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What's your justice?

作者: 杉田 尋寅

 勿論のことながら、実在の人物、団体、事件等とは一切関係はありません。また政治的な意図もこれっぽっちもありません。全ては作者の脳内での出来事です。


 それは、ある一つの雑誌記事から始まった。

 いや、むしろその記事によって無関心な国民に喧伝されたと言うべきか。

 マトモな記事など載らない、芸能人のゴシップや裏付けのない医学情報ばかりといった三流雑誌。

 曰わく、

『亡国の姫君  ~数々の陰謀とその黒幕の手口~ 』

最初手に取った人は笑った。いつもの記事が品を変えて載っただけだと思った。

 だがネットの掲示板で取り上げられると、その雑誌は街中の書店やコンビニの書棚から一斉に消えた。耳の早いテレビ局に至っては、早速番組で取り上げられ、その雑誌の存在を知らない者、手に入らなかった者もある程度の内容を知っているまでになった。

 曰わく、

『話題の幼児保育・養護老人施設の財源は何処から?』

『為替レートの急激変動は誰の差し金か?』

『新たな贈収賄疑惑の一方的な意図とは?』

 記事に名前の挙がった関係者等は、噂の揉み消しと問合わせの対処に躍起となる中で、

 一部では、センセーショナルなだけで中身の伴わない内容だと笑った。

 一部では、半信半疑ながらも日常生活に邁進した。

 一部では、その存在に恐れおののいた。

 そして当人はその時、高笑いしたという。

「やっと世界が自分に追いついた」

そう言って。



 それからというもの、ここ数年のありとあらゆる事件や陰謀のウラにかの『姫君』の存在があったことが続々と明らかになり、メディアを騒がせない日はなかった。冷静に考えれば虚偽であることが明らかな件であっても、ここぞと大々的に『新事実』などと銘打って掲載、放送された。

 そのような状況になってようやく、警察が重い腰を上げる。メディアだけでなく、国家がその存在、正体を突き止めようと動き出したことになる。

 だが首謀者とされる人物の存在が確認されるだけで、『姫君』当人の情報は一切把握されなかった。勿論、事件や疑惑の当事者が誰であるか把握できている。それなのに、彼らがまるで誰かの思惑通りに行動しているような不透明感ばかりが目に着くのだった。

 そこで反転、警察は攻勢に打って出る。『姫君』の正体だけでも把握しようと、まるで誰なのか分かれば即日逮捕できるかのように、手がかりさえ発見できれば芋づる式に一網打尽できると言わんばかりに、事件の関係者たちを派手に逮捕していった。

 しかし、『姫君』はその弱点を見誤ることはなかった。

 その頃、警察とは別に首謀者を追っている団体があった。脱税の疑惑を追う国税庁と政治家との癒着、贈賄の疑惑を追う検察特捜部の二つだ。

 だが双方とも警察と同様なんら進展せず、情報のリークや内部告発待ちとなっていた。

 これらの捜査が後手後手に回らざるをえなかったのは、職務怠慢でも圧力をかけて妨害したからでもない。

 最初の発端こそ『姫君』の思惑通りに事が進んでいたのだが、途中から軌道に乗るころには彼女は運営を完全委譲し、当事者に任せきりにしていたのだ。

 だから世に出て一般に広く知れ渡る頃には、誰にも『姫君』の影さえ発見できなかったのだ。また、そのような人物を選抜して任せているのだろうが、誰も彼女に反感を持たず、裏切ることもなかった。そのことがまた、今までの捜査方法での追求を難しくしていた。



 誰も彼女を追い詰められず、最初の雑誌記事が発表されてから早2年。

 『姫君』は最初で最後、一世一代の大博打に打って出るべく準備を着々と進めていた。関係者でさえ全体像を知らずに。

 対して『姫君』の話題は、ほとんど取り沙汰されることはなくなっていた。直近の話題は、国会で審議されているある法律案のことばかりだった。

 逼迫する財政の中で、誰も増税や緊縮財政といった辛い役回りなどしたくないのが本音だ。

 その財政予算をたてた議員の財政建て直しと、安易に受け入れた国民の積極的な政治参加を呼びかけるためにはどうすればよいか。その法律案を可決して運用すれば、それらの目的が達成される、と案を提出した議員は声高に叫ぶ。

 ----当選必要有効投票率80%法案。

 略して、投票率80%法と呼ばれるこの法案は、通常には起こらない事態が発生していた。

 まず、政権与党から提出されたものではないこと。複数政党の有志が連合して提出し、メンバーがベテランから新米まで幅広い議員有志が名前を連ねている。

 そして、議員や有識者からの批判が圧倒的に少ないこと。どんな法案でも、反対する人が出てくるのが常であるにもかかわらず、一切と言っていいほど批判が聞かれなかった。

 投票率80%法の内容は、ただ単純なものである。それは選挙の投票の際に、当選するには有効投票率が80%を超える必要がある、という条件を付与するものだ。例え小選挙区制や比例代表制といった選挙制度を採用しても、選挙権を持つ個人が投票しなければ、その個人の権利は行使されたことにならない。選挙に行かない国民がかなりの人数に昇り、その状態で代表である議員を選出することが合理的なものかどうか、という問題点を明らかにすることになる。

 つまり、小選挙区制の場合、有効投票率が60%だとしてA・B・Cの3人が立候補した場合、AとCの上位2人が接戦となって最終的にAが票数の50%を辛うじて獲得して当選したとする。このとき、実質的にその地域の有権者の30%がAに投票して当選したことになる。残り70%の意見は無視されてしまったのだ。また、投票するに足る妥当な人物がいないという気持ちで投票した白票や投票所に行かない棄権票は完全に蚊帳の外だ。これらの意志決定をまるごと選挙の不成立と解釈するのがこの法律である。

 また、これは国会で議員定数を削減しようと議論する以上の効果が得られる。国民が必要と考えるだけの人数が、有効投票率80%を持って当選するからだ。議員1人当たり年間1億円とも言われる歳出を必要としており、国民の求める「税金の無駄遣い」を減らす方向性に合致しているとも考えられていたのだ。

 これを通すために、比例代表制での選出には優遇措置が設けられており、議員からの不満を逸らす意図もあった。有効投票率が目標を達成出来なければ全ての議席を放棄することになれば、確実に反対する議員がたくさん出てくることになっただろう。そこを踏まえて、有効投票率に応じて議席を認め、目標を達成すれば全議席を開放する措置が認められていた。

 有権者と議員両方の気持ちを代弁し、制度として最大限度かたちづくったものとして大いに評価された。

 その要因を、人々はあれこれ邪推した。

 政党を超えた有志の連盟であり、最後は議員を信じるべきではないか。

 議員が批判すれば保身を決め込んでいると思われ、有識者が批判すれば水を差したと思われ、議論の立脚点が成立しないのではないか。


『姫君』が国政の舞台に現れ素顔を晒すのではないか。


 結局、議員の保身心情が働いて必要投票率は75%と下げられることになったが、法案は無理なく各議院を通過して成立。次回の選挙は75%法成立・施行から半年後、内閣が表明したため、衆参同時選挙となることが明らかとなる。大半の議員は議論もそこそこに選挙区に入り浸ると、新人候補も交えたまるで選挙戦のような光景が繰り広げられ始めた。

 ここにきて、彼らは見過ごしていた、あるいは見ないようにしていた問題に直面する。もう組織票はアテにできない。だからと言って無党派層に名前を売るだけでは当選できない。まず、投票してもらうことが議席を守ることに繋がるのだ。対立候補とのつぶし合いをしていては必要投票率を達成できず、勝利しても当選できない。

 そのお祭り騒ぎを見ながら、『姫君』は次のように言ったという。

「…………さぁさぁさぁ、エンディングまでもう少しだよ」



 半年後、衆参同時選挙日。

 遂に、『姫君』と思われる人物の出馬はなかった。

 だがそのようなことが話題にあがりようもない、異常事態が巻き起こった。

 衆院定数480人、参院改選定数121人のうち、必要投票率を満たして当選したのは、衆院180人、参院50人だったのだ。

 そもそも、投票率75%というのが無理難題だった。最近の国政選挙での投票率は65%程度で、本当はもっと少なくなるはずだった。ただ、比例区が救済措置となって人数を維持した。

 数々のベテランが落選し、比例区での限られた当選枠の奪い合いは、まるで政界の地獄絵図だった。その上、圧倒的多数を得た政党がなく、議席数を仲良く分け合ったような様子で、難航が予想された。

 実際、特別国会が始まって喧々囂々する中での組閣は、ほぼ全ての政党が参加した寄り合い所帯といった言葉が相応しいものだった。すぐに75%法案を改正して解散・総選挙すべきだとか、政党政治の崩壊だとかいった発言がなされたが、直ぐに立ち消えとなる。当選した議員達が、一丸となって課題の議論・解決に乗り出したためだ。次々と慣例を破って『新しい政治』を進める新政権は、まるで誰かの思惑通りにレールの上を走らされているようにすら見えた。この透けて見えるような違和感がかの『亡国の姫君』の正体を明らかにする、という都市伝説まで囁かれるようになった。

 この結果を、彼らは見逃しはしなかった。幾度となく煮え湯を飲まされ、正体は捉えられずともそのやり口から発する匂いは確実に嗅覚を刺激していた。

 警察は真っ正面から贈賄と選挙違反で追い、国税庁は多額に運用された金の出どころを追い、検察特捜部は本丸の正体と手がかりを追う。三者三様の振舞いながらも、いつの間にか情報や人員で協力して捜査していた。どう足掻いても自分達だけでは、追走者を出し抜いては捕らえられないことを悟ったに違いない。

 狙うは、国内を大混乱に陥れた張本人、『亡国の姫君』――――。



 いくら『亡国の姫君』と言えども、国策を左右するほどの大規模な操作では、足跡を残さずにはいられなかったようだ。今までの行動に照らしてみると、むしろ粗が目立ってすらいた。有名無名問わず多数の人間に接触を図っており、中でも捜査官達を驚かせたのは、かの投票率75%法案にさえも影響を与えていたことだ。当時の有志議員のリーダー格と幾度となく接触を持っていたようだということがすぐにも明らかになったのだ。

 そして選挙投票日から約半年後、遂に捜査官は『亡国の姫君』の本拠地に乗り込んだ。場所はとある地方ホテルの一角。極秘裏に進められたため、報道陣の介入は一切なく、当時の映像などは残っていない。

 逮捕後、起訴されてからやっと記者会見でその素性が世間に知れ渡ることになる。

 国籍不明住所不定、自称エルラガル・ナヴィアン・フューラー。どこにでもいるような、あどけなさの残る女の子だ。いや、それもそう見えて、魅せているだけなのだろうか。

 透き通るような青い眼で世界の明も暗も見通し、

 自分の2倍も3倍も長生きした人々を手玉に取って、

 可憐な唇で世界を根本から全否定するような命令を出し続けていたのだから。

 但し、世間の反応は真っ二つに分かれた。踊らされていたことに憤りを覚える人々と、彼女を認めその能力を有効利用すべきだと考える人々だ。前者は彼女の中に独裁者の片鱗を見、後者は犠牲となったジャンヌ・ダルクを見たのだろう。国民は一際、『亡国の姫君 エルラガル・ナヴィアン・フューラー』で盛り上がった。

 それとは裏腹に、彼女自身は一切発言することはなかった。裁判は初回から注目の的となり、裁判を傍聴しようと、せめて本人の顔だけでも見ようと、裁判所付近は老若男女の人々でごった返した。

 それでもやはり『姫君』自ら言葉を発することなく、圧力などの妨害や徹底抗戦を視野に入れていた検察側も驚くほど、裁判は粛々と進んだ。しかし、それは反抗の態度だったのか、事件については教える義理などないとばかりに黙秘し続けた。世間話には普通に受け答えするのに、事件のこととなると口を噤んでしまうのだ。

「それが合理的論理的に導き出された結論なら」

とだけ呟いて。

 彼女は裁判官に最後に何か言うことはないか、と問われた時、大胆にも話している間に誰も邪魔をしないように約束させた上で、傍聴席の方を振り返ると、玉を転がすような声でくるくると表情を変えながら、次のように宣った。


「あたしは、もう、ここまで。あたしのしてきたことが、どれだけ世界を変えられたのか、良くなったのか悪くなったのか正直のところ、自信がない。でも。でも、また新しい『姫君』――自分で言うのも恥ずかしいけど――それは必ず、きっと、人々に必要とされる時が来ればまた現れる。それが明日か5年後か10年後か、はたまた100年後かは解らないけど…………」

「何でもいいや! あたしは求められれば、ビジネス本だろうがノンフィクションだろうが、書く余裕はある。だって時間はたっぷりあるんだから。今日は疲れたから、明日以降にでも出版したい所は会いにきて」


 朝日が昇る前から、出版界の幹部や有名ライター等が面会を求めて続々と拘置所の前に列をなしたのは至極当然な話である。




 最後まで読んでいただき、どうもありがとうございました。


 評判が良かったら、これを主軸にして長編を書くつもりです(音沙汰なくても書くと思いますが)。作者のテンションが上がるので、読んだ感想や意見など待ってます。


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― 新着の感想 ―
[一言] 80%法案、面白い。
2011/03/02 09:13 退会済み
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