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図書館の静寂に、君を想う  作者: はるさんた


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第13話 すれ違う視線

王都の朝は、いつも忙しない。

行き交う馬車の蹄が石畳を叩き、露店ではパンや果物の香りが立ちのぼる。

その喧騒の中を、王国騎士団の一団が整然と進んでいた。


鎧が光を反射し、銀の波が通りを流れるように進む。

先頭を歩く男の背には、深い青の外套が揺れていた。

王都騎士団長――レオニス・アルヴェール。

公爵家の三男として生まれながら、政治ではなく剣の道を選んだ男だ。


今日の任務は、貴族街と商業区の警備強化。

数日前から不穏な動きが報告されており、王城からの視察命令が下っていた。


「団長、部隊、配置完了しました!」

副官の報告に、レオニスは軽く頷く。

「よし。通りに異常がないか確認を続けろ。住民の混乱は避けるように」


声は低く、しかしよく通った。

それだけで周囲の空気が引き締まる。

団員たちは敬礼し、散開していった。


だが、レオニスの内心は決して穏やかではなかった。


(……図書館に行ってから、もう三週間か)


忙しさにかまけていたとはいえ、心のどこかで彼女の姿を求めていた。

静かな声、少し遠慮がちな笑顔、本を大切に扱う指先――

思い出すたびに、胸の奥が温かくも苦しくなる。


そんな感情を持つ自分に、時折驚くことすらあった。

彼は長く戦場に立ち、部下を導き、剣と責務に生きてきた。

心を動かされるのは戦の報告だけだった男が、

一人の女性に思いを馳せるなど、あり得なかったはずなのに。


(……あの静かな空気に、惹かれたのだろうか)


レオニスは小さく息を吐き、意識を現実へ戻す。

人々の喧騒、行き交う声。

その中に、不意に聞こえた柔らかな笑い声があった。


耳に届いた瞬間、心臓が跳ねる。

ありふれた街の音の中で、彼はなぜかその声を知っていた。


視線を向けた先――

花屋の前で立ち止まる三人の女性が見えた。


陽に透ける栗色の髪。

穏やかで少し控えめな立ち姿。

リリアーナ。


彼女の隣には、鮮やかな赤髪を揺らすクララと、

金のリボンをつけたミーナの姿もあった。

三人は手にした花を見比べながら、楽しそうに笑っている。


その光景が、なぜか眩しくてたまらなかった。

日常の中にある幸せ――

戦場にも宮廷にもない“普通の幸福”が、そこにあった。


(……彼女、笑っているのか)


その表情を見ただけで、息が詰まる。

あの柔らかな笑みを向けられるだけで、

どんな戦場の疲れも消えてしまう気がした。


けれど、同時に思い知らされる。

――自分とは、違う世界に生きているのだと。


鎧の重さが、急に現実を突きつけてくる。

自分は騎士団長、公爵家の三男。

人々の上に立つ者であり、権力の中で生きる人間。


彼女のように、街角の風を自由に感じることはない。

笑い合い、ささやかな時間を楽しむことも、許されない。


「団長?」

副官が、不思議そうにレオニスを見上げていた。

「……ああ。すまない。視察を続ける」

「了解しました!」


声は落ち着いていたが、胸の鼓動は早い。


二人の視線が、一瞬、絡んだ。


その瞬間、時間が止まったように感じた。


それが余計に胸を締めつけた。


(気づかれた、か……)


彼女にどう見えただろう。

騎士団を率い、無表情で通りを行く自分が。

きっと、遠い世界の人間に見えたはずだ。


声をかけたい衝動を必死で押さえ、レオニスは前を向く。

彼女の姿が視界から消えるまで、何度も自分に言い聞かせた。


「お前は“騎士団長”だ。

 一人の男ではない」


それでも、心の奥では叫んでいた。

(リリアーナ……)


石畳に響く馬の蹄音が、やけに冷たく響いた。

陽射しの中を進むその背に、

誰も気づかないほど小さなため息が、そっとこぼれた。


――再び彼女の前に立つときは、どんな顔をすればいいのか。

答えは出ないまま、王城の尖塔が遠くに見え始めていた。


風は街を抜け、彼の外套を揺らす。

その先には、リリアーナがいつも働く図書館の屋根が小さく見えていた。


(……また、あの静かな場所で)


胸の奥に生まれた微かな願いを、

誰にも知られないように飲み込むと、レオニスは静かに馬を進めた。


その背中が角を曲がって見えなくなった頃――

花屋の前で、リリアーナは帽子のつばを押さえながら、

通り過ぎていった青い外套の背を、ほんの少しだけ追っていた。



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