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世界樹の花嫁 ~プラント・ワールド~ 1

今まで書いてきた短編とはガラリと雰囲気が変わります。学園、バトル、トーナメントなどなど、いつかは書きたい、と虎視眈々と狙っていたテーマです。残酷描写は極力抑えているので大丈夫だと思います。あと、元は縦書きなので、読みにくい部分があるかもしれません。(極力、直しましたが…)ご感想、お待ちしております。

     世界樹の花嫁 ~プラント・ワールド~


                                          個人の想いの強さは

                                             ときに

                                           セカイをも動かす

                                             『絶望学級』


   序章 超・旅人の来訪


   1 異物――新世界誕生


 眠りが浅かったのだろう、ショウはわずかな揺れを感じて眼を覚ました。

 時刻を確認すると午前三時。明日は高校受験なのに変な時間に起きてしまった、とイライラしながらも、その数分後には再び眠りについた。

「なんでもっと早く起こしてくれなかったんだよ!」

 ショウは一階に降りるなり、キッチンにいる母親に向かってそう声を荒げた。

「何度も起こしたわよ。夜更かしでもしたんじゃないの?」

「ご飯はいいや。行ってくる」

「サンドイッチ用意してあるから持って行きなさい」

「ありがとう」

 ショウが玄関へ行き、くつを履いているところで母親がキッチンから顔を出してきた。その顔は笑顔なのだが、今にも泣いてしまいそうな、そんな苦さも含まれていた。

 それを見てショウは、「大丈夫だよ。ちゃんと勉強したし、落ちついている」と微笑を浮かべた。

「もう二十九分よ、ショウ」

 ヤバイ! 行ってきます! と外へ駆け出したショウ。いつものように穏やかな空だった。優しい日差し、心地よい風、小鳥の鳴き声。ところがここで、ショウの脚がピタリと止まった。そして、「母さん、母さん!」と母親を大声で呼んだ。

「どうしたの――」と云いながらも、その後が続かなかった。

「なんだろう……あれ」


 雲を突き破る巨体。壁のように広い胴。やや黒味がかった茶色で濃緑色の屋根。

 巨木だった。

 いつの間にこんなものが出来たのか。ショウは昨夜の地震の規模が小さかったことに不審がることなく、言葉を失って、ただじっと巨木を見つめていた。


     2 異物――破滅


 青く美しい星。この大宇宙の中でも(まれ)な、知的生命体を宿す、美しい惑星……地球。

 今、光の速さでも気の遠くなりそうな距離を移動し、何万光年もの永い旅を終えようとしている物体があった。

 それは、五つ。

 隕石と明らかに違うのは、その形状にあった。ふさふさと毛を生やしたモノ、(とげ)を持ったモノ、無数の突起物を出しているモノ、七色に輝くモノ、とひとつひとつが違う。それほど大きくはない球状の物体。

 一直線に向かっているその軌道上にある星は――地球。

 そこに何かしらの意志を感じるほど正確に、まっすぐに、迷いなど、ない。


 地球の終焉まで、残りあとわずかだった。


     3 特殊能力――手紙


 オバアちゃん、逃げてください。


 逃げる……①のがれ去る ②責任をさける ③その場にとどまると、とても大変な眼にあう


 知っていますか? 三年前、ボクの街に大きな樹が降ってきたのを……ソウ、あの連日の報道などで大騒ぎになった事件のことです。

 今、樹と明記しましたが、正確には樹ではないのです。外観は樹以外のなにものでもございませんので、樹と表現させていただきます。それに樹ではないことは見ればわかります、何故かと云いますと、全長が雲にかくれるほどの樹は存在しませんし。直径も、国立大学の敷地面積くらいはあるでしょう。

 自衛隊やアメリカの軍でしょうか、すぐに樹へと駆けつけましたが、けっきょく今日(こんにち)に至るまで正体を解明しきれていません。どんな手段を用いても傷ひとつつけられず、また赤外線、X線なども通しませんし、電磁(でんじ)誘導(ゆうどう)も見られないそうです。

 話しが()れてしまいましたが、オバアちゃんに手紙をよこしたのは他でもありません。あの巨木の根元に海のような広大な湖が出来たのをご存知でしょうか。樹液なのか地下水なのかわからず、はじめは薄気味悪がって誰も近づかなかったのですが、徐々に遊泳する人が出てきました。こんな大都会に、冷たくて気持ちのいい奇麗な湖が出来たのですから無理もありません。ボクのクラスメイトのヒロヨシくんも、そんな中のひとりでした。

 ここで本題ですが、オバアちゃんは、こんな噂を聞いたことがありますか?

『湖の水を飲むと傷や病気が治る』と、いう噂を。

 ヒロヨシくんは右腕を骨折していました。野球部員の彼は早く部活に戻りたい一心で、ワラにもすがりたい一心で、湖へ。

 噂はしょせん噂でしかない、そう思っていたのですが。

 アア、オバアちゃん、どうか、どうかお願いします、身を隠してください。

 勘違いしないでください、これはほんの序章に過ぎないのです。

 信じられないかもしれませんが、ボクの身近にいる生徒の十一人がコレから先に起こる災厄によって命を落とします。

 三人が生き残り、そして、四人が謎の現象に見舞われます。つい先ほど、三年生の先輩が怖い顔をしてこう告げました。信頼できる人なのでウソではないでしょう。

 もう一度云います。十一人が死に、三人が生き残り、四人が怪現象に合う。

 そしてボクは、最初の方にふくまれることになるでしょう。

 でも心配しないで下さい。死にたくはないので何とか運命を回避できるように頑張ります。

 それと、お母さんをそちらへ向かわせます。無事に逃げ延びることができるよう、心からお祈り申し上げます。


 追伸……①手紙で、本文の後に書き加えるときの語(文) ②本文よりも大切なことを述べていることが多い


 追伸


 それから、もうひとつ、ボクは生まれつき血液に疾患を持っていましたね。アア、オバアちゃん。ごめんなさい。本当にごめんなさい。

 過剰な力は人間に何をもたらすのでしょうか。

 この能力は何処に向かっているのでしょうか。

 それから、地球は、いったいどうなってしまうのでしょうか。


 それではお元気で。母をお願いします。

                                       第一部 第一章へつづく



     第一部 白い悪魔


                                 何気ない偶然の重なり

                                 何百万分の一、何十億分の一

                                 出会いのヒトツヒトツは

                                 その中の、奇跡である

                               『()(さつ)(きょう)の一節』

   第一章 振り返る学校


   1 平和な世界――盲目の勇者たち


『第二回 天蓋(てんがい)高校特殊能力格闘大会 開催決定! 出場希望の生徒は生徒会委員まで』


 大会のチラシが張られると、学校中が騒然となった。変わらない日常にマンネリしていた生徒たちに活気がともった。格闘大会は、恋愛、進学、就職活動といった悩みから開放させてくれる一大イベントである。

 学校中の話題は、男女問わず、大会一色に染まっていた。

 二年二組――このクラスでも格闘大会の話で持ちきりだった。

 誰が優勝するのか、誰々は出場するのか、誰に賭けるか、今回こそは死人が出るのか、腕試しに出てみようか、といった会話で盛り上がりを見せている。しかしそんな中に、独りだけ憂鬱そうな顔をした少年がいた。その生徒にクラスの男子生徒のひとりが近づき声をかけた。

「なあ、ショウ。今回も出場するんだろ?」


 ショウ。第一回天蓋特大(とくたい)優勝。成績、B。ルックス、A。戦闘力、S。


 赤みがかった髪で、全体の線は細い。肌はやや白く、何処にでもいるような少年であった。彼は、その男子生徒が来るのを予期してでもいたかのように、虚ろになっている大きな眼を面倒くさそうにゆっくりと上げた。

「ん? ああ、大会ね、もちろん出ないよ」

「え! な、何で? お前、前回の優勝者じゃないか。二連覇がかかっているのに出場しないのか。ちょ、ちょっと待って、俺、お前に三千円――」

「ゴメン。静かに暮らしたいだけなんだ」

「考え直してくれ! もう一度、『サクリファイス』を見せてくれ」

「スマン」

「うおおお。今回ショウは出場しないらしいぞ。第二回大会はどうなっちまうんだ~」

 大会の話題で盛り上がっていた教室内が、その叫びに、一瞬だが、シンと静まり返った。


     ☆


 宇宙から飛来してきた木のような物体は、誰からともなく世界(せかい)(じゅ)と呼ばれるようになった。

 何度も自衛隊や科学者、米軍までもが世界樹の構造や正体を突き止めようとしたが、傷ヒトツつけることが出来ず、また赤外線や電磁エネルギーなど科学的に調査をしても、手も足も出なかった。今でも軍と科学者によって調査は続けられているが、解明のメドはついていない。

 根元に広がっている湖もまた、地球上の水の成分と寸分ちがわないモノであることがわかった。そのため、世界樹が降り立ったときに出来た湧き水だと判断された。

 世界樹は、静かにたたずんでいるだけで何の害もない。ただそこに立っているだけであった。

 全国の人々も、世界に六百七十本以上ある巨木が一本増えただけのような感覚になっていき、宇宙からの来訪者だという畏怖感は、ゆっくりと薄れていった。しかし、その一方で、湖の水を飲むと傷が治り、さらには特殊な能力も身につくという不思議な現象が周知の事実となっていた。

 政府はそのことについて否定的な意見だったが、民間の間では口コミで広まっていった。副作用の懸念(けねん)もあったが、世界樹落下から二年、体調の異変を訴えるモノがいないことから、湖に人が殺到することとなった。

 しかし、特殊能力を皆一様に手に入れられるわけではなかった。大半は変化がないのである。ごく一部の人に見られる傾向であった。そして、皆同一の能力ではなく、人によって違うのである。

 そのことが争いを生んだ。

 自分の能力が勝っているという主張。自分の能力の誇示。ケンカは日常となっていった。社会人の間ではソウソウないが、学生は遠慮がなかった。子供の恐ろしさとはよく云ったもので、手加減のない能力者どうしのケンカは熾烈を極めた。

 そんなある日、学生の一人が死亡するという事件が起きたのだ。

 全国を震撼させたこの事件が事態を収拾させるかと思われたが、逆だった。殺人を犯したモノへの憧れ、羨望の念が能力者の中で渦巻き、争いは激しさを増した。警察でも抑えられない能力者同士の争い。困り果てる政府……そこで動き出したのが教育委員会だった。

『有り余る体力を消化させるため、暴徒と化した学生たちを落ち着かせるために年に一度の格闘大会を開こう。優勝者には学校在学中における恩恵を』

 この案は満場一致で帰結され、小学高、中学、高校、大学、各学校で大会が開催された。そして、格闘大会以降、暴力事件は減少したのだ。

 教育委員会の思惑は見事に達成された。


 大会ルール

 ひとつ、バトルは一辺十メートル正方形リング内で行わなくてはならない。

 ひとつ、能力以外の武器を使ってはならない。

 ひとつ、バトルは一対一でのみ行わなくてはならない。

 ひとつ、二十秒以上リング外にいると敗北とみなす。

 ひとつ、格闘大会条例の違反は無条件で敗北とみなす。

 なお、優勝者には賞金と在学中の特例を与える。


     ☆


 ザワメキたつ生徒たちをぬうようにして、長髪の男子生徒がショウに近づいた。彼は、ショウの前の机に腰をおろし、陽気な感じで話しかけた。

「本当に今回は出ないつもりか?」

「強いということに興味がなくなったからね。出るつもりはないよ」

「どういう意味だ?」

「むなしいだけなんだよ。褒賞金(ほうしょうきん)を手に入れたけど、欲しい物を買ったらそれまでだし、学校生活も普通で満足だし、無条件の進学なんて興味ないからね。向上心がなくなるよ。そして何より、ボクを倒したら名を上げられるというヤツラが殺到してね。疲れたよ」

「そうか」

「キアラは出場するのかい?」


 キアラ。第一回天蓋特大準優勝。成績、A。ルックス、S。戦闘力、S。


 キアラと呼ばれた生徒は、肩までかかるストレートの黒い髪を、キザッたらしく掻き揚げると、口元をゆるめた。端正な顔立ちにその笑顔は卑怯と云えた。女子生徒に人気があるのも頷ける。

「もちろん、出場するさ」

 見慣れた笑顔に、ショウはやっと笑みを取り戻した。

「じゃあ、優勝はキアラで決まりだ」「どうかな。俺とお前の能力って大会には向かないからな」「まあ、それはどうしようもないことだね」「それともうひとつ不安要素がある」

 急に神妙になったキアラの表情に、ショウは反応した。

「不安要素?」

「タツアが帰ってくるそうだ」


     ☆


 大柄な生徒正門を超えてきた。

 彼を見た他の生徒たちは皆、驚愕の表情とともに道を開けた。モーゼのごとく、大柄な男は道を行く。

 天蓋(てんがい)高校に一陣の熱い風が吹いた。一種異様な風が。この変化に、教室にいるショウ、キアラ、それに他の一部の生徒がいっせいに顔を上げた。

「何でお前が学校に来てるんだ?」

 大柄な男の前に一人の生徒が立ちふさがった。ダボダボの征服に坊主頭、左頬に傷のある男。

 大柄な男は歩を止め、傷の男を黙って睨み付けた。

「何でかって訊いてるんだぜ」

「誰だ? お前は」

 地の底から響くような、重い声だった。

「誰だだと~? 天蓋高校三年、壊し屋のスケヨシとは俺のことだ」


 スケヨシ。第一回天蓋特大ベスト8。成績、D。ルックス、E。戦闘力、D。


「知らんな。久しぶりの学校なんだ。どいてくれないか」

 しかしスケヨシは、含み笑いを浮かべたまま動かない。

「ショウよりお前を倒したほうが名を上げられるからな。壊させてもらうぜ。後輩になめられたままではいかないんだよ」

「ショウ? お前の話はよくわからないが、もう一度云うぞ。どいてくれないか」

 最後の一言のあと、空気が重くなり、風がやんだ。怒りを含んだ威圧感。ギャラリーが無意識の内にさらに一歩下がり、スケヨシの額には大粒の汗が浮かんだ。そんな彼に男が笑顔を投げる。

「スケヨシか、なかなかいい気合だ。ひとつ訊かせてくれ。タブーだとは知っているが、お前の能力を教えてほしい」


 タブー。自分の能力を他人に教えるということは、対策を練られるため、弱点を知られるようなものである。教育委員会は、戦いを大会形式にして、能力を全校生徒や一般人に見せることによって、場外乱闘の封印も計算に入れていた。


「お、俺の能力は硬化。両腕を、鋼のように硬くすることが出来る」

 それを訊いて大柄な男は豪快に笑った。

「ハハハハ。そうか、それを訊いて安心したよ。じゃあ、死ぬなよ、スケヨシ」

 云い終わると同時に、スケヨシの上空に巨大な岩が発生した。その岩がスケヨシのいる場所に黒い影を落とす。影に気づき、上空を見上げるスケヨシ。その刹那、巨大岩が落下した。

「うおおおおおお」

 スケヨシは右腕を突き上げて岩を粉砕する。欠片が降り注ぎ身体中に傷が出来る。

「こんなもんか、タツア~」

 土煙が引くと、大柄な男の姿はもうそこになかった。

 ギャラリーの一人がスケヨシの後ろを指差す。

 振り返るとタツアが建物内に入るところだった。

「まだ勝負はついていないぞ。次は覚えていろよ!」

 ギャラリーも消え、スケヨシ独り、雄叫びをあげていた。


 タツア。第一回天蓋特大不参加。成績、不明。ルックス、B。戦闘力、不明。


     ☆


 四階の一室で、コトの成り行きを一部始終見守っている影が三つ。

 ひとりは優等生風な青少年。神は短く刈り上げ、長身だ。一見すると甲子園球児だった。ひとりは大人しそうなメガネをかけた少年。寡黙(かもく)な雰囲気は、不気味さを醸し出していた。ひとりは腰まである黒髪の美少女。その眼には傲慢(ごうまん)さが浮かんでいる。

 窓際に立つ少女が、誰にともなく言葉を発した。

「面白い能力ですわね。他になにが出来るのか、非常に興味がありますわ。それにしても、タツアは大会に参加するのかしら」

 それに、青少年風の男が答えた。

「もちろんするでしょう。優勝者には特権を与えられる。彼は停学していましたからね。それを帳消しに出来るとなれば」

「それは優勝できれば、の話しでしょ。ショウくんがいるし、キアラくんも油断できないわよ」

「そのショウのことなんだけど――」

 青少年風の男は、黒髪の少女の隣にきて、外を見下ろしながら続けた。日常を取り戻した正門は、登校する生徒でごったがえしていた。そんな中、スケヨシがまだ叫んでいる。

「どうやら出場しないようだね」

 その言葉にメガネの少年が顔を上げた。

 そして、黒髪の少女は大声を上げた。

「なんですって、じゃあ、彼への恨みは晴らせないの。ああ、なんてことかしら。でも、さすがねマサムくん。そうやってこれからも情報を集めてちょうだい」

 メガネの少年は腰を上げると部屋を出ようとした。そして、扉の前まで行くと、最後にこう云った。

「ショウは問題ない。先の大会でヤツの能力はすべて把握した。心配なのはキアラとタツア、それに転校生だ」

「転校生?」

「どういうこと、カノコくん?」

 すでにカノコという少年の姿はなく、ふたりの質問はむなしく響いた。


     ☆


 キアラは机の上に腰かけて、探るような眼を校庭からショウへと戻し、話しを続けた。それにつられてショウも顔を戻す。

「やっぱりタツアはすごいな。見たか今の。何だよあの岩は? お前でも危ないんじゃないか」

 ショウは別段おどろいた様子もなく答えた。

「なんとなくわかったよ。おそらく岩を召喚できるんだ。どこまでの大きさを呼び出せるのかはまだわからない。それに一個だけじゃないかもしれない。勝てるかどうかだと、もしあれがただの岩なら、ボクが勝つね。キアラも問題ないんじゃないか?」

 キアラは眼を大きく開けて両手を広げた。

「さすが優勝者は云うことが違うね。だが、怖くないのか。タツアは人を殺している」

「確かに……殺人を犯したということは他人とは違う何かを得ているかもしれない。ある種の壁を越えたかもしれない。ただ、ボクが云いたいのは、大会では勝てる、ということだよ」

「いや、大会のルールがなければ、なおさら、お前が勝つだろ」

 ショウはそれに涼しそうな顔で答えた。

「そんなことないよ。場外ならキアラに勝てる自信なんてないし」

「その謙虚さ。だから、しょっちゅうケンカを売られるんだよ」

「そうかな」

「そうさ、でも、全員返り討ちにしたけどな。本当は戦いが好きなんじゃないのか?」

 その言葉にショウは、哀しそうな笑顔を返すだけだった。


     ☆


 二年三組――こちらでも大会の話題で盛り上がっていたが、一部の女生徒たちが、大会とは関係のないことで、ワイワイと、それこそ高校生が話しそうな話題で談笑を交わしていた。

「ねえ、転校生のノリムネってかっこよくない?」

「そうよねえ、なんかこの学校では珍しいタイプよね。垢ぬけているというかなんというか」

「彼女とかいるのかしら?」

「それはいるでしょ。あんなにカッコイイんだもの」

「でも、どこか影があるような感じよね」

「そこがいいのよ。アリアもそう思うでしょ?」

「え? わたしは……」

 アリアと呼ばれた少女は赤い髪と同じくらい顔を赤らめた。肌が白いため、照れたときなど非常に目立つ。女性ならではの弱さをかもしだす、大人しそうな美少女だ。

「だめよ。アリアはショウくん一筋だもんね」

「そういえば、アリアはショウくんに告白するの? 彼女はいないらしいわよ」

「だ、だめよ。はずかしいもの……」

「そんなこと云ってたら他の子に取られちゃうわよ。やっぱり前大会優勝者だけあってもてるんだから」

 今度は髪の毛以上に顔を赤らめた。真っ赤といってもいいくらいだった。

「そうだわ、アリア。今回の大会に出場してショウくんにアピールすればいいのよ。あなたの能力なら結構上位にいけるんじゃない? ううん、もしかしたら優勝しちゃうかも」

「私は争いごとが好きじゃないから、大会には興味がないの。でも、本当にショウくんにアピール出来るのかな……」

「うお。この女、マジでショウくんにゾッコンだ!」

「そ、そんなこと――」


 アリア。第一回特大不参加。成績、A。ルックス、A。戦闘力、不明。


「あ、ノリムネくんがこっちを向いたわ。彼ったら、きっと私のことを好きなのよ」

「何云ってるの。そんなわけないでしょ~」


 ノリムネ。第一回特大不参加。成績、不明。ルックス、S。戦闘力、不明。


     ☆


 校舎の屋上に二人の少女が立っていた。

 二人とも制服ではなく白いワンピースを着ていて、それから髪も衣服と同じ色をしていた。風になびく髪の毛とワンピースがヒラヒラと揺れ、どこか幻想的な、どこか魅惑的な雰囲気を漂わせている。年のころは十代後半だろう。

 色白の二人の顔は酷似(こくじ)していた。ひとりはロング、ひとりはショートカットの絶世の美女。男がこの光景を見ていたら、おそらくしばらくのあいだ見とれてしまい、眼を離せなくなってしまうだろう。あまりにも現実離れしている風貌。

 二人は校庭を見下ろしながら、ショートカットのほうが視線を変えずに口を開いた。

「多いわね」

 ロングヘアーのほうがそれに、表情と視線を変えずに答えた。

「ひとり……もうはじめているわ」

 二人の、《声》も同じだった。

「いい場所だものね」

 そう云うと、ショートカットの少女は顔を上げ、隣へ視線を移した。

「ここに決めるの?」

「うん。だって、気になる子がいるから」

「そう……お互いにがんばりましょう。わたしたちには時間がないものね」

「お母さんが心配しているわ。近づいているって」

「急がないとね」

「そうね。出来るだけ早く、手を打たないと……」


 空には雲ひとつなく、エメラルドのグリーンがどこまでも続いていた。

 夏が目前に迫っているが、まだまだ優しい風がゆっくりと流れている、平和を運んでいる。自然と顔がほころぶような、清涼な風だった。この世界には、ケンカや戦争、小さな諍いなどが氾濫しているが、それでもみんな明るい未来を信じて生きていた。その信じる心が世界を満たしていた。

 だけど、そんな美しい地球に終焉が迫っていると、ここにいる二人以外、誰一人気づかず、明日へと向かって、必死に歩んでいた。


     2 集う戦士たち――抗う者たち


『不明者が昨年にくらべ三倍に増えています。それでは次のニュースです。昨夜未明、独りで道路を横断していた少女がひき逃げに合い、重態で○△病院に搬送されました。少女は制服を着ており、天蓋高校の生徒だと判明されました。車は逃走し、目下行方を追っています』

 ショウが起きてきてリビングに来ると物騒なニュースが流れていた。

 テレビを見ながら朝ごはんの準備をしていた母親が、ショウに気づき声をかけた。

「おはよう、ショウ。あんたんとこの生徒が事故にあったみたいよ。それと昨夜オバアちゃんから連絡があってね、二週間後、こっちへ来るんだって。楽しみだね」

 四十をとうに過ぎているが、いつまでも若々しい母親だ。ショウが十二のとき、父親は病気によって他界した。そのときこそ疲弊(ひへい)し、シワと白髪が増え、この様子じゃショウの面倒を見ることはできないとまわりに心配されたが、二、三日後にはいつもの母親に戻っていた。気丈で、とても優しい母親だ。

 一年前、ショウが格闘大会に出場すると云ったとき、母親は猛烈に反対した。

 ショウまで失うことになったら、もう耐えられないと云った。気丈に振舞っていた母親が見せた弱さだった。しかしショウは、学校が主催するスポーツ大会だから安全だよ、と云って、母親を納得させた。優勝賞金で家計も助かると説得した。実際、ショウ自身も半分はそう思っていたからだ。

 だが、大会が始まるとすぐに、考えは甘かったと実感させられた。人間の欲望が眼に見えた。とてもスポーツ大会と呼べるものではなかった。教育委員会の目的は、能力者どうしのツブシ合いだったのだ。そのことに気づいたショウは、あえて対戦相手にケガをさせずに勝利する道を選んだ。

 苦戦はしたが、見事、優勝することが出来た。

 母親が見ているから。母親を心配させないために。また、自由のために。


 自由……①制限を受けず、思いのままにできること ②自在 ③思い込み、信じることは出来るが、本当は存在していないこと


「へえ、珍しいね。どうしたんだろう。父さんの命日でもないし」

「さあね、あんたに会いたいだけじゃないの?」

 二人は食事を終え、ショウが先に家を出た。

 自転車でサッソウと風を切って走る。心地よい涼しい風が、頬をなでる。日中には消えるこの優しい風が、ショウは好きだった。

 視界いっぱいに飛び込んでくる世界樹の姿。

 世界樹は何故、この星に降り立ったのだろうか。何故、人間にこのような能力を授けたのか。何者かの意思がそこにあるのか。世界樹は何を《想って》いるのだろうか。

 解明されることの無い謎に思いをよせているとき、今まで全身に受けていた風がピタリと止まった。前方に、腕を組んで仁王立ちしている男がいたからである。

「よお、元気かい?」

 スケヨシだった。

 ショウは自転車を降りて答えた。

「ボチボチですよ。それよりもどうかしたんですか、スケヨシ先輩?」

 用というのは大体さっしていたが、あえてそう尋ねた。

「聞いたぜ。今回は大会に参加しないそうじゃないか。だったらこうやって、外でヤルしかないだろ」

 ショウは大きなため息を吐いて、スケヨシの眼を真っ直ぐとらえた。

「ふう、他に選択肢はないのですか?」

「おいおい、天下のショウ様ともあろう人が、怖気づいているのかい?」

「わかりましたよ。じゃあ、さっさと始めますか」

「上等だ! そうこなくっちゃな。場所を変えるか」

「ここでいいですよ。どうせすぐ終わるんで」

「こ、このガキが!」

 スケヨシの両腕が硬直し、鋼と化した。ショウへ向かって走り出す。

 ショウは右腕を上げて迎え撃つ姿勢をとる。

「来るか、サクリファイス。面白い、粉々にしてやる」

 スケヨシは臆することなく腕を振りおろした。

 ショウの手のひらから赤黒い風船のようなものが発生した。スケヨシの腕が風船に埋もれ、次の瞬間はじかれた。

「何だこりゃ」

「スケヨシ先輩。時間がないんで、もう終わらせます」

「んだとぉ!」

 ショウは云い終わると同時に左腕を突き上げた。今度は風船ではなく、無数の赤黒い棒上の物を飛ばした。それがスケヨシの身体に触れると、グルンと曲がり、束縛するような状態になった。こんなもの引きちぎってやる、と息巻くスケヨシの思惑とは裏腹に、赤黒い物体は巻きついたあと硬直して彼の動きを封印した。

「くそ! 何だこれは」

 いくら力を込めてもびくともしない湾曲した棒。スケヨシは顔を真っ赤にして叫ぶがびくともしない。

「大通りですから、その内誰かが助けてくれますよ。それじゃ、学校に行ってきます」

 ショウは自転車にまたがると再び涼しげな風を顔に受けはじめた。

「待て。これで勝ったつもりか! 今度は本気でヤルぞ。待て、ショウ~」

 そのとき、ショウの顔色は蒼白となっていた。スケヨシはもちろん気づいていない。その注意力のなさが、彼が万年Bクラスの所以(ゆえん)だろう。


     ☆


『予選まであと一週間、なんと前回優勝者ショウが出場を辞退。どうなる! 第二回大会』


 相変わらず正門の掲示板の前には、黒山のひとだかりが出来ていた。

 ショウは人ごみを避けるように、うつむいたまま自転車置き場へむかった。掲示板の右手を通り、校舎横をしばらく行ったところにあるのだが、気づかれずに行くのは不可能だった。案の定、掲示板をぬけた瞬間、みんなの視線を集めてしまった。

「お、ショウだ。何で大会に出ないんだよ?」

「きゃ~ショウくん!」

「ちょっと待てよ、くわしく訊かせてくれ」

 この野次を無視してショウは奥へ消えていった。

 自転車を置き、教室へ向かおうとしたショウの前に、見かけない少女が姿を現した。

 白い髪、白い肌、白のワンピース。ガラスのように透明で、すぐ壊れてしまいそうで、ほうっておけない、そんな、絶世の美少女だった。

 ショウは動きを止め、思わず見とれてしまった。

 胸の位置まであるロングヘアーが風になびく。なんともいえない香りが漂い、ショウはやっと我に返った。そのとき、少女が口を開いた。

「どうして大会に参加しないの?」

 ウンザリするようないつもの質問だったが、心に染み入るような声で、何故か、イヤな気がしなかった。

「戦いが無意味に感じてね。それにこれ以上、母さんに心配はかけたくないんだ」

 少女は優しく微笑んだ。吸い込まれそうな笑顔だった。

「優しいのね。でも、いっぱい戦って、それから強くなって、母さんを守るっていう選択肢もあるのよ。これから大変になるんだから」

 強い風が吹き、最後のほうは聞き取りにくかった。

「今、何て……」

 ショウが訊き返すと、少女は微笑みを浮かべたまま踵を返した。

「ワタシはミル、これからもよろしくね、ショウ」

 少女は風に溶けるようにして去っていった。ショウは追うことも出来ずにその場へ立ちつくしていた。


     ☆


 キアラは今まで味わったことのない空気に触れていた。

 (とげ)を含んでいるように肌にチクチクとまとわりついてくる大気。正直、眼の前にいる男はキアラの想像を遥かに上回っていた。

「俺をこんなところに呼び出して、用件はなんだ?」

 人気のない校舎裏。空気が重くよどんでいる。相手が言葉を発すると同時に、空気圧がさらに変わったように感じ、地面がゆがんで見える。

 キアラの額に大粒の汗が浮かぶ。しかし、悟られないように口元に笑顔を浮かべ、強気な姿勢を崩さない。

「大会に参加するか訊きたかっただけなんですけどね、タツア先輩」

 タツアはキアラの眼を睨みながら、口元をゆるめた。

「戦う前に品定めって訳か。もちろん参加するさ。ひとつ訊きたい、お前は前回の優勝者か?」

「いいえ、俺は準優勝でしたよ」

「ほう、お前よりも強いヤツがいるのか」

「タツア先輩でも、手も足も出ないと思いますよ」

「ハハハハ。それはいい。そうでなくちゃな。ハハハハ」

 キアラは理解した。今回の優勝候補は間違いなくこの男だと。

 タツアが参加することによって、大会の何かが変わる。前回にはない緊張感というか、恐怖感がともなうだろう。キアラにはそれがわかったのだった。


     ☆


 場外乱闘は少なくなったとはいえ、まだまだ消えてはいない。

 ここ、屋上で、始まろうとしていた。

 ノリムネは少しボウ~ッとしながら屋上へとやってきた。

 彼は大きな眼をキョロキョロと動かし、何かを探している様子だった。その視線がピタリと止まった先に、数人の生徒がいた。ノリムネの存在に気づき、急いでタバコの火を消している。

 しかし、ノリムネが探していたのは彼らではなかったようで、踵を返して戻ろうとした。

「おい、ちょっと待て」

 ひとりが眼を吊り上げながら立ち上がった。

「見られてただで帰すと思っているのか?」

 他の四人も腰を上げ、貯水タンクの陰からゾロゾロと出てきた。

「誰にも云いませんし、興味もありません。それから、それ以上近づかないほうがいいですよ」

 ノリムネはうるさいハエを追っ払うかのように右手を前に出してひらひらとさせた。

「ん? お前、能力者か」

「なら、俺が相手かな」

 五人のうち、一番小柄で小太りの男が前に出てきた。

「能力者には能力者を、戦いの鉄則だろ?」

 小太りの男はノリムネと同じように右手を前に出した。

「骨まで燃え尽きろ」

 そう云うと、男の手のひらがメラメラと燃え、炎が発生した。

「火、ですか。氷……熱……風……そういう安っぽい能力では話しになりませんよ」

「くらってからほざきやがれ!」

 小太りの男はさらに左腕からも炎を浮かび上がらせた。

「天蓋高校三年、獄炎のハサオ。いくぜ」


 ハサオ。第一回天蓋特大ベスト十六。成績、C。ルックス、B。戦闘力、C。


「云うこともダサイですね。それに、もう終わっているんですが」

 ノリムネはそう云うと、来た道を戻り始めた。

 ハサオは両腕を前に出したまま動こうとしない。それを見て、ハサオの後ろに待機していたひとりが叫んだ。

「どこ行くんだコラ。ハサオ、何をやっているんだ」

 ハサオの代わりに、ノリムネが振り向かずに云った。

「云ったじゃないですか、もう終わっているって……」

「くそ。どうしたんだ、ハサオ? お、おい、ひいい」

 ハサオは立ったまま絶命していた。眼はカッと開かれ、口からはヨダレがダラダラと流れ出している。

 よく見ると、ハサオの首筋から一筋の血が垂れていた。身体をゆすってみると、ハサオの頭部が、自分の身体と永遠の別れをつげた。

「こ、こいつ。殺しやがった!」

 叫び声を上げる四人。

「《第一段階》の能力者が、オレにかなうわけないだろ。それからこのことは黙っていてくださいね先輩方」

 ノリムネは涼しい顔で屋上を後にした。

 その直後、ハサオの身体は散り散りに霧散し、証拠を残さないかのように、消滅した。


     ☆


 二年二組に、黒髪をなびかせながら、高飛車な態度で美しい女性が入ってきた。

 男子生徒一同は彼女の美貌に眼を奪われ、視線を釘付けにしている。そんな様子に女子生徒たちは面白くないらしく、ヒソヒソと愚痴をこぼす。そういうまわりの状況を気にもせず、美少女は奥へと歩を進める。

「誰だ、あの人」

「バカ、知らないのか。生徒会の副会長だよ」

「初めて見たよ。すっげ~カワイイ。俺、アタックしようかな」

「バカヤロウ。相手にされるわけないだろ」

「何よ。綺麗なだけじゃない。性格はきっと悪いわよ」

 視線を一身に受けている黒髪の美少女は、当たり前でしょと云わんばかりにサッソウと歩を進めショウの前へ来ると、おもむろに足を止め、にこやかに云った。

「はじめまして、ショウくん」

 マンガを読んでいたショウは声をかけられて顔を上げた。

「あなたは確か、生徒会の、えっと……」

「副会長のアサよ。よろしくね」

 ショウはまわりの視線を(うと)ましく思い、話しをサッサと終わらせようと思った。

「で、その副会長がボクに何の用ですか? 少し忙しいもんで」


 忙しい……①暇がなくせわしい ②それを理由に、相手を無視する人もいる


 マンガを読んでいたのに忙しい? 私よりマンガのほうが優先? そのことにプライドを傷つけられたのか、アサは少しだけ怒りをあらわにした。

「あなたは前回の優勝で在学中の成績を免除された。それでテストなどから開放されたわね。でも今回、あなたが優勝すれば、学校側はさらなる特例を与えるそうよ」

 ショウは本を閉じて云った。

「これ以上何があるというんです? 学校での生活において不自由はないんですが」

 ショウの注意がマンガから自分にむいたことでアサは少しだけ機嫌が戻ったらしく、笑顔でそれに答えた。どうやら注目されること自体が、彼女を満足させるのだろう。

「ふふふ。あなたは母子家庭で苦労しているでしょ。学費の免除、プラス、大学への推薦状とその入学金の免除。これなら、お母さんが楽になるわね」

 ショウの顔色が一瞬変わったが、すぐ元に戻り、再び本を広げた。

「ありがたい話ですが、他人に支援してもらうほど苦労はしていませんよ」

「まあ、考えておいてね。最悪、リザーバーとして参加は可能だから」

「リザーバー?」

 アサは去るとき、

「また会いましょ」

 と、云って片目をつぶって見せ、来たとき同様、サッソウと教室を出て行った。

 その直後、ショウの周りに男子生徒たちが殺到したのは云うまでもない。


     3 浅はかな希望――遥かなるまなざし


 天蓋高校新入生の中には、高学年の生徒をも凌駕する能力者も少なくなかった。

 それというのも、この界隈では天蓋高校がずばぬけて特殊能力のレベルが高かったのである。その理由となったのがショウの存在で、彼に憧れ、または倒すために入学してきた新入生たちが多かったせいである。

 そんな一年生の間で淘汰が起こるのはトテモ必然的なことだった。何組の誰が強い、誰々がショウより強い、次の大会は誰が優勝する、そういった噂が蔓延し、あちらこちらで小競り合いが起こるのは当然と云えた。

 そんな中で、二人だけ、異彩を放つ者がいた。

 ひとりはサヨリ、十五歳の女生徒。もうひとりは七太郎(ななたろう)という男子生徒。

 二人の能力は奇妙と云うより他にないといえよう。何故ならば、サヨリと相対した者は戦意を喪失し、七太郎に敗れた者は、何故負けたのかわからないと云うのだ。

 そんな二人が、大会に参加を表明。

 一年の間で、優勝候補はこの二人となった。ショウとキアラをも凌駕すると噂された。

 その二人に、生徒会が眼をつけるのも当然と云えば当然であった。

 放課後、アサが七太郎の元へ、生徒会長のマサムはサヨリを生徒会室に呼んだ。

「どうぞ、はいりなさい」

 ノックされたドアにむかって、マサムが優しくそう云った。

 扉を開けて顔を覗かせたのは、サヨリであった。彼女は眼鏡をかけていて、前髪が長く、うつろな眼を隠すような感じだった。

 窓際の中央にある巨大な机に座しているマサムと、その傍らに立っている背の高い女性チヨナにむかって、サヨリは軽く頭を下げた。

 チヨナは射るようにサヨリを見、マサムはにこやかにしている。

「まあ、掛けて楽にしていいよ」と、マサムはソファを促した。

 サヨリはアサにまさるともおとらない美貌の持ち主だった。しかし、彼女と違う部分は、他人の男を生理的に遠ざける部分だろうか。何処か恐怖にかられると云うか、嫌悪感をおぼえるというか、そんな影の部分を増長させている美少女だった。

「用件というのは何でしょう?」

 声は彼女の容姿から受ける印象とは打って変わって、男をリラックスさせるような、トテモ落ち着く甘美な声だった。このギャップは男を惑わせるどころか、女性をも魅了するかもしれない。

 しかし、さすがは生徒会の会長であった。マサムは平常心をくずさない。

「君は大会に参加するそうだね」

「それが何か?」

「口を慎みなさい!」

 吼えるチヨナを手で制して、

「今回は辞退してもらいたいな、と思ってね」

 一瞬、サヨリは眼を丸くし、そのあとすぐに笑い出した。

「あははははは。もしかして、一年の私にビビッてるの? 天下の生徒会が? いいえ、そうね、生徒会は去年一般の生徒に敗れているものね。当時一年生だったショウにね。今回も負ける可能性があるものね。あははははは」

 チヨナはそれを聞いて、たばねている髪を解き、大股でサヨリへ詰め寄った。そのまま、サヨリの襟首をつかむ。

 チヨナはいかにも優等生タイプだが、妖艶なサヨリに理性が喪失気味だった。それもサヨリの持つチカラなのかもしれない。

「私たちがお前のような青臭いガキにビビッてるですって?」

「落ち着きなさい、チヨナ!」

「クッ………………」

 マサムに制され、口惜しそうに手を離すチヨナ。

「用がそれだけなら帰らせてもらいます」

 サヨリは立ち上がるとドアへとむかって歩き出した。

「最後にひとつだけいいかい?」

 マサムの言葉にサヨリは歩を止め、ゆっくりと振り返った。

「君は何故、眼鏡をしているのかな?」

 マサムはここで真剣なまなざしになった。

「世界樹――水の恩恵を受けたのならば、視力なんて戻っているはずだ」

 その直後、サヨリの口元が大きく釣りあがった。それこそ、この世のものではないかのような異様な笑顔だった。

 そこでマサムは慌てて、自分で云ったことを訂正した。

「いや、待て! 今の質問は無しだ。僕が悪かった。忘れてくれ」

「あら、そうですか。それでは、失礼します」

 そう云ったサヨリの顔はトテモ残念そうだった。

 サヨリが出て行ったあと、チヨナがマサムに詰め寄った。

「あんなになめられていて、どうして止めたんですか?」

「君とサヨリが大会でぶつかるのを見てみたくてね」

 チヨナが今度は声を殺して云った。

「そのような冗談は必要ありません。何を視た(・・)のですか?」

 マサムの顔が見る間に蒼白となった。

異常を察知したチヨナは静かにマサムの言葉を待つ。

「君とカノコくんがしているのはダテ眼鏡だろ。しかし、彼女がかけている眼鏡は、普通……いや、何処か変だったんだ。それで、探りを入れたんだよ。僕の言葉によってどんな未来が広がるのかを確認したかったんだ。いったいどんな未来だったと思う? とても恐ろしい映像だったよ。それは、信じられないことだが、君が僕を襲うシーンだった。それも、笑顔でね。そして、サヨリの能力の断片が視えた」

「それは……どんな?」

 その質問の直後、マサムは突然立ち上がり、虚空に向かって大声で叫んだ。

「ダメだ、今すぐ逃げろ。アサ!」


 マサム。第一回天蓋特大不参加。成績、S。ルックス、A。戦闘力、D。


 マサムの能力――五分前と五分後の映像を視ることが出来る。

 半径二十メートル以内と限られてはいるが、自分と身内のことを視ようと強く念じたときにのみ、脳内に映像が再生される。そのため、世界の運命といった遠い出来事や自分とは関係のない人物の未来を視ることは出来ない。


     ☆


 マサムがアサの名を叫ぶ数分前、一年五組の教室。アサと、七太郎の姿があった。

 窓から西日の差すオレンジ色の光の中、七太郎は細めの鋭い瞳を、アサに向けていた。

 アサが怒りをあらわに叫ぶ。

「私の云うことがきけないというの? あんたは来年と再来年の二回も大会に参加できるのよ。だから今回はやめなさいと云っているの」

「俺ももう一度云いますよ。大会に参加し、そして、優勝し、学校生活を楽にしたいんですよ」

「なら、大会に出ても無駄だと、力ずくでわからせるしかないわね」

 その言葉に、七太郎の顔がイビツにゆがむ。

「性悪女ですね、オ・バ・サ・ン」

 アサの顔が美貌だとわからないほど怒りでゆがむ。

 突然、二人の間にひとりの男が現れた。文字どおり、突然、現れたのである。

「あ、あんた!」

 アサがその男を見た瞬間叫ぶ。その直後、アサと男の姿が忽然と消えた。

 放課後の誰もいない教室に、七太郎だけが残された。


     ☆


 生徒会室は騒然としていた。怒号と罵声が飛び交う。

「何で止めたのよ。あんなガキになめられたままでいいわけないでしょ」

 マサムに詰め寄るアサを、チヨナがとめる。

「落ち着いてください。マサム様は映像を視たのです。それを信じられないというのですか?」

 その言葉を聞いて、アサとソファに腰かけていたカノコがマサムに視線を向けた。アサの眼にはまだ怒りの色が浮かんでいる。

 大デスクに腰かけていたマサムは、それらの視線に答えるように、ゆっくりと云った。

「僕が視た映像は、アサが自分の首を自分でかきむしっている姿でした。ただ、残念なことに七太郎の能力はわかりません。噂の二人に接触し、彼らの能力を見てみたかったのですが、どうやら想像以上に恐ろしい相手のようです。ただし、サヨリの能力は垣間見えました。おそらく彼女の能力はマインドコントロール。それもおそろしく強力な。彼女と当たるときは、眼に気をつけてください。どうやらあの眼鏡はチカラを抑えるためにかけているのでしょう。キアラくんやタツアと当たるまでは困難を出来るだけ排除したかったのですが、そうもいかなくなりました。アサさん、カノコくん、チヨナさん、今大会は昨年よりも苦労しそうです。タツアが加わり、カノコくんが警戒しているキアラくんとノリムネくん。それと、新入生の二人が参戦します。大会の組み合わせは僕たちでは決められません。誰がいつ何処で誰と当たるのかわかりません。しかし、なんとしても生徒会の威厳を大会で示さねばならないのです。今回は、対戦相手に、多少の犠牲はやむを得ないでしょう」

 最後の言葉に、アサとチヨナ、そしてカノコが口元をゆがめた。

「多少の犠牲はやむをえないでしょう」

 三人がマサムの言葉を復唱する。それがどういうことを意味しているのか、充分すぎるくらい理解できたからだ。


     ☆


 ショウが帰宅するために、自転車置き場に行ったときだった。

 再会することになる運命の出会い――。

 ショウは道にたたずむ少女を見つけると、ドキドキするのを感じた。今までに経験したことのない感情。ショウはもっと、彼女のことを知りたいと思った。今度こそは、いろいろ訊きたい、彼女との時間を長く過ごしたい、と願った。

「また会ったわね。ショウ」

 ミルだった。前回見たときと変わらない白いワンピースを着ていて、透明感あふれる笑顔を浮かべている。

「君は……」

「ミルよ」

 別に名前を尋ねた訳ではない。鮮明に覚えている。脳裏にこびりついていて離れない、透き通るような響きの名前。忘れるはずがない。だが、心を許すことを理性が拒むかのように、奇妙な違和感がショウのなかには浮かんでいた。その感情を払拭(ふっしょく)するために、ショウはさまざまな質問をしてみることにした。

「君はここの生徒ではないのかい?」「そうよ」「なら、何故ここに?」「それはあなたに会うため」「どうして?」

 ここでミルの顔は悲しそうに色あせた。うつむきかげんに顔を傾ける。悪いことを云ってしまったたように感じ、ショウはあわてた。追求することが罪であるかのような、妙な罪悪感にさいなまれた。

「いや、ゴメン。別に詮索するつもりはなかったんだけど」

「危険が迫っているの。決して逃れることの出来ない災厄が。このままでは……」

 それっきりミルは口をつぐんだ。止まった会話を続けるために、終わらせてしまわないために、ショウは言葉を発した。

「いったい、何が?」

「ねえ?」

 急に明るい表情になってミルが云った。

 ショウはおもわず、その笑顔にドキリとした。

「ショウは、彼女とか、いる?」

「突然何を……いや……今はいないけど」

「そう、よかった」

 ミルは笑顔で安堵した。それが、心からの笑顔だとショウは信じたかった。

「そろそろ、いかなきゃ」

「帰るのか? もしよかったら少しお茶でも……そこでもっと詳しく……」

 ミルは顔色を曇らせて答えた。

「ううん。急いで行かなきゃならないところがあるの。ゴメンね。でも、近いうちにまた会いましょ。そのときに、ゆっくりデートしたいな」

「また会えるかい?」

 その言葉にミルは再び笑顔に戻る。

「大会に参加すれば、かならず会えるわ」

「そ……それは……」

「冗談よ。もしも、大会に参加しないとしても、きっとワタシから会いにくるから大丈夫。それじゃ、もう行かなくちゃ」

 ミルの後姿を見送りながらショウは複雑な気持ちだった。恋心を抱いているのかもしれないが、どこか不信感もくすぶっている。何故、こういう負の感情が芽生えているのか、正体が何なのかわからなかった。安心感と不安感。世界樹にたいする気持ちと何処か似ていることに、ショウはこのとき、気づくことは出来なかった。


     ☆


 木の影から、ショウとミルのやりとりを見ていた少女がいた。

 少女の顔は蒼白となり、生気を喪失している。

 握られた拳がワナワナとふるえ、感情の失せた双眸(そうぼう)が、何かしらの光を帯びたとき、少女の口から決意の言葉が発せられた。

「私、大会に出るわ」

 少女はアリア。怒りと嫉妬にもだえ、握られた拳から、血が滴り落ちていた。


     ☆


「ミル、あなたはまだショウを狙っているの?」

「そうよ。ラナはもう終わったようね」

 ミルは自分と同じ顔の少女に云った。髪型が違うだけで、他はほぼ同一の少女。

 ミルとラナは世界樹に寄りかかりながら街を眺めている。色とりどりのネオンが平和を奏でている。そんな世界を見つめながら、ミルとラナは常人には理解できないようなことを語り合っていた。

「ルチも天蓋高校で見つけたそうよ」

「まあ、そうなの」とミルは眼を見開いて答えた。

「これでナーラを合わせて四人が天蓋高校ね」

「多いわね。それで、第二段階に入っているのがラーナだけなのよね」

「そう。あの子は早いから」

「じゃあ、優勝はラーナで決まりかしらね」

 ここでラナは反論した。

「そうとは云い切れないわよ。キアラの能力はすごすぎるもの。ところで、本当にショウは参加しないの?」

 ここでミルは、せつなそうな表情でうなずいた。ミルがショウを想うとき、ときどき見せるこの表情、それが何なのか、ラナにはわからない。それを訊こうと思ったが、もしかしたらミル本人にも、その表情の理由はわからないかもしれない。ラナはそう判断して、追求するのをやめた。

「ショウが参加すれば優勝間違いないんだけどな」

「遊びじゃないのよ、ミル」

 ミルは大げさなほど大きく頷いた。

「ええ、もちろんわかっているわよ。でも、今だけでしょ。平和なのって」

「そうね。今だけね……」

 ミルとラナは今まで背を預けていた世界樹を、振り返っていとおしそうに抱きしめた。


 世界樹は、何も語らず、そっとそびえ立っている。

 ミルとラナはもう一度振り返り、街を見つめた。

 その視線の先には、これから起こる災厄を知らないかのように、天蓋高校が、外灯の中でひそやかに輝いていた。


                                        第二章へつづく

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