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世界樹の花嫁 ~プラント・ワールド~ 10


     第二部 真相は空の上で



                       究極の愛と出会ったとき

                       信念という言葉は

                       意味を失う

                       生理学者のある日の寝言』




   現在(いま)の章


 世界樹の枝は横に大きく広がり、また天高く伸び、雲の中に溶け込んでいた。

 何処まで伸ばしているのか、枝ですら全貌を知ることはできない。

 世界樹の根元の湖の中に、奇妙な形状をした木が一本、普通の木が一本、計二本の木が新しく誕生していたが、少しだけ、変だな、と思っただけで、特に調べに行くでもなくショウは高度を上げた。

 普通の巨木の幹ほどもあろうかという枝の間をすり抜け、上へ上へと上昇を続ける。

 もう富士山の標高は超えただろう。それでも、頂らしきものすら見えない。

 だんだん呼吸も苦しくなってきたので、ショウはこの辺でいいだろう、と枝に降り立った。翼を元に戻し、広い枝の上でショウとミルは腰を下ろした。

「地球って、本当に、とても綺麗ね」

 ミルは下界を見下ろしながらそうつぶやいた。

 ここにいると、緑の惑星(ほし)地球、と云われる理由がわかる。

 近代化が進み、自然がどんどん破壊されているとはいえ、まだまだ緑のほうが圧倒的に多い。自然は人工物の隙間をぬって、人間の盲点をついて、生命力を発揮して、力強く生きている。

「本当に綺麗だ」

 無意識にショウはそう答えていた。

「これから地球は、緑こそ増えるけど、人間は減少する――」

 ミルはほころんでいた顔を曇らせ、ゆっくりと語りだした。

「ワタシたちがいる限り」

「どういう意味だい?」

 ミルは真っ直ぐ、ショウの眼を見つめた。

 これから話すであろう重大さを察知し、ショウは優しくミルを見据えた。

 どんなことでも、受け止めるつもりだった。

「ワタシたちは、人間ではないの。『マザーの子』。この、世界樹(マザー)、から生まれたの」と、ミルは枝をさすった。

 彼女たちが普通ではないと思っていたが、まさか人間ですらないとは、さすがに驚いた。しかし、ショウは何も云わず、先を促した。

「ワタシたちの住んでいた星は、突如あらわれた『捕食者』によって滅ぼされたの。地球でいう昆虫に似た彼らは、すべてを食らい尽くす。他の生物は餌でしかない。食らい尽くし、殺戮を繰り返し、その惑星の生物がいなくなると次の星へと旅立つ。それの、繰り返し……。

 地球の前にいた星では、原住生物たちが必死に抵抗したわ。でも、『捕食者』は強すぎる。とても恐ろしい生物なの。抵抗むなしく滅ぼされた」

「捕食者…………」

 その言葉にショウは妙な胸騒ぎを感じた。

世界樹(マザー)はワタシたち種族の存続のため、逃げた。そして、降り立ったのが、この惑星、地球。世界樹マザーはすぐさま体液を放流(ほうりゅう)し、足元に湖をつくった」

 そこでショウはあわててミルを止めた。

「普通の水って云われているけど、体液だったんだ? たっぷり飲んだんだけど……」

 ミルはクスリと笑い、先を続けた。

「あなたたちが突然、超能力のようなチカラに目覚めたのは、世界樹のおかげなの。ワタシたちの種族は放浪生物で惑星を次から次へと渡り歩いている。世界樹は新しい惑星についたらまず大地に根をはり、その惑星の生態系を調べる。そして、その惑星に住んでいる生物のDNAをゆっくりと作り変えるの」

「作り変える?」

「そう、惑星種によって異なるのだけど、基本的には同じなの。結合タンパク質に細工を施すのだけど、ジンクフィンガーとかヘリックスターンヘリックスなどが結合を可能にしているわけで――」

「ちょっと待って、意味がわかりません。簡単にお願いします」

 ミルは少し考えるそぶりを見せて、

「DNAすべてを書き換える訳じゃないの。一部分だけで、生物の肉体を、植物に変化させることが出来る」

 歯車が組み合わさったかのように、ショウの(なか)で何かが警報を鳴らした。

 つまりこうだ。

 世界樹は逃げてきた地球で、生物を改造し、自分たちの子孫を残せるようにした。

 ミルは云った。

『前にいた星』と、ということは、ミルたちもまた、『捕食者』同様、他の惑星を旅し、そこにいる生物たちを作り変えていく。それの繰り返し。

 だけどわからないこともある。

「病院へ行っても、ボクの身体を医者は不審にも不思議にも思わなかった。それはどういうこと? それと、なんでこんな能力を持ったんだろう」

「植物というのは、自ら動くことができないでしょ。だから、守護者をつくる必要があった。身を守る騎士ね」

 世界樹の騎士。ショウはちょっとかっこいいと思った。

「でもDNAを作り変えるのはそう簡単なことじゃないの。徐々に、徐々に、変化させていかなくちゃいけない。そうしないと、肉体が耐えられないもの。で、ショウはまだ足りない、ということ」

「足りない?」

「そう。世界樹の体液は、たとえるならスイッチを取り付けるだけ。そして、スイッチを入れるのが、ワタシたちなの」

 その言葉でショウの脳裏に、キアラ、タツア、ノリムネの顔が浮かんだ。

 能力の急成長。

 能力者に連れ添う、地球外の女の子。

 スイッチを取り付ける? 入れる?

 パートナー?

 

 伴侶!


 伴侶(はんりょ)……①なかま・パートナー ②つれあい ③夜のおとも ④ベッドのおとも ⑤ベッドで隣に寝る人 ⑥ベッドベッドベッド――。


 ショウの顔色が変わった。

 伴侶という古臭い言葉が自分から出てきたことに対しても驚いた。

 どんな真相を突きつけられようと、決して平常心は崩さない。そう決意していたのだが、もろくも崩れ去った。

「気づいたようね。そう、ワタシたちは種を植え付けるために生まれてきた。すでにキアラ、タツア、ノリムネは終わった。あとは、ワタシに選ばれた、あなただけ」

 西に傾いてきた太陽が、ミルの影を大きくした。

 その影が世界樹に映り、禍々しくゆがんでいた。

「怖がらせちゃったみたいね、ごめんなさい、ショウ。でも心配しないで。ワタシは一番末っ子で、しかも出来損ない。不良品。リリやルチにしょっちゅう怒られたわ。だから、あなたを変えきれないし、それに、ちょっと変な気持ちも芽生えているの」

「ちょっと待って。スイッチを入れる方法って何なの?」

「粘液の注入」

「ねん…………………………」

 ショウの顔がボッと燃えた。

「キスをすればその人を変えられる」

 ああ、キ、キスね。と、がっかりやらホッとしたのやらわからない感情は伝えないでおくことにした。

「なんでボクをすぐに変えないんだ?」

 完全にではないが、微妙に話しをずらすことに成功したショウ。

「云ったでしょ、ワタシは不完全だって。ショウを変えたくない、ショウはショウのままでいてほしい、ショウと死ぬまでいっしょにいたい、木に変わってほしくない、ショウを危険に巻き込みたくない。変な気持ち。ラナ、ルチ、リリにこの気持ちの正体を訊いたんだけど、みんな知らないみたい。やっぱり出来損ないだからこんな感情を持ってしまうんだわ。ねえ、ショウとずっといっしょにいたい。ショウと離れたくない。ねえ、これって変かな? どうしてショウのことが頭から離れないのかな?」

 感情的になってきたミルを、ショウは優しく抱擁した。

「心配ないよ、何処も変じゃない。だって、ボクもそう思っているから」

 それからショウはミルの肩を掴んで少し離した。じっと眼を見つめながら、云った。

「もしかして、ミルの云っていた『捕食者』というのは、この地球に向かっているのかな?」

 ミルは悲しげに眉を寄せて、

「うん。『捕食者』は世界樹(マザー)がDNAをいじった生物を好む。味を覚えたらしいの。だから、きっと……いいえ、絶対に地球に来る。だから、世界樹は焦っている」

 ミルの言葉が終わったとき、ショウは彼女の唇に、自分の唇を重ねた。

 眼を大きく見開き、ショウを突き飛ばすミル。

「ダメよ。今云ったばかりじゃない。ショウを人間のままでいさせたいのよ」

「変わる気はないよ。だけど、『捕食者』を倒せるだけのチカラはほしい。ヤツらを撃退して、あとはゆっくり、ミルと暮らしたい」

 ミルの眼に涙が浮かんだ。ワナワナと震える唇。

 その震えを止めるかのように、ショウは再び唇を重ねた。

「強くなりたい。正直な話、キアラに負けたことが悔しいんだ。なんだか、築いていた根拠のない自信が、音もなく崩れ去ったような感覚。だから、もっともっと、強くなって、もうこんな惨めな思いはしたくない。そして、世界樹だけじゃなく、君も、いや、君を、守りたい」

 ミルは涙をボロボロと流し、バカよ、バカバカ、と叫びながらショウの胸を叩いた。


 ミルたちは、人類を滅ぼすかもしれない。

 人間のすべてが植物に変わり、これ以上の繁栄が不可能とみるや、世界樹は地球を捨てて旅立つだろう。ということは、真の敵は『捕食者』ではなく、ミルたちなのかもしれない。

 だから?

 ショウには「地球を守る」「人類を救う」などという大義名分などない。

 ただただ、今、眼の前で震えている小さな白い少女を救いたい、ずっといっしょにいたい、そう思うのだった。

 木になるからといって別に死ぬわけではない。むしろ寿命が延びるような気がする。それでもまあ家族は植物になるのではなくこのまま天寿をまっとうしてほしいとは思う。身近な人たちもまたしかり。

 だけど、とショウは考える。いっそのこと自分は木になってしまって、人間の寿命よりも長く、気の遠くなるほど永く、ミルといっしょになるほうがいいのではないか。

 子どものような幼い考えかもしれない。

 褒められるようなものではない。

 だけど、ミルとともに人生をまっとうしたい。

 今はその気持ちで、心がいっぱいだった。


                                    つづく

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