第10話 静かな午後の再会
図書館の扉が、わずかな軋みを立てて開いた。
リリアーナは書架の間で本を整理していた手を止め、視線をそっと入口に向ける。
そこに立っていたのは、銀灰色の髪を柔らかく揺らし、蒼い瞳を静かにこちらに向ける青年。
一瞬、胸の奥がざわつく。
前に会ったのは……半年も前。
あの時、彼が公爵家の三男で近衛騎士団長だと知って以来、あの静かで穏やかな午後は遠い記憶のように感じられていた。
レオニスは軽く頭を下げ、柔らかな声で告げた。
「お久しぶりです、リリアーナ」
名前を呼ばれた瞬間、リリアーナの胸は小さく跳ねた。
心臓の音がわずかに早くなるのを感じ、指先が本棚に触れる手元も少し震える。
(この響きがこんなに胸に刺さるなんて……)
「ようこそ、図書館へ」
表情を整えながら、内心では小さな喜びが胸を満たしていた。
レオニスの蒼い瞳は冷たくなく、落ち着いた穏やかさをたたえている。
「今日はこちらで、本を選ばせてもらおうと思って」
控えめな声の響きに、リリアーナは胸が少し熱くなる。
名前を呼ばれた瞬間、心の奥で小さな火花が散った。
「こちらの棚には、詩集や物語集があります。おすすめの本をお探しですか?」
淡々と答えるリリアーナの声も、内心ではドキドキが止まらない。
久しぶりに会った彼の瞳に、自分が意識されていることを、名前の呼び方だけで感じ取れるのだ。
二人の間に、静かで穏やかな会話が流れる。
本を手渡すたびに、レオニスは控えめに感謝を示す。
その一つ一つの仕草に、胸がじんわりと温かくなる。
立場や身分のことを思い出しつつも、今はただ、目の前の彼との時間を大切に刻みたい。
手元の本を整理するふりをしながら、リリアーナは心の中で考える。
(半年も来なかったのは、やっぱり任務や公爵家の事情が忙しかったから……)
あの静かで穏やかな午後が、再び訪れるのは難しいかもしれない。
でも、今日こうして目の前にいる――胸の奥に小さな光が灯る。
本棚の間を歩きながら、柔らかい日差しが本の表紙を照らす。
窓の外には石畳の小道や遠くの屋根が見え、通りを行き交う人々の姿がちらりと確認できる。
街の喧騒は届かず、図書館の静寂だけが、二人を包んでいた。
時間が経つにつれ、リリアーナは本を手渡すたびに、心の奥で期待と不安が交錯する。
もしかしたら、また半年、いやそれ以上会えない日が続くかもしれない。
それでも今日というこの穏やかな時間を、少しでも心に刻んでおきたい――そう思った。
本を棚に戻すと、二人の指先が一瞬だけ触れた。
小さな接触に、互いの心の距離がわずかに縮まる。
言葉にせずとも伝わる温もりが、静かに胸に残った。
やがて日差しが傾き、棚の影が長く伸びる。
レオニスはゆっくり立ち上がり、頭を軽く下げて告げた。
「また、来ます、リリアーナ」
呼ばれた名前に、リリアーナの胸はわずかに跳ねる。
半年ぶりの再会で感じた小さな心の動きが、さらに鮮明になった瞬間だった。
リリアーナは視線を窓の外に向け、微かに微笑む。
半年ぶりの再会が、彼女に小さな勇気と静かな喜びをもたらしていた。
この穏やかな午後は、確かに二人の心を繋いでいる――そんな確信を抱きながら、リリアーナは今日の業務を静かに終えた。




