第24話 静かに近づく距離
夏の午後、図書館には柔らかな光が差し込み、木の床に影を落としていた。
亜麻色の髪を光に透かしながら、リリアーナは、一冊一冊の本を丁寧に整理している。
先日届いた縁談の話が、胸の奥で微かに重く残っているが、今はそのことを忘れ、目の前の仕事に集中しようとしていた。
本の背表紙に指を滑らせ、ページをそっと確認しながら、リリアーナは小さなため息をつく。
「……ふう、今日も静かでよかった」
声にはわずかに緊張の色が混じっていたが、窓の外の揺れる緑と夏の光が、彼女の心を少しだけ癒していた。
その静かな空間に、足音が穏やかに響いた。
――レオニスだった。
騎士団長としての威厳は見えず、普段着のまま、控えめに図書館の中を歩く。
前回の訪問から数日。彼は相変わらず、静かに彼女を見守るように歩み寄る。
「リリアーナ」
呼び捨ての声に、リリアーナは一瞬心臓が跳ねた。
しかし今は、驚きよりも安堵の方が大きい。
「あ、こんにちは、レオニス様」
少し頭を下げると、自然にほころぶ笑みがこぼれる。
「今日は何を整理している?」
レオニスの声は穏やかで、彼女の肩の力を抜かせるような温かさがあった。
「古い詩集です。表紙が傷んでいるので、順番を確認して……」
手元の作業に集中しながら、リリアーナは小声で説明する。
「君は本当に几帳面だね」
レオニスの言葉に、リリアーナは顔を赤くして目を伏せる。
「そ、そんなこと……ありがとうございます」
しばらく二人は、沈黙の中で本を整理する。
その静けさは決して重苦しくなく、互いの存在を感じるだけで心地よい。
棚の隙間から差し込む夏の光が、二人の影をゆらりと揺らす。
「今日も少しだけ手伝わせてもらおう」
レオニスが提案すると、リリアーナは微笑んで頷く。
「ええ、お願いします」
二人は並んで棚の本を整理する。
手元の作業に集中することで、自然と距離が近づく。
言葉少なでも、互いの呼吸や仕草を意識する時間が、静かに二人の間に流れる。
「夏の光、きれいだね」
レオニスがそっと呟く。
リリアーナは顔を上げ、目が合う。
「ええ、窓から入る光が気持ちいいですね」
微笑みを返すその瞬間、互いの胸に小さな温かさが広がる。
さらに作業を進める中で、レオニスは思わず軽く話しかける。
「君はこういう時間、好きなのかな」
「はい……静かで、落ち着きます」
リリアーナの声は控えめだが、素直な喜びがにじんでいた。
レオニスはその声を聞き、心の中で少し笑う。
――焦らずに、少しずつでいい。
今は、彼女のそばにいること。それだけで十分なのだ。
互いに本を整理しながら、名前で呼び合うたび、心がわずかに触れ合うような気配がする。
まだ距離は遠い。
しかし、この穏やかな日常の中で、二人の間に確かに信頼と安堵が芽生え始めていた。
夏の光と静けさの中、図書館の空気が、二人の心をゆっくりと包み込む。
これまでの遠さや不安も、少しずつ溶けていく。
そして二人は、まだ言葉には出さないけれど、互いを意識しながら、静かに、しかし確かに歩み寄り始めていた。




