第7話「前の王子と、現在の同居人」
「アラン、王子……」
リリの声はかすかに震えていた。
目の前に立つアラン王子は、相変わらずの整った顔立ち。
けれどその瞳には、かつての優しさは影を潜めている。
「あの時は、すまなかった」
唐突に、そう言った。
「え……?」
「君が“選ばれた平民”だと知って、僕は……舞い上がっていた。
でも、家の事情やら何やらで、僕は他の女性を選ばざるを得なかった。
君に、何も言えずに──すまないと思っていた」
それは、まるで反省の弁だった。
けれどリリの胸には、複雑な感情が渦巻く。
「……でも、今さら謝られても……」
「そうだな。……ただ、君を忘れられなかった。それだけ、伝えたかった」
アラン王子は、優雅に一礼して去っていった。
その背中を見送るリリのもとへ──
「……あいつ、誰だよ」
エーレが、不機嫌そうに現れた。
「えっ……い、今のは……」
「顔、知ってる。アランだろ。……で、何の話してたんだよ?」
「な、なんで怒ってるの、エーレ……?」
「怒ってねぇよ」
「ただ──」
「俺の前で、他の男と昔話すんなよ」
その目が、ほんの少しだけ、寂しそうだった。
「あいつ、まだお前のこと狙ってんだろ。……無防備すぎなんだよ、バカ」
そう吐き捨てるように言って、彼もまた背を向けた。
──でも、最後に残された言葉は。
「お前が誰に選ばれたかなんて、関係ねぇ」
「……俺が、お前を選んでる」
リリは、一歩も動けなかった。
その言葉の意味が、胸にじんわりと染み込んでいくようで。