだった。

 ナサオシは窓から外へ躍り出て、そのまま急降下した。

 アリアが見上げる。彼女の視線とショウの視線が交差する。

 ショウはこのとき理解した。彼女は微塵も恐れていない、と。

 ショウの視線がアリアからナサオシへと移る。そこで、さらなる異変に気づく。

 ナサオシはアリアを攻撃するどころか、そのまま地面へと激突した。ぶつかる直前に何とかスピードを落とし、死は免れたようだがただでは済むまい。その証に、ナサオシは身動きひとつしないのだから。

 土煙が引いたあと、ショウは異変の正体をまじまじと見ることが出来た。

 ナサオシの首筋に伸びる、一メートルくらいの小さな一本の木を。

「アリアの、能力なのか?」

 ショウはボソリとつぶやいた。

 

 アリア。決勝トーナメント出場決定。


 ナサオシの能力――飛翔。音速を超えられるが小回りが出来ない。また、そのスピードでの直接攻撃は、自分の身体をも破壊する。その弱点も彼自身知っているが、大会での武器の使用は禁止となっているため、ナサオシは比較的自分に被害のない肘での攻撃を訓練していた。


     2 虫けらたち――あがき


『さあ、ついにベスト十六が決まったぜ! みんなが気になる対戦カードを発表。ご存知のとおり、本戦はAブロックの八人とBブロックの八人が戦い、各ブロックの優勝者が、最後の闘いを繰り広げる。

 それでは公正な抽選により決定した対戦カードをAブロックから発表するぜ!

 第一試合、二年ムミちゃん対学校一のマドンナ、アサ様。

 第二試合、二年アリア対むっつり転校生二年ノリムネ。

 第三試合、生徒会一の実力者カノコ対魔女ニコ。昨年の三位決定戦の再現だ!

 最後の第四試合、二年マオラちゃん対三年シブ。どちらも初参加だ。

 そのままBブロックも発表!

 こちらは初戦から大注目。昨年準優勝キアラ対、伝説の殺人鬼タツア。

 第二試合、生徒会長推薦の一年スリカちゃん対同じく一年のサヨリちゃん。

 第三試合、学年一の暴れん坊スケヨシ対、生徒会長秘書チヨナ嬢。

 そして一回戦最後の試合は、今回のダークホース一年七太郎対、球界のエースだった二年ヒロヨシ。

 リザーバーのショウは参戦するのか!

 いったい誰が優勝するのか!

 さあ! いよいよ決勝トーナメントスタート!』


     ☆


 総合体育館は満員となっていた。学生だけではなく、一般人の姿も見える。興奮の渦が上昇気流となり、爆発寸前だった。

 そんな中、ひとりだけ冷静な少年がいた。それはショウであった。彼は薄暗い廊下を通り、選手控え室の扉を叩いた。扉の奥から出てきたのはキアラ、彼は落ち着きと不安を同時にかねそなえた、なんとも形容しがたい顔色をしていた。

 ショウを部屋へ招き入れ、ソファを進める。四畳半くらいで飾り気のない質素な個室だ。

 腰をおろしたショウが真剣な表情で言葉を発した。

「初戦がまさかタツアとはね」「俺も驚いたけど、いずれヤリあうんだから、まあ、落ち着いているよ」「だけど、うかない顔をしているぞ?」「少しだけ緊張しているだけだよ」「そうか、もうあまり時間がないから率直に云うが、タツアの能力は大会には向いていない」「どういうことだ?」「簡単なことだよ。あの人の能力は殺し専用だ。手加減が出来ない。もしも手加減をして、小さな岩を召還しても怖くないだろ?」「なるほど、そういうことか。だけど、殺す気で来たらどうするんだ?」「そのときは――」「そのときは?」「逃げろ」「さっさと出て行け」

 ショウはにこやかに立ち上がった。

「タツアは大会では本領を発揮できないからそんなにびびるな。いつものように気軽にいけばいいよ」

「はは、ありがとう」

「ん?」

 部屋から出る直前、ショウは視線を部屋の奥へとめぐらせた。

「なあ、キアラ。誰かいるのか?」

「え、いや、誰もいないよ……」

「そうか、まあ、応援しているから頑張れよ」

「ああ、お前が参戦しないことを祈っているよ」

 ショウが出て行ったあと、ロッカーの陰からひとりの少女が姿を現した。

 その少女はミルとともにいたショートカットのラナであった。

 憂いを秘めた眼でキアラの側へより、

「ありがとう。まだ、彼と接触する訳にはいかないの」

「まあいいけどね」

「それからキアラ、出来るだけ試合を長引かせて」

「どうしてだ?」

「そうすれば……」

 その先は云わず、ラナは、そっとキアラと唇をかさねた。


     ☆


 客席へと続く長く暗い廊下を歩いていると、眼の前にミルが現れた。ショウはドキリとして立ち止まった。あれほど探した想い人が、ひょっこりと現れたのだ。予期していないときに現れる、神出鬼没とはまさにこのことだろう。

「リザーバーとして参加したのね」

 待ち望んでいた優しい声だった。動揺しないようにショウは意識をしっかりともった。

「ああ、やっぱり母親を心配させたくなかったから」

「いいわよ、別に。私はゆっくり待つから」

「何を待つんだ?」

「それよりも、この大会、三人も参戦しているわ。おそらくとても激しい戦いになるよ」

「三人って、誰のこと?」

 前回も言葉のキャッチボールが出来なかったが、今回はさらにひどい。ミルの言葉の意味の片鱗さえつかめない。

 そのとき、会場から大歓声が沸き起こった。どうやら一回戦が開始されたようだ。

「そろそろ行くわね。本音を云うと、あなたが大会に参戦することを願っているの。でも、いやなら無理じいはしない。だって、ケガをしてほしくないから。じゃあ、またね」

 ミルはさまざまな謎の言葉を謎のまま残して去って行った。得体のしれない奇妙な少女。そんな彼女に、ショウは間違いなくひかれていた。


 恋……①一緒に生活できない人や亡くなった人に強く引かれて切なく思うこと ②植物や土

地などに寄せる思慕の情 ③対象を思うとき心の中がかきむしられるようになること


     ☆


 一回戦はAブロックとBブロックの闘いを同時に行う。

 大歓声の中、中央に姿を現したのはキアラ、タツア、ムミ、アサの四人だった。常人はここで緊張のため固くなってしまうが、さすがは本戦に勝ち上がったツワモノたちである、自信に満ち溢れ、余裕さえ伺える。闘技場は二つ用意されていて、試合は同時に行われる。オリンピックの柔道の試合を連想させるその形式は、退屈、もしくは時間という言葉を忘れさせてくれる。むしろ両方を観戦するため忙しいくらいだ。

 ムミとアサ、キアラとタツアが向かい合う。

 固唾をのむ客席。その瞬間、場内アナウンスがこだました。

『それでは第二回、天蓋高校特殊能力格闘大会決勝トーナメント、スタート~!』


     ☆


 大会が開催される日曜の朝、ムミが家を出ようとしたとき、ふいに、父親に呼び止められた。靴をはこうとした姿勢のまま、ムミは動きを止めた。

「母さんがお前をどういうふうに育てたかったか、知ってるか?」

「母さんとの記憶、あんまりないんだよね」

 父親は小さく笑うと、懐かしむ表情になって続けた。

「ひとつは美しくなってほしいと云っていたが、それは叶わなかったな」

「ひ、ひどい」

 ここで父親が大きく笑った。

「ははは。冗談だよ。お前は天使のようにかわいいよ。母さんがよく云っていたのは、ただただ、元気に育ってほしいということだったよ」

 ふたりの間に沈黙が広がる。

 しばらくしてムミは、居住まいをただして云った。

「身体の弱かった私が生き延びて、元気だった母さんが死んじゃったのよね」

「それを云うな、運命だったんだよ」

「でも、世界樹の水を飲んでいれば、私のように……」

「それも、いうな……」

 再び会話がなくなり、しばらくして、

「それじゃ、行ってくるわね」

「ああ、気をつけてな。決して無理はするなよ。お前までいなくなったら……」

 ムミはふくよかな頬を、重力に逆らうように持ち上げて笑った。

「大丈夫よ。格闘大会といっても、学校が主催するスポーツなんだから」

「それならいいんだが。事故って言葉は今でも……」

「じゃ、行ってくるわね。ごく普通の人間が、ごく普通の女の子が、努力によって優勝する姿を期待していてね」

 ムミが出ようとしたとき、ふいに腕を父親に掴まれた。その強さに、ムミは少し驚いた。

「ムミ、無事に帰ってきてくれ」

 ムミは優しい笑顔でうなずいた。


     ☆


 アサはIT企業社長の令嬢として、何不自由なく育った。

 欲しいものはすべて買ってもらい、食べたいものは何でも与えられた。

 しかし、ひとつだけ、こういう境遇の者についてまわる、家族の団欒(だんらん)が欠けていた。

 副社長である母親も忙しく、両親はほとんど家を空けていたのだ。

 父親の強さに憧れ、母親の愛に飢えていた。

 アサが世界樹の水を飲んだのは、かまってもらいたい寂しさと、放置されていることへの反発心からだった。心配してもらいたい、注目して欲しい、という願望。

 そういう境遇で発動した能力とは――――。


     ☆


「始めに云っておくわね。あなた、死にたくなかったら棄権しなさい」

 アサは眼の前にいる少女を見下すかのような態度で、威圧的に云った。

「やってみなくちゃわからないですよ、先輩」

 ムミは恐れる様子もない。それどころか余裕すら伺える。

「ねえ、先輩。あなたがどんなに強くても、闘う相手がいなかったらどうなるでしょうね」

「どういう意味よ」

「私はこの容姿にコンプレックスを持っていました。先輩は、醜い、ブタ、死ね、などと云われたことあります? 登校拒否におちいるまで追い込まれたことがあります? そんな私が、湖の水を飲み、どんな能力が発動したと思いますか?」

「ふん。私のように美しく変身できるのかしら?」

「それだと見られるという恐怖の克服にはなりません。先輩は他人の視線がさぞかし心地いいのでしょうね。私は逆でした。醜いのならいっそ、見られたくない消えてしまいたい、そう思いました」

 フワッと、ムミの身体が透明になった。

 ムミのいたあたりから声だけが響く。

「私は大会のルールを考えてみたの。そうしたら、ある必勝法を思いついたわ。それは私の能力なら、とても容易なの」

 ムミが云い終わると同時に、アサの腹部に激痛が走った。殴られたような痛み。アサはその場へうずくまり、呼吸を整えようとこころみた。

「眼に頼りすぎている人間にとって、見えないということはどうしようもないこと」

 左後方から声が響く。

 アサはすかさずその場所へ右腕を振り回す。しかし、空をきる。

「眼の次は耳と鼻に頼るしかない。でもそれは、とてもはかないもの」

 今度は眼の前からの声。

 アサの攻撃は再び空を切る。

「そして、見えないということは、恐ろしいということ。何処から攻撃がくるのか、何処を攻撃されるのか、それは突然襲ってくる激痛でしかわからない。徐々に……徐々に……恐怖と絶望に支配されていく」

 アサのうめきが大きくなる。わき腹、足首、頭部と次々攻撃されていく。

「能力を発動しないの? このまま終わり? 先輩ってこんなものなの?」

「能力を、見たいの? 見た瞬間、勝負はつくわよ」

「強がりを」

 アサは足を払われて大きく転倒した。しかしすぐさま腰を上げ、態勢を整える。

「こうやって怒りを上昇させているのよ。なぜならば、あなたは死んでしまうから」

「嘘ね、大会で殺しはご法度。そうやって動揺をさそっている。私の油断を待っている。怒りなんて、先輩より私のほうが上よ」

「醜い嫉妬ね。容姿は、性格から来たんじゃないの?」

 アサの眼つきが暗くなったように感じた。それから、身体が一瞬だが、左右にぶれたように見えた。次の瞬間、アサは何もない空間に大きな回し蹴りを繰り出す。

 空中で何かを捕らえる。その刹那、ムミが姿を現しながら吹き飛ばされた。

 会場に太い大歓声が沸き起こる。しかしそれは、アサが垣間見せた能力の断片にではなく、蹴り上げたときにまくれたスカートだと、云うまでもない。


     ☆


 キアラとタツアの場合は打って変わって、大きな動きを見せていなかった。慎重に、相手の能力のほどを確かめ合っている。

「タツア先輩、あなたの能力は手加減をすると殺傷能力が落ち、本気を出すと相手を確実に死へと導くと思うんですが。違いますか?」

 タツアは別に驚いた様子もなく答えた。

「ほう、よく調べ上げたな。その通りだよ。しかしな、それは今までの俺なら、という話だ」

「何か、あったんですか?」

 そのときタツアは、一瞬だが客席に眼を移した。

「救いの女神が現れた、のかもな」

 その言葉にキアラは驚いた。すぐさまタツアの視線の先に眼を移す。そこには…………。


     ☆


 ショウが客席につき、ふとあたりを見回したとき、視線の片隅にミルが映った。彼女はショウと対角線上の角に腰かけていた。

ミルの隣には、彼女と瓜二つの少女が二人いる。

 ひとりはショートカットの少女。もうひとりは髪がカールしている。しかし、顔はほぼ同じといえた。ショウだけではなく、誰が見ても三つ子だと思うだろう。それほど、同一なのであった。

 ショウは不可思議としかいいようのない彼女にますます興味を持った。それと同時に不信感も増大する。彼女はやっぱり、普通の少女じゃない、と。


     ☆


「キアラとタツアが初戦で当たるなんて想像もしていなかったわね」

 ミルがワクワクした様子で云った。

 それに答えたのはショートカットのほうだった。

「どっちが勝ってもいいのだけど、ケガだけはしないでほしいわ」

「心配よね。わかるわ、ラナ」

「勝って勝って、勝ち続けて、早く次の段階へ進んでほしいわ」

 そう云ったのは髪の毛がカールしたほうだった。

「ルチはガツガツしすぎよ」と、ラナが毒づく。

 ルチと呼ばれた少女は、眉を寄せながら続けた。

「あなたたちは悠長にかまえすぎよ。この世界、いいえ、私たちに迫っている脅威はすぐそこにまで来ているのよ」

「それはそうなんだけど」

 ミルが困った様子でつぶやいた。

 ルチはミルのささやきを聞いたか聞いていないかわからない様子で、独りごちた。

「まずは第二段階まで進めなくちゃならない。そうしなければ、決して……」

「お前たちはいったい何をたくらんでいるんだ?」

 ルチが話しているとき、それを中断するかのように声をかけられた。

 ハッとして三人は背後を振り返る。そこにはショウが探るようなまなざしで立っていた。

 ミルは一度、ラナとルチの顔を順に見回すと、誰にともなくうなずき、立ち上がった。

「ショウ。ちょっと来てくれるかな」


     ☆


 キアラの視線の先には、ショウ、ラナ、それとラナにそっくりな少女二人が映った。そこは、他とは何処かが違う空間として、キアラの眼には映った。何故、そういう感覚におちいったのか、そのことに考えをめぐらせていると、ふいにタツアにさえぎられた。

「お前にも女神がついたのか?」

「ちょっと不思議な感じのする少女のことですか?」

 タツアは何かしらたくらみを持った眼で、ラナのいるほうを再び見た。

「そうだ」

「いったい、俺たちの身に何が起こったのですか?」

 タツアは視線をキアラに戻した。

「ほう。お前も変化に気づいたか」

「変化?」

「…………」

 どうしようか模索しているタツアを、隣の試合のために起こった大歓声によって、思考を強制的に停止させられた。

「まあいい。今は試合に集中しようじゃないか」

 その言葉に、キアラの眼はキラリときらめいた。

「今、試合と云いましたね」

 今度はその言葉に、タツアの表情が変わった。

「云ったが、それがどうした?」

「この勝負、俺の勝ちです」


     3 ピンクのハート――ピンクの頭脳――ピンクの勝敗


 ショウは食い入るようにミルを見つめた。彼女の口から何が飛び出すのかを、不安と、期待を持ちながら。

 総合体育館の二階にある回廊は、人の姿がまばらだった。中の熱気を避けるようにカップルや、大人の姿がポツリとあるだけだった。実況や歓声がかすかに響いてくるが、やはり迫力は中には及ばない。それでも少しでも試合を見たい、という人々が集まっていたのだ。

 やや静けさの漂う回廊をさらに奥へと進み、ショウはミルへと詰め寄ったのである。

 いっこうに話そうとしない彼女。じれたように、ショウが先に言葉を発した。

「ボクを呼び出した理由は?」

 その言葉で我に返るミル。それでも彼女は考えあぐねている様子で答えない。

「第二段階に進めるとはどういうことだ? お前たちはキアラに何かをしているのか」

 ショウの真剣なまなざしに、ミルはやっとのことで口を開いた。

「あのね、今の段階であなたには話せないことなの。もう少ししたら、きっとすべてを打ち明けるわ。だから、それまで待っててくれる?」

「…………」

「ワタシを信じてほしいの……」

「…………」

 けむにまかれたような気がしたが、今は彼女の言葉を信じようと思い、ショウはそれ以上追求するのをやめた。それというのも、心の何処かで、深入りしすぎると彼女に嫌われてしまうのではないか、という考えがあったからだ。

 嫌われたくはないが、真相を突き止めたい。といった葛藤にショウは悩んでいた。

「これだけは教えてくれないか?」

「何?」

 ミルは頭を斜めに傾け、覗き込むような表情でショウを見つめた。

「君たちは……いや、君は、ボクらの味方なのか?」

 それにミルは、満面の笑みで返した。

「もちろんよ」

 その答えに、ショウは少しだけ、安堵した。


     ☆


 ショウとミルが館内に戻ると、場は急変していた。

 アサとムミ、キアラとタツアの試合が終わりを告げようとしていたのだった。

「いよいよ、決着がつくわ」

 ラナとルチの元へ戻ったとき、リングから視線をそらさずにそう云ったのは、ラナであった。ショウとミルが会場へ眼を向けると、アサは場外でひとり倒れていた。うつぶせになり、かなり苦しそうな表情をしている。立ち上がろうともがいている。しかし、何かに押さえつけられているようで動けない。

 場外で二十秒が過ぎると失格となる。カウントは十。残り半分だった。

 アサが苦悶の表情で叫ぶ。

「この卑怯者。正々堂々と勝負しなさい」

 何もない空間から声だけが響く。まぎれもないムミの声だ。

「これが、知的な勝利というものよ。私は見えない。場外にいるという証拠がない。あなただけが、失格になる。大会のルールを熟知した、私の勝利なの」

「こんなところで負けるなんて……」

 アサの頭がガクリとうなだれた。

 カウントは十五。あと五秒でアサの失格が確定となった。

「凡人が、天性の才能を破る瞬間よ。あはははは」

「なんてね。あはははは」

 ムミの笑い声とアサの笑い声が重なったのは、残り四秒となったときだった。

 それと同時にアサの身体がリング内に現れた。その刹那、場外にあったアサの肉体が消え、かわりにムミの姿が現れる。

 アサが今度は歓喜の表情で叫ぶ。

「勝負あったわ、ジャッジ。彼女はもう再起不能よ」と、叫ぶと同時にムミは倒れふした。

 ムミの呼吸が荒い。それから、意識はもうないようである。

 不審に思った実行委員会の審判がムミに駆け寄る。瞳孔を確認し、呼吸を調べ、脈をとる。

 そのとき、審判は右手を上げ、

『勝者、アサ選手』と、声を大に宣言した。

 大歓声に答えるように、両手を上げるアサ。しかし、ショウの視線はムミへと注がれ続けていた。彼女はいったいどうなってしまったのか。何が起こったのか。

 ムミの症状は奇妙としかいいようがなかった。何もわからぬまま、彼女は担架に運ばれて会場を後にした。


     ☆


 そして、もうひとつの戦いも終わりを見せる。


 キアラの能力は触れた物を違う物質に変換できる。たとえば、岩をゴムに変えたり、木を鉄に変えたり、と。思い描いた物へと変化させる、それが彼の能力。

 殺しがご法度な大会において、キアラは変える物質の選択に悩まされた。

 総合体育館の床はベニア板であるが、それを何に変えるか。殺傷能力の高い鉄の針に変えて串刺しにするわけにはいかない。液体窒素に変えて凍結させるわけにはいかない。鋼の刃に変えて切り刻むわけにもいかない。

 もともと性格の温厚な彼はケンカなどほとんどしたことがない。その経験の無さが、大会において不利に働いたといえよう。頭は切れるほうだが、強大な能力をもてあましたのである。その結果、前大会でショウに負けた。

 それからというもの、彼はイロイロと自分の能力について勉強した。

 物質をどれだけ思い通りに変えられるのか。人間はどの程度まで死なずに生き延びるのか。行動ではなく勉学によって学んだ。

 今大会において、自分の能力を何処まで昇華させられたのか、順調に勝ち進み、再びショウと(まみ)えるのを楽しみにしていたのだ。

 しかし、今眼の前にいる相手はショウに勝るとも劣らない能力者であった。自分の学習と能力の応用が何処まで通用するのか、それを知りたかった。それを彼女(ラナ)に証明したかった……嫌われたくなかった……。


 タツアの能力は岩の召還である。どんな岩が召還されるのか、固さも違えば形も違う。

それはタツア自身にもコントロールできない。ただし大きさだけは操作できた。しかし、大きいほど、多いほど、召還にかかる時間が長くなる。人ひとりをつぶせるくらいの岩なら四、五秒で作れる。また、岩は上空にだけではなく、イロイロな場所に発生させられ、重力を無視して一方向に飛ばすことが出来るのである。ところが、方向転換はできないため、そうそう使うことはできない。なぜならば、上にしかつくれないと思わせることによって、油断を誘えるからである。

 タツアが上級生を殺害した事件の真相は、たんなる事故であった。

 能力者どうしのケンカが全盛期のころ、体格のいいタツアが眼をつけられるのは当然と云えた。相手は上級生五人。全員が能力者だった。自分の身を守るため、痛めつけられている間、耐えに耐え、巨大な岩を召還した。中央にいたリーダー格の男が直撃を受け絶命。他の者は重傷をおったが命に別状はなかった。決して殺すつもりはなかった。ただただ、必死だったのだ。

 しかし、噂が尾ひれをつけ、タツアは恐怖の殺人鬼になったのだった。


 タツアの能力は少しだけ変化が起こっていた。今までは岩を数十個しか召還できなかったのが、無限に増え、さらに、飛ばしたときに、じゃっかん曲げられるようになっていたのだ。

 キアラは次々と襲ってくる岩を、触れた瞬間に水へと変化させた。

 しかし、それも次第に追いつかなくなるほど、岩の数が増えスピードも増していく。

 徐々にキアラは疲れ、岩を食らうようになってきたが、ここで、反撃に出た。床に広がっている水たまりを、身の丈を超える無数の木に変化させたのだ。周囲が小さな樹海と化す。キアラの姿を見失うタツア。その背後からふいに声がきこえた。

「試合が終わったら、元に戻しますから」

 キアラがタツアに触れようと右手を伸ばす。キアラの狙いはタツア自身を動けない物に変え、場外で時間切れになるのを待つ、ということだった。

 キアラの手が、タツアの身体に触れた……その瞬間、キアラの眼が鋭くなる。

「これは!」

 タツアの身体がドロに変わる……が、キアラはすぐさま背後を振り返った。

 そこには口元をゆがめるタツアが立っていた。

「それは俺の身体に似せた、ただの岩だよ。力がみなぎってくる。今では岩の形もコントロールできるようになった。奥の手は最後まで取っておくものだろ」

 キアラの両腕を小さな岩がはじく。腕を広げた形になったキアラの胸の前に、ボーリングの球くらいの岩が浮き出た。

 蒼白となるキアラにむかって、タツアは賛辞を述べた。

「お前は強い。俺がいなければ、間違いなくお前が優勝していたよ」

 キアラの胸に岩がめりこむ。

 苦悶の表情を浮かべるキアラ……その数瞬後、唇に笑みが浮かぶ。

「奥の手は最後に見せるんですよね」

 言葉が終わると同時に、胸にめりこんでいた岩が押し出される。押し出す勢いを利用して、今度はキアラが岩を飛ばす。

 不意をつかれたタツアは何も出来ず、自分でつくった岩を自身にくらった。

 悶絶をうつタツア。その身体を、キアラが岩に変え、動かなくしてしまった。


    4 続く、あがき


『一回戦を突破したのはキアラとアサ様だ。順当と云えばそうかもしれない。だが、しかし! 今の闘いを見たか! 二人とも苦戦を強いられた。決して楽な勝利ではなかった。これが、格闘大会の醍醐味。これが、天蓋高校生徒たちの実力。しかし休んでいる暇はないぞ。いよいよ第二試合が始まる。Aブロックからは二年アリアちゃん対転校生ノリムネ。そしてBブロックは生徒会長マサムが推薦したスリカちゃん対、一年の間では優勝を囁かれているサヨリちゃん。ABどちらのブロックも初参加同士の闘いだ。だからといって油断するな。この中から優勝者が出るかもしれない。それほど今大会は激戦が予想される。眼を離すな。客席も気合と根性を入れろ。それでは、各選手の入場です!』


 第一試合が終わると、ラナとルチが腰を上げ、無言のまま何処かへと向かった。

 それを見届け、ショウも腰を上げて、

「ちょっとキアラのところへ行ってくるよ」と、ミルに云った。

「もう少しだけ待ったほうがいいわ」

「どうしてだい?」

 ミルは少し考える様子を見せ、ゆっくりと云った。

「今、ラナが彼の元へ行っているから」

 それを訊いてショウは再び腰をおろす。

「彼?」

「そう」

「キアラのこと?」

「そうよ」

 それを訊いてショウは、キアラの行動のすべてを理解した。彼がぞっこんになるのも無理はない。奇妙な感覚に襲われるのも無理はない。なぜならば自分もそうなのだから。キアラとはあとで話しをつけよう。今は、もっと気になることがあるから。

 ショウはそれを口にした。

「ところで、君たちは姉妹なのかい?」

「ええ、そうよ。もうひとりいるんだけど、ぜんぜん姿が見えないの」

「もうひとりいるんだ。四姉妹なの?」


     ☆


 タツアは選手控え室のベッドの上で眼を覚ました。

 起き上がろうとしたが、胸に強烈な痛みが走り、そのまま再びベッドに身体をあずけた。

「ダメよ。まだ起きちゃ」

 声がしたほうへ眼を向けると、そこには心配そうな表情を浮かべるルチが立っていた。他には誰もいない。彼女はそっと、タツアの額にぬれたタオルをかけた。

「俺は負けたのか……」

「ええ、ものの見事にね」

「くそっ……これで留年確実か……」

「学校なんかどうでもいいわ。あなたが無事だったからそれだけでじゅうぶんよ」

 タツアはタオルを手で払いのけ、胸をおさえながら声を張り上げた。

「ルチ! 頼む、もっと俺を強くしてくれ。誰にも負けないくらい強く!」

 ルチは、暗闇の中に浮かぶ魔女のような、妖艶で、妖しい笑みを浮かべた。

「もとからそのつもりよ。さあ、いらっしゃい。あなたを世界で一番の能力者にしてあげる」


     ☆


 ショウは行くところがあるからと云い、ミルに断って席を立った。行くところというのは先ほどから気になっている人物の元だった。目的の部屋へ着くと、扉のむこうから複数の叫び声がきこえてきた。

「脈拍正常、心拍も異常がない。しかし、瞳孔が拡大している。何なのだいったい」

「こんな現象は初めてです」

「くそ。ここじゃダメだ。病院へ移すぞ」

 そっと扉を開けて中を覗き込んだショウの眼に入ったのは、ベッドでまどろんでいるようにしか見えないムミの姿だった。死の雰囲気はない。死者特有のサムザムとした気配はない。どうも腑に落ちない肉体。そんな彼女を、医者が運び出そうとしているところだった。

「あの、ムミさんは大丈夫でしょうか?」

 ショウの存在に気づいた医者が、眉を曇らせながら答えた。

「まだ何とも云えない。急いでいるからどいてくれないか?」

 そう云って、(あわただ)しく去っていった。


 まどろむ……①うとうとと眠る ②少しの間眠る ③難度の高い言葉


                                           つづく

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