世界樹の花嫁 ~プラント・ワールド~ 13
第三部 黒い天使
恐ろしくも美しい恋愛地獄
思い出をドンナに積み重ねても
現在より、重く、なることはない
『自殺評論家M』
第一章 無
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ショウの母親は、これ以上広げることは出来ないだろう、というくらい眼と口を大きく開けた。そのままの状態で数秒。ショウは母親が時を止める能力を身につけたのか、と冷や汗をたらしたが、その心配は杞憂に終わった。その反動か、時を取り戻した母親は、一気にまくしたてた。
「あんたが女の子を連れてくるなんて! ねえ、彼女? 彼女なの? なんて名前なのどうやって知り合ったのいつから付き合ってるのねえねえ教えて教えて!」
母親は、帰宅したご主人様と再会した犬のようにはしゃいだ。
ショウはうんざりして、はずかしいから少し落ち着いてよ、と眉根を寄せた。そうして振り返ると、ミルは嬉しいやらはずかしいやら困っているやらわからない複雑な笑顔を浮かべている。とりあえず、彼女のことを母親に紹介した。人間でないことは伏せたまま。
「まあこんなところじゃなんだから、中に入ってご飯にしましょう。お腹すいたでしょ? さ、遠慮しないでミルちゃんも入って入って」
母親に云われて空腹であることを思い出した。
中に入るとゴマの香りや様々な香辛料の匂いが充満していた。たった数時間のことなのに、何故か懐かしく感じる。
食事の間中、母親の質問攻めは止まらなかった。それでも疎ましく思う感覚が、なんとなくショウには嬉しく感じた。ミルも優しい笑みを浮かべ、まんざらでもないようだった。うるさい食卓が何故か心地よかった。
ところが、ほのぼのとした家族団欒の風景を壊したのは、テレビのニュースだった。
それは誰かがホームビデオで撮影した素人まるだしの映像。手ぶれがひどく、画像が鮮明ではないのではっきりとはわからないが、ミルの表情から、『捕食者』がついに現れたのだと確信した。
心の何処かで『捕食者』のことは遠い彼方のことのように思っていた。遥かな宇宙の果てからやってくる生物が、そうすぐに来ることはない、などと根拠の無い安心感が何処かにあった。驚愕とともに、ニュースによって真実を突きつけられたのだ。ショウは自分の甘さを呪った。
テレビからきこえてくる声は英語で、何を云っているのかわからないが、それでも緊迫感、焦燥感、絶望感はひしひしと伝わってくる。
焦土と化す大国。誰もが息を呑む光景。世界を引っ張る先進国は、もう終わった。
ショウたちが言葉もなくテレビを見つめていると、場面が変わった。アナウンサーはこう告げる。
『ここでさらなる情報が入ってきました。前人未到の危機はアメリカだけではなく、フランスでも起こっている模様です。この映像をご覧下さい』
情緒あふれる街並み、芸術的建造物、それらは見る影も無い。瓦礫を無造作にばら撒いただけのような風景。誰もここを、フランスだと思う人はいないだろう。
『アメリカは想像を絶する雷雨に見舞われ、フランスでは暴風雨が吹き荒れています。また、未確認ではありますが、未知なる伝染病が蔓延しているとの報告を受けました。暴風雨は北上している模様で、ドイツ、イギリス、デンマークに避難勧告が出されているそうです』
ここで母親が、映画みたいねえ、とつぶやいた。
「あ! そうだ!」
とショウは立ち上がり、することがあったんだ、と云って二階にある自分の部屋への階段を駆け上って行った。
しばらくして、ドアをノックする音が響いた。
ショウがどうぞと云うと、投げかけるような視線をしたミルが顔をのぞかせた。
それを汲み取って答えるショウ。
「オバアちゃんがこっちに来るって云ってたから、断るように手紙を書いていたんだ。だってこれから大変なことになるからね」
何処に逃げても危険なことに変わりはない。それでも、世界樹から出来るだけ離れたほうが安全な気がする。ショウはなんとはなしにそう思ったのだ。
「『捕食者』は、世界樹が前の星を脱出してからすぐに追いかけたのかもしれない。だからこんなにも早く地球に来てしまったのね。ということは、あの人たちはもう、信じられない……」
ミルの云う『あの人たち』とはおそらく地球に来る前の惑星の人たちだろう。彼らはそうとう強かったらしい。それからミルたちが惑星を捨てるときには、まだ応戦していたということも訊いた。
はたして、ボクたちで『捕食者』を倒せるのか。不安を断ち切るように、ショウは頭を振って笑顔をミルに向けた。
「変な母親でしょ?」
ミルはここで笑顔を浮かべたのだが、少しだけ哀しそうにも見えた。
「ワタシたちは世界樹と直接会話はできないの。触れることによって、少しだけ感情が流れ込んでくる。それが会話。だからショウたちのように、笑ったり、驚いたり、悲しんだりと直接交流できるのはうらやましい」
ショウは何て答えていいのかわからなかった。ただただ、口元に微笑をたたえて見つめてやることしかできなかった。
「やっと見つけた。いったい今まで何処に行っていたんだ?」
突然の来訪者。
それはカノコとアサの二人だった。二人は窓際に立って、外の風景よりも暗い顔をしていた。
「ちょ――表から普通に来てくださいよ」
「時間がない、単刀直入に云う。ノリムネとイヨコが死んだ。そして、マサム、チヨナとタツアが木になって戦闘不能だ。マサムが最後に伝言を残した。これから大会組メンバーは怪物たちとの戦闘に巻き込まれる。生き残るのは三人のみ。他は死ぬか木に変化する。ちなみにお前は『死』に含まれる」
カノコの言葉を聞きながらショウは手紙を開いて何かを書き足した。しかしその表情に、焦燥の色は見られなかった。
「まあ覚悟は出来ていますよ。ご忠告どうも、カノコ先輩」
食えないヤツだ、とカノコは片手を上げた。
「じゃあ、今度はキアラを探してくるよ。これから大変になるが、せいぜい頑張れよ」
ここで今まで黙っていたアサが口を開いた。
「三人の犠牲を持って、ムカデのような怪物は倒せたのだけど、あと四匹もいるらしいわ。
『サソリ』『クワガタ』『カマキリ』『蝶』
この四匹よ。
約束して。絶対に、ひとりでやろうなんて考えないこと。私たちが勝てたのは未来を視るマサムの能力のおかげ……彼を失った今……」
そこでアサは眼に大粒の涙を浮かべ、それを見られまいと後ろを向いた。
「大丈夫ですよ。無理はしません」
守るものが出来たから、という余計なことは黙っていた。
「それじゃあな。また会えるといいが」
「あ、ちょっと待ってください」
呼び止めるショウ。
振り返ったカノコにショウは、
「ついでにこの手紙、出しといてもらえますか?」
と云って、祖母への手紙を渡した。
カノコは鼻で笑ったあと、手紙を受け取りアサとともに消えた。その直後、下から母親の叫びに近い声が聞こえてきた。
「ショウ! 今度は東京スカイツリーが倒れたわよ。誰かに切断されたみたい!」
脅威が着実に迫っていることを実感した。
小刻みに震えだしたミルの手を、ショウは固く握った。
そのとき、
「ショウ! いるか?」
外から聞きなれた声が響いてきた。今日は来客が多いな、とうんざりしながら窓から顔を出すと、額から血を流すキアラとワナワナと震えるラナが見上げていた。ショウが、どうしたんだ、と問いかける前にキアラが口を開いた。
「スリカとシブ先輩が死んだ! ショウ……もう、地球は終わりだ」
つづく




