第9話(前半) 任務の重さと静かな思い
宮廷の石畳の廊下は、朝の光を受けて冷たく輝き、足音が静かに反響していた。
レオニス・アーデルハイトは銀灰色の髪を指で整えながら歩く。
蒼い瞳はいつもの図書館の静かな午後とは違う、厳粛な空気に慣れようとしていた。
ここは、近衛騎士団長として、公爵家の三男としての責務を全うする場所だ。
その重圧が、胸の奥にずっしりとのしかかる。
応接室に案内されると、書記官は深く頭を下げ、慎重に封蝋のついた文書を差し出す。
「レオニス殿、こちらは皇太子殿下より、近衛騎士団長としての指令書でございます」
前回、図書館で使者から受け取った封書と同じ紋章だが、あの時は中身を確認できなかった。
今、改めて開封する――それは、自分に課せられた任務の重さを正確に知る瞬間でもある。
レオニスは封を切り、文書を広げる。
文字が整然と並ぶ紙面から、任務の詳細が目に飛び込んでくる。
国外からの情報報告の確認
王宮直属の任務の補佐
緊急時に即座に判断・行動すること
紙面を追うごとに、胸に重みが増す。
任務は短期では済まず、私的な時間を持つ余裕はほとんどない。
図書館――あの静かで落ち着く空間――に足を運ぶことも、しばらく叶わないだろう。
窓の外に目をやると、宮廷の庭園が朝の光に照らされ、噴水の水がきらきらと輝く。
鳥のさえずりがかすかに聞こえ、華やかな宮廷の朝が広がっている。
しかし自由には程遠く、任務の連続が待つ現実が胸を圧迫する。
「……しばらく、あの場所には戻れそうにない」
静かに呟きながら、レオニスは心の中で思い出す。
図書館の木の香り、埃の匂い、棚に並ぶ古書――
そして、あの午後に見た彼女の姿――リリアーナ。
本棚の間で静かに佇み、落ち着いた表情を浮かべていた彼女の笑顔は、胸の奥で温かく残っていた。
しかし、立場上、彼女に干渉することはできない。
近衛騎士団長としての責務、公爵家の三男としての立場――どれも、自由に動くことを許さない壁だ。
「……今は、任務を全うするしかない」
深く息をつき、文書を握りしめる。
胸の奥で芽生えた感情を抑えながらも、思わずその温かさに触れたくなる自分を認める。
応接室の静寂が、余計に心を締め付ける。
文字の一つ一つを確認し、任務の順序や優先度を整理する作業は、思った以上に時間を取った。
だが、作業の合間にふと、図書館のあの静かな午後を思い出す。
あの時間の中で、彼女と過ごした何気ない瞬間――本を選ぶ指先、微かに笑みを浮かべた唇――それらが、胸の奥で優しい光となる。
「……また、戻れる日は来るだろうか」
視線を窓の外に向けながら呟く。
現実は許さない。しかし、心の中では、あの静かな空間に再び立つ日を、ひそかに願っていた。
そして、彼は決意する。
任務に集中すること――それが、遠く離れた彼女を守る唯一の方法なのだ。
胸の奥で芽生えた感情を抑えつつも、心の片隅には、あの穏やかな図書館と、そこにいる彼女の存在がしっかりと刻まれていた。
 




