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世界樹の花嫁 ~プラント・ワールド~ 16

   第二章 収穫(ハーヴェスト)


     1 前進(リンクス)


 盲目の少年は『捕食者』たちの姿を捕らえていた。

 電波塔の上に座り、じっと動かない少年。歳は十ニ、三だろうか。さらさらの長い髪が風にゆれ、若々しい顔の肌をトキドキのぞかせている。

 少年の能力は千里眼とテレパシー。世界の果てまで見渡せる能力を使い、今、『捕食者』たちを見ていた。

「日本に向かっている」

 少年は眼を見開いた。

 その瞳には黒目がなかった。だが、誰よりも《見える》マトシは、もうひとつ、奇妙な物体をも捕らえていた。

 その物体は今、大気圏へと突入しようとしていた。


     ☆


 キアラはラナを連れて何処かへ行った。

 ナサオシとルチはマオラを探すと云い飛び立って行った。

 だいぶ落ち着きを取り戻したショウだったが、そんな彼らに何も云ってやれなかった。まだ他人に気を使うほどは回復していなかったからだ。

 ミルはそんなショウを抱いて家の中へと引き返した。

 ショウの母親は世界中の惨劇を流すニュースにかじりついている。まるで狂ったように見ている。外の騒動には気づいていない様子だった。ショウはそれを見て胸をなでおろした。

 平穏は徐々にむしばまれている。ミルはまわりを見回しそう痛感した。

 ショウを連れて二階へ行き彼をベッドに横たえる。

 そして、優しく云った。

「こんな戦いに巻き込んでしまってごめんなさい。もう無理はしなくていいのよ。やめましょう。お母さんを連れて、何処か遠くへ行こう?」

 ショウは天井を見つめながら静かに答えた。

「いや。ボクが終わらせる」 

 そうつぶやいたときだった。ショウの脳裏に一瞬だが刺激が走った。静電気のような刺激。

『能力を授かったみんな、僕たち人類の敵がいっせいに日本へ向かいました。彼らを野放しにしてはいけない。団結してあいつらを止めて。日本の戦士が『ムカデ』と『カマキリ』を倒しました。あとは『クワガタ』『サソリ』『蝶』と、こちらはまだどんなヤツかわかりませんが、もう一匹です。僕の名はマトシ。千里眼で遠くを見通し、テレパシーでみんなに情報を送ります。ヤツらは恐ろしい。みんなで力をあわせて撃退しましょう。そうしなければ僕たちはエサになるだけです。地球を救いましょう。『サソリ』は今、東京にいます。『クワガタ』は京都に降り立ちました。『蝶』は日本へ向かって上空にいます。我こそは、という方々お願いします。ヤツらのくわしい位置は逐一――」


     ☆


『クワガタ』が降り立ったのは京都の深泥(みどろが)(いけ)という知る人ぞ知る幽霊スポットであった。

 平安時代から現在に至るまで伝承の残る場所で、池に大蛇が住んでいるという説と鬼たちが出てくる場所、などと云われている、そういう池だった。豆を嫌う鬼たちを追い払うという『節分』発祥の場所でもある。

 参拝時期は人だかりが出来るのだが、普段はシンと静まり返るため、『クワガタ』の到来に付近の住民は気づかなかった。だが、気づかなかったのがさいわいだったのかもしれない。なぜならば、恐怖に(おのの)くことなく一瞬であの世へと旅立てたのだから。

 落雷があちこちに落ち、集落は獄炎に呑みこまれた。森に囲まれた静かな池は、ゴウゴウと轟音に覆われている。

 と、そこに二人の男が降り立った。

 ひとりは短髪を金色に染めた筋肉質の男。

 ひとりは長髪でメガネをかけた静かな男。

 マトシのテレパシーを訊き駆けつけた能力者たちだった。

「こいつがそうか。まさか本当にいるとは思わなかったな」

「倒さなければならない天敵ってわけですか」

「へ、水があるところでよかったぜ。これならこんなヤツなんかに負けない」

「油断はしないでください。こいつたった一匹でアメリカをつぶしたんですから」

「俺でもそれくらい出来るさ」

「ほう、すごい自信ですね」

「水の恐ろしさを知らないな。高圧縮で放出するとその辺のナイフより鋭利になるんだぜ」

「そんなことは知っていますよ。僕が云いたいのは――」

 会話の途中だった。ズドン! という轟音が響き渡り、メカネの男が炎上した。

 金髪は眼を丸くし、『クワガタ』を凝視した。『クワガタ』の太いツノからまだ電気がバチバチと漏電している。

『クワガタ』の眼が金髪を捕らえる。再び、ズドン!

 だが、電撃は金髪には届かなかった。水の壁を作り、電気を拡散させたのだ。

「お前の攻撃は俺には通用しない。今度はこっちからいくぞ!」

 しかし、そのセリフが金髪の最後となった。

 ガバッと羽を広げ、低空飛行で接近する『クワガタ』。水をカッターに変え迎え撃つ金髪。ダイヤモンドをも切断するカッターはしかし、『クワガタ』の外骨格を削ることすらかなわなかった。

 うなる右腕。水の盾をつくるも、軽く粉砕され、『クワガタ』の腕は金髪の腹部を捕らえる。その衝撃はまるで、超巨大隕石が激突するくらいに感じられた。

 すべてを破壊する腕力。それが『クワガタ』のもうひとつの力だった。


     2 (ブレント)


 各地で能力者と『捕食者』による戦いが繰り広げられた。

 その一部始終を見ているマトシは、能力者たちにメッセージを送った。

「次々と……次々と仲間たちが死んでいく。ふたりや三人では太刀打ちできない。ヤツらは強すぎる。だけど僕は見ていた。日本の戦士ショウ……彼を前線へ。彼は『カマキリ』を倒した男。彼をぶつけ、他のメンバーはサポートを。それしか方法はない。未来を彼に託しましょう。ショウを前線へ! ショウを戦いの舞台へ!」


     ☆


 ショウは母親にすぐ家を出るよういい残し、ミルを連れて旅に出た。マトシのメッセージを訊き、母親にも迷惑がかかると思っての決断。ミルはショウが何所へ行くのか、何を考えているのか、黙したままついて行く。電車やタクシー、バスなどは使わなかった。それはショウの優しさだとミルにはわかっている。旅の経路は空。やがて着いた場所は、世界樹の湖だった。

「ああ、なんて気持ちいいんだろう」

 それにミルもにこやかに、

「そうね。とても優しい気持ち良さ」

「本当に、世界は破滅に向かっているんだろうか」

 それには黙ったまま、ミルはショウの後ろをついて行く。

 かつてはマサム、チヨナ、タツアであった木を通り過ぎ、小さな丘を上り眼前に世界樹の太い幹が立ちふさがったところで、ショウとミルは歩を止めた。

ザワザワと世界樹の枝がざわめいている。

ミルがそっと世界樹に触れ、眼をつぶる。

 それを見てショウは優しく問いかけた。

「なんて云ってる?」

「……落ち着かないような、焦りのような、そんな感情が渦巻いているわ」

「地球に危機が迫っているというのは、現実なんだね。夢ならよかったのに。ああ、これか」

 そう云ってショウはある一点を注視した。ミルは眼を開け、ショウの云う『これ』というのを確かめた。そこにはタツアがつけたという傷があった。

 ショウは世界樹の傷口を見つめたまま言葉を発した。

「ボクはこのままじゃあ、君を守れないと思っている。捕食者に対して、今のままの状態じゃあ、ダメだと理解している。だからここに来た。タツア先輩が世界樹に傷をつけた、ということは、手も足も出ないような代物じゃあないということ。だからここへ来た。そして、ボクは、もっともっと、強くなるよ」

 ショウは右手の人差し指から血管のような物を出した。それを、世界樹の傷口へ挿入する。

「世界樹の力を、そのままボクのものにする。いわゆる、輸血だよ。ボクには人間の血と君たち種族の血が半々で流れている。だけどそれを純血に変える。そうすることによってどうなってしまうのか、それはボクにもわからない。わからないけど、手をこまねいて見ているだけじゃダメだ。それじゃあ、前に進めない。それじゃあ、残る『サソリ』『クワガタ』『蝶』それともう一匹を倒すことは出来ない。ひとつの賭けだ。人間の持つ弱さ、つまり、感情を喪失することによって、ボクを悩ませる障害は取り除けるはずだ」


 感情……①喜怒哀楽や好悪など、物事に感じて起こる気持ち ②精神の働きを知・情・意に分けた時の情的過程全般を指す ③感情が無いモノは、生物とはいえない


 ミルは、ショウの言葉、世界樹に突き刺さっている血管を見て、大粒の涙を流しながらその場へくずおれた。嗚咽をもらしながら哀願する。

「ダメよ。ショウがショウでなくなったらダメよ。ワタシはショウを愛したの。だから、ね? もうやめて。勝てないならどこか遠くへ逃げよう? 他の惑星でもいいじゃない。地球じゃなくてもいいじゃない。捕食者が気づかないような小さな星でもいいよ、遠くてもいいよ、ふたりで、静かに暮しましょう?」

「そうすることが出来ない、という感情も、人間にはあるんだよ」

 そう云った瞬間、ショウの顔に苦悶の色が浮かんだ。


 ああああああああああああ!


全身を襲う激痛、ショウの悲鳴がそれを物語っていた。


     ☆


 捕食者包囲網が完成した。出口なしの牢獄、東京ドーム。中央には『クワガタ』、それを囲むようにして、キアラとラナ、カノコ、アサ、ナサオシとルチ、それと、マオラが壁を作っていた。天蓋高校最強軍団。そんなことを知る由もない『クワガタ』はもちろん、威風堂々とした態度で彼らを見まわしている。さあ、早くかかってこい、と云わんばかりだ。

 すすすとマオラが前に進み出た。アサより短い制服のスカートがひらひらと揺れる。彼女の能力は反射。誰もがマオラの勝利を確信していた。いかなる打撃、攻撃を繰り出そうとも、彼女には届かない。周りにいる誰もが、『クワガタ』の繰り出す最初の一撃で決着はつく、と確信していた。

 やがてマオラはクワガタの眼と鼻の先まで接近して、ピョコナンと立ち止まった。

「よく見れば見るほど化け物ね。あなたはなんだか鬼みたい。昔、日本に降り立ったことあるんじゃないの?」

 もちろん『クワガタ』は答えない。マオラはそのまま続ける。

「強いみたいだけど、私には通用しないわ。だからさっさと地球から出て行きなさい。私は忙しいの。あなたなんかと遊んでいる暇はないのよ」

 ガン! 唸る『クワガタ』の豪腕、しかしはじけたのは当の本人だった。大きく後方に退き、ゆっくりと立ち上がる。だが、その身体の何所にも傷を負っていない。

「無駄よ無駄無駄。どんな攻撃もはじいちゃうんだから」

『クワガタ』の角の先が黄色い閃光を放つ。電撃。しかしそれすらもマオラには届かない。雷と雷のぶつかり合い。中空を舞う電撃は、頭部を失ったヘビのようにのたうち回る。

 ここでナサオシが歓声を上げる。

「これで勝ったも同然だな。あれじゃ手も足も出ないだろ」

 はたしてそうだろうか、とキアラは不安にかられた。その心配をラナも感じているようで、キアラの腕をつかむ力が強くなった。

「やはりひとりではダメだ。俺たちも加勢するぞ」と云ったのはカノコ。ちょうどキアラもそう思っていたときだった。しかし、ナサオシは、

「何を云ってる。見てみろよ、マオラひとりで充分だろ?」

「あれを見て」

 アサの言葉に一同は前方へ顔を向ける。すると『クワガタ』は、背にある外骨格を広げ、透明な羽を広げた。ブブブブブと風を切る音を響かせて低空飛行でマオラの眼の前へ移動し、そのまま彼女の身体をつかんだ。『クワガタ』が何をしようとしているのか、何を狙っているのか、誰にもわからない。みんなの心の何処かに、何をしようとも、マオラを倒すことは出来ない、という安堵感があったからだ。当の本人、マオラがその余裕を一番に顔で表現していた。ところが次の瞬間、マオラの顔から余裕が消えた。『クワガタ』は、彼女に攻撃を加えるのではなく、ただ、上に投げたのだ。その様子を見てキアラは即座にマオラの弱点を悟った。それと同時に、『クワガタ』の恐ろしさも知った。

 優しい力は跳ね返されてもはじかれない。

 だからつかんだ腕はそのままつかんでいられたのだ。

 マオラの身体はしかし、ものすごいスピードで上昇する。ドームの天井はマオラの皮膚に触れた瞬間はじけ飛ぶ。そして、マオラは遥か上空へと上昇を続けた。

「カノコ先輩! あのままじゃマオラは宇宙まで飛ばされてしまう。早く助けに行ってください」と、叫んだのはキアラだった。マオラの危機を悟ったカノコが飛んだ。皆がマオラの様子に心を奪われていたとき、『クワガタ』は動いていた。低空飛行にてナサオシへ接近。コンマ数秒でナサオシは左へ飛んで逃げた。空を切る『クワガタ』の豪腕。ナサオシの能力は明らかに進化していた。おそらく、今では光速をも超えるだろう。

 キアラが動いた。地面を超巨大な槍に変える。それを軽々と持てるように獣の腕にする。そして、間髪入れずに槍を(ほう)る。空気を切り裂く槍を『クワガタ』は叩き落とす。それを予期していたかのようにアサも動いていた。繰り出すは《魂》の分身体。物理攻撃は通用しないと判断したアサ。肉体ではなく魂を()つ。『クワガタ』はその能力の異様さを察知したのか、触れることなく後方に飛びのいて距離を取った。それを見てキアラが叫ぶ。

「『クワガタ』の弱点がわかった。アサ先輩の能力だ。ナサオシ先輩、アサ先輩の身体を運んでください。僕が注意を引きます」

 同時に、ラナの悲痛な叫びも重なった。

「いけない! 逃げて」

『クワガタ』の角がバリバリと漏電している。その状況とラナの声に反応したキアラは上空を見上げる。そこにはポッカリと開いたドームの天井。さらにその先の天空には暗雲が垂れ込めていた。


 ズドン!


 あたり一面が閃光に包まれた。数瞬おくれて、轟音が鼓膜を振動させる。

 雷が蜘蛛の網のようにドームいっぱいに広がったのだ。


                                 つづく

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