第22話 揺れる想いと決意
夏の光が図書館の木の床を柔らかく照らす。
リリアーナは今日も静かに、本の整理に勤しんでいた。
しかしその表情には、以前のような穏やかな明るさはなかった。
先日届いた縁談の話が、胸の奥でずっと重くのしかかっている。
理屈では、これ以上ない縁談なのだろう。
だが、心はその理屈を受け入れられず、曇ったままだ。
本を手に取り、ページをめくる手もいつもより力が入らない。
時折、窓の外の夏の光を眺め、遠くを見つめる視線は虚ろで、胸の中に小さな痛みを感じる。
隣の棚に置かれた詩集に手を伸ばそうとするが、ふとためらい、またそっと元の位置に戻す。
その様子を、遠くから見つめる者がいた。
レオニス――公爵家の三男で騎士団長。
彼は任務を終え、図書館の前を通りかかっただけだったのだが、偶然リリアーナの姿を目にした。
――あの子の顔が……いつもより暗い。
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
図書館の静寂に混ざるかすかな紙の擦れる音、ページをめくる音、遠くの時計の音――すべてが彼女の存在を強調していた。
以前見かけた、静かに微笑んで本を整理する姿とは違い、どこか元気がない。
「……俺は、このままでいいのだろうか」
声には出さず、拳を握る。騎士団長として、公爵家の三男として、立場も身分も考えれば、簡単に関われるわけがない。
だが、心はその理屈に従わなかった。
あのとき図書館で交わした、ほんの短い会話を思い出す。
彼女の銀灰色の髪、蒼の瞳、そして柔らかな手つき――すべてが胸に深く刻まれている。
縁談の話があると知っても、何もできずに見ているだけなんて耐えられない。
レオニスはゆっくりと足を踏み出す。
近づくべきか、やめるべきか、心の中で何度も迷う。
それでも、胸の奥で湧き上がる気持ちは止められなかった。
「まずは……声をかけるだけでも、いい」
「少しでも、元気を取り戻せるように手を貸せるなら……」
彼は目を閉じ、深く息をつく。
そして決意する。
――縁談がどうであれ、リリアーナの元気を守りたい。
――少しずつでも、行動に移すんだ。
夏の光が窓から差し込み、木の床に影を揺らす。
レオニスはその影を踏みながら、静かに彼女の方へ歩を進める。
心の中で繰り返すのは、ただ一つ。
――俺が、何とかしてあげたい――。
図書館の静寂が、二人の間に微かに響く。
リリアーナは気づかないまま、黙々と本を整理し続ける。
けれど、レオニスの胸には、少しずつ行動へ移そうとする決意が、確かに芽生えていた。




