世界樹の花嫁 ~プラント・ワールド~ 19
5 収穫
『クワガタ』に余裕は微塵もなかった。
今まで数々の惑星を滅ぼしてきた。その中には地球のように特殊能力を持った者たちもいた。しかし、それらをすべて返り討ちにし、容赦なく食ってきたのだ。それがどうだ。やせぎすの子供に、苦戦を強いられている。同種族での戦い――いわゆるケンカだが――で、地球に来ているメンバーでは、『蝶』は別格としても、『サソリ』にしか負けたことがない。他種族との戦いではいまだ無敗なのだ。それがどうだ。片手でひとひねり出来そうなひ弱な少年に、殺されようとしている。
上空に積乱雲を呼び集め無数の落雷を落とす。
地球に来て、まだ出したことのない本気のこぶしを繰り出す。
そのどれもが少年に届かない。電撃は少年の身体の表面をすべり、打撃は少年の身体に到達するも、まるでゴムを殴ったような感触。
『クワガタ』は生れて初めて他種族に恐怖した。恐れて、おびえて、助けを呼んだ。
☆
湖の上空に浮かぶ影。見上げるとそこには『蝶』の姿があった。もちろん公園や草原で飛び交っている普通の蝶ではない。人の形をしたそれは、降りることなく、身体の三倍はあろうかという羽を、バサリ、と羽ばたいた。
ここでショウは、世界樹の根元にいるミルとスケヨシの元へと駆け寄り、耳を疑うようなことを云った。
「スケヨシ先輩、すみませんが、全身を硬化させて、死んでください」
これにはスケヨシはもちろんのこと、ミルまでもが眼をみはった。
「おいおい、ついに頭がどうかしちまったのか?」
「何を考えているの? ショウ」
「それを説明している暇はないんです。ボクを信じてください。あとでかならず生き返らせますから」
しばらく黙りこみ、ショウの眼をじっと見つめ、やがてスケヨシは折れた。
「わかったよ。そのかわり、かならず生き返らせてくれよ。それからお前とタイマンだ」
「はは。おそろしいなあ、わかりました、約束します」
スケヨシは能力を発動させて、鋼鉄の塊と化した。意識も臓器の活動も停止し、ただの鉄の塊となった。それを確認するとショウはミルへと視線を変えた。
「ミル。君はこれを決して口から離さないで」
そう云ってショウの左肩からホースのように細長い管を出して手渡した。それは先端が吸盤のようになっていて、真ん中に穴が開いていた。
ミルは迷うことなくそれを口にあてる。
「よし」
ショウは立ち上がり、『蝶』と『クワガタ』を交互に見やり、背後のミルへ言葉を発した。
「すぐに終わらせるから、ちょっと待ってて」
☆
『ショウは確かに死んだ。僕は生き物の生命活動も透視できる。
ショウの心臓は確かに止まっていた。それなのに、ショウは今、『クワガタ』と『蝶』を相手に戦っている。これはどういうことなんだ? 僕にはわからない。
世界中の能力者たち。今すぐショウとキアラの力になって。
早く……早くしないと、もうひとつの脅威が……」
☆
「『蝶』の能力がわかったよ、ミル。『蝶』は一種類の毒じゃなくて、その毒の性質をいろいろと変化させることが出来るんだ。心臓を止める毒、身体を麻痺させる毒、笑わせる毒、そして、DNAを作り変える毒……それを強力な風によってはるか彼方まで飛ばす。それだけじゃない。『蝶』の身体自体はゴムのような構造をしている。そのため、殴り殺すことも切り殺すことも出来ない。だけど、ボクの前では無力。それを今証明するよ」
強がりでも無知でも暴虎馮河でもない。ショウの純粋なセリフだった。
暴虎馮河……①命知らずなことをすること ②血気の勇にはやること ③Sランク
『クワガタ』の電撃、『蝶』の毒が荒れ狂う。湖の中央に立つショウに『クワガタ』の鉄拳が炸裂する。
「もう、お前たちは怖くない」
言葉が終ると同時に、ショウの能力が発動。その瞬間、『クワガタ』は炎上し、『蝶』は落下した。ぐずぐずに崩れて『クワガタ』は水の中に沈み、代わりに『蝶』が水の中から怒りを浮かべて姿を現す。
なんというあっけない決着。不思議なことは、『クワガタ』を殺したにも関わらず平常心であったことだ。倒したことにではなく、殺したこと。ミルは驚きを隠せなかった。
そしてショウは、殺めたばかりだというのに、とても穏やかに云った。
「お前も、ボクには勝てないよ。だからと云って逃がしたりはしない。ボクがここで決着をつける」
『蝶』は一瞬、躊躇したものの、種族の誇りにかけて突進した。
つづく




