第18話 突然の縁談話
初夏の柔らかな陽光が、図書館の窓から差し込む。
リリアーナ・ハーヴェイはいつも通り、閉館後の書架を整理していた。
本の背に指を滑らせながら、ふと自分の未来について考える。
最近は、図書館の静けさが日々の心の拠り所になっていた――けれど、心の奥にいつもあの人の顔がちらつく。
家に帰ると、兄アレクシスがテーブルの前に座っていた。
「リリアーナ、少し話がある」
穏やかな声だが、どこか緊張が滲む。
「なにかあったんですか?」
リリアーナは席に着き、兄の目を見つめる。
アレクシスは少し間を置いてから言った。
「父上が、君に縁談の話をしてほしいと。相手は子爵家の長男だ。名門で、性格も良い。君のことを気に入ってくれているそうだ」
胸がぎゅっと締め付けられる。
嬉しさや安堵ではなく、重い現実の壁が前に立ちはだかる感覚――
「子爵家……ですか」
「そうだ。家のためにも、君に考えてほしい」
兄の声は穏やかだが、熱意は確かに伝わる。
リリアーナは手紙を受け取り、机の上に置いた。
封蝋を押さえ、何度も深呼吸をする。
――でも、胸の奥にはレオニスの蒼い瞳が浮かぶ。
騎士団長として戦う姿、静かに笑って名前を呼んでくれた瞬間。
「……私は、どうしたらいいの……」
呟きは自分だけに届く。
周囲は祝福するだろうし、相手は誠実で、身分的にも申し分ない。
でも心は、別の誰かに向いたままだった。
アレクシスはそっと手を差し出す。
「無理に決める必要はない。ただ、考える時間は与えられた。焦らなくていい」
リリアーナは兄の手を握り返す。
「ありがとう、お兄様……」
その夜、机に向かい、返事を書き始めた。
> 『父上へ。お話は感謝しております。少し考える時間をください』
ペンを置いた瞬間、静かにため息が漏れる。
図書館の静けさと同じように、胸の奥で何かがざわめいた。
――私の心は、まだ彼のもとにある。




