第19話 図書館での心配
初夏の柔らかな日差しが、図書館の大きな窓から静かに差し込む。
リリアーナ・ハーヴェイは閉館作業の合間に、本の整理をしていた。
積み重なった書棚の間、静かな空気が心を落ち着かせる。
だが、胸の奥には父上から届いた縁談の手紙が重くのしかかり、心の片隅に小さな影を落としていた。
「子爵家の長男……」
心の中で言葉を繰り返す。
家のため、父上や兄アレクシスの期待に応えるべきなのはわかっている。
しかし、胸の奥でひそかに想う誰か――レオニスのことが、どうしても頭から離れなかった。
静かな書架の間に、扉の開く音が響く。
「……リリアーナ」
思わず顔を上げると、そこに立っていたのは控えめな装いのレオニスだった。
鎧は着ておらず、騎士団長としての威厳はほんのわずかに漂うだけ。
それでも、彼の静かな佇まいは、図書館の静寂の中で自然と目を引いた。
「リリアーナ、元気がないように見えたが……何かあったのか?」
低く落ち着いた声。だがその中には、心配がしっかりと込められている。
リリアーナは返却棚の本を整理しながら、必死に落ち着きを取り戻そうとした。
「え、あ……ええ、特には……」
小さな声が返る。
「無理に話さなくてもいい。ただ、気になる」
「図書館で働く時間が、私には落ち着くんです。それだけ……」
縁談の話はまだ誰にも言えず、言葉を濁すしかなかった。
静かな空間で彼と向き合うと、余計に言えない思いが胸を締めつける。
レオニスは少し首を傾げ、慎重にリリアーナを見つめる。
「そうか……。でも、無理はするな。」
その言葉は静かに胸に響く
だが同時に、現実の壁を思い出す。
――騎士団長としての彼と、男爵家の娘である自分の違い。
「……ありがとうございます、レオニス様」
心の中で感謝の気持ちを抱えつつ、リリアーナは書架の整理を続ける。
ほんの少し触れた指先の感触が、胸の奥を不意に熱くする。
「リリアーナ、君はいつも真面目に働いているな」
レオニスが微笑む。
その穏やかな表情に、リリアーナは思わず顔を背けそうになる。
「……そんなこと、ありません……」
声はかすかに震えた。
図書館の窓から差し込む光は、二人の影を長く伸ばす。
本の匂い、静かな空気、かすかな足音――全てが二人の間の時間をゆっくりと包み込む。
縁談のことはまだ遠く、しかし確かに存在している。
それでも、こうして彼の顔を見られたことで、リリアーナの心は少しだけ落ち着いた。
図書館の静かな空気の中、リリアーナは本を手に取り、また整理を続ける。
――まだ、心の中で思いを言葉にするのは早すぎる。
そう自分に言い聞かせながら、彼女は静かにページをめくった。




