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世界樹の花嫁 ~プラント・ワールド~ 17

     3 一部(タイル)


『死んで行く。死んで行く。みんな死んで行く。

 ヤツらを止める術はない。恐怖に(おのの)き、身を寄せ合って、ヤツらに見つからないようにするしか、もう僕たちの道には残されていない。地球に飽きて他の星へと旅立つのを待つしかない。唯一の希望であった、

 ショウが死んだ。

 もう、僕たちには助かる手だてがない。恐ろしい恐ろしい死んだ死んだ』

 マトシは電波塔の上でひとり、肩を落として泣き崩れた。


     ☆


 その男は鼻が異様に高く、背も高く、髪は黄土色で、骨格もがっしりとしていた。そもそも日本人ではないので当たり前と云えよう。

 名はティルといった。ドイツ人の三十六歳。

 能力はいたってシンプルなサイコキネシス。いわゆる手を触れずに物を動かすという念動力だった。シンプルだが、無敵と云える能力。何物をも、ティルに近づくことはおろか、手も足も出ないのだ。

 そんな彼と対峙したのは、ついに日本へ上陸した『蝶』だった。

 都会の若者たちは、ティルが能力者だと知ったとたん、逃げることなく、彼らの戦いを観戦する姿勢を取った。バカかこいつら、とティルは思ったが、言葉もわからないのでそのままにしておくことにした。

 あらためて、『蝶』と観察する。やわらかい身体の曲線は相手に恐怖感を与えない。むしろ、官能的ともいえた。アンドロイドを思わせる容姿は、街のネオンをそのまま全身で反射していた。きらびやかでもろそうな外骨格から戦闘狂と連想するものはいないだろう。ところがティルは弛緩(しかん)しなかった。『蝶』の動き、一挙手一投足を見逃すまいと、まばたきすら忘れて凝視していた。


 弛緩……①ゆるむこと ②日常会話でまず耳にすることはない言葉


 先に動いたのは『蝶』だった。動きも見た目同様とてもしなやかだった。すべるように接近する『蝶』。だが、二、三歩進んだところでピタリと止まった。いや、止まったのではない、ティルの能力によって止められた、のだ。

 ティルは右手を前に突き出している。開かれた手のひらをまるで空気を絞るように閉じる。するとどうだろう。『蝶』の身体はティルの手に握られてでもいるかのようにつぶれて行った。それでもティルは攻撃の手を緩めなかった。続いて左手を前に出し、ひらの部分を下に向けて、腕を下ろした。その刹那、『蝶』の身体はグシャッと地面の上に広がった。

 完全なる勝利。しかしティルは動こうとしない。こんなに簡単に捕食者が死ぬはずがない、と警戒心を解かなかった……が、『蝶』はまったく動く気配がない。

『蝶』を恐れて近づかなかった野次馬たちは、終結した戦闘に安心して、そろそろとティルのいるところまで接近してきた。好奇の視線を投げかけるがティルはそれを無視してかつて『蝶』であった塊から眼をそらさない――それが、一命を取り留めることになった。

 やはり、というべきか、『蝶』はお好み焼きのような姿になりながらも死んではいなかったのだ。突然むくむくと元の形を取り戻したかと思うと、まわりにいる人々の驚愕をよそに大きな羽を、それこそ自分の身体の三倍はあろうかという羽を、ひと羽ばたきして見せた。そのとたん首をかきむしり苦しみ出す人々。『蝶』の能力、毒だった。

 酸素が薄緑色を含み、それを一呼吸した者はわけへだてなく苦しみ出した。速効性の猛毒で、三、四秒のうちに死にいたる。

 バタバタと倒れて行く中でティルだけは何事もないかのように立っている。否、何事もないというわけではなかった。その額には大粒の汗と太い血管が浮き出ていて、白目の部分にも無数の細い血管が蠢いていた。

 ティルが行っていたのは一種の結界だった。身体の周りにバリアを張り、いかなる物質も近づけない。『サソリ』の能力と酷似している。だが、彼の表情から、いつまで続けられるのかわからない。限界はすぐそこまで迫っているのかもしれない。それを知ってか知らないでか、『蝶』は間髪入れずに次の行動に出た。否、正確にはもう出ていた、と云ったほうが正しい。『蝶』が繰り出した毒はただ死にいたらしめる毒だけではなかったのだ。

 死んだ後、人々を復活させる、毒。周りにいる三十人以上の死人たちが、いっせいに起きだしたのだ。

『蝶』は浮上し、死人を復活させる毒を広範囲に散布した。

 足元を見降ろすと、次から次へと生き返った死人たちがティルへ襲いかかっている。

 ティルはゾンビたちを切り刻み、あるいは吹き飛ばし、あるいは粉々に破壊して行った。しかし『蝶』はもうこれ以上、ティルの相手をするつもりはなかった。遠くへ視線を送り、その場を離れた。

 応戦するティルだったが、やがて力つき、死人の山に呑み込まれた。


     ☆


『世界中の戦士たちも、次から次へと命を失って行く。

 今、ドイツの勇者が死に絶えた。先ほどはアメリカ人とロシア人、ブラジル人の連合チームが『サソリ』に殺された。

 ヤツらに勝てる者はいない。

 地球は破滅への道を一歩一歩つき進んでいる。

 誰か、助けて。

 誰でもいいから助けてください。

 僕はまだ十二歳なんだ。死にたくない。死にたくないよ』


『うるさい、マトシ! ヤツらは、俺が止める』


     ☆


《子》に先立たれる親の苦しみ。たまに耳にすることがあるが、実際体験してみると、これほどの苦痛を伴うとは。想像を遙かに上回っていた。

 地獄の業火に焼かれる心の中に、一条の光が差し込んできた。

 その光に照らされると、幾分、痛みが和らぐ。

 なんて暖かい光なのだろう。

 なんと云っただろうか、そう、この光は、《慈愛》に満ちている。


『娘を愛する心優しき少年よ』

 何者かが心の中で囁いた。

『永き旅を経て、やっと見つけました。あなたにならすべてを(ゆだ)ねられるでしょう。

 心優しき少年よ。

 どうか、娘を幸せにしてあげてください。

 虚無の空間の旅はもう終わりにさせてください。

 この地を、安住の地とさせてください。

 あなたの小さな肩にすべてを乗せるのは心苦しいのですが、許してください。

 ああ、ごめんなさい。

 あなたにすべてを、託します……………………………………………………………ショウ』


     ☆


 救急車や消防車、パトカーも数台駆けつけ、救急隊員がわめき散らしているとき、瓦礫の中から姿を現したのは、満身(まんしん)創痍(そうい)となっているキアラだった。その腕には、血にまみれたラナの姿があった。

 キアラは救急隊員にではなく、上空に向かって助けを求めた。

「カノコ先輩、お願いです。ラナを、早くラナを病院に!」


                               つづく

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